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名前のない会話
今日も、シトシトと雨が降っている。
「これだから、梅雨は嫌なんだよなぁ……。」ぼやきながら、バス停までの道を歩いていく。
普段なら、雨の降り始めは土のにおいがするのだが、この季節はそれ以上に泥っぽいにおいがする。
街灯の光が水たまりに滲み、そこに浮かぶ傘の影が、静かに揺れていた。
私と同じ黒い傘を差した人がいる。
「ブルッ」と一瞬、携帯が震える。
ポケットから取り出し、アプリの通知を見る。
「雨がやみます」
もう五分早ければ――そう思いつつ、私は歩みを速める。
やがて、バス停に着く。
先客が振り返ると、目があう。
名前を思い出せないが、学生時代の記憶がよみがえる。
きっと彼だ。何せ、髪型が全く変わっていないナチュラルなマッシュ。
私と同じように、彼も名前を思い出せないのだろう。
初めの一言が出ないけれど、声をかけようとしてくれていた。
私は、まるで鏡に映る自分の様子を見ているようで、思わず笑ってしまった。
それに誘われて、彼も笑う。
「ひさしぶり」――お互いに言葉を交わす。
名前が思い出せないことなんて、どうでもいいよね。
名前を出さずに語った学生時代の思い出は、
不思議なくらい、最近の出来事のように――。




