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初恋を叶えた奴は尊敬に値する

 

 

 

 俺は最初、彼女が何を言ってるのか理解できなかった。


「ぇ、ぁ……ご、ごめん。き、聞こえなかったから、もう一度言ってもらっていいか?」


 聞き間違いだ!聞き間違いだ!聞き間違いだ!きっと血を流す姿を見たせいで混乱してたんだ。もう一度聞けば、違うことを言ってるはず。


「あ、ご、ごめんね?声、小さかったよね?」



 それでも。



「ははっ、まあしょうがないって!今日風強いし!」


「あはは、確かにね。……それじゃあもう一度言うね?」



 それでも。



「――私、好きな人が出来たの」



 その言葉は変わらなかった。



「…………」


 その時の俺の顔を、どう表現すればいいのだろうか。死にそうな顔?この世に絶望した顔?好きな人に間接的に振られた顔?……そりゃあ、そんなピンポイントな顔があるなら、今だろうけども。

 まぁ、いいか。つまり、総じて言うなら、それだけ『酷い顔』をしてたということだ。

 なにせ、ずっと好きだったんだ。幼稚園の頃からいつも一緒に居て、たくさんの思い出を作って、将来は結婚する約束までして……。

 こう言うと、自意識過剰に思われるかもしれないが、それでも、俺と彼女はこのまま続いてくんだと思っていた。

 このまま一緒にいて、いつかお互いに意識しあって、想いを伝えて……。

 けど。けど、彼女には好きな人ができた。

 きっと、俺は甘えていたんだ。この関係に。終わりなんていつ来るかもわからないのに。

 それで、結局後悔してる。もう、遅いのに。


「へ、へぇ〜、お前に好きな人ねぇ……。よかったじゃん。お前あんまり社交的なタイプじゃないからさ、心配してたんだよ。友達もあんまりいないし」


「酷いなぁ〜もう。ふふっ、でもその通りだね。いつも涼くんが側にいたし」


「だろ?」


 そうだ。いつも俺が側にいた。


「でも、そういうのも卒業しなきゃなって。涼くんにはお世話になりっぱなしだしね」


「ほぉー、いい心がけだな」


「でしょ?」


 いつまでも俺を頼ってくれていいのに。


「それで、何で俺にそのことを話したんだ?」


「そうだな〜。やっぱり、お世話になってる涼くんには、報告しておきたかったっていうのが一つかな」


「なるほどね。それでもう一つは?」


「その……恥ずかしいんだけど、恋をしたのが生まれて初めてだったから、涼くんにはたまに相談に乗って貰いたくて。もちろん、お世話になるのを卒業するって言ったからには、あんまり頼らないようにはするよ?ただ、私にとって涼くんってお兄ちゃんみたいな人だから」


 ……結局、それが答えだったんだろう。香織にとって俺は、昔から一緒にいる幼馴染(兄妹)でしかなく、恋愛対象としては一切見られていなかったってことだ。

 ……ははっ、笑えるな。


「ぁ、ああ!お兄ちゃんに任せとけ!お兄ちゃんがいれば百人力だぞ?」


「もう!すぐ調子に乗るんだから」


 そう言いながらも、どこか嬉しそうな笑みを浮かべる香織。

 そんな彼女に、震える声で返したのは、


「……今日は……さ、ほら、俺のクラス宿題が多くてさ!今からやらないと間に合いそうにないんだよ!……だから。好きな人の話はまた明日でいいか?」


 逃げだすための言葉だった。


「そっか。うんわかった。今日は色々ありがとね?」


「気にすんなよ。お前も頑張れよ」


「えへへ!うん!頑張るね!」




 それが最後の記憶。

 そこから香織がどうやって帰ったのかも、俺がどんな言葉を返し、返されたのかも。何も。何も覚えてなかった。

 気づけば、夜はとっくに深まり、常闇に満ちた部屋の中、一人ベッドに倒れ伏していた。


「ははっ、何してんだろうな」


 真っ暗な部屋に、枕を通して篭る声が静かに響く。


「あーあ、あっけなかったな。俺の初恋」


 本当にあっけなかった。いくらでも想いを伝えるチャンスはあったのに、それを不意にし続けた結果がこれだ。


「いや、逆に伝えなくてよかったのかもな。どうせ振られてたんだ。変にギクシャクするより何百倍もましだ」


 そうだ。向こうはどうせ幼馴染(兄妹)としか思ってなかったんだ。ならこれで正解だった。

 ……それなのに


「あいつの側にいれるならそれでいいよ。うんそうだよな……ぜ、たい。そっちのほあが……っ!」


 それなのに


「くっ、ぅぅぅ、……」


 どうして涙が止まらないんだろう。


「クソクソクソクソクソっ!好きだった!ずっと、ずっと好きだったんだ!簡単に納得できるわけねぇだろ!」


 蓋をしていた感情が溢れだし、大粒の涙となって零れ落ちる。


「なんでなんでなんで!……っ!……クソっ!」


 結局のところ、どれだけ言い訳を並べ誤魔化しても、悲しくないわけが、悔しくないわけがなかった。そんな簡単に割り切れるものなら、10年以上も片思いなんてしていない。


「はぁ……」


 もう何も考えたくなかった。


「明日、学校行きたくねぇな……」


 その呟きを最後に、俺の意識は遠ざかっていった。











 ピピピピピピ……


「う……んん、うるせぇ……」


 音が鳴る方へと手を伸ばし、叩くように時計を止める。


「もう朝か……」


 大きな欠伸とともに、寝起きでだるい体を起こす。止めた時計に目を向ければ、朝の7時であることが確認できた。


「はぁ……」


 目覚めた頭で思い出すのは、昨日の記憶。もしかしたら夢であった可能性も……なんて、調子のいいことを考えていたが、視界の隅に映る割れた窓ガラスが、否応にも現実をつきつける。


「学校、休もうかな。でもなぁ、休んでも現実逃避にしかならないし、うーん……」


 寝起きの頭を掻き毟り必死に考える。まず休むとしたら、親が家に居ない以上自分で連絡するか、親に体調が悪いことを伝えて、連絡してもらうか。


「でもなぁ。忙しい親に頼むのも迷惑だろうし、そもそも先生に嘘つくってのもなぁ……」


 自分で言うのもなんだが俺は優等生だ。成績はいつも学年10位以内をキープしてるし、もちろんズル休みなんてしたことがない。だからこそここで、俺のいい子ちゃんな部分が悪事に待ったをかける。


「……だぁぁぁぁっ!もう行こう!うん!大切なのは勢いだ!まぁそれに、雫に相談できるしな」


 無理やり納得させた思考に映るのは、1人の親友の姿。

 あいつに相談すれば何か変わるかもしれない。


「そうと決まれば行こう!気の変わらないうちに」


 思い立ったが吉日、勢いのままベッドを飛び出した。









 その後、学校へ行くための諸々の準備を済ませ、家から自転車で20分の距離にある山岳高校へと着く。ちなみに、山岳高校という名前の学校ではあるが、近くに山は一切ない。

 俺は校舎近くの駐輪場に自転車を止め、三階にあるニ年一組の教室へと向かう。

 今の時間は7時50分。教室に8時40分までに入室していればいいことを考えると、クラスメイトが集まるには少し早い時間ではあるが、親友の雫はいつもこの時間には登校して、1人黙々と勉強をしている。

 そのことを考えると、周りにクラスメイトが居らず、雫だけが教室にいるという状況は、相談するにはもってこいのタイミングではある。


「ついた」


 教室の前に着き、深呼吸を一つ。

 なぜだろうか。普段なら教室に入るぐらいで緊張なんてしないのに……なんて、その理由ぐらいちゃんとわかってる。

 たぶん俺は親友に、自分が間接的にでも振られたことを報告するのが嫌なんだろう。それはきっと俺のちっぽけなプライド。仲がいいからこそ何故だか言いたくない、でも聞いてもらいたいという気持ちの悪い矛盾。


「はっ、ここまで来て何言ってんだか……」


 パシッ。と自分の頰を両手で叩き、気合いを入れる。

 今さら恥ずかしがったってしょうがない。それにあいつなら真剣に聞いてくれるはずだ。


「よぉーーし」


 覚悟は出来た!開けるぞ!


「1、2の「何してんのー?」ギャァァァァァァ!?」


 突然背後から聞こえた声に、思わず、普段出さないような大声を上げてしまう。


「あははー、『ギャァァー』だってさー。変なの〜」


 声の方へと振り向けば、セミロングの髪を片方耳にかけた、眠そうな目の少女がこちらを見てケラケラと笑っている。


「なんだよ雫かよ。驚かせんな」


「えー、勝手に驚いたのは涼太の方じゃん。それを人のせいにするのはよくないな〜」


「うっ、まあたしかに」


 文句言いたげな……いやもう言ってるけど、そんな視線でこちらを睨む少女から逃げるように顔を背ける。


「こら。逸らさない」


 しかし雫は、それを許さないとばかりに、細くしなやか指で俺の鼻を引っ張り、正面へと向かせる。


「うっ……」


 向いた先に映るのは、端正な顔立ちの綺麗な少女。

 いくら俺が香織のことを好きで、こいつが中学からの親友だとしても、流石に照れるものは照れる。

 ていうか、まつ毛ながいし肌白いしヤバイなコイツ、俺じゃなかったら死んでるぞ。


「……顔近い」


「うーん?……あっ、もしかして照れてるの?可愛いな〜もう〜」


 そう言って、俺の顔を両手で挟んで揉みくちゃにしてくる。


「だぁぁ!うぜぇ!やめなんし!」


「……なんで急に花魁言葉?」


 おっと、危ない危ない。俺の性癖が思わず口に出てしまったよ。まぁ、嘘だけど。

 とりあえず、くだらない?ことを言ったおかげか、揉みくちゃの刑が停止した隙に、さっと後ろに身をかわす。ゴンッ


「いってぇ……」


「あははー。そりゃあ、後ろに扉があるんだからさ。そうなるよ」


 忘れてたぁ……。


「涼太ってバカだよね〜。勉強出来るけどバカ」


「……褒めてる?」


「えー?逆に褒められてると思ってる?」


「……ないです」


「うんうん。素直なのはいいことだね〜」


 雫は165センチの背をめいっぱい伸ばして、俺がぶつけた箇所を優しく撫でる。……ほんと、こいつのこういう所はズルい。


「もう痛くなくなったかな?」


「あ、うん……ありがとう」


「ふふっ、どういたしまして」


 ……ふぅ、落ち着け。こいつの笑顔は見慣れてるはずだ。……なのになんでか、今日の笑顔はやけに輝いて見える。……って、おいおいおい。それは節操なしにもほどがあるだろう俺。


「ん?どうかした?」


「あ、いや、何でもないよ」


「そっか?ならいいかな〜……と、それにしても今日はどうしたの?」


「ん?なにが?」


「なにがじゃなくてさ〜。ほら、今日はいつもより早いじゃん?来るの」


「あっ」


 そうだ。突然後ろから声をかけられたせいで、頭から消えかけていたが、わざわざこの時間に来たのはこいつに会うためだった。

 俺は「ふぅ」と短い息を吐き、気持ちを引き締めと、


「……実はさ、相談に乗って貰いたいことがあるんだ」


「……うん、わかった。それじゃあ教室に入ろうか」


 俺の気持ちを汲み取ったのか、先ほどまでの笑顔とは一変、真剣な表情を浮かべる雫に暖かい気持ちが広がる。

 ほんといい親友を持ったな。


「あぁ」


 雫に返事をして教室に入り、普段座っている自分達の席へと着く。

 幸い俺と雫の席は、窓際の一番後ろに俺、その前に雫なので、会話するぶんには何の問題もない。


「それで?相談っていうのは?」


「実は……」


 そこから俺は、昨日あったことの全てを話した。もともと雫は、俺が香織を好きなことは知っているので、話はスムーズに進む。

 相談内容を聞き終えた雫は、拳をあごに当て、うんうんと頷くと、


「とりあえず、窓ガラスを叩き割るっていうのはすごいね〜。声かければいいのに」


「今の話聞いてそこかよ!?……って普通ならツッコムんだが。まあ、俺がその話を聞いたとしてもそこを話題に出すな」


「そりゃあね〜、普通の人ならやんないし。ま、気づかなかった涼太も悪いんだけど」


「ええ!?小学生の時以来のサインなんて普通に忘れてるだろ」


「いや、忘れてることは問題じゃなく……そもそも、音がエイトビートを刻んだ時点で気づくでしょ」


「うっ」


「ほんと、涼太は香織ちゃんのこと天然っていうけど、私から見たら2人ともあんまり変わんないよ?」


「そ、そうか?」


「えぇ……そこで照れちゃうのか……」


 満更でもない俺の反応に、雫は心底呆れたという様子で首を横に振る。

 うーん……好きな人と似てるところがあったら嬉しくないか?普通に。


「普通じゃないから」


「……よく俺の考えてることがわかったな?」


「涼太ってわかりやすいしね〜。そ・れ・に、何年の付き合いだと思ってるのさ。ん?」


 言葉に合わせて、俺の鼻に人差し指をちょんちょんと当てる。

 ……こいつ、俺の顔弄るの大好きだな。


「うん。大好きだよ?」


「うぇ!?……って、あぁ。また考えを読んだのね」


「ご名答〜。ドキドキした?ドキドキした?」


 ニヤついた笑みでこちらをからかおうとする雫に、ふと、悪戯心が芽生えてくる。

 ……いつもこいつにはからかわれっぱなしだからな、たまには反撃に出ても構うまい。

 と考えた俺は、できるだけカッコいい顔を心がけ、


「――あぁ、すげぇドキドキした」


「え?」


「ていうか、俺はお前と話す時いつもドキドキしてるよ」


 キザなセリフとともに手のひらを雫の頰に添え、出来るだけ真剣な眼差しで顔を覗き込む。


「雫はどうかな?俺にドキドキしてくれてる?」


「あ……もう、調子に乗るな」


「痛たっ」


 ふざけ過ぎたせいか、なかなかの威力のデコピンを受けた。

 ちょっとした出来心なのに……。


「……あれ?待って、痛たたたたた!急に死ぬほどの痛みが来たんだけど!?なに!?お前の指金属でできてんの!?」


「え?もう一度くらいたいの?」


「ご、ごめんなさい!?」


「わかればよろしい」


 痛みに耐える中、何とか謝罪だけは成功させる。

 だってすげぇ痛いもん。ヤバイなこれ、もう二度とくらいたくねぇ。


「はぁ……それで?涼太はどうしたいのさ?」


「へ?」


 突然の真剣な声音についていけず、思わず空気が漏れる。


「香織ちゃんのこと」


「……急に来たな」


「そりゃあね〜。本題はそこでしょ?」


「まあ、な」


 真面目な顔つきに戻った雫に戸惑いながらも、椅子に深く座りなおし、真摯な態度で向き合う。


「正直この問題については、涼太の気持ちが全てだと思うよ」


「俺の気持ち……」


「例えばさ、香織ちゃんが知らない男の人とデートしてます」


 香織が知らない奴と……うっ、あんまり考えたくないな……。


「手を繋いで楽しそうに歩く2人は、近くのホテルに入っていきました」


「いきなりホテル!?」


「最近の若者はそんなもんだよ」


「そうなの!?」


 いやいやダメだろ。そういうのはもっと段階を踏んでから……じゃなくて、


「急になんの話だよ?」


「心理調査だよ。それで、どうだった?今の話を聞いて嫌な気持ちになった?」


「……なった」


「ふふっ、ならそれが答えだよ」


「答えって……」


 何のだ?俺が香織のことをまだ好きってことか?でもそれは……


「『でもそれは、昨日の出来事だから当然じゃないのか?』かな?」


「はぁ……ったく、勝手に心読むなよ。……でも確かにその通りだ。違うのか?」


「うーうん。違わないね〜」


「だったら、んむっ!?」


 反論しようとした俺の口を、雫は指で遮り、見透かすような瞳でこちらを見つめる。


「なら涼太は待つの?失恋の傷が癒えるまで、まるで逃げ出すように。それが本当に涼太のしたいこと?」


 俺のしたいこと……逃げ出すことが俺のしたいこと?……違う。そんなわけがない。でも……


「でも、あいつにとって俺は、ただの幼馴染でしかなくて……」


「そうかもしれないね。でもさ……涼太にはそれが諦める理由になるの?……いや、できるの?」


 諦める理由にか……もしかしたら、それで納得した方が幸せなのかもしれない。既に決着がついてることに対して、縋りつこうとするのは、きっと辛いことだ……でも、俺は……


「……できない、したくない、諦めたくない!」


「ふふっ、だよね〜。それでこそ涼太だよ」


 雫はカタンと席を立ち、俺の背後にまわると、まるで勇気を与えるかのようにギュッと強く抱きしめてくれる。


「……頑張ってね。応援してる」


「……ありがとな」


 雫の温もりを感じながら気づく。

 どうして、いつにも増して、こいつの笑顔が輝いて見えたか……きっと俺は安心していたんだ。いつもと変わらない笑顔や、いつもと変わらない俺たちのやりとりに。だから輝いて見えた。当たり前のことが嬉しくて。


「ほんと、お前って最高だよ」


「お?なになに、惚れちゃった?」


「あぁ、そうだな。惚れそうかもな」


「えへへ、もし涼太が香織ちゃんに振られちゃっても、私が付き合ってあげるよ〜」


「ぷっ、あはは!そん時はお願いしようかな」


「まかせなさ〜い」


 そんな冗談を言い合いながら、お互いの頰が触れ合っているこの状況。


「えーと。ラブラブな二人の世界を邪魔して悪いけど、他の人達もそろそろくると思うから、その辺にしといた方がいいんじゃないかな?」


「「…………」」


 そりゃあ勘違いもしますよね。

 ……というか、完全に時間と場所を忘れてた。

 

 

 

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