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3.消失事件、再び

 今日の昼休みもいつもと同じく、仲安と一緒に弁当を食べる。いつもならこの昼休みは、心安らぐことができる時間なのだが……。俺はさっきからそわそわするばかりで、全く落ち着くことができないでいた。理由は明白。チュンがいるからだ。

 チュンは少女の姿になっても、なぜか俺の頭の上に鎮座していた。しかも正座で。

 チュン曰く「この姿は幻術じゃけん」とのこと。確かにチュンの言葉を裏付けるように重さは雀の時と変わらないのだが、やはり頭の上で正座されて、嬉しいものではない。ある属性を持つ方々には、俺のこの状況はご褒美なのかもしれないが。生憎と俺は、そんな性癖は持っていないものでして。


「悠護、学校て面白ぇのぅ! 特にあの『れきしのせんせい』の話が面白れかったわ! 人間って昔の人間の行動とかいちいち覚えるんじゃって、初めて知ったわ」

「そ、そうか……」


 なにやら興奮冷めやらぬ様子のチュンに、俺は仲安に聞こえないように静かに相槌をうつ。


「お? いつの間にかみんな食べ物を出しとるのぅ。飯食う時間も決まっとんか。へぇー」


 相変わらず正座を崩さないまま、チュンはきょろきょろと教室の中を見回しているのだろう。チュンの動きがダイレクトに頭に伝わってきて、変な感じだ。

 ていうか、頼むから静かにしてくれ、チュン……。俺にしかお前の声が聞こえないとわかっていても、やはり落ち着かない。もしこのクラスに霊感の強い奴がいたら、どうするんだ。

 と次の瞬間、俺の頭からチュンが飛び下りた。やっと下りてくれた――と安堵する間もなく、チュンは漆黒の目をキラキラとさせながら、俺の顔を覗き込んできた。


「悠護。その米、ちょっとわしにもわけてはくれんかのぅ」


 つつ、とヨダレを垂らしながら、俺の弁当箱を食い入るように見つめるチュン。犬ならば間違いなく、はち切れんばかりに尻尾が振られていることだろう。

 米か。そういやこいつ、雀だもんな。

 それにしても――。


「妖怪もご飯食べるんだ……」

「何なら? 食べたら悪いんか?」

「い、いや、別に悪いとは言ってはいないし」

「波崎どうした? 独り言? 昼間っから夢でも見てんの?」

「いっ、いや!? あの、えっと」


 しまった。つい声を出してしまった……。

 チュンと仲安に交互に視線を送り、どう言い訳をしようか必死で考えを巡らせていた、その時だった。


「おい! 消えたぞ!」


 一人の男子が勢いよく立ち上がり、教室の外まで聞こえんばかりの声量で叫んだ。


「もしかして、魚!?」

「あぁ。俺のちりめんじゃこが消えた!」


 たちまち教室中が騒がしくなる。まさか魚消失事件が、今日も発生するとは!


「私のもなくなってるー!」

「みやまちゃんのも消えたよ!」


 皆席を立ち、口々に被害状況を伝え合う。

 今日は昨日よりも、被害に遭った人数が少しだけ増えているらしい。昨日の騒動を受けて、わざと弁当に魚を入れて来た奴もいそうだ。

 またしてもその場を仕切った学級委員の女子は、二日続けて起きた謎の現象に眉間を押さえている。

 ちなみに今日の俺の弁当にも魚類は入っていなかったので、俺はひたすら傍観者に徹していた。今まさに俺の目の前に非常識な存在があるだけに、下手なことを言うことができなかったというのもある。


「それにしても、消えたのが魚だけってのが面白いよな。この冷凍チーズカツの美味さを理解していないとは。弁当を盗った奴はまだまだだな」


 何がまだまだなのかはよくわからなかったが、俺は仲安に適当に相槌を打つと、ほうれん草とベーコンのバター和えを口に放り込んだのだった。

 色めき立つ教室の雰囲気をものともせず、チュンは俺の白米を半分平らげてしまった。そして満足げな顔を作ると、再び頭の上に戻ったのだった。







 背後から着いて来る夕日に照らされ、俺の眼前に長い影が伸びる。だが、影は俺の分だけ。俺の頭の上に乗っているはずの、チュンの影はない。

 本当にこいつ、妖怪なんだなぁ……。しみじみとそんなことを思っていると、突然チュンが口を開いた。


「悠護。昼間の魚が消えた現象じゃけどな」


 それは、家まであと五分、というところの距離だった。どうしてこのタイミングでその話題を出すのかはわからなかったが、そういえばあの時、チュンはずっと無言だったような。


「あれ、妖怪の仕業じゃ……」

「えっ?」


 俺はチュンの口から出てきた言葉に、思わず足を止めてしまった。


「妖怪が、あの魚消失事件の犯人なの?」

「そうじゃ」

「それじゃあ、チュンはその妖怪が魚を食べるところを見ていたってこと?」

「あぁ……」


 俺からはチュンの表情を見ることはできないが、浮かない顔をしているのが容易に想像できる声だった。


「わしら小動物から成った妖怪は、低級妖怪じゃけん……。あの時、どうすることもできんかったんじゃ」

「それって、教室に現れたのは、低級じゃない妖怪ってこと?」

「……そういうことじゃ」


 チュンは沈んだ声で答えると、それっきり黙ってしまった。

 そうか。妖怪にもランクみたいなのがあるんだな……。でもそれって、チュンが行動を起こせないほどの、恐ろしい妖怪だったということなのだろうか? そんな妖怪がなぜ学校に? いつか俺達に危害をくわえてくるのだろうか?

 思わず俺はぶるっと身震いをしてしまった。




 昼間の魚消失事件は、やはりうちのクラスだけではなかったらしい。昨日と同じく、放課後の学校は大騒ぎになっていた。しかし、それは今日限りとなってしまった。

 次の日は、終業式だったからだ。みんな『夏休み』という魔法の言葉の高揚感に支配され、この話題が学校で続くことはなかった。


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