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姫様も、僕も、マルグリットの語り口にどこか引き込まれるようにして、聞き入ってしまっていた。彼女の語りは独特で、まるで夢見心地のような、それでいて真に迫ったような、一言では言い表せないような不思議な響きを持っていた。
「それで……結局、少女とライオンはどうなったのですか?」
「分かりません……母にも訪ねていたのですが、詳しく語ってはくれませんでした」
姫様の問いに、マルグリットは申し訳なさそうに答える。
確かに、少し曖昧な終わり方をしていたと思う。少女とライオンは居なくなったそうだが、何故居なくなったのかは、詳細には語られていなかった。
「ただ……優しかった母が子供の私のために語らなかったのだとしたら、おそらくは『思った通り』の結末なのかなと、私は思っていました。悲しい最期ですが、種族を越えた友情――いえ、ある種の愛かもしれません。それが素敵だなと思って……ずっと好きなんです。何かと正直なライオンさんもどこか愛おしくて」
そう言ってマルグリットは、いつの間にか注がれていた新しいお茶に口を付けた。見ると、テーブルの上には異国の焼き菓子が並んでいる所だった。
思った通り――つまり少女もライオンも死んでしまったのだろう、という事。餌を食べなかったライオン。動かなかった少女。そうなるのは必然だ。子供に聞かせる話には、確信に迫る部分を省くことがままある。多少疑問は残ろうとも、それ以上に物語から得られる教訓や道徳観、そういったものを伝えるために童話は存在しているんだ。
ただ、それを聞いた姫様はどこか悶々とした表情で、口を小さく尖らせた。
「そうとも限りませんよ。もしかしたら、文字通り『そこから居なくなってしまった』のかも」
「どういう……事でしょう?」
マルグリットは呆気に取られて、目を丸くした。
「例えば何らかの方法でライオンを檻から出す事に成功したとか……王様自身が、二人の様子を見るに見かねて解放したという可能性だってあります」
姫様は凛として持論を展開する。
「で、でもぼかした以上は、語れない結末なのではと……それに、死んでしまうのは悲しいですが、だからこそ心に残る所もあると思うんです」
珍しく、マルグリットが反論を口にしていた。恐れ多い姫様相手に怖気つかずに口にしたその姿に、正直かなり驚かされたた。よほど、思い入れもある作品なのだろうか。想いの丈を示すかのような、強い意志を表情から感じた。
「でも、想像の余地がある以上は語る事ができるでしょう。なら、ハッピーエンドだって可能性が無い訳じゃ無いと思いませんか?」
そんなマルグリットにも臆さず、姫様は堂々と言い放った。
「ハッピーエンド……ですか?」
「ええ。物悲しい話に心を打たれる事もあります。それでも私は、可能性があるなら、ハッピーエンドを想像してみたいんです」
言いながら姫様は、胸元を両手で触れて静かに目を閉じた。
「嬉しい事や、楽しい事が待っているから、辛い事や悲しい事だって我慢できるんです。じゃなきゃ、本の中で不幸になる彼らや彼女達が可愛そう……そういう未来の余地だってあったって良いじゃないですか。世の中には辛い事も悲しい事も溢れています。だからこそ、わたくしはハッピーエンドをこよなく愛しているのです。そして、そうある事を願っています」
ああ、なんてお優しい方なのだろう。むず痒い感動が胸元から競り上がって来た。
言っている事は綺麗ごとかもしれないが、それが彼女だ。この言葉だけでも昔から何も変わっていないのだと、自身を持って確信する事ができる。
「そう……ですね。そうあると嬉しいと、思います」
はじめは戸惑っていたマルグリットも、どこか腑に落ちたように頷いた。
「私も、死んでしまうよりは、少女もライオンも、どこかで楽しく暮らしていてくれたらいいなとずっと思っていたんです。でも、なんだかそうあっちゃいけないような気がしていて……」
言いながら、彼女は顔を綻ばせた。
「私も、二人に幸せになって欲しいです。ううん、私も、そう在りたいと思います」
彼女が吹っ切れたように口にした所で、ベルナデットがそっと姫様に顔を寄せた。
「姫様、そろそろ……」
「分かりました。オードリィ様、今日は来てくださって本当にありがとう。今後とも良き関係を……ううん、良きお友達になってくださると嬉しいのですが」
「そそそ、そんな、お友達だなんて……恐れ多いです。でも、楽しい時間を過ごさせて頂きました。お、お呼びいただき、本当にありがとうございました……っ」
よっぽど緊張して居たのか、言いながらぺこりと、使用人のように深くお辞儀をしてしまうマルグリット。それを見て、僕は思わず顔をしかめながら逸らしてしまった。
今度は姫様の方が呆気に取られたようにしていたが、すぐに小鳥の囀りのような笑い声を上げながら先にテラスを後にして行った。去り際にお辞儀をしたベルナデットも、もう一度僕の方に視線を向けてから彼女の後に続いていく。シルフェリア様の面会できた喜びと同時に得も言われぬ不安も抱いて、僕達もテラスを後にした。
外ではリアがなんともそわそわした様子で待っていたので、出会うなり鼻で笑ってやったらものすごい剣幕で睨まれた。
それから彼女の案内で部屋に戻ると、見慣れないメイドが僕の部屋の前で待ちぼうけていた。視界に入ったらリアはすぐに公私の公の身のこなしで僕らに対して振る舞うと、先に部屋の前へ向かい、待っていたメイドに声を掛ける。そのまま2、3言言葉を交わすと、メイドはリアに何かを手渡して去って行った。
封筒を受け取ったリアは、その宛先を小さく読み上げながら僕へとそれを手渡す。
「えっと……あんた宛てにメッセージみたいよ、ほら」
封筒は金粉で鮮やかな彩色が施された、見るからに格式の高いものだった。その中央に整った字体で
「ルーフェン・ゴート様」と書かれている。
「――と言うかお前、文字が読めるのか?」
「パーラーメイドなら必要知識よ。書くのはぶっちゃけ無理だけど……そうでなくても書類整理とかやらされる事もあるし」
当たり前のように口にしたリアを前に、僕はほんのわずかだけ彼女の事を見直した。文字が読める事は教養の証だ。それを彼女が持っている事を、素直に感心する。
差出人は書かれていなかったが、封蝋に写されたその紋章から、僕はその相手と内容を理解した。




