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その16


 四辻家の裏庭、奏子の秘密の切り株の前では、奏子が四辻家の家紋にもなっている花菱草を手に、目を閉じていた。

“奏子ちゃん、だいぶ上手になりましたね”

 奏子の頭の中に男の声が響く。

“いっぱい、れんしゅうしてます”

“じゃあ、力加減もちゃんと調整できますね”

“はい!”


“奏子ちゃん、龍くんの言うことは絶対にきいたほうがいいですよ”

“はい、もちろんです! 奏子は龍くんのおよめさんですから!”

“そうでしたね…じゃあ、私は行きますね”

“はい。れんしゅうをいっしょにしてくれて、ありがとうございました”

“でも、今日のことは他の人にはナイショでお願いしますね”

“はい…。でも、どうしてですか?”

“おにいちゃまに叱られますからね”

“はい…”


“僕に叱られるようなこと、どうしてするんですか?”

 会話に突然翼が割って入ってきた。

“……!”男が黙りこむ。

“奏子には聞かれていません。これは、あなたと僕との会話です”

“奏子ちゃん、じゃあね。さようなら”

 男は奏子の返事を待たずに、奏子との会話を打ち切った。


“あなた、誰なんですか? おじいちゃまと似た気配の持ち主…命宮の星合さんですか?”

 男はそれには答えることなく、翼からの交信を一方的に断ち切った。


 翼は考えた。

“僕の語りかけを拒否…というか遮断した?…それって誠さんと華織おばさまに、サーチのための石を与えてもらった僕のサーチを弾き返したということだ。

 やはり奏子の相手をしていたのは四辻の命宮?

 でもそれなら、僕にその身分を隠す意味がわからない。それに何より、誠さんと華織おばさまからの石を避けられるほどの力を持っているものだろうか?

 確かに、進子お姉さんの力はかなり強い。うちの命宮も、そのレベルということはあり得るけれど…”

 考えあぐねていた時、翼の頭にはある考えが浮かんだ。

「そんな…まさか…?」


 思わず声を出した翼に、響子が声を掛けた。

「…どうしたの…翼?」

「あ…ママ。何でもないよ」

「やだ、もう。びっくりしちゃったわ。そうやって、立っている姿、おじいちゃまにそっくりなんだもの」

「おじいちゃまに?」

「ええ。時折そんなふうに空を見上げていらっしゃったわ」

「ママ、似てるのは当然だよ」翼は響子に微笑んだ。「だって、僕は四辻奏人の後継者なんだからね」

 翼は複雑な表情で響子にしがみついた。


  *  *  *


「ご父兄の方は、マップに従ってお集まり願いまーす」

 坊城は練習会場の父兄たちの誘導に追われていた。参加者の子どもたちだけで20名、見学に来ている、その親や兄弟たちは倍近くになるし、イマジカ、久英社関係者等を入れると、かなりの人数になる。イマジカビル前の広場に作られたテントもかなりの広さになっており、会場中に周知するのは一苦労だった。


「あの…すみません。祇園育舎の子どもの保護者なんですが、どちらに行けばよろしいでしょうか」

「こちらのマップの…この辺りになりますね」坊城が地図を指し示す。

「…あ!」

「何か?」首を傾げる坊城。

「あ…何でもありません。失礼しました」

「あれ? その声…もしかして…Minnieちゃん?」

「あ…ええ…まあ…」うつむく清子。


「やーっぱりね。それにし…」

 坊城が清子の肩に触れた途端、坊城の体がグラリと揺れた。

「坊城ちゃん、大丈夫?…あ…」坊城を支えた時、清子の頭に映像が浮かぶ。

「ご、ごめんね、Minnieちゃん。ちょっと立ちくらみしちゃった」

「ずっと忙しかったんでしょう? 無理しないでね。案内ありがとう。じゃあ」

「Minnieちゃん…あ…」

 今度は体は揺れなかったものの、坊城は自分の頭の奥が大きく揺さぶられたような感覚に陥った。

 そして、次から次へと清子と大谷、そして見たことがあるような男性の映像が流れていく。

“これ…何?”

 映像の原因が清子にあるような気がした坊城は慌てて清子の姿を目で追うが、清子はすでに人混みに紛れてしまっていた。


“夢宮が私に伝えようとしていたこと、やっとわかったわ…。次の人を教えたかったのね”

 清子は地図を握り締めると、会場にいるはずの父親の姿を探した。


  *  *  *


 練習会場としてイマジカビル前の広場に設けられたテントから、充は、そーっと抜け出した。紗由から定期的に周囲の気配を察知して龍に連絡するようにと言われていたからだ。他の子が一緒だと“仕事”がしづらいので、行動はあくまでも一人でだ。

 だが、そんなことを知らない恭介は、充がテントを抜け出す姿が見つけると、そーっと、その後を追った。

“だまって行くなんて、充くん、ずるいや…”


「ねえ、奏子ちゃん。いま、ぬけていったの恭介くんだよ」

「ひとりはダメだって言ったのに…つれもどしてくるね」

「まって、奏子ちゃん。まりりんも行く!」

 二人は同じく、そーっとテントを抜け出し、恭介の後を追った。

 充は途中で恭介の気配に気付き、いったん自分の気配を消しながら、人ごみにまぎれてテントに戻る。自分が戻れば恭介もテントに戻るだろうと思ったからだ。リセットして別の機会に行動するのが、仕事の上では大切なこともある。


 ところが、恭介は先日の一件から、どこか意地になっているようで、充の姿が見えなくなると、テントへ戻るどころか、あくまでも充を探そうとして先へと進んでいった。

 アンラッキーなことに、充は恭介の気配のみを意識しすぎていたのか、奏子と真里菜の気配にあまり注意を払っていなかった。

 そして充がテント内をざっと一周してから再度外に出たとき、妙な気配が、自分がさっきまでいた場所のほうでざわめいているのを感じ、慌てて走り出した。


「どうしたの、充くん?」ぶつかりそうになった充を龍が止める。

「龍どの!…まずいでござる。むこうで、まずいことが…」

 龍は、充が指差す方向に意識を集中した。

「恭介くん…奏子ちゃんとまりりんもいる。男は一人だけか?」

「マドモアゼルとあねごも?…じゃあ、いまは姫がひとりに…」

「充くんは紗由の様子をお願い。あっちへは僕が行く」

「らじゃーでござる!」

 充は懸命に紗由のいるブースへと走り出した。


“進子お姉さん、聞こえますか?”

 数秒してから返事があった。

“…龍さまですか?”

“はい。テントから離れた恭介くんを、奏子ちゃんとまりりんが追いました。妙な気配がずっとしてます。充くんもさっきまで傍にいたんですけど、彼には紗由のところへ戻ってもらいました”

“目指しているのは昨日のマップでいうところのD地点ですね? その中の右上のポイント”

“そうです”

“今、向かっております。御無理はなさいませんよう”

“わかりました。ありがとう”


 恭介は、走り出た広場に充がいないことに不安を覚えた。

“充くん…どこ…?”

「こんにちは。お散歩ですか?」グレーのスーツ姿の男が恭介に声をかけた。

「…だ、だれですか?」

「こわーいオジサンです」微笑みながら、ナイフを取り出す男。

「わるものだ!」男を睨みつける恭介。

「そうですよぉ。ええ、ええ。悪い奴なんです。ほら、こーんなもの、持ってるでしょう?」ナイフをくるくると回す男。

「えいっ!」

 目をつぶり、男に手を向ける恭介。だが、男の様子に変化はない。

“あれっ? えいってしたのに、あれっ?”


 恭介が怯えながら後ずさる。

「ん? 今のは何でしょう? おまじないかなあ。ははは」

 近づいてくる男に焦って、被っていた帽子を投げつける恭介。

「あー、ははは」男は笑いながら帽子をナイフで切りつける。

“えいっ!が、きかない…”

「ほぉら。ほら、ほら」男が恭介をからかうようにナイフを振り回す。

「やめてぇ…やだぁ…!」

 恭介が逃げ回っていたところに、奏子と真里菜が現れた。


「恭介くん!」

 奏子が両手を広げ、男と恭介の間に入る。

「おや、お嬢ちゃん。勇気があるんだねえ」笑いながら、さらにナイフを振り回す男。

「ゆるさない…」

 奏子がつぶやいた時、龍が現れた。

「だめだ! 奏子ちゃん、今はやったらダメだ!」

「龍くん?」

 振り向いた奏子に、男がナイフを振りかざそうとしたところを、真里菜が男のむこうずねを思い切りキックした。

「いってぇ!」声をあげて転ぶ男。


「奏子ちゃん! 恭介くんと、まりりんと逃げて!」

「龍くん…」

「命令だ!」

「にげます!」

「OK!」

 奏子と真里菜は、恭介の両手をつかんで思い切り走り出した。

「うわぁぁぁ!」

 超高速で引きずられ、悲鳴を上げる恭介。

「あ、おい!」

 男が立ち上がりナイフを持った手を伸ばすが、龍が前に立ちはだかったため、意識は龍のほうに向かった。


「ほぉ…これはこれは…。別にあなたでも構いませんよ、こちらとしては」男が笑いながら龍に近づく。「これが、どんなもんかぐらい、わかるよねえ、お坊ちゃま」

「…わかりたくないけど…何か?」

「なんか、すごい力、持ってるんでしょう? やって見せてよ、ほら。ほら、ほら」

 ナイフを振りかざしながら、龍に迫る男は、時折、龍のシャツの袖を薄く切り裂いていき、龍にはもう逃げる余裕がないかに見えた。


  *  *  *


 恭介、奏子、真里菜の3人は、イマジカビルの裏側の小公園から練習会場テントへつながる小路を一気に駆け抜けると、紗由がいるテント内のブースまでさらに走り続けた。

「紗由ちゃん!」

 息も絶え絶えに真里菜が叫ぶと、恭介が泣き出す。

「恭介どの!」紗由の元に戻っていた充が振り返る。

「どうしたの? 奏子ちゃん、まりりんも!」紗由が駆け寄り、泣いている恭介の肩を撫でた。「何があったの?…こっちに来て」

 5人はブースの裏側のスペースに入り、他の人間から姿が見えないようにして話を始めた。


「あのね、恭介くんが、ナイフをもったわるいやつにおそわれたの」真里菜が言う。

「奏子ちゃん、えいって、やったの?」

「やろうとしたら…龍くんにとめられたから…」

「そうだ。龍くん、だいじょうぶなのかな…」真里菜が紗由を見つめた。

「だいじょうぶです」紗由が微笑む。「そうでなかったら、奏子ちゃんが、はしってもどってるでしょう?」

「はい! あたまのなかで、だいじょうぶだよって言われました」

「よかったぁ…」真里菜が椅子に座り込む。


「ぼ、ぼく、ちゃんとできなかったの…」紗由を見つめながら、言葉に詰まる恭介。「やろうとしたけど、できなくて…ごめ…ごめんなさ…」

「やろうとしたんですね?」

「うん…。ごめんなさい…紗由ちゃんが、だめだって言ったのに…ごめんなさい」

 再び恭介が大声で泣き出すと、充が恭介を抱きしめる。


「なかないで、恭介くん。紗由がわるいの…。恭介くんが、こわがりさんなこと、わかってたのに、充くんのこととか、いろいろおもってたこと、わかってたのに、もっとちゃんと言えなかったから。みんな、こわくさせて、ごめんね」

「そんな…そんなことないよ、紗由ちゃん」真里菜が首を振る。

「紗由ちゃんはわるくないです。わるものが、わるいんです」

「紗由ちゃん…ごめん…みんなも、ごめ…」


 恭介が泣きじゃくっているところに、翔太が現れた。

「ししょう!」

「皆、どないしたん?」

「恭介くんと、まりりんと奏子ちゃんが、わるいやつらにおそわれたの。ナイフもってたらしいの」紗由が答える。

「ナイフ?」声を潜めながら、さりげなく周囲の人間の胸元をチェックする翔太。「龍は? 紗由ちゃんとこ行く言うてたけど…」

「龍くんがたすけに来てくれたから、まりりんたち、3にんでにげてきたの」

「そのあと、進子おねえさんが行ったみたいだから、だいじょうぶ」紗由が言う。


「そうか…」翔太はさっきまで一緒にいた誠に電話をして事情を説明した。「はい。わかりました。ほな、お願いします」

「だれにでんわしたんですか?」

「誠はんや。すぐこっちに来る言うてる。俺は京都と神戸の子たちの様子見てくるわ。すぐ戻るから、5人で一緒におるんやで」

「うん」真里菜が大きく頷いた。

「充、あと頼んだで」

「はい!」充は大きく頷いた。


  *  *  *


 会場内で父親の清隆を探そうとしていた清子だったが、近くに気配がないことから、まずは保護者ブースへと赴いた。

「祇園育舎の保護者席はこちらでございますか?」

「…清子さま?」常盤井が驚いて立ち上がった。

「ご無沙汰いたしております、常盤井の奥様」

「あの、このイベントのことはどちらで? 清隆さまとは、その…」

「父とは和解いたしましたの。御心配をおかけいたしました。皆様も、申し訳ございませんでした」

 広幡、賀陽、薬師寺らにも頭を下げる清子。


「そうでしたか。それはよろしゅうございました。…えーと、清隆さまは一度お見えになったのですが…美鈴さまは本部席のほうに代表打ち合わせに」

「そうですか。私、実は久英社でアルバイトをしているものですから、とりあえずこれで失礼させていただきます。ではまた後ほど」


 ブースを後にした清子は、急いで父を探した。わざわざ練習会場にまで足を運んでおきながら、あそこにいないというのは、父の目的は別にあると感じたからだ。

“ざわついてる……あっちだわ…”

 清子は早足でテント外へと急ぐ。


 しばらくすると、胸が苦しくなるような“気”の集まりを垣根の向こうに感じ、清子はしばし足を止めた。

“あれは、お父さま…! 大谷もいる…”

 清子は二人に向かって飛び出そうとしたが、体が動かない。

“…お父さまの“力”だわ……やっぱり力が戻ってるのね…”

 清子は体を動かせないながらも、首だけ一生懸命動かし垣根の隙間から向こうをのぞこうとした。

“龍くん!…危ないわ…きゃあ! 危ないっ! 何で? 力を使って、龍くん!”

 ナイフで襲われる龍を目にして心の中で叫ぶ清子だが、どうすることもできない。


「早く助けませんと…!」

 少し離れた場所で見ていた男が、傍らの男の腕をつかんだ。

「いや。もう少し見学しよう」

「ですが…!」

“お父さまも、大谷も、何してるの!!”


「お前みたいなゲス野郎に使う力なんてないよ。もったいない」

 龍がナイフを避けた時、石に躓き、後ろに転んだ。

「はい、はい。思ってたんだよね。藤原さん、頭おかしいって言うか。ありえない力に怯えてバカみたいっていうか。変な玉までお守りに持たせてくれるし」

「バカはおまえだよ…」

「うーん。じゃあ、その綺麗なお顔に記念の一撃を差し上げるから」

 男がナイフを振り上げた時、その手は別の手にしっかりとねじり上げられた。


「うっ…だ、誰だ…」

 男がナイフを持っている右肩関節に“ボキ”という大きな音がする。

「うぉっ!」

「あたし?…うーん、正義のミ・カ・タ。耳障りだから、いちいち声上げないでちょうだーい」

 進は男が落としたナイフを遠くに蹴り上げ、今度は左腕を後ろにねじ上げた。

「進子お姉さん!」

「遅くなりましたぁ」

「えーと、大切な事なので2度言いまーす。この後、いちいち声を上げないでくださいねー」

 進が姿勢を屈めて男を倒し、左側の脚をひねり上げると、股関節から同じように鈍い音がした。

「ひぃ」


「次は、右脚よ」

「ぎぃー!」

「左の手は残しておいてあげるわ…この携帯で仲間に助けを求めなさい…嫌なら…肘関節、手も脚も全部はずすけど」

「う…ひぃ」

 男は必死に左手で携帯を操り、仲間に状況を報告した。

「お疲れ様…助けが来るといいわねえ」

 進が男の眉間を人差し指で弄ぶ。

「…万が一、そうね、万が一、お仲間の助けが来たとしても、結局、葬られちゃいそうよね。私がボスなら…そうする。

 ていうか、仕事失敗した上に大切な石を取られちゃいましたよって報告した上で、そうするよう進言しておいてア・ゲ・ル」

 進が微笑むと、男は恐怖のあまり失神した。


「ありがとう、進子おねえさん」

 龍が男のスーツのポケットをまさぐり、直径5センチほどの水晶玉を取り出した。

「これと戦わずに済んでよかった」

「そうですね。伊勢に筒抜けになります」

「本物ではないにしろ、誠お兄さんが借りてきてくれたものだものね。責任取らされたら悪いし」

「ええ。翼くんにとっても責任問題です。奏子ちゃんの身体に影響が出る恐れもありました」


「それにしたって、子どもを見殺しにする神経って信じられないよ」

 龍が振り向かずに一点に意識を集中させながら言うと、そこにあった気配があっという間に消える。

 それと同時に、清子の体は硬直状態から解き放たれ、芝の上に崩れ落ちた。

“よかった…龍くん、無事で……でも、なぜ? なぜなの、お父さま…”


 腹を立てる龍をなだめるように進が言う。

「このチンピラの正体を知りたかったんでしょう。あちらはあちらで独自に何方向かに網を張っているようですし。まあ…龍さまのお力を承知しているがゆえのことでございます」

「でも、“えいっ”が出来ない状況だったし、いきなり記憶を消すのも、後々面倒になりそうだし、使えるのって、これくらいだったんだよ」

 口を尖らせながら、激マヨをポケットから取り出す龍。

「私が間に合わなければ、さすがに手助けしてくださったはずですよ」


「そうだね…」龍は別の気配を気にし始めた。

「龍さまたちの味方はたくさんいらっしゃいます。

 それから龍さま…この件、紗由さまたちには内緒でお願いいたします。あまりグロイ感じの解決は、紗由さまに嫌われてしまいそうですし。わたくし、一応、癒しキャラで通ってますので」

 しなを作る進に龍が答えた。

「そうだよね。エレガントな進子お姉さんには、関節総はずしなんて似合わないって、僕も思うよ」

 龍は微笑むと華織に電話をかけた。


  *  *  *


 進は男が持っていたナイフを拾い、男を縛って垣根の繁みに放り込むと、龍と共に立ち去った。

 その後、清子はその場所で、しばし呆然としていたが、突然ふらふらと龍たちのいた場所に立ち、その場に残っている“気”を取り入れ始めた。

“西園寺華織の継承者たちの気に助けていただこう。今の私では力不足だわ……神様、どうか私をお導きください…”

 清子はおもむろに歩き出し、イマジカビルの真横にあたる、交差点近くの花壇スペースの辺りで足を止めた。

“お父さまだわ……大谷もいる”


「お父さま!」

 清子が飛び出すと、そこには清隆と大谷命宮だけでなく、幹也の姿もあった。

「清子さま!…なぜここが…?」驚く幹也。

「あなたこそ、なぜここに?」

 そう言いながら、清子の頭の中には映像が次々と流れてきた。その中で、幹也は二人と頻繁に連絡を取っていた。

「…そういうことなのね」

「清子さま…」


「ああ、そういうことだよ、清子。おまえの正義感をフルに活用して、東側に近づいたんだ。

 私とおまえの力が落ちていて、その首謀者が命宮だとなれば、おまえは京都の仲間ではなく、もっと力のある“命”のもとへ行くはずだ」

「力が落ちていないのに、なぜそんなことをする必要があったのですか?」

「西園寺の“命”は生真面目な方だからね。京都組のような掟破りを嫌うだろう。近づくには、エクスキューズになる物語が必要だったんだよ」


「私が西園寺さまに近づいたら、何をするつもりだったのですか」

「何もしないよ、清子。西園寺の“命”さまが、ご自分で問題点にたどりつき、成敗してくださるだろう。

 前回の機関再編成には西園寺と一条が絡んでいると聞いた。神命医もそろそろメスを入れて欲しいものだからね」

「ご自分でおやりになれば、よろしいでしょう!」

「大徳寺側の花園が九条の担当である限りは危険が伴いすぎる。計画を立てた時分には、まだ史緒の力が出ていなかった。大徳寺に察知されて、花園があの子に危険を及ぼしては困る」


「…龍くんがナイフで襲われているのは見過ごすのにですか?…笑えますわ」

「違うのです、清子さま。清隆さまは西園寺の力を熟知しているからこそ、お任せできる部分はしたいと…」

 大谷命宮の言葉に清子の怒りは増す。

「お黙り!」


 3人を睨みつけながら、清子の頬には一筋の涙が流れ、それと同時に清子の頭の中には、再び映像が流れてきた。華織に封じられた記憶が解放されたのだ。その記憶の内容に驚きつつも、静かに自分を抑え、搾り出すような声で清子が言う。

「あの場にも、お父さまはいらっしゃったのですね…。大徳寺、禊、多治見の三者が集っていたあの場所に。そしてあの時は、さっきの龍くんと同じように、私のことも見捨てて立ち去った…」

「違います、清子さま、そうではありません」大谷命宮が一歩前に出た。


「だいたい、史緒を危険にさらしたくないなら、なぜこのイベントに参加させたのです? 多治見や禊と組んでいる大徳寺が、何を仕掛けてくるかわからないではありませんか」

「私は彼らのターゲットにはならない。ああいう小心者たちは徒党を組み、トップをつぶして安心するのだ。出ない杭は打たれない」

「西園寺さまを噛ませ犬にするおつもりなのですか…?」

「我々の力が落ちていようがいまいが、我々では足りないのだよ、清子。私が表に出たところで、あの御方の…」


「清隆さま!」大谷命宮が再び割って入った。「清子さま。すべて私の浅知恵でございます。申し訳ございません。清隆さまは何も…」

「もう結構よ」清子は空を見上げた。「確かに西園寺の力は段違い、格が違うわ。うちは一時期“弐の位”でもあった現命宮が、紗由ちゃんに頭を覗かれるレベルですもの。おとうさまは、西園寺の命宮の頭も覗けない」

「清子さま…」うつむく大谷命宮。


「私、今回の事、伊勢に報告して“弐の位”を降ります。すべて私の一存でしたことになさってください。懲罰は私が受けます」

「清子さま!」幹也が叫ぶ。

「もし今後、他家の“命”を騙し、その一族に負担をかけるようなことをなさるのでしたら、私はこの命をもって家の咎を償います」

「…私を脅すのか、清子」

「おとうさまの辞書では、“自主的行動を促す”と表現なさるのではありませんこと?」

「落ち着いてくださいませ、清子さま」

 きびすを返す清子の腕をつかむ幹也を、悲しそうな目で見返しながら、振り払う清子。


「そうそう、ミッキーとMinnie、ナイスネーミングだったわよ、大谷。とんだ鼠根性ね」

 清子は幹也の顔も見ずに言い捨てると、その場を去った。


  *  *  *


 真里菜、奏子、充、恭介が固まってブース裏の椅子に座っている中、紗由はブース側のポットから華織が差し入れてくれた紅茶をついで、クッキーと一緒に差し出した。

「たべて」

「ありがとう、紗由ちゃん」真里菜が恭介の前にコップを置く。「のみなよ、恭介くん」

「そうです。いっぱいなくと、おのどがかわきます」

「…ありがとう」

「ひめは?」

「うん。いまは、いらない。こっちがわにいるね」紗由はブースの表側に出て行く。


“…やっぱり、このままじゃ、だめだ”

 紗由は拳を握り締めると辺りの気配に集中した。

 場内地図を熱心に見ている紗由を、通る人間たちは、ちらちら見ていくものの、なぜか声が掛けづらく感じて、結局素通りしていく。

“まりりんと、大地くんは、はんぶんいっしょ…。和歌菜おばさまと、夕紀菜おばさまと、梨緒菜ちゃんも…”

 久我家直系の人間が持つ気配の種類と同じものを持つ人間、“禊”の人間を探そうとする紗由。

 うまくたとりつけず、眉間にシワを寄せる紗由だが、ポケットから取り出したチョコを口に放り込み、再び地図に集中した。

 突如、紗由の頭の中に男の顔が浮かぶ。

「いた」


 紗由は狙いを定め、一目散に走り出した。


  *  *  *


 龍は進と別れると、急いでブースに戻った。ちょうどブースの前で誠と一緒になる。

「龍くん、大丈夫だったかい?」

「はい。それより皆が…」

「ただいま。皆、大丈夫だった?」

「龍くん!」抱きつく奏子。

「龍くん、ありがとう…」恭介がまた泣きそうになる。

「大変だったね、皆。怖かったろう?」誠が一人ひとりの手を取って様子を見る。「…紗由ちゃんはどこかな」


「充くん、紗由は?」

「そとのテーブルに…」

 ハッとした充が飛び出し、辺りを見回すが紗由の姿は見えない。

「紗由のやつ…」龍は慌てて華織に電話をした。

「充くん。未那先生がこっちに来るから、4人でここから動かないで」

「はい」悲痛な面持ちの充。

「僕は誠さんと一緒に紗由を探してくる」

 龍は誠の手を引っ張り、ブースを飛び出した。


  *  *  *


「誠さん、お願いがあります。あと10分もしたら、絢子先生が会場に来るはずです」

「絢子先生が?」

「はい。おばあさまが呼び出しました。テントの外、時計台の横のベンチです」

 龍が早足で歩きながら、上着のポケットからハンカチにくるまれた水晶を取り出した。

「これを返しておいてください」

 誠は石に触れた瞬間、青ざめた。

「これは…」


「絢子先生から多治見総研の手にいったん渡ったところまでは、おばあさまが“確認”しました。さっき恭介くんを襲った人間がこれを持っていたということは、彼は総研の関係者です。

 でも、なぜ絢子先生が総研の要求に従ったのかはわかりませんし、その間を取り持った人間がいるはずです。そいつは現在の石の移動についての決め事を知っていて手引きできる立場でしょうね。でないと、誠さんの目をかいくぐるなんて無理だ」

「…大徳寺先生か」

「おそらく」


「…“禊”にはまだ渡らなかったようだね」石の内部を読み取る誠。

「その代わり、へたすると紗由が渡っちゃうかもしれません」

「じゃあ、僕も行くよ」

「いいえ。僕が一人で行きます」強い眼差しの龍。

「…わかった。気をつけて」

「石のこと、よろしくお願いします」

 龍は立ち止まり一礼すると、紗由の気配を追って走り出した。


  *  *  *


 紗由はイマジカのテントが張ってある場所から道路を渡り、交差点の公園の中へと走った。公園事務所近くのベンチには男が座って、一枚の写真をじっと見つめている。


「あなたが“みそぎ”のわるものの子ぶんですね?」

 ふいに声をかけられ、男は警戒した表情で振り返った。

「あなたは…西園寺の姫君ですね」

「西園寺紗由です」

「初めまして。二条智親と申します。せっかくお会いできたのは嬉しいのですが…悪者扱いは心外ですね」

「しんがいって、なんですか」

 言葉の意味が分からなかった紗由は、それを教えろと言ったのだが、二条は紗由が自分を責めていると思い答えた。


「我々は“命”の方々同様、この国の繁栄を心から祈っている者たちです」二条は写真を胸ポケットにしまい込む。

「子どもをナイフでおどかすのが、このくにのはんえーなんですか?」両拳を強く握る紗由。

「ナイフ?」二条が眉間にしわを寄せる。

「恭介くんのおぼうしと、にいさまのシャツ、べんしょうしてくださいね」

「まさか…ナイフで切られたんですか?」

「そうです! 奏子ちゃんとまりりんがいなかったら、恭介くん、たいへんだったんですよ! 奏子ちゃんのことも、ナイフでおそったし、まりりんがキックしなかったら、けがしたかもしれないんですよ!」


 紗由が怒鳴ると、男は会場テントの方向を半眼で見渡し、左手の甲を額に当てた。

「…これは大変申し訳ないことをしました。命令してないことをする者どもは、きちんと処分しますゆえ、どうかお許しを」

「しょぶん? どうするんですか?」

「西園寺の姫君。私の仕事は不要な人間を薙ぐことです。仕事をちゃんとやり終えるまでです」

「…二条さんは、しなくていいです。こっちにわたしてください。どうするかは紗由たちが決めます。ぼっこぼこにするかもしれませんけど、紗由がやりますから」

 ぷーっとふくれる紗由に、男は笑い出した。

“すでに、そいつは、ぼっこぼこにされてるみたいだが…”


「あ…いや、失礼。そうですか。では、そのようにいたしましょう。そうですね…今夜ここに転がしておきます。引き取りにいらしてください」

「よるはダメです。おそとに出ると、かあさまにしかられます。あさにしてください」

「承知しました」

 男はくすりと笑うと、紗由に礼をして姿を消した。


  *  *  *


 龍から連絡をもらった華織は、紗由たちのブース裏へ赴き、恭介に微笑みかけた。

「あらあら、恭介くん。たくさん泣いちゃったのね。可愛いお顔が台無しだわ」

「“命”さま…」奏子が華織を見上げる。

「奏子ちゃんも、まりりんちゃんも、充くんも、パパとママのところへ行っていてもらえるかしら。恭介くんと二人でお話がしたいの。未那先生、3人をお願い」

「承知しました」

 未那が3人を連れ、ブースから出て行くと邪魔者が近づかぬよう、結界を張る華織。


「“命”さま…」

 しゃくり上げる恭介の頬を、華織がガーゼのハンカチで優しく拭う。

「怖かったでしょう。よく我慢できましたね」

 華織が優しく微笑みかけるが、恭介はうつむいてしまう。

「ねえ、恭介くん。あなたの力について、ちょっとお話しましょうか」

「ぼくの力?」

「あのね、恭介くん。あなたの力は、元々は私があなたのおじいさまに授けたものなの」

「“命”さまが…?」


「そう。有川先生にこの力があれば、きっと皆の役に立ってくださると思ったの。同じように、自分の持つ力を有川先生に授けた方もいらっしゃった。でも、その力は、ずいぶん長いこと現れなかったわ」

「おじいちゃんは、ダメだったんですか?」

「いいえ。あなたの力が必要だったのよ、恭介くん。あなたと一緒でないとダメだったのね。だから、あなたが日本に来て、おじいさまと一緒に暮らすようになってから、おじいさまの力はメキメキと上達しました」


「ぼくが来てから?」

「そうです。そして、恭介くんの力も一緒に強くなって行ったのよ」

「えーと…」

「わかりづらいとは思うの。でもね、“命”の力というのは、そういうもの。充くんにしても、青蘭に来るちょっと前までは、そんな力はなかったのよ」


「充くんも? 充くんもですか?」

「そうよ。あの充くんでも、そうなの。だからね、焦らなくていいの。一緒に少しずつお勉強していきましょうね」

「はい」

「あなたの力はとても大切なものなの。大事に大事に育てて行きたいの。私がずっと傍らにいますから、大丈夫ですよ」

「はい!」

 恭介は目を潤ませ、声を押し殺しながら華織にしがみついた。


  *  *  *


 龍から言われた場所に行くと、絢子は大きなビジネスバッグを膝の上に置き、噴水近くで遊ぶ子どもたちを柔らかな笑顔で見つめていた。

「ご無沙汰しております、絢子先生」

「…誠さん?」

 絢子が思わず立ち上がり、落ちてしまったバッグを、誠が拾ってベンチに置く。

「西園寺の“命”の名代として参りました。これをお届けに」

 誠がハンカチに包まれた水晶を絢子に渡した。

「これは…?」


「多治見総研に渡った水晶です。力を確認したかったんでしょうか、これを持った暴漢が有川大臣のお孫さんを襲い、それを助けようとした奏子ちゃんと真里菜ちゃんも襲われかけ、3人を逃がした龍くんも襲われました」

「そ、そんな…」たちまち青ざめる絢子。「誰か怪我は?」

「すんでのところで助けが入り、龍くんは無事でした。3人もです」

「ああ…」顔を両手で覆い、座り込む絢子。


「龍くんは危ないところでした。ですが、この石を持っている相手と戦えば、伊勢に石の所在が知られる。それを避けるため、彼は自分の力を使わなかったんです」

「誠さん、私…」

「正確に言うとですね、それは四辻のタイタンルチルではありません。

 前回、伊勢に持っていった時の帰り、奏子ちゃんが、石が帰りたくないと言っていると電話してきたので、急遽、四辻の石は伊勢に預けたままにしました。それは、僕が伊勢に頼んで出してもらった、一条のサブストーンです。

 ですから龍くんは、その石に何かあると、僕が責任に問われるのではないかと気遣ってくれたんですよ」


「申し訳ありませんでした…実は…」

「その石を、次回の参内時、伊勢にお戻し下さい」

「あの…」

「石が多治見に渡ったご事情は、直接、四辻の弐の位にお伝えくださいませ、四辻先の宮の神命医、四辻絢子さま。

 それが、神命医を離れ、四辻家当主としての立場のみに携わることを決めたにもかかわらず、このようなことをなさったあなたの、取るべき責任の形ではございませんか?」

「承知…いたしました」

 絢子は、静かに去っていく誠に、いつまでも頭を下げ続けた。


  *  *  *


 絢子はぼんやりとした意識の中、会場方面に向かおうと、ゆっくり歩き出した。本番の講演会に向けた事前の打ち合わせがあるためだ。

“こんな時でも、私は仕事には向かうのね…どう思います、あなた…?”

 絢子は一瞬立ち止まり、青い空を見つめた。

「おや、四辻先生」

 絢子が振り返ると、そこには多治見総研の藤原専務が立っていた。

「…藤原さん?」

「今日は事前練習会ということですが、私どもも本番に招かれておりますのでね、お邪魔したんですよ」藤原が絢子に耳打ちする。「先生のご希望にも、どんどん近づいておりますよ。“禊”と“命”のお子様方のお力の発現、喜ばしいことでございます。いずれはこの二つが…」


「もう結構ですわ!」

「先生、どうなさったのです?」

「この石、先ほど子どもたちを襲った人間が持っていたそうですが」石を見せる絢子。

「その石は…」

「奏子も危険にさらされたようですね。他のお子様方も」絢子がゆっくりと藤原の胸元をつかんだ。「許しませんから、一生」

 藤原を突き飛ばすようにして、絢子は歩き出した。


「おい、どういうことだ。なぜ石が四辻に戻った!」藤原が部下に電話をすると、小さな声で返事が返ってきた。

「じ、実は…失敗したようでして…手足の関節を外されたと先ほど本人から連絡があって、収容しに向かったんですが、見つからなくて…今も探しているところです…」

「さっさと探せ! 証拠を残すんじゃない!」

 電話を切った藤原は、いらだったように芝生を蹴りつけた。


「おや…芝生が可愛そうではありませんか」

「…二条さま。あ…いや、ちょっと、はは…」髪を何度も撫で付け、笑顔を作りながら二条に近づく藤原。「どう…なさったんです?」

「お探し物でしたら、私のほうで収容いたしました」

「え…」引きつった笑顔の藤原。

「明日、被害者たちの元へ届けますので」

「届ける?」二条の言葉の意味がわからぬ藤原。

「私も絢子先生のご意見に賛成でございます。子どもたちを教育する仕事に携わっていらっしゃる方々が、子どもを傷つけるなど、いただけませんねえ…」


「あ、あの…」

「こちらも、ずいぶんと見くびられたものですねえ。我々の子どもたちに、目に見える効果が出ていないのは、とっくに承知してますよ。事実を“覗いて”、不実を“薙ぐ”のが私の仕事ですからね」

「は、はい」

「この手の力は、いわば地中に埋まる種のようなもの。栄養のある土を与えてくださいと私は申し上げたのですよ。無理に芽を出せなどと言った覚えはありません。

 芽が出るタイミングは、神のみぞ知ること。“命”ですら、一族全員が能力者というわけではないのですから」

「左様でございます…。ですから私どもも慎重な教育体制を…」


「我が“禊”の血を引く久我の姫までも危険にさらしたようですね」

「あ…それは…」

「彼女は壮大な実験の始まりです。あの四辻の“命”の力を継ぐ若君との間に子どもが産まれたなら、どれだけの力が発現するか…。

 だいたい、あのイベントを誰がつぶせと言いました? そもそもあなたが、おっしゃっていたではないですか。我が子どもたちを、イベントで彼らに接触させることによって、比較検証でき、貴重なデータが取れると」

「はい…」

「そして四辻の石は、その触媒となるべきもの。なのに、それを手にしておきながら、こちらに渡すこともせず、勝手な実験をしようとして、事を台無しにした」

「も、申し訳ございませんでした!」二つ折りになって謝る藤原。


「四辻の、そして“禊”の怒りに触れるということがどういうことなのか、今後、身をもって体験なさるがいい」

 二条が睨みつけると、藤原が思わず後ずさる。

「そうそう、その前に、まずは悪者代表ということで、あちらとご対面いただきましょうか」

「…はい?」

「申しましたように、先ほどの収容物は明日、被害者に渡します。何でも、ぼっこぼこにしたいそうですよ。というか、もう、なってるんですけどね。ははは」

「…そう…ですか」

「子どもというのは、“おまけ”が好きですからねえ。藤原専務が、あちらの力を確認するいい機会かと。よろしゅうございましたねえ」

 二条は満面の笑みで藤原の肩に手を置いた。


  *  *  *


 テントの隅に設けられた打ち合わせブースから賢児が顔を出し、絢子を迎えた。

「絢子おばさま、ご無沙汰してます。今回は講演の依頼をお引き受けくださいまして、ありがとうございます」

「お久しぶりね、賢児さん。ご活躍、うかがってますわ。うちの人間も皆、西園寺さんにはお世話になりっぱなし。感謝してますのよ」

「いえいえ、そんな。あ…こちらへどうぞ」

「お忙しいでしょうから、さっそくなんですが、実はですね、絢子先生の講演の後、コーナーを追加したいんです。お時間的に余裕があればなんですが…」


「コーナー?」

「最近、先生はテレビで、子どもたちの脳にいい遊びというのを提唱していらっしゃいますよね。講演のレジュメを拝見しましたが、その実戦コーナーがあると、親御さんたちには、よりわかりやすいのではないかと思いまして」

「ああ、なるほど。テレビでも実践して欲しいという依頼もあるんですけど、端折られてしまうと、かえってわかりづらくなるというか、誤解を招く編集は避けたいと思って、お断りしてたんです。だから病院付設の講座で行っているだけなんですけどね」


「いかがでしょう?」

「けっこうですよ。お時間的にはどれぐらいいただけるのかしら?」

「親子参加型でしたら、1時間ぐらいと考えています」

「そんなにお時間いただいて、他の催し物との兼ね合い、大丈夫でいらっしゃるの?」

「今回のイベントは並列進行型ですので、その辺は何とでもなります。

 それに、こういう言い方も何ですが、親にしても教育関係者にしても、産科小児科の第一人者でいらっしゃる絢子先生の講演、そして幼児保育と教育施設も備えた四辻系列の病院の実戦内容、そういったものが目当てなんですよ。

 そういう諸々の方々のご努力により、優れた子どもたちが結果として出現した。そうでないと、教育産業は成り立ちません」


「…賢ちゃんから、そんな言葉を聞くなんて」ふふふと笑う絢子。

「それで、そのコーナーには、翼くんと奏子ちゃんにも壇上に上がっていただいて、先生とご一緒に、遊びをしていただこうと思いますので、二人を呼んで打ち合わせにしましょうね」

「翼と奏子を…?」

 自分の誕生日祝いをすっぽかして以来、ろくに家に帰らず、二人とも話す機会がなかった絢子は動揺した。先ほどの石の件もある。

「じゃあ、呼んできますね。ちょっとお待ち下さい」

 にこやかに出て行く賢児を、絢子は複雑な表情で見送った。


  *  *  *


 仕事がらみとはいえ、祖母絢子と久しぶりにゆっくり話ができた翼は、打ち合わせが終わると笑顔で言った。

「おばあちゃま、ありがとう。奏子ね、あの日、がっかりしてたんだ。よかったよ、奏子も嬉しそうで」

「ごめんなさいね…本当に悪かったわ」

「大丈夫。奏子にも言っておいたよ。おばあちゃまは、病気の赤ちゃんや子どもたちのために一生懸命働いていて、とっても忙しいから仕方ないんだよって。奏子もわかってくれたと思う。赤ちゃんたちが大事だよねって言ってたし。で…僕に話って何?」


 わざわざ賢児に用意してもらったイマジカビル内の応接室で、絢子はいったん立ち上がり、翼に向かって一礼してから再度席に着いた。

「おばあちゃま…?」

「四辻家当主として、弐の位さまへのご報告とお詫びでございます」

「詫びるようなことがあるのですね…?」

「はい」

「わかりました…おうかがいします。四辻家現当主にして、元神命医の四辻絢子さま」

 翼は立ち上がり頭を下げると、姿勢を正して座った。


  *  *  *


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