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リオナールの記憶

翌日、天羽娘に布団を剥ぎ取られ目が覚める。

もう夏も目前で寒くもないが、目覚めは心地悪い。


俺は、天羽母に用意された朝食を黙々と平らげると、多少の身支度をして梅園寺邸へ向かった。

いつもの様に電車に乗り、いつもの道を通り梅園寺邸へと辿り着く。

門を潜ってドアの前のメイド、執事に出迎えられていた。

いつもならリオナールも出迎えているはずなのだが、今日はいない様だ。

昨日、寝る前に茉莉華お嬢様へメッセージを送っていた筈だ。

記憶を失い、俺の事も忘れてしまっているのだろうか。


俺は、メイドに茉莉華お嬢様とリオナールが居る部屋へと案内された。

どうやら俺の心配は杞憂だった様で、ただ来る時間が早過ぎただけでまだ遅い朝食を取っているだけの様だった。

メイドに連れられた俺が部屋へと入ると、朝食中の2人が俺の方へと視線を送って来た。


「あ、賢二郎様! お出迎えもせず申し訳ありませんの」

「お、賢二郎! 来たか!」

「朝食中だった様だな。その様子だとリオナールの記憶は問題なさそうだな」

「ああ、何だかよくわからないが、レベル1になって元の世界でルーキーになってたよ」

「食事が終わってからでいいから詳しく聞かせてくれ」

「わかった。少し待 っててくれ」

「申し訳ありませんの」

「ああ、俺が少し来るのが早過ぎただけだ。構わないぞ」


俺を待たせている事が申し訳ないのか、2人は優雅な食事とは言い難い速度で朝食を平らげていった。

しかし、朝食とは言っても流石に梅園寺の朝食だ。

天羽宅で出て来る朝食とはまるで質が違う。

朝はパン食の様だが、バランスがしっかりと考えられた色彩豊かなサラダ付きプレートとデザートのフルーツまで用意されている。

天羽宅の朝食は、精々食パンと付いても目玉焼き位だろう。

貧富の格差と言う物は、朝食1つ取ってもこれ程までに違う物なのだ。


朝食も終わり、メイドによって綺麗にテーブルの上を片付けられ、食後の紅茶が用意された。

食後の一息も付いた所で、リオナールより俺がもこもこ捜索に向かった後の出来事について語られた。


---


[リオナール視点]


賢二郎に睦月ともこもこの捜索を依頼した後、俺は茉莉華と共にゲームを趣味とする茉莉華の友人の来訪を待っていた。


賢二郎の話は甚だ信じ難い話ではあるが、賢二郎が嘘を付いているとは思えない。

今まで起こって来た出来事を思い起こしても、やはり俺達の世界とこの世界は別の世界なのだ。

俺達の世界が平行に存在し、この世界と一時的に干渉をし合って、いるはずのない俺がここに居る。

しかも、今から来る「ゲームをしている子」が俺をこの世界から操作している可能性があると言う。

考えれば考える程、頭が混乱する。

ケンは口は悪いがいつも冷静に物事を判断している。

こんなややこしい話をよく冷静に考えていられるものだ。

俺は、俺を操作していると言う子が目の前に現れたら何を話したらいいんだろうか。


暫くは、世話しなく家の中を動き回る茉莉華に付いて周り、護衛の仕事をして過ごしていた。

護衛といっても、家の中でやる事など殆どない。

ただ金魚の糞の様にくっ付いて周っているだけだ。

今も茉莉華が庭の花の世話をしている所を見ているだけだしな。


茉莉華が庭の花に一通り水をやり終えた所に、茉莉華の友人の来訪の知らせが届いた。

メイドにより、いつもの会議室の様な部屋へ案内されている様だ。

茉莉華の庭弄り道具一式の片付けを手伝い、俺と茉莉華は友人の案内されている部屋へと向かった。


用事があるのは俺の方だが、茉莉華の友人である為、部屋へ先に入るのは茉莉華となる。

茉莉華はドアへとノックをすると、中から返事が来るまで待機する。

しっかりと躾をされたお嬢様だ。

俺達の様な冒険者ともなると、ノックなんて無しに「いるかー? ガチャッ」が常である。

この梅園寺邸に滞在していると、所作が整えられて行く様でどうにもバツが悪い。

ソワソワとした俺を他所に、部屋の中から「どうぞ」と言う声が返って来た。

それを合図に茉莉華が部屋に入って行き、後に続き俺も部屋へと入った。


「失礼します」

「茉莉華様。ご招待頂きありがとうございます」

「いえ、わざわざご足労申し訳ございません」

「とんでもないです。本日はどの様なご用件ですか?」

「はい、梨恵奈様の やられているゲームについてお伺いしたいのですが」

「茉莉華様もご興味を!?」

「あ、いえ……こちらに居ますリオナール スラッシュバイト様なのですが」

「リオナール スラッシュバイト!?」

「ああ、俺がリオナール スラッシュバイトだ。……うん?」


茉莉華に紹介され、友人の梨恵奈へと視線を送り名乗りを上げた。

梨恵奈からも視線が俺に送られ、目が合った瞬間、俺の体に異変を感じた。

バチっと何か電気刺激の様な、雷属性魔法をレジストで喰らった時の様な感覚があった。


次の瞬間、俺の体は向こう側が透けて見える様な状態で、徐々に透けていった。

手をかざしていても、手の向こう側にいる茉莉華が見えるのだ。


「おい、なんだこれ……どうなってんだ?」

「リオナール様! リオナール様ー!」

「どんどん消えてく……何なの?」

「また逆転移か? でもこの間とはちが……」

「リオナール様!!」

「消えてしまいましたね……」


体が完全に消えたと思った瞬間、俺の意識は失われた。

気を失った時の感覚に似ていただろうか。

どれ位の間意識を失っていたのかは分からない。

だが、俺にとっては一度瞬きをした位の時間経過しか感じていなかった。

以前の逆転移の時や、全滅してリターンポイントに戻った時と同じ様に一瞬の出来事だった。


そして今居る場所は元の世界のニュービー街である。

また逆転移したのだろうか。

以前のマスター召集の時とは別の方法で戻されたから居る場所が違うのだろうか。


いや待て、何かが違う。

体が以前程動かない。

筋力も何やら衰えている様な気がする。

というか、スキルが全く発動出来ない。

これではまるで、レベル1の頃と同じじゃないか。

装備もルーキーとしてこの世界の冒険者を始めた時に着ていた物だ。


俺だけこの世界に戻って来たのか。

ギルドメンバーリストは……ない。

と、言うかギルドに所属していない……

俺は先日ギルドマスターになったばかりではなかったのか。

ギルドが解散している。

ギルドが解散されるとギルドメンバーと会話をする為のトークリングは突如砕け散ってしまう。


そうなると他のメンバーとやり取りをするには個別にメッセージリングで話し掛けるしかない。

だが、レベル5で貰えていた筈のメッセージリングも所持していない。

あれは捨てても直ぐ手元に帰ってくる不思議な指輪だった筈だ。

要するに捨てられない指輪なのだ。

あれを所持していない筈が無い。

手元に無いという事は元々所持していない事になる。

即ち、自分のレベルが5未満と言う事だ。


ルーキーになってしまったのであれば、まずは連絡手段の確保の為にレベルを5にしなければならない。

俺は、ニュービー街を出て周辺のモンスターを狩って行った。

ルーキーではあるが、知識はレベル85並である。

効率よく経験値を稼いでいく。

勿論、経験値やアイテムを更に得る事が可能なクエストは平行して受けている。

ものの5分と経たない内に、俺のレベルは5となっていた。


俺のレベルが5になると、今までそっけない返事しかしてくれなかった商人も、俺を見る目が変わっている。

誰かにそうしろと言われているのか、弱いルーキーは相手にしないのか定かではない。

ただ、レベル5になるとちょっとしたお使いを頼まれ、そのお礼にメッセージリングをくれるのだ。

くれるのはいいが、「この指輪はちょっと呪われていてね……」なんていう前口上を付けてくる。

要するに、この世界には捨てたり 売ったり出来る物と、捨てる事も売る事も出来ない物があるという事なのだ。

まぁ便利なアイテムなだけに、捨てるなんてもったいない事はしないが。

他のアイテムを捨てる際、間違えて捨ててしまう事もある奴もいるみたいだが。

その場合でも、気付いたら自分の指へと戻っていてしっかり装着されているのだ。


それはさて置き、メッセージリングを得た俺は、今は解散されているギルドメンバーへと声を掛けて行った。

メッセージリングは、相手の名前さえ分かっていれば遠くにいても会話が可能なのだ。

まずは、一緒に飛ばされてしまった3人へと声を掛けてみた。


『賢二郎 上杉へのメッセージは届きませんでした。』

『睦月 ショコラへのメッセージは届きませんでした。』

『もこもこ にくうまへのメッセージは届きませんでした。』


システムアナウンスによってメッセージが送れなかった事が告げられる。

まだあの3人はこちらの世界には戻って来ていないのだろうか……

それでは元マスターの蒼海 Vさんへ声を掛けてみよう。


『蒼海 Vへのメッセージは届きませんでした。』


蒼海 Vさんへのメッセージも届かないか。


この世界はよく分からない事が多い。

メッセージも届く時と届かない時があるし、ギルドメンバーやフレンドのリストに表示が反映されない時がある。

まるでその世界に居ないかの様に感じられる。


リストは、それぞれ個人で持っている手帳の様な物で、魔術を込めて作られているのか、登録したい者を思い浮かべながら触るとリストに追加される。

手帳の様な物は、レベル5で受けたクエストで貰うメッセージリングと一緒に渡される物だ。

ギルドメンバーリストは、何もしなくてもギルドに加盟した時点でリストに追加される。

そのリストに、時折表示されないメンバーが居るのである。

どういった仕組みで表示されているのかが分からない為、なぜ表示されなくなるのかも分からない。

そのリストとメッセージリング、トークリングがどういう関係性を持っているのかも分からないが、登録された者がリストに表示されていないとメッセージのやり取りも出来ない。

登録がされていない者へのメッセージは届く時と届かない時がある為、知り合いにメッセージが今は届くのかどうかの判断材料としてリスト登録しているようなものだ。


俺は、今何故かギルドに加盟していない。

故に、トークリングも所持していない。

リスト表示は今貰ったばかりの手帳である為、まっさらである。


あと連絡が取れそうなのはMy Pooさんだけか。

あの人はいつも合成ばかりしているが、レベリングに出掛けている所を見た事がない。

見た事はないが、いつもレベルはしっかりカンストしていて、装備も最新の物になっている。

装備は合成で得たお金で揃えている可能性はあるが。

ブルジョアだからな、あの人は……

まずはMy Pooさんに連絡を取ってみよう。


「まいぷーさん聞こえますか?」

「おー、りおくん戻ってきたんだね」

「はい、なんとか。と言うかレベルが1になってましたけど……」

「あらま、それは大変だね。それでギルドも解散になっちゃったのかな?」

「その可能性はあります」

「他の人はどうなってるの?」

「ちょっとわかりません。俺だけが突然戻れた様なので」

「そっかー。これからどうするの?」

「まずはレベル15まで上げて、上がったら船に乗って移動してギガコマに挑もうと思います」

「ギガコマ? あれレベル85上の奴だよね?」

「はい。全ての始まりがあのギガコマとの戦闘なので。あれと戦えばまた何かあるかもしれないと」

「なるほどー。じゃあレベル15になったら教えてー。護衛くらいなら出来るから」

「本当ですか! 助かります!」

「新マスターにも媚売っておかないとね」

「媚なんて……それにもう既に元マスターです」

「そうだねー」

「では、また後日!」

「はいはーい♪」


My Pooさんと連絡が取れた。

連絡が取れたという事はやはり、元の世界に戻って来ているのだ。

この見慣れた風景は元の世界で間違いない。

後は、ギガコマとの戦闘を再度する事でまたあちらの世界へ行けるのかどうかだ。

あちらの世界にまた行けたら、俺に起こった事態をあいつらに伝えなければならない。

レベルは1になってしまうが、元の世界に戻る事が可能なのだと。


そして俺は、移動に次ぐ移動をしながらレベルを上げてシーセネスへ辿り着いた。

そこから船に乗り、ギガコマの住まう大陸へと移動。

そしてMy Pooさんと再度連絡を取り、護衛付きでギガコマの徘徊する赤壁の渓谷までやって来た。

My Pooさんにも同じ目に遭って貰っては困るので、護衛が終わったら退散して貰いソロで挑み掛かった。


まぁ勿論瞬殺された訳ではあるが、その後のリターンポイントへと戻る行動が今回の目的なのだ。

俺は、祈りを込めながら目を閉じ、そしてリターンポイントへと戻った。


目を開けると、そこは初めて見た時と同じ下野の駅前公園であった。

転移実験ソロバージョンは成功したのだ。

レベルやパーティを組んでいるか否かは関係なく、あのギガコマとの戦闘で負ける事でリターンポイントに戻るという行動がキーポイントだったのだ。


さて、またこちらの世界へやって来れたのはいいが、どうやってあいつらと連絡を取ろうか。

何故かレベル1になって戻されていたが、その際に所持していた物は全て無くなっていた。

聖剣も聖盾も、こちらの世界で得た携帯電話も全てだ。

ルーキーが冒険者を始める時に、冒険者管理組合から渡される冒険セット一式しか持っていない。

どうしたものか……


今後の行動方針を考え悩んでいる所に、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえて来た。


「リオナール様ーーー! ご無事ですのーーー!」

「ん? なんだ?」

「リオナール様……ハァハァ……戻って来られたんですのね。よかったですの。ハァハァ……」

「おお、茉莉華か。よくここにいる事がわかったな」

「ふぅ……失礼しましたの。ここにいる事は賢二郎様が教えて下さいましたの」

「おお、流石ケンだな」

「その様子だと私の事も、賢二郎様の事もお覚えですの?」

「ああ、何を言ってる。当たり前だろう」

「よかったですの。まずはこんな所で立ち話も何ですので、私の家に参りますの」

「ああ、そうしようか」


こうして、俺は茉莉華に無事迎えられこの梅園寺邸へ戻って来られた様だ。


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