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第8話 優しい嘘

僕は診察室を飛び出した。

外は、激しい雨だった。


泥濘むアスファルトに足をとられ、僕は激しく転倒した。


膝をすりむく痛みよりも、手のひらにこびりついた血の感触が恐ろしかった。


激しい雨が、僕の罪を洗い流そうとするかのように打ちつけてくる。


「違う……僕じゃない……」


震える両手で顔を覆い、僕は泣き叫んだ。

先生を殺してしまった。

たった一人、僕を見捨てなかった人を。


(僕は、どうして……!)


その時。

頭上から、雨の当たる音が消えた。


「雨に濡れると、風邪を引くよ」


静かな声がした。

僕は息を止めた。

幻聴だと思った。

絶対に聞こえるはずのない人の声。


恐る恐る、顔を上げる。

僕の頭上に、一本の傘が差し出されていた。


傘を持つその人は、白衣の胸元を真っ赤な血糊で染めながら。

いつものように、穏やかに微笑んでいた。


「……せん、せ……?」


声が震えた。


「……死んだと思っていました」


先生は少しだけ間を置いて、


「そう思うようにしたからね」


「……先生」


「うん?」


「……僕には、何が起きたのか分かりません」


「そうだね」


先生は静かに頷いた。


「それでいい」


「……いい?」


「今の君に必要なのは、思い出すことじゃない」


先生が言った。


「これから、自分として生きることだ」


先生は傘を傾け、僕を冷たい雨から守るようにしゃがみ込んだ。


「すべての治療は終わった」


「……おかえり、透くん」


時計の音がした。

カチ。


今度は、怖くなかった。

雷鳴が轟いた。


僕は泥だらけのまま、結城先生を見上げていた。

僕の頬を伝うのは、もう。


冷たい雨ではなかった。


(完)

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!


展開や構造について「よくわからなかった」という声がありましたので、主な疑問点について補足をまとめました。


・結城先生は本当に死んでいたのか?

・タイトルの「三つの死」が意味するものとは?

・7話と8話の時系列はどう繋がっているのか?


次のページは、公式解説編です。

ご自身で推理するまで読まないでください!

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