初恋は叶わないとか言う奴は負け犬
よろしくお願いします。
突然だが。俺、前川涼太には好きな人がいる。その子は、俺の恋心フィルターを外して見ても、文句のつけようがないほどに美しく可憐な少女。いわゆる美少女ってやつだ。
そんな美少女が今現在。俺の部屋のベッドの上、30センチもしない距離に座っている。
――これはヤバイ。何がヤバイかと言うと、色々ヤバイ。
だが落ち着け。と、俺は緊張によって荒ぶる心を無理やり押さえつける。
そもそもの話、彼女が俺の部屋にいること自体は、特別珍しいことじゃない。
……これだけ聞くと、『何だこいつらすでに付き合ってんのか?』と勘違いされそうだが、残念ながら俺たちの関係は、そこまで甘酸っぱくはない。
ではどんな関係か。
これは少し、いや相当な自慢になってしまうが、俺の隣に座る美少女――姫野香織と俺は幼馴染である。
幼馴染である。
一応大事なことなので2回言っておいた。
まぁ、自慢はさておき。
では何故。幼馴染が、自分の部屋のベットの上に座っているだけで、ここまで緊張しているのか。
まず一つ、当たり前の感情として、好きな子が側にいれば誰だって緊張するだろう。
そしてもう一つ。これが一番重要。姫野香織(俺は香織と呼んでいる)が、白くなめらかなほっぺを真っ赤に染め、もじもじと落ち着かない様子で、俺のことを上目遣いで見つめているのだ。
――無理だろ。これは無理。緊張するに決まってる。だって、あまりの可愛さに、世界の中心で愛を叫びたくなるレベルだもん。世界の中心がどこか知らないけど。
閑話休題。
とりあえず、愛おしさで狂いそうになる心は置いといて、何故こんな状況になったのかを考える。
今日は確か……うん。特別言うこともない普通の1日だった。朝起きて。学校行って。勉強して。帰ってきた。ハイ終わり。
ではどこからこの状況が始まったのか。
それは、俺が学校から帰宅し、自室で寛いでいる時のこと。――不意に、窓ガラスからコンコンという音が聞こえてきた。
俺は最初、どうせ風がぶつかっている音だろうと思い、それを無視していた。すると、何故か突然、不規則だった音がエイトビートを刻み始めたのだ。
俺は思った。随分とロックな風だなってね。
そして無視した。
そしたら窓ガラスが割れた。
びっくりした。
何事だ!?と思って見たら、隣の家に住む香織が顔を真っ赤にして、ついでにお手手も真っ赤にして屋根の上に立っていた。
俺は言った。
……とりあえず止血しよっか?
……うん。分かってる。俺の幼馴染兼好きな人の頭が少々残念だってことは、ずっと側にいた俺が一番分かってる。それでも好きなんだからしょうがない。
というわけで、五月漂う雨の匂いに満たされた部屋の中、手に包帯を巻きつけた少女が、上目遣いでこちらをみつめているこの状況。
……改めて考えると緊張もクソもねぇな。どれだけ好きな女の子と一緒にいようと、どれだけその子の仕草が可愛かろうと、血を流して立っている姿を見たんだ。緊張の前に心配するわ。
「はぁぁぁぁ……。それで?怪我は大丈夫なのか?」
俺は緊張していた自分がバカバカしくなり、黙ったままの香織に切り出した。
「あ、うん。大丈夫だよ。……ごめんね?窓ガラス割っちゃって」
「気にすんなって。ガラスはまたつければいい。今はお前の怪我の方が心配だ」
「うん……色々ありがとう」
「おう」
パッチリとした目を細めて笑う香織から視線をそらす。やっぱり可愛いなこいつ。
「それで?なんか用があったんだろ?」
「え?」
「いや、『え?』じゃないだろ。なんだ?嫌がらせかなんかで、窓ガラス叩き割ったのか?」
昔から、香織が窓ガラスを叩く時は、用事があるというサインだった。といっても、小学生の時を最後に叩かれることがなかったので、すっかりその存在を忘れていたが……。
「あっ違うよ!うん、実は相談したいことがあって」
「ふーん……お前が相談なんて珍しいな?いつもの勉強を教えてくれってやつじゃないんだろ?」
「ち、ちがうよ!あっ、でもそれもお願いしたいかな?」
そう言って、人差し指同士をちょんちょんと合わせ、伺うような視線を向けてくる。うん、可愛い。
「まぁ勉強に関しては、いつも美味い弁当を食わしてもらってるからな。遠慮する必要はねぇよ」
「ふふっ、ありがとう」
「こちらこそ」
……今の会話だけ見ると、まるで香織が勉強できない奴みたいに思われそうだが、別にそういうわけではない。……まぁ、割れるまで窓ガラスを叩き続ける奴が勉強できるわけないだろ!ってツッコミもよくわかる。が、それは人より少し力が強くて、多少天然が入ってるだけだ。
「それで?少し脱線しちまったけど、結局相談ってのはなんだ?」
「あ、うん。……あ、あのね?……その……」
「はぁ……別に焦らなくても大丈夫だよ。ゆっくり話せばいいんだ」
「そ、そうだよね」
焦る香織に優しく語りかけると、香織は何度も頷き、ゆっくりと深呼吸をし始める。
「すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。すぅーはぁー。」
俺は何も言わなかった。何故なら好きだから。まあ冗談はさておき。長い時間をかけたお陰か、緊張がほぐれた様子の香織は「よしっ!」というかけ声と共に、見たこともないような真剣な顔つきになる。
そして――、
「あのね」
その言葉を言った。
「私、好きな人ができたの」




