第二章(一)「おてんばだなぁ」
エリンズ騎士王国の王都に入り、ぼくは都会のただ中を、まるで罪人かのように引き回された。
「さ、着いたでござるよ。ご同行ご苦労でござった」
「同行じゃなくて、連行でしょ……」
ござる騎士に馬の尻から引きずり下ろされながら言われ、ぼくはぼそりとつぶやいた。
両側を騎士に挟まれながら石造りの建物へと連れ込まれ、予想どおり、ぼくは地下の牢屋が並ぶ一角へとやって来た。
「拙者は正直、ぬしがかような大量殺人を犯したとは思えぬが……まずは疑うが拙者らの仕事でござる故、ご免」
どこまでもマランでの一件と同様に、ぼくは鉄格子の奥へと押し込まれる。ひとつ違うのは、まだ手首を縛られたままだということだ。
「待ってくれ、牢に入れるのなら縄を解いてくれたっていいだろう?」
「それはできぬな。ぬしは魔術師なのであろう……そう簡単に魔術を使わせるわけにいかぬ」
確かに「魔術師の外衣」を羽織っている以上、自分は魔術師であると公言しているも同然なのだが──大国の王都の騎士となれば、それを知っていても当然か。ぼくは吐き捨てるように息をついて、石畳の床にどかっと腰を下ろした。
「──さて、少しものを訊ねるでござるよ。まずはぬしの名前からお聞かせ願おう──おっと、一応申しておくが、エリンズの法の下に、ぬしには黙する権利があるでござる」
黙秘権とは、この世界にしては珍しい法律だ。エリンズは犯罪者には厳しいが、同時に取り締まる側を律する方にも厳しいということか……。
「人権の尊重はありがたいが、ぼくはむしろ被害者側の人間だ。犯人探しならいくらでも協力するよ──ぼくはシラカー・ハイアート、殺害された……ヘベニッフ隊商の護衛として同行していた、魔術師だ」
「護衛とな。では、犯人を見たか? 一戦交えたでござるか?」
ぼくは満面に苦渋をたたえて、首を横に振った。
「その時、ぼくは街道を外れて湖の方に行っていた。そこでうっかり居眠りをして──戻った時にはすでにみんな……死んでいた」
「……居眠り、でござるか……なるほど、やはり間違いなさそうでござるな……」
騎士はこくこくとうなずき、それから目線を合わせるように、ぼくの前に片ひざをついて身を屈めた。
「拙者が判断するに、おぬしは十中八九シロと見てよいかと存ずる。だが……おぬし、この騎士団詰所を出るまで魔術は使わないと、誓えるでござるか」
「……保証はできない。必要であれば、ぼくは魔術でも何でも使う。ただ──その場合でも君たち騎士団に危害を加えることは、極力避けようと思う」
「それでよいだろう──ハイアート殿、確たる証拠がなくばおぬしをここから出すことは法的にかなわぬが、必ずや証拠を集めて参るが故、しばし辛抱めされい」
そう言って、彼は立ち上がった。かぶとの隙間から見える口元が、少し緩んだように見えた。
「──拙者の名は、トットー。トットー・ヘンダリヒと申す。何か用があれば、近くの者に拙者を呼ぶようにおっしゃってくだされ。しからばご免」
ござる騎士──トットーは、一瞬小さく頭を垂れると、すぐにきびすを返して階段へと消えていった。
トットーが去って間もなく、ぼくの拘留部屋にはパンと温めた牛乳が運ばれてきて、手縄も解いてもらえた。抵抗の意思がないことを、彼が信用してくれたからだろう。
しかし、あの場に置いてきたズエンカを放っておくわけにいかない。もしここに長い間囚われることになれば、隠したことが逆に彼女を危険にさらしてしまう。
証拠集めとやらをギリギリまで待つことに決めてから、三時間以上が経過した。外はすでに深い夜の闇に包まれてしまったはずだ。一分一秒ごとに心配がつのり、気が気でなくなる。
「……すまない、トットーを呼んでくれないか。大事な話がしたい」
悩みに悩んだあげく、ぼくは外界への唯一の道に立ちはだかる騎士に向けて、鉄格子ごしに声をかけた。トットーならズエンカを悪いようにはしないはずだと、ぼくも彼を信じることにしたのだ。
騎士はうなずいて、地上に向かう階段の方をちらりと見た、その時。
「それには及ばぬでござるぞ、ハイアート殿」
階段の上からトットーの声がした。そこに人影が見えたと思った瞬間、その側から小さな影がさっと飛び出してきて、がしゃんと音を立てて鉄格子に取りついた。
「ハイアート! 大丈夫? ひどいことされてない?」
「ズエンカ!」
面食らったと同時に、ほっと安堵がもれた。
でも、ズエンカがなぜここにいるんだろう。
「こら、小童! 勝手に話をしてはいかんでござる。──さてハイアート殿、この童はおぬしの知己に間違いないでござるな?」
後から追いついてきたトットーが、鉄格子からズエンカを遠ざけながら訊ね、ぼくはうなずいた。
「そうだ。その子も、隊商で共に旅をしてきた。だが彼女はあの場所で、樽の中に隠れて──」
「そうそう。まったく、心の臓に悪いでござるよ。犯人の犯行の立証のために、現場のご遺体はもちろん、遺留品もすべて回収して細かく調べるのが定石でござる故、その樽も当然に持ち帰ってきていたでござる」
トットーは腕組みをして、ため息混じりに言った。ズエンカは不満げな顔を見せつつも、トットーに言われたとおり、黙って彼の許しを待っている。
「この上の階でご遺体と遺留品を集めて検証を行っているでござるが、拙者が調査の進捗を確認に立ち寄り、その際部下に『被害者たちと地下牢に収監中のハイアート氏との関係を証明できる物は見つかっていないか』と訊ねたところ、部屋の隅に置いてあった樽からこの子が飛び出してきて……」
トットーがズエンカの頭に手をポンと乗せて、彼女はむっとした表情を隠すことなくかの騎士をにらみつけた。
「『ハイアートは悪くない! 檻から出して!』ってわめきながら大暴れされてな。やっとこ取り押さえて話を訊こうとしたら『ハイアートに会わせてくれなきゃ何も言わない』と。そういう経緯でござるよ」
「はは。おてんばだなぁ、ズエンカ」
ぼくはつぶやいて、にこりと笑ってみせる。ズエンカはそっぽを向いたまま、頬をほんのりと紅に染めた。
「さて、ハイアート氏に会わせたでござるよ。ではおぬしとハイアート氏が、亡くなったヘベニッフ氏らとどういう関わりであったか、証言してくれるか」
「……あたしは商人の娘で、隊商と一緒に旅をしてたの。ハイアートは隊商を護る仕事で、あたしたちと一緒だった。ハイアートはあたしと一緒に湖に行ってて、その間に、ヘベニッフさんたちは……だからハイアートは犯人じゃないの。早く、ここから出して!」
トットーの軍衣をグイグイと引っぱりながら、ズエンカが叫んだ。トットーは困ったようにううむとうめきを上げる。
「やはり証言は一致しているし、まずシロに間違いないでござるが──子どもの証言は法審査官が認めぬおそれがある故、他に確実な証拠が欲しいところでござる。何か、被害者との関係を証明できるものが──」
被害者との、関係の証明……何かあるだろうか──
思索を巡らせたその時、突然稲妻のようにアイデアがひらめいて、ぼくはアッと声を上げた。
「どうしたでござるか、ハイアート殿」
「トットー、ぼくの背負い袋をズエンカに渡してくれないか」
「背負い袋でござるか。分かった、しばし待つでござる」
階段を駆け上がっていくばくかの後、トットーはぼくのバックパックを手にして駆け戻り、鉄格子の前で待っていたズエンカに持たせた。
「これでよいでござるか」
「ありがとう。ズエンカ、そこから『写真』を取り出してくれ」
ズエンカも、さっきのぼくと同じようにアッと叫んで、背負い袋に手を入れてまさぐり始める。ほどなく『写真』が収められた薄い板が引っぱり出され、鉄格子ごしにぼくの手に戻った。
「む。それは一体?」
「これは写真といって、通して見たものをそのまま写し取る魔器だ。実際にやってみせるから、こっちを向いてそこに立っててくれるか」
「……こ、こうでござるか」
緊張に顔をこわばらせながら、トットーはこちらをまっすぐに向いて直立した。スマートフォンのレンズを向けてシャッターを切ると、彼は音にびくりと身体を震わせた。
「撮れたよ。ほら、こんな風にできるモノなのさ」
スマートフォンをひっくり返して、画面の方をトットーに傾ける。そこに映った自分の肖像に、彼はオオッと驚嘆を上げた。
「これは驚きでござる。かような魔術、初めて拝見つかまつる」
「で、トットー。今君を撮ったように、ぼくとズエンカと、ヘベニッフさんたちで一緒に撮った写真がある。──これだ」
画像をいくつかスワイプし、数週間前にテピンの市場で撮影したそれを表示させて、再びトットーに差し向けた。
「……むむ! この者、確かにヘベニッフ氏に相違ないでござるな! よし、このシャシンなるものを証拠として、ハイアート殿の無実を法審査官に申し立てるでござる」
言葉の端々に高揚感をにじませ、トットーは鼻息を荒くして言った。