吸血鬼ババア登場
「ははははっ……ここへやって来た人間は10年ぶりですわ」
広間の奥。大きな椅子から立ち上がっている小さな影。
ユートとルーシーが進むと小さな老婆が指をプルプルさせながら、こちらへ突き出していた。
どうやらこの城に住むと言う吸血鬼らしい。見た目は100歳を越えるばあさんである。顔はいくつものしわがあり、黒いシミがいくつもある。
そして腰が曲がっている。150cmあるかないかの身長で腰が曲がっているから余計小さく見える。
だが、一歩一歩近づくに連れて、ルーシーは足が震えてついには進めなくなった。ピンとした空気と老婆から発せられる得体のしれない空気が、ルーシーの背中に冷たい感覚を走らせるのだ。
(やばい、やばいよ、こいつは!)
老婆であるが、弱弱しく思えない。
「なんだ、子供が2人だけじゃない。おかしいですわ。外にはブロンズゴーレム、城の中は骸骨戦士の軍団がいたはず、1階のワーウルフはなにをしていたのですわ?」
そう老婆は首を傾げている。老婆らしくないしゃべり方も不気味である。そして頭も、配置したガーディアンを覚えているところをみると、ボケてはいないようだ。
そして老婆はにやりと笑った。狡猾な笑みだ。
「ぐあああああっ……」
正面奥のボスキャラに集中してしまい、周りの状況に目を配ばれなかった。
ルーシーは気配を感じて左を見る。全身に不気味な光をまとわりつかせた人。
目は閉じて口からは舌が飛び出ている。明らかに死んでいる。
死んでいるのに歩いてルーシーに掴みかかろうとしているのだ。
このモンスターはゾンビではない。これはルーシーも知っている。
ワイトである。
人間の死体に邪悪なものが憑りつき、それが体を動かしている。動きは緩慢であるが、もともと死んでいるから倒すには、細切れに切り刻むか、魔法で燃やすか破壊する。神官によるターンアンデッドの奇跡が必要であった。
(もしくは……)
ルーシーは先ほどユートからもらった聖水の瓶のふたを開けた。
「これでも喰らえ!」
動きの緩慢なワイトに聖水がかかる。
「ぐあああああああああっ……」
遺体は恐ろしい叫び声を上げて、そのまま床に倒れて動かなくなった。
(おお……この聖水も効果あるじゃん!)
ここへ来て初めてモンスターを撃退したルーシー。ちょっとうれしくなった。
「すごいですね、ルーシーさん」
「へ、へへん……。武器さえあればこんなもんさ」
ついルーシーは今の状況を忘れて自慢してしまった。そして思い出した。
広間の奥に座っているボスキャラの存在を。その目は怒りに満ちている。
(し、しまった~っ)
ルーシーは急に怖くなる。
先ほどのワイトはどう考えてもあのボスキャラの家来。それを聖水でやっつけたのだ。老吸血鬼が自分に恨みをもってもおかしくない。
(や、やばい。殺される~)
ルーシーは急に足がぶるぶる震えてその場から動けなくなる。
「あなたがこの城の主ですか?」
ルーシーが恐怖で歩けないのに、ユートは何も感じていないらしく、そんな能天気な調子で吸血鬼に話しかけている。
吸血鬼は一瞬声が出ない。予想外の反応だったからだろう。
咳払いを1つした。
「おかしいですわ。私の邪気に充てられて、普通の人間は動けなくなるのが普通。あなたは何も感じないの?」
「はい、特に何もです。まずは、自己紹介しましょう。初めまして。僕の名前はユート。勇者アリナ様に仕える執事です。年齢は13歳です」
「……私はクラウディア・マナウス。300年の時を生きる吸血鬼ですわ」
老婆はそう自分の名を明かした。これはルーシーが事前に調べていたこと。クラウディアは伝承では、先代大魔王アトゥムスを倒した勇者の仲間とされている。
「それにしても勇者の執事が何の用なのです?」
そうクラウディアはユートに聞く。
「はい。あなたが持っているエリクサーを分けていただけないかと」
正直に答えるユート。屈託ない笑顔である。
「くくく……。私のもつエリクサーを分けてくれですって……。あなた、脳みそが沸騰していないかですわ?」
そうクラウディアは拒否の意思を示した。今までこの古城にやってきた冒険者の大半は、クラウディアを退治して自分の名声を高めようとする者ばかり。
クラウディアは容赦なく、そういう者は殺してきた。これはクラウディアに与えられた大魔王の呪いである。
善の側であったクラウディアが、悪の象徴として冒険者から命を狙われることになったのだ。
大魔王アトゥムスが、滅びる前に自分を倒した勇者一行に与えた呪いは、皮肉に満ちていた。それは人間の欲望に根差した汚い面を浮き立たせるものだった。
「そこを何とかお願いします。すべては、神様から力を与えられた勇者アリナ様のためです」
ユートはそう言って胸を張った。アリナのことになるとユートは見境がない。しかし、ルーシーは別だ。ユートの言葉を聞いてクラウディアの表情に悪意が満ちているのがわかった。
特に『勇者』というワードに反応したようだった。
「ユート、やばいって、そのお願いの仕方は」
ルーシーはユートのシャツをひっぱり、そう小声で言った。
ユートはきょとんとしている。
「勇者ですって……。勇者……。私の知っている勇者は、私が大魔王の呪いをかけられたとき、同情はしたけれど結局は見捨てた。私はそれ以来、300年間。魔物として生きるしかなかったのですわ」
「それはお可哀そうに」
ユートの言葉には本当に憐れむ気持ちが込められていたが、こんな子どもに慰められても300年も孤独に生きて来た老吸血鬼には、逆に馬鹿にされたように聞こえたようだ。
「あなたなんかに言われたくないですわ。死ぬといいですわ!」
元勇者一行に加わっていた魔法使いらしく、無詠唱で直径1mもの炎の火球を5つも作り出した。自分の頭上に半円状に出現している。
「焼かれて死ぬといいですわ、黒炎弾5連!」
すさまじい炎がユートとルーシーに向かって来る。あんな火球が命中したら、間違いなく黒コゲで死んでしまう。
ルーシーはもう死んだと思った。
(ああ……短い人生だった……って、うそ!)
ルーシーは目の前で起こっていることに思わず目をこすってしまった。
ユートが素手でポンポンと火球を受け流したのだ。
直径は5mもある巨大な火球を。
弾かれた火球は広間の壁にあたり、壁が炎に包まれた。
「ありゃ、これじゃ、火事になりますね」
ユートが右手で払うと、燃えている炎に水がどどっと降りかかった。魔法で水を出したのだ。
水の勢いに燃え広がった大火が嘘のように鎮火する。
(嘘だろ……)
たぶん、ルーシーと同じ考えの老吸血鬼は、ポカンと口を開けたまま固まっている。




