はい、美味しい
翌日、早々に目覚めた俺は、梅園寺邸へと向かった。
少し時間は早かったものの、豪華な朝食に有り付けないかという腹積もりも少しあった。
前回、朝食時間に訪れた時の梅園寺邸の朝食は、朝食でありながら見ているだけでは事足りない豪華さであったからだ。
暫くして梅園寺邸へ到着。
何時もの様にインターフォンを鳴らし、庭園内へと入って行く。
ここにも通い慣れたもので、既に庭の広さ等に目新しさや驚きも無くなっていた。
庭を抜け建物が見えて来た辺りで、入り口の傍に上半身裸の男が鍛錬をしている姿が見えた。
男の俺から見てもいい体付きだと言わざるを得ないその肉体美を大胆に披露している。
その男はリオナールであった。
「よう、ケン! 今日は早いな!」
「ああ、少し早く目が覚めたもんでな」
「ふむ。ところで今日はどうしたんだ?」
「少し茉莉華に用事があってな」
「そうか。俺は見ての通り日課の鍛錬中だ」
「向こうの世界でも毎日朝は鍛錬してたもんな。頭が下がるよ」
「まぁ職業柄な。この世界は安全とは言うものの、一応はボディガードの仕事を請け負っているしな」
「そういえば、レベル下がってるんだったな。調子はどうなんだ?」
「うーん……前と比べて動きも力強さも足りない感じはするな」
「スキルも使える幅が少なくなっているんだろ?」
「そうだな……まぁ少しでも前の状態に近づける様に、より鍛錬はしないといけないな」
「そうか。ところで茉莉華のボディガードはいいのか?」
「お嬢様はまだ就寝中だ。今日は学校がお休みだからな」
「そうだったか。少し早く来すぎたな」
「まぁあと1時間もしたら起きて来るんじゃないか?」
「そうか。じゃあゆっくりと待たせてもらうか」
言葉を交わし終えたリオナールは、鍛錬の続きを始めた様だ。
聖騎士様は体が資本だからな。
それに比べて魔術師の俺は体力を鍛えるよりは脳を鍛えないといけない職業だ。
学術本等を読んで最新の魔術の研究等というのも必要ではあるが、この世界にその様な本などない。
ようするに何もやる事がないのだ。
腹の虫は催促をするものの、この家のお嬢様がまだ眠りについているのであれば食事など出るはずも無く
ただただ、リオナールの体から流れ落ちる汗の雫を1滴1滴数える位しかやる事が無かった。
----- ガチャッ、ギーーッ -----
暇を持て余している所に、ドアが開く音が聞こえて来た。
中から出て来たのは、この家の主「イカ定食」こと、梅園寺仂定であった。
仂定の姿を見ると、リオナールは一旦鍛錬を止め会釈をした。
鍛錬中であった事を察した仂定は、目配せで合図をし、鍛錬を続ける様に促していた。
その後、こちらの存在に気付き近付いて来た仂定に会釈をすると、とりあえずの挨拶をする事にした。
「おはようございます。仂定さん」
「おはよう。君は確か上杉君だったかね」
「はい。今日は仂定さんにお願いがあってやってまいりました」
「ほう、わたしにかね。どんな用件だね?」
「はい。リオナールが消え去り、一旦元の世界に戻ってまたこちらの世界にやって来たという事はご存知ですか?」
「ああ。大方の事は茉莉華から聞いている」
「そうですか。でしたら話しが早いです。リオナールの中の人と同様に、今度は仲間のもこもこの中の人を探しているのです」
「ふむ。してわたしにその捜索の手伝いを依頼したいと」
「はい。梅園寺グループの情報網でその人物の居場所とどういった人物かを調べて頂きたいのです」
「そういった事か。グループで得られた情報は本来口外無用ではあるのだがね」
「勿論誰にも話したりはしませんし、目的以外の事まで調べて頂く必要はありません」
「ふむ。まぁ茉莉華を助けて貰った恩もまだ返せてはいない事ではあるしな。協力はしたいとは思うが」
「ありがとうございます!」
「だが、情報は莫大であるからして、1人の人物の絞込みには相当な時間が掛かるとは思われるぞ」
「その点は大丈夫です。凡その目測は付けて来ています」
「ほう。それはどういったものだね?」
「はい。中野県安霧野市在住で、シーナリーリピートというゲームをプレイしている社会不適合者です」
「前半はわかったが、後半の社会不適合者とは具体的にどういった人物なのだね?」
「その点は、こちらの世界についてあまり詳しくはないのでお任せしたい所ではありますが、要するに集団行動に不向きといった所でしょうか……」
「ふむ、なるほど。大体のイメージは掴めた。それ位の情報があれば1時間もしない内に調べ上げられるだろう」
「本当ですか! 助かります!」
「待っている間に朝食を用意させるのでよければ食べていってくれたまえ」
「はい、ありがとうございます」
挨拶程度で済ます予定が、ここにやって来た用件を全て伝え終わってしまった。
本当は茉莉華に伝えて仂定に伝言をお願いする予定だったが、まぁ本人に直接言っても問題はないわけで。
結果受け入れてくれた訳だし、朝食の予定もクリア出来た訳だし何も問題はなかったな。
むしろ予定通りだ。
仂定との会話が終わり、また10分程リオナールの汗の雫の数を数えている作業をしていると、メイドが朝食の準備が出来たと呼びにやってきた。
待ってましたと言わんばかりに飛び上がると、俺はメイドの後へと続いた。
リオナールは少し汗を流してから後で来るのだそうだ。
朝食を準備されている間に通されると、既に茉莉華が朝食を取っていた。
入って来た俺に気付くと、食事の手を止めこちらに会釈をして来た。
「あ! 上杉様おはようございます! いらしてたのですのね」
「ああ、少し用事があってな」
「どうりで今日は食事の準備が1名分多いと思いましたの」
「仂定さんにお願いがあってな、1時間程ここで待たせて貰う間に朝食を進められてな」
「そうなんですのね。大した物ではないですがお召し上がりくださいの」
「ああ、ありがとう」
これがこの家で言う大した事のない食事なのか。
前回も感じたが、何とも朝から豪勢なのだろうか。
席には1人1人メイド・執事が付き、茶が無くなれば注ぎ、パンが無くなれば補充を伺い、それはそれは手の尽くされた朝食風景ではないか。
こんな世界で生きていては駄目になる。
リオナールはよくこんな毎日を過ごしていて堕落しないものだ。
俺ならきっと堕落して駄目人間になっている事この上ない。
ニオイからして美味しい。
見た目からして美味しい。
全てにおいて食べる前から、「はい、美味しい」なのだ。
時間に制約がある訳ではないが、ここぞとばかりに出されている物に次々と食らい付いていった。
朝食という事を忘れ、既にこれ以上食べたら活動限界になるであろう位の量を食べ切った頃、執事の楠がやって来た。
「上杉様、お待たせ致しました。検索結果をお伝えに上がりました」
「おお! 見つかったのか!」
「はい。1名伺った条件の中から当てはまった人物がおりました」
「どんなやつだ?」
「はい。掌握 天下、34歳、男性です」
「男性!?」
「はい。現在はご家族と一緒に住まわれている様で、無職です」
「34歳で無職か……」
「はい。今まで定職に付いた事は1度もないようです」
「ふーむ。社会不適合者って事か」
「そのようで。ご住所はこちらの用紙に記載して置きましたのでご参照を」
「ありがとう」
リオナールの件でも中の人と実際のキャラクターと言われる俺達の性別が違う可能性がある事は理解していた。
理解していたが、これほど駄目なやつだったとは……
今まで定職に付いた事が無いのに天下掌握とは、名前負け過ぎもいい所だ。
どこの天下を掌握しているのだろうか。
それでいて、ゲーム内ではにゃーにゃー言っておしゃれがなんだとのたまっている。
俺達の世界は俺達の世界ではある訳だし、もこもこを今後そういう目で見るのは違う気がするが少し考えてしまうな。
何はともあれ、もこもこの中の人が住んで居る場所も把握した事だ。
後は実際に本人に会ってキャラを1からやり直す意思があるのか、それ以外にも何か問題が発生する可能性がある事も承知して貰えるのかを確認する必要がある。
中野県は遠いが、また梅園寺グループの機動力を使わせてもらうしかあるまい。
なんせお金ないですからね。
今回もまた1人で中野県まで行かないと駄目なんだろうな。
リオナールを引き連れて行ってもいいが、2人で行った所で状況が変わる訳でもあるまい。
むしろもこもこは早く帰りたがっているし、一緒に連れて行っていきなり会わせてしまうという手もあるが。
その場合、掌握天下が1からやり直す気を無くしてしまったら最後、もこもこはもう二度と元の世界には現れない。
まぁ、元々この世界に飛ばされた原因もあいつがクエストをこなしていなかったのが悪いわけだし。
あいつが元の世界に戻って来なかった所でそれ程の痛手はないが、まぁ後味が悪いからな。
元の状態になるかはわからないにせよ、元の世界には戻してやる行動は取っておいてやるか。
そんなこんなで中野県へ行く算段をさっとつけ終わると、いつもの梅園寺ヘリコプターでビュンと一飛び中野県。
いつもわいわいと賑やかな機内もシンと静まり返り、ゴロンと寝転がって快適な空の旅でした。
元の世界でもこんな快適な空の旅が出来る乗り物があれば移動も楽なんだがな。
まぁ、そんな物が飛んでいたら飛竜族に丸焦げにされてまっ逆さまに地面に落下でしょうけどね。
飛竜族からの妨害を防ぎつつ目的地まで安全に空の旅が出来る様な乗り物の実装。
そんな新たなビジネスチャンスの可能性を思案している間に、目的のもこもこが最初に飛ばされた山の麓へと到着していた。
さて、到着したはいいものの、下野周辺と違って地理に疎い。
住所の書かれた紙は持っているけどどうしたものか。
と、思い出したのは携帯の地図アプリ。
便利な世の中ですね。
さっと地図アプリに渡された住所を入力すると、目的の掌握天下の家の場所が示された。
やはりこの山からさほど遠くない場所にある様だ。
この事から、やはり俺達は、中の人が住んでいる場所に程よく近い緑地帯に飛ばされていたという仮説が、正しかったと実証されたのだ。
携帯の地図アプリでは、掌握天下の家はここから徒歩5分圏内との表示になっている。
さっさと会って用件を終わらせさっさと帰りたい。
用件が終わってもまたここにもこもこを連れてやって来なければならないのだからな。
携帯の地図アプリの正確さよ、凡そ5分後目的の掌握天下の家にやって来た。
家はそれ程大きい訳でもなく、とはいえ周りの家からしたら大きい方か。
梅園寺の邸宅を見た後に見てしまえば、どんな家でも小さく見えてしまうマジック。
周りより大きい家という事は、周りより少し裕福なのだろう。
裕福であるからして、1人の大の男を無職で養って置けるのだろうからな。
どんなやつが出てくるのか……
軽く深呼吸をし、よし!とタイミングを整えいざインターフォンを鳴らした。




