生き延びた後
そして俺は再び王宮に戻った。人事は一新されており、周りにいる重臣はほぼ俺の見たことのない連中ばかりだった。
そして俺は再び玉座に座る。
俺の後ろにはラーマ帝国からやってきたお目付け役が立っていた。
王宮に戻る前に皇帝は言った。
「いつか、この帝国とて衰える日が来るかもしれない。その時は遠慮なく反旗を翻すがいい。衰えた国が潰えるのは世の定めだ」
だけど、目は笑っていない。たぶん自分が生きている間は潰えさせなどしないという気概があってこその冗談というやつなんだろう。
そして俺は二度と見ることもないと思っていた扉を開けた。
あいも変わらず、男は妙な光を放つ薄い板の前で座っていた。懐かしい、みすぼらしいのか豪華なのかわからない奇妙な部屋だ。
「お帰り」
俺は男に向かって何を言っていいのかもわからなかった。
「お前がラーマ帝国に向かったとき、言わなかったことがある」
俺は思わず身を乗り出した。
「あれがお前が生き延びられる最後の機会だった。むしろ率先して帝国の足元にひれ伏したお前を帝国は決して殺せないと判断した」
「そうなの」
実際俺は生きているが。
「そしてお前の命の危機は終わった。あとはお前は自分の責任で生きていけ」
そう言って男は俺に出ていくように促した。
「どうして出てこない、今なら俺はお前を迎えてやれるこれからも」
俺はどうしてそれを言ってしまったのだろう。男の肩がピクリとはねた。
「それは無理だ、俺はもう死んでいる」
「じゃあ、どうしてここに?」
お父様は何度呼んでも帰ってきてくれなかったのに。
「それは仕方がない、俺はお前の誰よりも近くにいたから、お前を生き延びさせることが俺の使命」
「それはなぜ?」
「俺はお前……」
男の姿がゆがんだそして俺は誰一人いない部屋で一人立っていた。
もう男には会えないようだ。名前も顔も知らない男には。
そして、いつの間にかあの日の記憶は薄れた。俺は国王として何とかやっている。
たぶん国は何とかなりそうな状況だ。
この国がラーマ帝国の半属国となったことでまあ近隣諸国はいろいろあったらしい。そのこともだいぶ後になってから知った。
俺は執務室で仕事をしながらふと過去に思いをはせた。
あの懐かしい奇妙な部屋で、一度も顔を見せない男と話し合ったあの日のこと。
あの時の奇妙な文字をそっと書いてみた。
だけどあの日意味を理解できていたのに、今の俺にはいったい何を意味する文字なのかさっぱり理解できなかった。




