中の人の気持ち
「……と、まぁこんな感じだな」
「そうか。大変だったんだな」
「まぁ、以前の知識もあるし、そう大した事でもなかったぞ」
「そうか。ところでな、リオナール。お前に起きた事態なんだが、お前のいない間にお前の中の人と接触を計ったんだ」
「おお、それでどうだったんだ?」
「やはり、お前が会った例の茉莉華お嬢様の友人は、リオナールの中の人だったんだよ」
「そうか。あの子が……」
「それでな、それを踏まえた上で実験的に確認をさせてもらった」
「実験だと?」
「ああ」
俺はリオナールに、いない間に起こった事を説明していった。
リオナールはリオナールで、元の世界でこちらの世界にまた来る為に頑張っていたのだろう。
それが人による操作によって行動、発言していた等と考えたくはないのかもしれない。
俺も同じ立場だったらそう考えてしまうに違いない。
だが、ここにリオナールが戻って来ている事自体、俺が指示を出してやってもらった事による結果なのである。
「そうか……それで俺があの公園に飛ばされるタイミングが分かっていて茉莉華が駆け付けたんだな」
「そういう事だ」
「やっぱり納得はいかないが、ケンもこちらの世界で俺の動向を知っていたという事はそういう事なんだろうな……」
「まぁ俺も自分で意思を持って行動してはいるつもりだが、やはりこの世界の中の人と呼ばれる人と俺達は感情でリンクしているんだ」
「だからその中の人の感情や記憶が失われない限り、俺達の感情や記憶も失われないと」
「ああ。だからキャラクターデータが消えてしまったと聞いた時、賭けにはなるが試してもらったんだ」
「そうか。まぁそのまま消えたままだったら、俺も今ここに存在していないという事だしな」
「ああ、 そうだ」
リオナールは考え込む様に黙り込んでしまった。
自分の存在が一度消え、そしてまた生まれ変わったかのようにレベル1となっており、記憶だけは残っている。
その一連の流れに恐怖し、支配されているのだろうか。
もし、こちらの世界の中の人がそのゲームに飽きてしまいキャラクターの操作をしなくなったら。
もし、ゲームを辞めてしまいキャラクターを削除してしまったら。
もし、キャラクターを削除して新しく別のキャラクターを作成して、ゲームをやり直してしまったら。
一体、俺達はどうなってしまうのだろうか。
俺達と中の人は、感情と記憶がリンクしている。
新しいキャラクターを操作する中の人は変わらない。
でも容姿や、もしかしたら話口調等も変えて会話しているかもしれない。
そしたら、俺達の記憶は残っても、性別や性格は変わった俺達になっているのだろうか。
考えるだけで恐ろしい。
「なぁ、リオナール」
「うん? なんだ?」
「今、俺達がこの世界から元の世界へ戻るには、やっぱりそれぞれが中の人と会って一度消滅して作り直されなければいけないのかな」
「ギルドも俺の消滅によって解散されてしまっている以上、マスター召集も使えない今、そうなるのかもしれないな……」
一度消滅してしまってからまたキャラクターを作って貰えるのかどうかは、中の人がまだゲームを続けたいかどうかによって変わってくるだろう。
俺はまだあの世界で生きていたいが、存在しない以上、あの世界には居られないのだろう。
また、ゲームとはいえ自分が育てたキャラクターだ。
そこまで育てたキャラクターを、一度削除してもいいと中の人が思ってくれるだろうか。
この話は、俺達あちらの世界の住人の気持ちだけではなく、こちらの世界の中の人の気持ちも関係してくる。
「一度作り直されているリオナールはまぁ置いといて、他の中の人はどう思うだろうな」
「そうだな。1人1人聞いてみるしかないだろう」
「じゃあまず、こちらの中の人とあちらのキャラクター側がどちらも判明している睦月の中の人、天羽母に話して決めてもらうか」
「そうだな。一番近いし面識もあるしな」
睦月の気持ちもあるとは思うが、今は睦月は塀の中だ。
そこから救い出して、睦月と中の人が視線を合わす事が可能なのかどうか。
そういった所も含め、天羽母に話を聞いて貰って判断を仰ぐ事とした。
俺は、天羽母へメッセージを送った。
暫くして、天羽母より返信があったが、どうやら今日は天羽宅には滞在していない様だ。
天羽母は、面倒を見ている天羽娘の愛犬ショコラが、暫く病気で入院し預かって貰っている状態だった為、その間娘宅へ泊まりに来ていたのだと言う。
当ては外れてしまったが、明日天羽実家へ出向いて話を聞いて貰える事になった。
リオナールも連れて行くと話すと、天羽母はのん気なもので、生リオナールに会えると喜んでいた。
翌日、リオナールと梅園寺邸前で合流すると、梅園寺の車で指定された天羽実家へと向かった。
天羽実家は、睦月の手伝っていた東大附属病院の直ぐ裏手のマンションであった。
そのマンションからは、睦月がこの世界で始めて飛ばされた場所である大きな遊園地も見える位置となる。
やはり、俺達が飛ばされる場所は、中の人が住んでいる家から近い場所の様だ。
俺達は、マンションの指定された部屋番号203号室を探した。
[203]と書かれたドアを見つけその横にあるインターフォンを押すと、中から天羽母の声が聞こえて来た。
「はーい、開いてるわよー。入ってー!」
「物騒だな……」
「まぁ、入るか」
----- ガチャッ -----
「ワンワンワンワン!!!!」
「うお!!」
「何だ? 犬か?」
「コラ! 駄目よショコラちゃん!」
「キューン……ワフ……」
「ショコラか」
「睦月の名前は、娘とこの犬の名前を掛け合わせて付けたと言っていたな、そう言えば」
「そうなのか」
「とりあえずここ、座って。はい、お茶どうぞ」
「ありがとうございます」
「あら、この子が生リオ君ね! 実物もイケメンねー」
「あ、ありがとうございます……」
「それで、話って?」
「ああ、実はな……」
俺は、リオナールに起きた事と俺達が元の世界に戻る方法について、天羽母に説明していった。
天羽母は話を聞くと、慎重な面持ちとなり暫く考え込んでいたが、考えが纏まった様でその考えを俺達に話してくれた。
「私はあのゲームに救われた所があるのよ」
「と、言うと?」
「私の旦那、こちらの世界の睦月の父ね。それがあのゲームを始める少し前に病気で他界したの」
「そうなんですか……」
「それでね、何もやる気が起きなかったんだけど、ある日睦月に『犬を買ってしまったから預かって』って言われたのよ」
「あのマンションがペット不可だとか言っていたな」
「表向きはそうなんだろうけど、実際は私にペットでも飼って癒されて忘れる様に仕向けてくれたのかもしれないわね」
「なるほど」
「それで、そのショコラちゃんを連れて毎日散歩に出掛けてたらね、ショコラちゃんに興味を持った若い子と仲良くなったの。その子があのゲームに誘ってくれてね」
「てことは、その人もこの辺りに住んでいるのか?」
「ううん、散歩がてら睦月の家の傍まで行ってたから深草の辺りに住んでる子よ」
「そのゲーム内でもそいつには会えたのか?」
「そうね。今、といっても既に解散状態みたいだけど、同じギルドにいるわ」
「え!?」
「それ……誰だ?」
「上杉 賢二郎君、けんじろう君の中の人よ」
「俺の中の人……だと?」
「そうよ。家の場所までは知らないけど面識はあるわ」
「なんて事だ……」
「それで、そのゲームに夢中になっている内に辛い事も少なからず忘れる事が出来たわ」
「そうか……」
「だから私はあのゲームを辞める気はないの。でも、ゲーム内の睦月ちゃんはどうなんだろうね」
「元の世界に、レベル1に戻る事になっても戻りたいのかって事か……」
「その事も聞いてみたいんだが、睦月は今警察に捕まっているからな……」
「届出を出せば面会くらいは可能なんじゃないかしら」
「そうなのか!?」
「多分ね。私が面会に行ったら目が合った瞬間に消滅しちゃうんでしょ?」
「そうだな」
「なら、一度あなた達が面会に行って睦月ちゃんの気持ちを聞いて来てくれるかしら」
「わかった。こちらの世界の届出とかに詳しそうな奴連れて行ってくる」
「お願いね。私はその間にけんじろう君の中の人に連絡取って状況の説明しておくわ」
「ありがとう。助かるよ」
「リオ君もショコラの相手ありがとうね。娘に似てイケメン好きなのよねー」
「い、いえ。大丈夫です」
話の最中、ずっとショコラに絡まれていたリオナールを引き連れ天羽実家を出た。
さて、まずは睦月の気持ちを確認する為、睦月の捕まっている警察署へ出向いて面会許可を貰わなければならない。
この世界の事には大分詳しくはなったものの、そういった細かい手続きなんかはまだまだ無知である。
この世界の事はこの世界の者に聞くのが一番だ。
「リオナールは一度梅園寺邸へ戻って待機だ」
「ケンはどうするんだ?」
「俺はこの世界に詳しい奴に助けを求めて睦月に会いに行く。」
「この世界に詳しい奴って誰だ?」
「お前も知ってる奴だよ」
リオナールは、思い当たる節がない様で不思議そうな顔をしていた。
この世界で頼りになる奴と言ったら1人しかいないだろう。
ここ最近、何をしているのか分からないが俺のメッセージに全く返事をよこさない奴。
そう、コウタだ。
この世界で唯一と言っていい、友達と言える奴だ。
分からない事は、コウタに聞けば何かしらのアイディアをくれる頼もしい奴なのだが。
連絡が来ない以上、話をする事も出来ない。
俺はコウタに話を聞く為、学校へ行って見る事にした。
いくら連絡が来なくても、学校には来ているだろう。
コウタは学校を一度も休んだ事がないからな。
俺は、一度天羽宅へと戻り明日の学校の準備をする事にした。
天羽宅は、天羽母が帰宅した事により 、ダイエットのリバウンドの如く荒れ放題になっていた。
天羽に用意された料理は、天羽母の味に慣れてしまった俺には少々物足りない物だった。
男を漁る前に、料理の勉強をして女子力というやつを上げておいた方がいいのではないだろうか。
出会いの可能性は広がると思うのだが、まぁ俺が言っても聞く耳は持たなそうだ。
仲が良いという訳でもないが、コウタともよく連絡を取ったりしていたな。
天羽はコウタの今の状況を知っているのだろうか。
「なあ、コウタって今どうしてるんだ?」
「どうって? 普通に学校来てるわよ」
「そうか。俺がこっちに再転移して来た時、コウタにもメッセージ送ったんだけど返事がないんだよな」
「そうなの。よく分からないけど、最近元気ないからそのせいじゃない?」
「何かあったのか?」
「知らないわよ。興味ないし。本人に会って聞いたら?」
「そのつもりだ」
天羽は、まだ電気街でのコウタの仕打ちにわだかまりがある様で、弱みを握られ仕方なく接しているという感じなのだろう。
どちらにせよ、コウタに睦月の面会の方法について聞かなければならない。
明日、コウタに会って連絡が無かった事情についても聞いてみよう。




