第二章(十二)「俺が直々に相手してやる」
彼の突入した部屋はランプの火でほの明るく、その光は、胸の高さに弩を構えた二人の男を照らしていた。トットーは室内で待ち伏せていた盗賊たちに、矢で射られたのだ。
「トットー! 大丈夫か」
「──心配ご無用。鎧をかすめていっただけで、刺さってはおらぬ」
騎士はすぐに立ち上がり、元気そうに答えたので、ぼくは短く安堵をついた。矢を放った盗賊はすでに弦を引き直し、次弾を装填している。
ぼくは右手をかざし、精霊力を──
「……ちょっと待った。おまえら、それで全員か?」
居室の奥の暗がりから青年の声がして、盗賊らはやじりを向けようとする動きを止めた。闇の中からすうっと、まるで幽霊かのように、長身の人影がしみ出してくる。
マントについたフードを目深にかぶっているため、人相はほとんど隠れて見えなかった。革製の短衣とだぶついた下衣をまとい、腰帯には湾曲した短刀が挿してあった。
「……ぬしが、大盗賊団の頭領でござるか?」
「まぁな。そういうあんたは、騎士団王都隊のトットー・ヘンダリヒとお見受けするが──まさかこんな小勢でここまで来るたぁ、噂以上じゃねぇか。面白え! そのクソ度胸に免じて、俺が直々に相手してやる」
頭領は、音もなくスラリと刀を抜くと、上背を極端に低くかがめた奇妙な構えを見せる。その姿勢に反応して、トットーも足を開いてやや腰を落とし、両手のまさかりを交差するように携えて戦闘態勢を取った。
「トットーの旦那、あいつは先代から頭領を引き継ぐ前は、暗殺部隊の長だった男です。人殺しの技術も並じゃねぇですぜ」
「……そのようでござるな。あのように構えているだけでも、殺気で肝が冷える思いでござ──むっ?」
あまりの素早さに、どういう足運びをしたのか分からないが──頭領はすべるように、トットーの右サイドへと回り込んでいた。
横なぎに走った短刀の一撃は、まさかりの柄に打ち合わされて止まった。
トットーはその刀身を腕力でぐいと押し込みつつ、左の斧刃を上段に振りかざす。
それが振り下ろされる寸前に、頭領は全身を右回転させてつば競り合いを外し、そのスピンの勢いを乗せた得物の切っ先を騎士の左わきに突き立てようとした。
トットーがわずかに身をよじる。
短刀の刃先は胸の板金の表面を引っかき、ノーダメージで済んだ。おそらくあの短刀にも猛毒が塗られていて、身体のどこをかすっても致命的なものになるだろう。
トットーは懐に入り込んできた頭領に、左手のまさかりの柄頭を打ちつけにいく。だがそれは、瞬く間に二メートル程度後方に退いた頭領の頭部には命中しなかった。
「──チッ、思った以上に鎧が厄介だな。そんなものを着込んでいるクセに、動きも反応も並じゃねぇし、おまけにバカ力ときたもんだ。たまんねぇぜ」
ため息をついて、今度は短刀を持つ右手を前にして身体を横向きにした、スタンダードなスタンスをとった。
トットーは逆に左側を敵にさらし、左のまさかりを中段胸の前に、右手の方を頭上に構える変則的な体勢になる。
「戦意喪失でござるか? 拙者との力量の差を思い知ったなら、いつでも降参するがよいでござる」
「まさか。──命の獲り合いを長く楽しめるな、と思ったのさ!」
意外にも、頭領は真正面から間合いを詰めていく。
トットーは突き出してきた刃先に、左の肩当てを当ててそれを弾いた。そのまま頭領の頭を胴体から切り離そうとする左まさかりのサイドスイングを放つ。
さっと上半身を下げてかわすのを、トットーは先読みしていたようだ。
間髪を入れず、右のまさかりのダウンスイングが狙う──
「ぐおっ!」
甲高い金属音が鳴った。
頭領が頭を低くした次の瞬間にその背後から、奴の側近の盗賊が、弩の矢を撃ったのだ。
なんて狡猾な奴だ。おそらくは何かしらの符丁で──自分の背中の陰に隠れるように部下を動かし、頭を下げた時に射るよう指示を出していたに違いない。
トットーはまんまとそのやじりを右胸に受けた。
幸運にも鉄の板を貫通することはなく、矢は跳ね返されて空をキリキリと舞ったが──かの重騎兵に一瞬の隙を生じさせるには、十分な威力だった。
「そりゃあ!」
気合と共に、頭領がそのかがんだ姿勢から、唐突にバック転を繰り出した。
弧を描いた足の甲が、トットーの無防備なあご先を痛烈に蹴り抜く。
トットーは仰向けにどうと倒れた。すぐに立とうと身じろぐが、脳震とうを起こしているのか身体の自由が利かないように見える。
「っしゃあ! 獲ったぜ──!」
短刀を逆手に握って、頭領は猛然と飛びかかってきた。
状況的に、奴がトットーに一騎討ちを仕掛けてきたように思い込んでいたが──考えてみれば、そんなことは一言も言っていない。
ならば、ぼくが加勢しようが文句を言われる筋合いはないはずだ。
ゴオっと風がうなる。
空気の圧力を全身にぶつけられた頭領は、勢いよく居室の奥の天井近くの壁へと衝突した。
そこから落下しながらも、彼はくるりと身を翻して足から着地すると、がくりとひざを着いた。
「お、お頭!」
「……っ痛ぅ……くそっ、精霊術たぁ分が悪ぃぜ……オイおまえら、ズラかるぞ!」
側近たちはへいと答え、すかさず弩で狙いをつけてきた。
矢が放たれる寸前に展開した防壁魔術に、それらが跳ね返される。
その隙に頭領は、壁にかかったランプを引きはがすと、こちらに投げつけてきた。
魔術の障壁にガツンと弾け、飛び散った油に引火し──瞬く間に辺りが真っ赤な炎に包まれた。
「うあっ、熱っちぃ! だ、旦那、早く火を何とかしねぇと──」
熱気にあおられて、ブンゴンが叫ぶ。
どうすれば、火を消せるか?
真空を作り出して酸素を遮断するのは、こちらも窒息してしまう危険がある。であれば──
ぼくは水精霊を操り、燃え盛る油に、冷気を浴びせかけた。
思惑どおり、温度が下がり蒸発しなくなった油から、おもむろに火の手が引いていく。
やがて完全に鎮火して、辺りが暗闇に染まると、ぼくたちはほっと安堵をついた。
「トットー、大丈夫か」
「……ああ、何のこれしき。それより早く、彼奴らを追わねば……!」
ぼくに脇を支えられて、トットーは多少ふらつきながら立ち上がる。
その間に、ブンゴンは手提げの小さく簡素なランプを手にして、火を入れていた。室内にわずかな視界が戻ると、頭領たちの姿はどこにも見当たらなくなっていた。
敵ながら見事な撤退ぶりだ。
「……奴らは、どこへ逃げたんだろう?」
「こっちですぜ、旦那」
ブンゴンは足早に居室の奥へと進み、迷わず左側の突き当たりの石壁をぐいと押し込んだ。すると壁の一部が回転扉のようにくるりと回り、人ひとりがギリギリ通れそうな隙間が生まれた。
「何と。隠し扉でござるか」
「この先の階段は、宮殿の屋上に通じておりやす。そこから城の外へと脱出するつもりでしょうねぇ」
「むむ、そうはさせぬでござる!」
トットーは鼻息も荒く、隠し扉の狭間へと突進していき──ちゃんと過去の反省が生きたのか、その直前で足を止め、身体を横にして注意深くにじり入った。
ぼくとブンゴンもすぐに後を追って、隠された通路へと飛び込む。トットーはすぐ先の上り階段を駆け上がっており──
「ぐわぁぁ──っ!」
激しい衝撃音が響いて、トットーの巨体が階段を転がってきた。
彼はひと抱えもある大きめの石礫とともに落下してきており、分厚く頑丈なはずの左側の肩当てが大きくひしゃげている。
「と、トットー! 一体何が──」
「……くうっ、不覚でござった。いきなり石が上から降ってきたでござる……」
ぼくは頭を振りながら身体を起こそうとするトットーと、脇に立つブンゴンを交互に見た。ブンゴンはあからさまに愕然としている。
「す、すまねぇ。この罠は、あっしも知らねぇヤツでさぁ……!」
苦渋の色を浮かべ、ぼくはのどの奥で小さいうなり声を上げた。
まさかブンゴンが騎士団に捕らえられたことで、頭領はここまでの事態を予測して、準備していたというのか?
たぶんこの先、罠もこれ一つだけでないだろう。
それらに警戒しながら、解除しながら進むのでは時間がかかりすぎて、奴らに逃げられてしまう──
ぼくは眠り粉を撒く時に見た、宮殿の見取り図を脳裏に浮かべつつ、首を横に振りながら言った。
「──ここから奴らを追うのは無理だ。ブンゴン、この経路は宮殿の屋根へと通じているんだったな?」
「へえ。しかし、屋根まで通じている階段はこれしか……」
「この階層には、確か──ここを出て左手の回廊から出られるバルコニーがあったはずだ。どうだ?」
ブンゴンがうなずきを返すのを待って、ぼくは居室へと戻り、そのまま回廊へと躍り出た。
時折ぼくの後ろを二人がついてくるのを確認しながら、一気に通路を進み、外壁面から張り出した夜空の広がる足場へと駆け込む。
「──見ろ。あそこだ」
後から追いついたトットーとブンゴンに、そびえる石壁の上を指し示した。そこには漆黒の中に浮かぶ光の輪が、左手から右方へと動いている。
「うむ。頭領らに間違いないでござるが──そこまでどうやって登ればよいであろうか」
もっともなご意見がトットーから出されたが、もちろん考えなしにここへやって来たわけじゃない。
「方法はある──ちょっと無茶をするが、覚悟してくれ」
「なぬ? む、無茶とは──」
返事を待たずに、ぼくは術式を空中に描き出した。
同時に風精霊力を封じて、魔術を発動させる。
ブンゴンが悲鳴を上げた。
ぼくとトットー、そしてブンゴンの身体は風の精霊に運ばれて飛翔し、宮殿の屋根の上空へと持ち上げられたのだ。




