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――ゴート家の本来の家督を継ぐ血脈はとても有能な一族だった。中でもアルベリック・ゴートの代には国内有数の四大貴族のうちの一つとして数えられていた。その領土ジサントは北の海を隔てて島国であるドーラー朝に面し、二国間の間で起こった一世紀にも渡る『緋紋戦争』の最序盤には、前線防衛の要を担っていた。突然攻め入って来たドーラーの大軍勢を相手に私兵団を率いて奮闘し、本国が戦う準備を整えるための時間を稼いだのだ。
戦支度が整い増援がやって来た頃には既にジサントは落とされ、アルベリックは領地で栄えていた一族近縁もろ共、敵国の前哨戦勝利を祝う見せしめとして処刑されてしまった。遠方で細々と暮らしていた分家達はその名誉ある家系を絶やすまいと考え、最も縁の近かった子孫である、ルーフェンの三代前の先祖が家督を継ぎ、新たなゴート家の歴史が始まった。しかし、血が薄まっている事によりゴート家の証である《翼の生えた獅子》の紋章の力は見る影もなく弱まり、財力も失ってしまっていた事により再起はむなしく、一族の地位は転落の一途を辿っている――
一族の話をされている間、何度も胸元を激しい吐き気が襲った。何度も何度も聞かされて来た、我が家の『武勇伝』。だが、それは同時に我が家が蔑みの人生を送って来た歴史でもある。
何故、先祖はゴートの家を継いだのか。何故、僕の先祖になってしまったのか。
あと少し巡り合わせが違っていれば、僕はこんな境遇を生きる事は無かったのに!
耐えろ、今ここで言葉を話せなくなるわけにはいかない。僕は唇を噛みしめて必死に自己を保っていた。強く噛みすぎたのか、口の中にじんわりと鉄の味が広がった。
「それを再興するのが、僕がこの世に生を受けた目的だ……だから主人が亡くなったこの機を利用して、一気に事を成し遂げようと考えた」
「傀儡に自身の価値を称賛させ、成り上がろうと……そういう事かな?」
「あ……ああ」
もちろん、口から出まかせだ。あくまでミュール家存続のためではなく、私利私欲のためである事を強調する。とことんローリエ候との関係を否定する。
マルグリットにだけは、指輪を下に二回動かして『ノン』、嘘であると伝える。理解してくれたのか否か、彼女はジャケットの中でコクコクと小さく何度も頷いてくれた。
相手がどう出るか。すべてはそれ次第だ。
だが予想に反して、シャルドン公の皮を被った男は途端になぜか勝ち誇った表情で、声高らかに笑いだした。
僕には彼が今何を考えているのか分からなかった。分かろうとする余裕も無い。
ただ、彼の一挙手一投足を注意して見守るだけ。目元を覆った指に嵌められた、《炎鴉》の紋章の指輪がまぶしいほどに輝いて見えた。
「――良いだろう、その妄言信じようじゃないか」
僕らの言葉を『妄言』と一蹴したうえで、彼はそれを信じると言う。
「ゴートの人間に……ああ、マルグリットと言ったか。身分詐称、同時にこれはミュールの家に対する名誉毀損でもある。これがどれほどの重罪であるか、君は理解しているのかな?」
「もちろんだ」
手が震える。これは恐怖か、それとも――
「だが……一度落ちた名誉を取り戻すには、それほどの覚悟が必要なものだ」
そう、男を真正面に見据えながら僕は答えた。
彼は一瞬、驚いたように目を見開いて見せたが、すぐにひくつくように口の端を上げると、屋敷中に響くかのように高らかな声で笑って見せた。
「は、ははははははっ! なるほど! 《翼獅子》の血もその魂まで落ちぶれたわけでは無いようだ……確かに、勇猛なる戦神の意志は君の中で生きているッ!」
彼は劇の台本を読み上げるように、大げさな身振りで天を仰いだ。そうして改めて僕へと向き直ると、すっと姿勢を正して、恭しく一礼をしてみせた。
「君の意志に敬意を払おう、ゴートの者よ――いや、ルーフェンと言ったかな。まあ、座りたまえ。席はちょうど空いた所だ」
僕はマルグリットを自身の席に座らせてあげてから、言われるままに先ほどまでオルキデ伯が座っていた場所へと腰かけた。
「さて……ルーフェン君。君には心から同情するよ。私も、関係のない者を巻き込むつもりは無かったのだがね」
悪びれる様子も無くあっけらかんとして語るその姿が、かえって恐ろしく見える。
「い……一体、何の故あって三人――いや、四人を?」
「それこそ語るに至らない。君たちには関係のないことだ」
僕の問いかけを彼は笑いながら受け流した。
「しかし、君は分かっている。名誉と誇りのために――それは義務だ。貴族の意志とは本来そうあるべきだ。君とは、良い友人になれそうだよ」
「……そうか」
彼の言葉に、僕はただ相打ちを打つ事しかできなかった。
いつ、何によって機嫌を損ね、消し炭にされるか分かったものじゃない。
「だからこそ友人として……一つ、頼みがあるんだ」
彼は使用人に指示をして泡葡萄を注がせながら、笑顔を崩さすにそう言った。
「頼み……とは?」
「何、そう難しいことじゃない。王室書庫からセドリックと言う人間が書いた書類を持ち出して欲しいのだよ」
「王室書庫……? 王宮書庫ではなく?」
「そう、王室書庫だ。この国に関連する重要な書籍や書類などが収められている秘密書庫――らしい。私も、実際に入ったことは無いのでね」
「そのセドリックと言う人は?」
「古い友人だよ。王城の関係者であるとだけ伝えておこう。彼の家の紋は《五芒星に巻く蛇》だ。サイン代わりに記載されている事だろう」
「それを持ち出す事で、あなたは何をする?」
そう問い掛けると、男は一息置いてから自信に満ちた言葉ではっきりと答えた。
「――この国の根底を破壊する」
「……何?」
突拍子もない言葉に、僕は思わず聞き返してしまった。
「この国の、根幹を担う力を破壊する。もちろん、国自体を破壊するわけでは無い」
彼はどこを見据えるわけでもない瞳で、雄弁に語る。
「この国を本来あるべき姿へと導く。そしてそれは、私の望みへと繋がる事だ」
「望み……とは?」
男はじっとりと僕を見る。語る必要が無いと、無言で示しているようだった。
「……断れば?」
「君たちの事を公表すれば、然るべき機関が然るべき処置を取ってくれるだろう」
「それは、僕たちにも同じことが言えるハズだ。『どこかの誰か』さん、よ」
「状況が違う」
男は首を横に振って、後ろ手に背後の壁に描かれた《炎鴉》の紋章を指した。
それを受けて、僕はぐうの音も出すことができなかった。
僕らがそれぞれに相手の事を罵った所で、公爵を名乗る人間と平貴族、どちらの言い分が取り上げられるのか考えるまでも無い。
「何、悪いようにはしない。私の望みが叶った暁には、君の望みを叶えてあげよう」
「……何?」
僕の、望み……?
「君が言った事だ――私の権限で、ゴート家の名誉を回復させると言っている」
流石に、開いた口が塞がらなかった。散々苦労して少しずつ成してきた悲願を、そんな簡単な言葉で約束するというのか?
公爵の力とはそれ程なのか、それとも――少なくともそれは余裕の無いこの状況で、僕を動かすのに十分すぎる餌だった。
「……一つだけ教えてくれないか?」
静寂が支配しかけた室内で、震える声がこだまする。
「あんた、何者だ……?」
彼は《炎鴉》を背に悠然と構えながら、憂いの無い表情で答えた。
「私の名はアレクセイ。アレクセイ・アロー。ニコラス・アローの実兄だ――」




