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雨上がりのクールドリヨン ~劣等貴族の下克上~  作者: もがみのどか
3章 嵐の中のタイラント
20/52

3-2

 その日の僕らは昼の食事を終えると、『シャツとベストに帽子』と『あずき色のワンピースと三角頭巾』と言う何とも庶民臭い恰好で自室に待たされていた。

 昨日は久しぶりにあの日の夢を見た。昔は毎晩のように見ていたのに、いつからだろうか。あれを見なくなったのは。


「何その格好。仮想大会でもあるの?」

「うるさい。これを着て待ってろと言うお達しだ」


 食事の後、ニヤニヤしながら僕らの姿を見ていたリアに、僕は不機嫌に答えた。

 この格好の発端は昨夜の晩、マルグリットへのテーブルマナー講座に一息ついたところでやって来たベルナデットだった。彼女は僕らにそれぞれ服を手渡すと「明日の昼に、これを身に着けてお待ちください」とだけ告げて、去って行ってしまった。

 そう言えば、あの夢を見て思い出した。幼い僕に小一時間の説教をくれたメイド、あれは彼女だったような気がする。名前も覚えて居なかったし、すっかり忘れていたが。


「でもこれ、なんだか落ち着きますね……腰回りもきつくないし」


 どこかリラックスした様子のマルグリットは、確かにこう言った服装が良く似合っていた。髪もメイド時代のように頭の後ろで纏め(と言ってもリアにしてもらったので、あの時のようにボサボサにはなっていない)、本来彼女が持っている庶民感を前面に押し出していた。まあ、着慣れた服だろうから無理もない。

 でも、僕はどうだ。確かに着こなし自体はそれ程大きく変わらないが、少し色が無さすぎないか?

 ベストくらいは他の色でも良いのでは……茶色はあまりにも酷い。


「あら、お似合いですよ、ルーフェン様」


 リアが笑いを堪えながら口にしたので、今日は少し大げさに部屋を散らかしてやろうと心に決める。

 やがて小気味良いノックの音がして、ベルナデットの張り付いたような無表情が顔を表した。その顔を見た時、夢の続き――地獄のお小言タイムのことを思い出して、僕は思わず顔を引きつらせていた。


「……どうかいたしましたか?」

「あ……い、いえ、何でも」

「そうですか……お待たせいたしました。オードリィ様、ルーフェン様」


 言いながら彼女は、身体をすっぽり覆うサイズのローブを僕らへと手渡した。


「『城内に居る内』は、そのご恰好は目に付きますので。どうぞこちらを」

「ちょっと待ってください、どこへ向かうんでしょう?」


 まるで「城の外へ出る」とでも言うような物言いに、僕は慌てて口を挟んでいた。すると彼女は、相変わらずのお面顔で、さも当たり前のようにサラリと言葉を返した。


「もちろん、城の外でございます――」




 ベルナデットに連れられて向かったのは、王宮北東の礼拝堂だった。礼拝堂と言っても城下にあるような立派な物ではなく、城の人間が日々のお祈りに利用するための、小さく簡素なものだった。お抱えの司祭は居るらしいのだが、何か用事が無い限りは王宮内の自分の部屋で教典の精読に余念がない人物だそうだ。そのため、お祈りの時間さえかち合わなければ基本は無人となっているらしい。


「お待ちしておりました。オードリィ様、ルーフェン様」


 そんな無人の礼拝堂の中で、シルフェリア様はお一人でお待ちになっていた。僕らと同じ、全身をすっぽりと覆うローブを、フードまで被って。


「姫様。ご確認いたしますが、本日これからラヴァンデ候夫人を初め、数名のご夫人方と面会のお約束がありますが」

「体調が優れないので延期いたします、とお伝えなさい。『あの日』と申し添えれば、ご夫人方ならご理解なさるでしょう」

「かしこまりました」


 なんだかサラリとすごい単語が聞こえたような気がする。

 それからも何点か、ベルナデットが口にする今日のスケジュール(お茶会)を片っ端からキャンセルしていく姫様。どれだけお茶会入ってるんだ……僕なら水っ腹になって腹を下す自信がある。


「――よし、全てキャンセルできましたね。では参りましょうか」


 全ての指示を終えてこれ以上に無くスッキリとした表情の姫様が、くるりと背を向けて礼拝堂奥にあるフィーネ様のご尊像へと近づいていく。


「あ、あの、外に向かわれるとお聞きしておりますが……」


 あまりの置いてけぼり様に、不敬と理解しながらも、ベルナデットにそうしたように言葉を挟む。姫様は足を止めてゆっくりとこちらへ振り返ると、ニッコリと、いつもの微笑みを浮かべて頷いて見せた。


「オードリィ様の初めての来都ですから、城下をご案内差し上げようと思いまして」

「そ、そうなのですか!?」


 急に話を振られて、マルグリットが裏返った声で答えた。


「そうだとしても、この恰好には何の意図が……それに、ここは礼拝堂ですが?」


 この際だから疑問を全てぶつけてみると、姫様はツカツカと、僕の方へと歩み寄って来た。言葉に出来ない重圧が、ゾクリと首筋を伝う。思わず息を飲んだ。

 彼女は僕の目の前で歩みを止めると、尚も身を乗り出して、僕の鼻先へとその美しい顔を寄せた。ふわりと、甘い花の香りが鼻先をくすぐった。


「声を大にしては言えないのですが、ご尊像の下から城下に続くエスケープルートがあります。この事は王族と、一握りの使用人と、一部の高官や騎士団長しか知り得ないものです」

「え、エスケープルート……」


 有事に国王を安全に脱出させるための抜け道の事か。噂くらいは聞いたことがある。


「これを部外者が知っている事がバレれば、口封じのために終身幽閉すらも辞さない機密です。どうか……どうか、ご内密にお願いしますね」


 再び凄い事を言いながら、姫様はニッコリと満面の笑みを浮かべて見せる。

 彼女の香りと迫力に支配されて、僕はただ首を縦に振る事しかできなかった。

 それを見届けると姫様はひらりと舞い踊るように僕の傍から離れていく。そしてフィーネ像の前に立った時に、もう一度こちらを振り向いて言った。


「あと、服装はわたくしの趣味です」

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