非運王女は優しい
数量限定揚げパンが出来上がるのはお昼時間の30分ほど前。
それから授業が終わり次第、生徒は急いで並ぶ。
一人で買えるのは2つまで。
限定なんだから一人一つまでにしろよと言いたいのだが,そう決められているのだから文句はつけられまい。
ようは早い者勝ち。
4階建ての校舎から食堂までには距離がある。
三年生が一階、二年生が三階、一年生は四階となっているため一年生は一番不利。
しかも、ティアリス王女運が悪いことに揚げパンが販売する時間の前の講義の教室は最も食堂から遠い。
なんともまあ、不運なこと。
俺が今回の準備ですることは二つ。
先に揚げパンを購入する。
ティアリス王女の順番が回ってきたタイミングで売り切れる寸前になるべく自然な流れで揚げパンを籠に入れる。
普通に買えればよし。ダメならそうする。
ティアリス王女の順番が回ってきた前に売り切れたら何も手出ししない。
あくまで毎回恒例になりつつあるティアリス王女の順番が来たタイミングで売り切れるというティアリス王女の不運にかける。
講義が終わり10分前に行動を開始する。
まずは気配を断絶をさせる。
繊細な魔力操作で体から漏れる魔力の余波をなくす。
その技術により俺は誰にも悟られることなく教室を抜け出すことに成功。
実は講義が始まってからゆっくりと時間をかけて魔力の余波を少しずつ減らしていた。
食堂に着くと、すでに行列ができていた。
学園は選択授業式。
自分が受けたい授業を選択する。
一年生は全ての基礎科目を決められているが、二年生からは将来を見据える授業を選ぶ。
だから、2、3年の生徒がいる。
だが、並べば買えるので急いで並んだ。
「はい!特製揚げパン1つね!毎度!」
無事に買えた。
おばちゃんにお金を渡して、退散する。
まだ揚げパンの数には余裕があり、後ろを見ると列の後方にティアリス王女は並んでいた。
ティアリス王女の後ろに人がいないのは境界線の効果により。
まぁ、どうにかなるかもしれないと思うも警戒を怠らない。
俺はそのまま移動しながら揚げパン売り場と適切な距離を取り、待機をする。
「ああ……やはりか」
期待通りの展開になった。
ティアリス王女の前に5人いる。
揚げパンの残り数は……6つ。
ティアリス王女はまだかまだかと揚げパンの残り数と並んでいる人数を数え始める。
これなら誰もが買えると思うが……。
「揚げパン二つください」
「はいよ!」
だが、少し小太りのやつが二つ買った。
……すると、ティアリス王女は……絶望の顔をしていた。
いや、大袈裟な。
そう思うも入学以来一度も食べれていないので当然か?
でも、まだ並び続けているのは完全に売り切れていないから。
ティアリス王女はもしかしたら数え間違いの可能性もあるからと最後の可能性に信じて待ち続けているのだ。
「……そろそろ準備を始めよう」
俺は買ったうち一つの揚げパンに魔力の膜を作り覆う。
「魔力加工」という魔法。
スティッギー一族の隠魔法の一つ。
盗んだものを新鮮のまま、外的要因から守るための簡易保護魔法。
多少の衝撃に強い。
最後の一人が購入しようとした瞬間を見計らい、俺の魔力でラッピングされた揚げパンを投擲する。
もちろん俺の行動は誰にも見られていない。
そのまま宙をまう揚げパン。俺は魔眼で落下位置の先見ながら無の弾丸で軌道修正を行う。
狙うは揚げパンが入っていたカゴの中。
ただ、中味がなくなり後ろのテーブルに少し雑に積んである空の籠だ。
今のままの落下位置ではダメだ。
それに目立た内容に落下速度も調整しなければいけない。
まずは一撃、今のままでは左にずれてしまうので、微調整で当てる。
揚げパンは長っ細い。なので、パンの端っこが潰れないよう2撃、3撃で、床と平行にし、減速させる。
そのまま上手く微調整ができて吸い込まれるようにカゴの中に向かう。
また、魔眼でおばちゃんの透き通るような大きな声を出すタイミングを見計らう、また、ティアリス王女の視線がカゴの中に向いていることも確認する。
「はい!特製揚げパン一つね!お兄ちゃん運がいいねぇ!最後の一つだよ!」
おばちゃんの大きな声がした瞬間、後ろに並ぶ人たちに終わりを告げる。
よし、完璧なタイミングだ。
その大声を出している瞬間に俺の投擲した揚げパンはおばちゃんの背後にあるカゴの中に入る。
おばちゃんは最後の一つを売るとギリギリ買えなかったティアリス王女を見ると、話しかけた。
「ああ、お嬢ちゃん今回も惜しかったね」
「そ……そうですか……あはは、今回もついてないですね」
そのおばちゃんの一言にティアリス王女は取り繕い笑っていた。
ああ、最近取り繕ろうの下手になってるなぁティアリス王女は。
そう思いつつ最後の一撃を放った。
狙う先はおばちゃんの首の真後ろ。魔力の弾丸は空を切るように首筋を通り過ぎ、その魔力弾は少し距離を空けて建物の柱にぶつかり発散した。
少し違和感を覚えたおばちゃんが後ろに向いて……ハッとした表情をして立ち去ろうとしたティアリス王女に話しかける。
「待ってお嬢ちゃん!最後の一つあったよ!」
「……ふぇ?」
急いで呼び止めたことで戸惑うティアリス王女。
もしや……と思いティアリス王女は話しかける。
「……ごめんねぇ,下げたカゴの中に一つ取り忘れがあったみたいでね……どうする?買うかい?」
ごめんねぇ、と軽い謝罪をするおばちゃん。
いや、おばちゃんは一切ミスしてないよ。俺が仕組んだことなんだから。
そう思いつつも様子を伺う。
するとティアリス王女は笑顔でこう答えた。
「揚げパン一つください!」
「はい、毎度あり。よかったねぇ」
「はい!」
嬉しいんですね。ティアリス王女。
念願の揚げパン購入おめでとうございます。
「……あれ?」
任務を無事に終えてふと思ったのだが、俺が買わなければ無事に買えたのでは?
……いや、俺の行動は無駄じゃなかった。
多分俺が関わっていなかったら揚げパン買えなかったと思う……うん。
最後の人が二つ買っていたかもしれない。
色々思うところがあったが、過程はどうでもいい。
ティアリス王女が揚げパンを買えたという事実が大切なのだから。
そう結論づけて俺は嬉しそうに両手で揚げパンを抱えて席に向かおうとするティアリス王女を眺めていた。
ーー任務達成。
「うん?……何かあったのか?」
ティアリス王女が嬉しそうに歩いているのを見守っていると何か揉め事が起こってらしい。
ティアリス王女はその光景を見ていた。
購買のおばちゃんと、二人の青髪の女の子が話をしていた。
一人は肩に髪がかかるくらいのボブカット、一人は背中まで伸びている。
……あの子は確か10日の短期留学に来ていた隣国の双子王女。
何があったんだろう?
「ごめんね。もう全部売り切れてしまってねぇ」
「本当にないの?探したら一つくらいあるんじゃない?」
「え……学園の名物と聞いて楽しみにしていたのですが」
少し口調が強いのが髪が短いほうで、丁寧な言葉遣いをしてるのが長い方。
10日間だから、上手くタイミングが合わなかったのだろう。
多分出遅れてしまったんだな。
すると、ティアリス王女はそんな光景を見ながら自分の持っている揚げパンを見ていた。
ま……まさかティアリス王女?
「こちら……よろしければ」
「「え?」」
ティアリス王女は揚げパンを双子に手渡していた。
「これはあなたが買ったやつなんでしょ?もらえないわ」
「そうですよ。受け取ることはできません」
即座に拒否する双子。だが、ティアリス王女はボブカットの子に押し付けるように渡す。
「気を使わなくても大丈夫ですよ。私はいつでも買えますので安心してください。せっかく遠くの地からハルバトス王国に来てくださったのです。何か悔いを残してほしくない」
そう微笑みながらティアリス王女は渡していた。
結果的に、二人はそれを受け取り、感謝をしていた。
だが、双子と別れた後のティアリス様は悲しい顔はしていなかった。
むしろ、良いことをしたと清々しい顔をしていた。
「ティアリス王女、そこが貴方の美点ですが、欠点でもありますよ」
俺は一人そう呟く。
ティアリス王女は他人を思いやるやさしい性格をしている。
自分が我慢すれば相手が幸せになる、その場面に遭遇したら気持ちを押し殺して行動する。
自分の気持ちを蔑ろにしている部分もある。
ティアリス王女は多分無自覚にやっている。
だが、そんな懸命な彼女は報われることはなかなかない。
普段のちょっとした運がないだけの不幸。
たまに不運が重なり大事件に巻き込まれることもある。
夜に父上からとある連絡が入った。
最近物騒な事件が続いている。夜も護衛をするように指示がきた。
普段俺の任務の時間はあくまで学園生活を守るだけ。
ティアリス王女が家に帰ったら後は別の人間が護衛をすることになる。
だが、最近悪の組織が活発になりその調査でスティッギー家の人間が調査に出向き人手不足のようだ。
それも一週間と少しで終わるとのこと。
「徹夜を覚悟しなきゃな」
夜、ティアリス王女の過ごす寮の中に入れない。
だから、野営のための寝袋と簡易シャワーなど。
非常食も必要だな。
ため息しながらもティアリス王女の護衛のため、俺は準備を始めたのだった。