その12
伊勢の外宮から徒歩10分程度の場所にある一条家の別荘。誠の父親で先代の“命”である一条央司が“石”と対話をしていたところに誠が戻ってきた。
「先の宮、ただ今戻りました」
「…ちょうどいい。お前もこの子と少し話すか」
「はい。失礼いたします」
一礼して央司と席を替わる誠だが、顔をしかめるとすぐに席を立つ。
「機嫌があまりよくありませんね」
「絢子先生を取り逃がしたからな」
「私もです。大谷命宮の気配は確認しましたが、二人が会っていたのかどうか…」
「おそらく会ってない」
「ですが、絢子先生と大谷命宮の軌跡が交わるとおっしゃたではありませんか」
「大谷は絢子先生を尾行していたんだろう」
「なぜですか?」
「絢子先生が弾き返すための石まで持ち、警戒しつつ誰に会いに行ったのかだな…」
「誰と会っていたのだと思っているのです?」
「おまえは何か気付いたことはないのか」
「絢子先生は石をいくつかお持ちだったのかと」
「石に語りかけたのか?」
「はい。ですが、ガードしていると思しき石のせいか、言葉が途切れ途切れに聞こえる程度で…」
「まあ、力を翼くんたちのところへと二分しながらだと、それが限度だろう」
「ところで先の宮さまは、何をなさっていたのですか?」
「絢子先生が何をしようとしていたのかを考えていた」
「その答えは?」
央司は誠の問いには答えず、父親の顔に戻るとにっこりと微笑んだ。
「誠、私は向こうで澪に連絡してくるよ。明日は園子も来ることだしな」
「あ…はい」
この有無を言わせぬ気配、相変わらずだなと誠は思った。
父は圧倒的な力を持つがゆえに、いつもどこか距離を感じる存在だった。だが、急に近しい父親になることもあり、自分にとって子どもの頃から、まるで父が二人いるような日々だった。
“父さんが帰ってくるというのは、この先、それなりのことが起きる…ということだ…”
さらに誠を不安にさせたのは、母・園子が帰国するということだ。
彼女は澪を守るために、もう日本には戻らないと誠に言って発ったのだ。
あれから5年、確かに状況は変わったのかもしれない。だが、両親から誠には何の説明もなかった。
“表向きには、母の気管支系の病治療のために空気のいいハワイへ移住したということになっている…”
誠の母も“命”の家系で親戚筋には機関の重鎮もいた。機関の“主”であった澪の実の父から澪を引き取ることが可能だったのも、実質的に誠の両親に逆らえる者たちがいなかったからだ。
“両親は、澪がある程度成長したなら、自分たちが表舞台から消えることを約束した。その代わり、澪にこれ以上機関や、澪の義母の関係者たちも手出しをすることは認めないと。澪に関してはイーブンで幕引きをさせたかったんだ。
もっとも、西園寺の“命”によって、機関全体の改革がなされ、当の澪は西園寺の“弐の位”に嫁ぎ、彼女の安全は揺ぎ無いものになったはずなのに、なぜ今、二人が戻る必要が…?”
目の前の石に語りかけた時、それへの答えであるかのようにスマホが鳴った。
「誠さん? 麻那です。ごめんなさい、お忙しかったかしら」
「いえ。父は澪に電話してるところですから、ちょうどいいタイミングです。えーと、今日は未那先生のお宅ですか? 重治先生もご一緒に?」
「はい。当分は祖父の見張りが必要だと姉に言われましたので、姉の家に居候です」
麻那が笑うと誠もほっとしたように頬を緩めた。
「お戻りは明日ですか?」麻那が訪ねる。
「ええ。今夜は父とゆっくり話をすることになりそうです」
「あまり…ご無理はなさらないでくださいね」
「大丈夫ですよ。僕には優秀な専属神命医がついている」
「うふふ」
「でも、東京に戻っても、その彼女が家にいないんだと、つまらないなあ」
「うーん…重爺を送り返しちゃいましょうか」
「いや。悠斗くんに見張りを任せては?」
「いい手です。仮面ライダーに変身した悠斗は無敵ですから」
「あはは。そうだね」
明るい声で笑う息子の姿を、入り口に佇み、そっとうかがいながら、央司は安心したように微笑んだ。
“今夜、東京に帰してやるか”央司は時計を見た。“九条の“命”も四辻の奥方も、どうせ明日には東京だ。
央司は父親の顔に戻り、誠の笑顔を愛おしそうにながめると、自分の部屋へ戻っていった。
* * *
帰宅してから、清子は今日自分が受け取ったビジョンの意味を考えていた。
“あのプードル頭にお金を渡していた人、あれは確かに…。
でも、なぜ? 敵のはずはないわ。そんな気配は感じなかった。第一、史緒が感じている様子がなかった。あの子は“命”の力がまだ十分には出ていないとはいえ、災いを察知する力は赤ん坊の頃から持っているように思える。
お父さまは認めなかったけど、私はそれを確認したことが何度もある。あの子は悪い奴が大嫌い。そう、いい人間は嫌わない…”
「清子さま」
清子はハッと後ろを振り返った。
「…大谷」
「どうなさいましたか?」
「ちょっと考え事をしていただけよ」
そういえば…と清子は思った。東京に出てきた時、史緒は大谷を目の敵にしていた。
「ねえ、大谷は悪い奴なの?」からかうように言う清子。
「さあ」大谷が大げさに首をかしげる。
「私に何か用事だったんじゃないの?」
「“命”さまが、あと1時間ほどで下られるそうです。美鈴さまが史緒さまを連れて別宅のほうへ行かれました」
京都の人間は東京へ来ることを“下る”と表現する。特に京都の格式高い家では当たり前の表現だ。
「おとうさまが? なぜ? 確か今日の午後まで内宮だったわよね。通常ならその当日は伊勢を動かないはず」
「父は先に下っておりました。あと20分くらいで先に別宅に着くという父からの連絡だったそうで、それで急いでお二人が…」
「命宮まで?」
「何でも、一条の先宮と奥方様も明日には下られるようです。美鈴さまが父からそう聞いたと」
「東に大集合して何が始まるというのかしら」
「はい。しかも、今日の会合で美鈴さまがお聞きになったお話によると、明後日、三条の“命”も東京のピアノコンクールに参加されるということです」
「イベントの前に、こちらで全部済んでしまいそうな豪華メンバーだわ。静岡からは西園寺の“弐の位”と奥方もいらっしゃるのよね。個展があるとかで。紗由ちゃんが言ってたわ」
「そうでしたか…」
「これで四辻の“命”がご存命ならパーフェクトなのにね」
「そうですね。お子様レベルでも、ほぼ全員、関東に出揃っている形になりますし」
「だとすると、私はしばらく、やたらと動けないわね。お父さまは私の居所をもう御存知なんでしょうけど」
「“命”さまがここを御存知だと?」
「大谷は自分のマンションに戻ったほうがいいわ。あなたのお父様は別宅には泊まらないでしょう。あなたの住まいに行くはず」大谷の質問には答えずに指示する清子。
「…はい。もう仕度はして参りました」彼の足元には少し大きめのスポーツバッグがある。
「じゃあ、気をつけて。父たちの様子を見ながら、また合流しましょう」
清子はそれだけ言うと、振り返らずにリビングを出た。
* * *
この午後、“上司”から、瑣末なことでねちねちと言われ続けていた二条智親は、心身共に疲れ切った状態で帰途に着いた。だが、たとえどんなに疲れても、小学校2年生のわが子、義親の顔を見れば、心はすぐに癒される。
「ただいま」
「お帰りなさい、トモさん」嬉しそうに玄関に出てきたのは妻の遙だった。
「どうした? ご機嫌だな」
「ヨシくんね、今度の試合のレギュラーに選ばれたのよ」遙は智親をリビングへと引っ張っていく。
「すごいじゃないか。義親のサッカーチームは強い子揃いなんだろう?」
「そうよ。ユニフォームも新調しなくちゃね」
「そうだな。…本人はもう寝てるのか」
「ええ。練習で疲れちゃったみたい」
「そうか」
「あの頃から考えたら、ほーんと丈夫になったわよね」
「あの頃?」
「3つの頃。毎月、この時期になると熱を出して、心配したわよねえ」
「ああ…そうだったな」
智親は懐かしそうに、そして複雑そうに当時のことを思い出した。
* * *
疲れて帰った智親が玄関を入ると、妻の遥が不安げに玄関に走り出てきた。
「お帰りなさい、トモさん…」
「どうした?」
「ヨシくんがまた熱を…」
「病院へは?」
「今、行こうとしてたところです」
「わかった。車に乗れ」
一家は、家から車で5分ほどのところにある花園内科へ向かった。
「ご心配いりませんよ、二条さん」まだ30代前半と思しき花園医師がニッコリと微笑む。
「すみません、先生。何だか毎月の行事みたいで…」
「いえいえ。義親くんは今、3歳。前にもお話しましたが、年齢が進んでいって、新しい環境に身を置いたり、他のお家へお邪魔する機会が増えたり、家以外の場所に赴くことが出てくると、まあ、新しい病原体に触れることも増えるわけです。
体内にその抗体を作る際に発熱が起きるんですよ。誰にでもある成長のステップです。ですが最近は幼い子どもの風邪が流行っている時期ですからね、一応ご来院下さるほうがよろしいですね」
「はい」
「熱はだいぶ下がったようですね。ところで前回の薬はどうでしたか? 吐いたり、腹痛を起こしたりとか、ありましたか?」
「それが…薬を飲まなくて」申し訳なさそうな遥。「帰宅した時には熱が下がってましたので、翌日まで様子を見たんですが、そのまま元気になりました。でも、それがいけなかったんでしょうか。毎月決まって何度も熱を…」
「この時期、ご家庭で特定の行事などありますか?」
「いいえ。前回も先生に聞かれて考えたんですけど、特には何も…」
「子どもというのは敏感ですからね。例えば、親御さんが精神的に疲れていたり、そんなことでも感知して反応するものです。注意はしっかりしていただきたいですが、あまり神経質にならずにいてください」
「わかりました。ありがとうございます」
「念のため、お薬は出しておきますね」
家に戻り、息子を寝かせた智親は、花園医師の言葉に引っかかりを覚えていた。
この5ヶ月、私が疲れて帰ってくると義親が熱を出している。まさか、私に原因が…?
3ヶ月前は遙の実家に戻っていた時だったので、実家近くの医院へ行ったが、熱はなかなか下がらなかった…。
「トモさん。やっぱり、この子、花園先生じゃないとダメなのかしらね。もう、すっかり熱が下がってるわ」
「注射もせず、薬も飲まないのになあ」
「先生はまるで魔法で治してるみたいだわね。ヨシくん、何か自己主張したいことでもあるのかしら」ふっと笑う遙。
妻の言葉に、智親はふと不安を覚えた。
“まさか義親に“力”が出てくる…?”
「いや、そんなことは…」
思わず声に出す智親に、遙が肩をすくめる。
「そうよね、ごめんなさい」
「あ、いや」
智親は自分の部屋に戻り、再び考えていた。
そう言えば、先代が話していた。私の時も熱がかなり続いていたと。
だが、“薙ぎ御子”さまの力が出現していないのに、あの子に力が出るのはまずい。それが“薙ぎ主”さまに知られたら、彼のことだ、あの子に危害を及ぼす可能性もある。
今のところ、花園先生に診てもらうと熱はすぐに下がっているようだが…。いや、待てよ。彼に“禊”の“力”の出現を抑える何かがあるとでも?
まさかとは思いつつも、わが子を守るヒントになるのならと、智親は花園医師に近づいてみようと考えていた。
* * *
自分が具合が悪いふりをして花園に近づくのが一番だと考えた智親は、花園内科を訪れようと、病院から少し離れた裏通りにある駐車場に車を停めた。
この病院は妻が自転車で買い物がてら通る道上にある。病院の駐車場だと、妻が通って自分の車に気付いたりしたら心配をかけると思ったのだ。
「今日はどうなさいました、二条さん。その後、義親くんの具合はいかがですか?」
「あ…今日は私が診ていただこうと思いまして。最近、喉の具合がどうも…」
「喉は…腫れてはいないようですねえ」開けた口を覗きながら言う花園。「では、シャツを脱いでいただけますか。触診しますので」
「はい」智親は素早くシャツを脱いだ。
「んー。心音もきれいですねえ」
花園が、ゆっくりと智親の体を確認していく、その間、智親は花園の頭の中を“覗いて”みた。断片的にドイツ語と思われる単語が智親の頭に飛び込んでくる。医学用語なのだろう。
「先生。大徳寺先生からのファックス、こちらに置いておきますね」
二人の傍らを通り過ぎながら、看護婦が花園に声をかけた次の瞬間、智親の頭の中には激しい感情と映像が流れ込んできた。
どうやら花園医師は大徳寺とかいう人物がひどく嫌いらしい。
“またか…子どもに妙な実験をするなど、そんな片棒を担ぐなんて冗談じゃない。国を守る力は、そんなことで出てくるものではないんだ”
苦々しい表情の花園は、その映像の中で、大きなビルを仰いでいた。
次の瞬間に見えたのは、花園医師とその横で青ざめる男性、二人を見つめる目の光が鋭い男性だった。
男は二人に書類を見せながら「この子たちを入れられるように、診断書を書いて誘導して欲しい」と話している。無言で力なく頷く自分の隣の男性を辛そうに見つめる花園医師。
映像はそこで途切れたが、その後も智親の頭の中には「“命”」「西川」「一条」「四辻」「西園寺」などの単語が流れてきた。
念のためレントゲンを撮り終えた智親は、病院を出た後、さっき覗いた情報の意味を車の中で考えていた。
“命”というのは、まあ、我らの同業者ともいうべき存在。それを知っているということは、花園医師はその関係者だろうな。
それに、あのビルは見覚えがある。駅前にあるタワーホテルだ。シンクタンク、多治見総研の隣にある。実験…子どもの力を出させるため?の実験…。
智親は、ある考えに思い至り、多治見総研と大徳寺先生とやらのことを調べてみることにした。
* * *
1ヶ月後、再度、花園医師を“覗き”に来た智親が、ためらいがちに病院のドアを見つめていたその時、ふいに肩をつかまれた。
「あ…」そこにいたのは、父の二条崇親だった。
「どうした。おまえ、どこか具合でも悪いのか?」
「い、いえ。義親の風邪の薬をもらいに」思わず嘘をつく智親。
「大丈夫なのか、義親は」
「はい。熱もほぼ下がりました」
「そうか。ならいい」崇親は腕時計を見た。「時間、少しいいか」
「はい…」
智親の車で移動した二人は、崇親の隠れ家とも言うべき囲碁クラブの一室にいた。
「実親に聞いても埒が明かない」
実親というのは、智親の母親違いの兄である。智親は俗に言う愛人の子であり、崇親の意向で“家業”を継いだ嫡男の実親をサポートさせていた。
「あいつのたっての希望で“薙ぎ主”を継がせたにもかかわらず、状況は悪くなる一方のようだ。力を持つ子どもの出現率は落ちるばかり、組織としてのタガも緩んでいる」
「申し訳ございません」
「昨日、あいつが言っていた。子どもたちの力がもっと出てくるようにする手立てなら考えていると。多治見総研の考えている能力開発プロジェクトに、現“禊”だけでなく、かつての家の子どもたちも関わらせたいそうだ」
「そうですか…」
「その計画には、どうやら“命”側の関係者も絡んでいるらしいじゃないか」嵩親は智親をじっと見つめる。「“命”という組織も内側は穏やかならぬものがあるようだな。どこにでも、そういう輩はいるといえば、いるが」
「そうでしょうね」
「おまえが進言したんだろう? その計画に乗って、突破口を見出すようにと。あいつには、そんなことを考える頭も、調査する力もない」
「いえ…」
「おいしい部分を持って行こうとするという点では、多治見、“命”関係の野心家とあいつは気が合いそうだ。他にも狸ジジイが関わっていそうだから、使い勝手がある」
「その提案にはご賛成なのですか?」
「実務的な交渉はおまえにやらせろと言っておいた」
「承知いたしました」
「それから、さっきの医者には必要以上に近づくな」
「何か“覗かれ”たのですか?」
「おまえには好意を抱いているようだ。嫌悪する人間とおまえがつるんだと知られたら、面倒なことになるやもしれぬ」
崇親はそれだけ言うと、真剣に碁盤を見つめた。
* * *
父母会からそれぞれ帰宅した進と未那は、華織からもらったワインを開けていた。
悠斗は、誠が先ほど伊勢から戻ったため、麻那や重治と一緒に一条邸へお泊りに行くと言い張り、結果、そのようになっていたのだ。
「悠斗、今頃、誠さんを見張ってるのかしらね」うふふと笑う未那。
「おまえが“じゃあ麻那ちゃんとより戻していいわよ”なんて言うからだろ」
「大丈夫かしら、誠さん。悠斗のことだから、気が付いたことをいちいち声に出して、重爺に確認してそうよねえ。“ねえ重爺、誠さんは麻那ちゃんと二人がいいの? 悠斗は邪魔なの?”とか」
「一条の“命”も災難だなあ」進が楽しそうに笑う。
「なあ、未那」
「なに?」
「相手の興味関心をつなぎとめておきたいと思った場合、おまえならどうする?」
「うーん…相手が自分にかなりの関心を持っているとう前提なら、パターンは二つかな」
「二つ?」
「相手が興味のあることや大事にしていることに、大賛成するか、無視するか」
「反対はしないのか」
「無視というのが最大限の反対なのよ。相手は反論できない分、こっちが気に掛かる」
「なるほどね」
「ただ、気のない相手の気を引こうとしての話なら、むしろ反対するほうが効果的じゃないかしら。そこから相互理解のきっかけができる。
…でも、何で? 何か気にかかって仕方がない相手でもいるわけ?」口を尖らせる未那。
「おまえは、そういう相手いないのか?」進が未那の肩を引き寄せる。
「進ちゃん以外だと、あの人たちかなあ…」
「何人もいるのか」笑う進。
「おかしいわよ、京都組。子どもたちの検診を拒否するなんて、わけわからないわ。せめて自分たちで行った結果を提出すればいいのに。
でも…ざっと観たところ、あの子たちに異常は何もない。重爺もそう言ってるし、進ちゃんも特に健康上の問題は感じなかったでしょう?」
「ああ」
「ところで進ちゃんの気にかかって仕方がない相手って?」
「九条の“命”だ」
「なぜ?」
「的外れなことをし過ぎる。健康診断の件も含めてな」
「含めてってことは、他にもあるの?」
「あらゆることをだ。予想の斜め上を行ってくる。驚くというより、むかつく感じだな。マークするように誘導されている気がする」
「誘導…」未那が考え込む。「そうね。それに九条の“命”の力が弱くなってるという前振りの割には、こちらが読もうとしても全然入り込ませてくれないものねえ。
龍さまですらシャットダウンされるレベルって、全然、力落ちてないじゃないの」
「コツコツと情報を集めて分析するしかないな。“命”が内宮にいる時なら、周囲からいろいろと漏れ聞くことはできるとは思うが、イベント前にその機会は限られている」
「じゃあ、悠斗を参加させればいいじゃない、イベント関連の会合に。その日の夢は何かのヒントになるはずよ」
「おい、悠斗をどんなスーパーキッズにするつもりなんだよ」苦笑する進。
「誠さんのマジックのアシスタントなら潜り込めるわ」
「なるほど…」両手の指を組みなおす進。
「あるいは、悠斗を探偵事務所のメンバーと一緒に、九条さんのおうちにお邪魔させたら?」
「悠斗が西園寺の“夢宮”だってこと、九条の“命”は承知しているはずだ。彼と総研側が結びついていたら、悠斗に危険が及ぶ」
「もちろん、母親の私も同伴するわ。悠斗はまだ3歳なんだし、代表保護者ということで医師の私が参加するのは、東京組は誰も反対しないはず。大丈夫、悠斗と進ちゃんに何かあったら、私が命に代えても守るわ」
「頼もしい限りだ」
「そして、私も同時進行で潜入開始よ」微笑む未那。
「まさか、京都奥様軍団にか?」
「重爺の御威光が利きそうな人たちだから、餌をまいてくれば勝手に釣られてくれると思うの」
「常盤井は要注意だぞ。紗由さまが頭の中を覘かれそうになったと言っていた」
「うわあ、大胆ね…でも、そんな力があった?」
「本人の力とは限らない。本人の自覚無しに九条の“命”の“影”をさせられているのかもしれん。彼女は一条の出だ。その程度の力はあるだろう」
「もしそうなら、力は衰えていないことになる。やっぱり気になるわね、九条の“命”の動向」
未那はワイングラスを空けると、自分で2杯目を継いだ。
* * *
タイトなスケジュールで仕事に追われる中、坊城慶子は集中できず、朝からコーヒーを何杯もおかわりしていた。
その様子を隣の席で見ていた大谷は、心配そうに声を掛けた。
「慶子女子、どうしたの? 集中力、欠けてる? 恋愛相談なら乗るよ」
「あ…ありがと。ごめんなさい、ちょっと変な夢を見たのよ。それが気になって仕方がなくて。何なのかしら」
「一体どんな夢見たの?」
「そうだ…Minnieちゃんとは、うまくいってるのよね?」
「え?」
「夕べの夢、いくつかあるんだけど、そのうちの一つにMinnieちゃんが出てきたの。“彼のこと、よろしくお願いします”って言ってたわ。それって、大谷くんのことよね」
「え…と…」
「彼女ね、そう言って、格式高そうな日本家屋の中に入っていって、スーツ姿の男性と白装束の人とおじいさんに取り囲まれて……あ…ごめん、変なこと言って。ただの夢なのに」
「いや、いいよ。他には?」
「そこに、すらっとした女性が現れたわ。で、その人がね、囲んでる人たちに手をかざして倒しちゃったの。何か、ジャッキー・チェンの映画の早回しみたいだった」笑う坊城。
「その女性、見覚えがあるの?」
「後姿だけで顔はわからなかったんだけど…」
「そうか…」
「あ…本当にごめんなさい、大谷くん。イベント前のスケジュール密な時期なのに、時間取らせちゃって。しかも妙なこと言って」
「あ…いや、そんなことないよ。この手の仕事って、それでなくても行き詰ってフラフラしたくなったりするのも日常茶飯事だもん。ちょっとしたことで神経質になる時期もあるよ。彼女が夢に出てきたのは、ちょっとびっくりだったけど」
「厳しい状況をカワイコちゃんの姿で癒そうとしてたのかなあ、私の脳は」
「あはは。伝えておくよ。…まあ、こんなタイトなスケジュールだったらさ、お互い、正直な状況を申告しあって、フォローし合おうね。ミズキンも含めてだけど」
「ありがとう。本当に頼りになる同僚で助かるわあ」大げさに腕を動かして喜ぶ坊城。
「僕も頼りにしてるし」
大谷は穏やかに微笑みながら、右手の拳を強く握り締めた。
* * *
華織は四辻家を訪れ、以前頼んでおいた四辻家所蔵の石のリストを見に響子のもとを訪れていた。
「さすがだわ、響子さん。それぞれの状態の流れもよくわかります」
「ただ私には、石の言葉を正確に理解できるほどの力はありませんので、相対的に何となく…ですわ」照れ笑いする響子。
「相対的というのは大切なことよ。この先、翼くんと奏子ちゃんの力が強くなった時に、あなた方ご両親が、その力は絶対的なものではないと教えてあげないとね」
「はい」
「そうそう。例のイベントにね、賢ちゃんが絢子さんに講演をお願いしたらしいわ。ますますお忙しくなってしまわれるわね」
「そうなんですか。…でも、子どもたち、きっと喜びます。あんまり会えなくて淋しがってますから。忙しいと体は心配ですが…」
「ねえ、壇上で翼くんや奏子ちゃんと、ご一緒に何かしていただこうかしら」
「まあ」顔が明るくなる響子。
「賢ちゃんに言っておきますわ。それで…一条家の水晶とこちらのタイタンルチル、一条家の神命医の選定が済み次第、一条の“命”さまと共に私が伊勢に出向き、調整にかかります。その旨、絢子先生にお伝えください」
華織は優しく微笑むと、響子の作ったリストを静かに撫でた。
* * *
真里菜が自分の名前を付けてもらった薔薇“まりな”に水をやるために、庭でホースを持っていたところに、妙な声が聞こえてきた。
「まりり…」
真里菜が声がした方を振り向くと、繁みで何かがガサゴソと動いていた。
「どろぼーっ!!」
「ち、違うよ、まりりん。僕だよ、僕!」
声の主は繁みからはい出て真里菜の前に立つが、真里菜は聞かずに、恐怖から目をギュッとつむり、ホースを相手に向けたまま叫び続けた。
「うわあ!…まりりん、やめ、やめて…」
しゃべった拍子に掛けられた水を飲んだのか、ゲホゲホと咳き込み、しゃがみ込む男。
「どうしたの! 真里菜! 真里菜、大丈夫なの!?」
真里菜の悲鳴を聞いた和歌菜が、高枝バサミを手に駆けつけてきた。
「おばあちゃま! へんな人!」
「大丈夫よ、真里菜。後ろに隠れて」咳き込みながら自分の顔を拭う男に、和歌菜が叫んだ。「警察を呼ぶわよ!」
「…マ、ママ…僕だよ…」
「え?」
「俊だよぉ…」
「俊ちゃん! どうしたの、あなた…何でこんなところに?」
「俊おじちゃまなの?」恐る恐る近づく真里菜。
「そうだよ、まりりん、ひどいよ…」
「真里菜を責めるのはお門違いでしょ! いきなり庭で不審者を見たら、誰だってびっくりするじゃないの!!」
「げんかんは、あっちですよ!…俊おじちゃま、よけいにおバカさんになってかえってきたの?」真里菜が腕組みしながら俊を睨んだ。
「あはは…」
ビショビショの服を、胸ポケットからビショビショのハンカチを取り出して拭く俊を見ながら、和歌菜は溜息をついた。
「とにかく入ってシャワーでも浴びなさい。話はそれからよ」
「うん」
「まりりん、ママにおしえてくるね!」
真里菜は和歌菜の返事を待たずに走り出し、一目散に玄関へ向かった。
* * *
俊の突然の帰宅から1時間、俊が着替えを済ませた頃はちょうど夕食時になっていた。
和歌菜から連絡を受けた直哉も予定をキャンセルして帰宅しており、夕食に招かれていた哲也も来宅していたため、期せずして久我家の関係者一同が顔を揃える形になった。
「梨緒ちゃん、哲ちゃんのお嫁さんになれるなんて、よかったね。僕のぶんも幸せになってね」
ニコニコしながらパンを頬張る俊に、梨緒菜はこれみよがしに溜息を付いた。
「俊ちゃん、よければ、これまでのぶんも賢くなってね」
「あはは」
「俊、笑ってる場合じゃないだろ」さすがの直哉も苛立ちを隠せない。「どうするつもりなんだ」
「ん? 離婚してきたよ。だから帰ってきたの」
「あら。上出来じゃない」驚く梨緒菜。
「待ってよ、梨緒ちゃん。法外な慰謝料を請求されてるんじゃないの?」
「それは大丈夫だよ、夕紀ちゃん。瑞くんや哲ちゃんの言うとおりにしたから。慰謝料はなし」
「どういうこと?」
「瑞くんと哲ちゃんが、相談に乗ってくれてたんだ。僕が無事に久我に戻れるようにって」
「そうだったの…」和歌菜が瑞樹と哲也を交互に見つめる。
「初耳だね」直哉が腕を組み、和歌菜同様に二人を見つめた。
「お義父さん、お義母さん、すみません、黙っていて…夕紀菜もごめん」瑞樹が頭を下げた。
「前々から不審な点というか、俊ちゃんの話の節々から、おかしいなと感じてたんですが、お二人もいぶかしがるようになられて、それが確信に変わりました。
ですが、表立って家庭問題専門の梨緒ちゃんや、久我家の弁護士が動いたら、相手に悟られると思ったんです」
「はい。それでイマジカの弁護士と西園寺系列の調査事務所を使って、倉橋家の事をここ1年ぐらい調べておいたんです」哲也が言う。
「倉橋の弁護士と税理士には多少の金を積みました。類友というか、やばい投資やギャンブルに手を出していて、少しのお金にも飛びついて来ましたよ。その代わり裁判でも勝てるだけの証拠は手元に入手しました」
「そうだったのか」
眉間にしわを寄せながらも、二人を責めようとはしない直哉。
「それと、子どもたちの前で何ですが…」瑞樹が少しうつむく。「秋穂さんには、彼女が仲良くしたそうな人を紹介したり」
「それって、まさか…」和歌菜が眉間にしわを寄せる。
「あのね、ママ。ハニートラップはね、先に向こうがしかけて来たんだ。哲ちゃんが危ないところで救ってくれたんだけど」
「ハニートラップってなあに?」真里菜が俊を見る。
「おじいちゃまが、よく引っかかる罠よ」夕紀菜が無表情に答える。
「あ~、ひんがなくて、あたまのわるい、おんなの子が来るんだね」
真里菜が思い切り頷くと、和歌菜が小さく咳払いをし、一同は小さく溜息をついた。
「ところで俊ちゃん、哲ちゃんが救うって、どうやって?」いぶかしがる夕紀菜。
「秋穂の友達だっていう人がスポーツクラブで話しかけてきて、秋穂のことも誘うから食事に行こうって言われて…でも秋穂来なくて、お酒飲んだら眠くなってきて…」
「薬を盛られたんでしょうね。その女が俊くんを、その手の場所に連れて入ろうとしていたところに声を掛けたんです」
「うわあ。偶然て、あるのねえ」
「違うわよ、夕紀ちゃん。哲也はお店からマークしてて、店内での会話も録音してたの」
「な、何で? 俊に雇われてたの?」身を乗り出す夕紀菜。
「俊ちゃんにそんな知恵があるわけないでしょう?」
梨緒菜が口を尖らせる。
「以前ね、イマジカの社長交代劇の後、独立メンバーや保先生の敵陣から、賢にいがハニトラ仕掛けられたんですって。
俊ちゃんに近づいてきたのが、その時の女の一人に似てたから、気になったわけ。それで俊ちゃんが席を立った隙に、そのテーブルにマイクしかけたの」
「哲也さんは盗聴マイクを持ち歩いているの?」和歌菜が尋ねた。
「最近、イマジカの著作物を巡って、ごろつきが出てきていまして。念のため、自分も含め、特定の人間には持たせてあるんです。不審者が周囲にいたら、会話を録音するようにと。
まさかこんなところで役に立つとは思いませんでしたが」笑う哲也。
「そう…総理の関係企業となると、イマジカも大変でいらっしゃるのね。お気をつけて」
「ねえ、ねえ。哲ちゃん、たんていじむしょにはいる? まりりんが紗由ちゃんにすいせんしてあげるよ」
「ありがとう、真里菜ちゃん。でも、西園寺保探偵事務所の仕事は難しそうだしなあ。僕にはとても勤まらないよ」
「だいじょうぶだよ。スパイがいやなら、うけつけじょうのおしごとだってあるし」
「真里菜。受付嬢は盗聴器使わないでしょう? そもそも、哲ちゃん、お嬢さんじゃないんだし」
「受付は、やっぱり奏子ちゃんじゃないかなあ」大地が笑う。
「そうか…わかった」
がっかりする真里菜に、哲也は再びありがとうと言って微笑む。
「あのね、倉橋のお義父さん、二重帳簿つけて脱税してたんだ。僕が税理士なのに会社の帳簿見せないから、おかしいなあとは思ってたんだけどね。ハニートラップの後、哲ちゃんに言われて、こっそり帳簿覘いてみてわかった」
「でも、パパやママにもお金せびろうとしたわよね。裏金じゃあ足りないってこと? いったい何に使ったのかしら」夕紀菜が首をかしげた。
「それは倉橋さんが言ってたとおりだよ、夕紀菜。選挙に出るために、あちこちに配るお金が必要だったということらしい」
「暴力団に付け込まれたようですね。保先生の後援会副会長にまでお金をせびるくらいですから」
「なるほどね…ただのバカじゃなくて、たちの悪いバカだったってことね」和歌菜が深く溜息をついた。
「でも、もう大丈夫だよ、ママ。僕も目が覚めた。秋穂たちの会話も録音しておいて聞いたんだ。最初は信じられなかったけど、何か、このままだと保険金目当てに殺されそうな勢いだったし、さすがに逃げることにした」
うつむく俊を心配そうに見つめる一同。
「だいじょうぶだよ、俊おじちゃま!」真里菜が大きく頷いた。「こんどは、ちゃんとしたおよめさん、さがしてあげる。さいおんじたもつたんていじむしょにまかせて!」
「ありがとう、まりりん」
「真里菜…探偵事務所ではいつから結婚紹介も始めたの?」呆れる夕紀菜。
「たかくけいえい、ってやつよ、ママ。そういうのは、おじいちゃまをみならわないとね。はにいとらっぷは、いやだけど」
「真里菜は賢いからにゃあ。任せておけば安心だよ」俊に負けずニコニコ顔になる大地。
「だって、まりりん、いい子とわるい子のこと、においでわかるもん。史緒ちゃんはいい子だし、おにいちゃまと、とってもおにあいだとおもうなあ」
「史緒ちゃんて誰?」
「大地のガールフレンドよ」夕紀菜が自慢げに言う。「九条家のお嬢様。ほら、書家の九条清隆さんのお嬢さん」
「九条清隆…?」俊の顔が途端に曇った。
「どうかした?」
「今朝、倉橋のお義父さんのところに来てた人が、その名前、言ってた」椅子の背もたれに置いてあったセカンドバッグからICレコーダーを取り出す俊。「これが、その時の話」
俊が録音してあったファイルは5分程度のものだったが、中身はかなり濃いものだった。
「この相手の方、多治見総研の社員と…あの一族の関係者?」和歌菜が不安そうに直哉に尋ねた。
「多治見のほうは間違いなさそうだな。しかも、どうやら例のイベントの事が話題になってる」
「出てきたイニシャルを考えると、例のデータを目の前にして話をしているようですね」瑞樹が再度ファイルを再生する。
「イベントで子どもたちに何かをするつもりか?」直哉が瑞樹を見る。
「“子どもたちが力を使えないように”という表現、何か危なくないですか…」
「もしかして、大地と真里菜にも何かしようとしてるってこと?」夕紀菜が瑞樹の腕をつかむ。
「そのようだね」瑞樹が唇を噛む。「俊ちゃん、お手柄だよ。あと少しタイミングが遅かったら、大地と真里菜が危なかったかもしれない」
「え? そうなの? え? どういうこと?」
最近、子どもたちに起きていた事情を知らない俊は、きょろきょろと皆を見回す。
「僕から話します」瑞樹はそう言うと、これまでの流れを俊に説明した。
「そうだったんだ…」驚いて息が荒くなる俊。「夕べさ、リビングから変な話が聞こえてきたから、気になっててさ。それで朝から録音しておいたんだ」
「夕べの話って、どんな?」梨緒菜が尋ねる。
「青蘭の生徒名簿と卒業生名簿をチェックしてるみたいだったんだよねえ。知ってる人たちの名前や僕の名前も言ってて、全員青蘭の関係者だったんだ。それで何だろうなあって」
「それは録音してないの?」夕紀菜が尋ねた。
「無理、無理。だって部屋が離れすぎてたし」
「離れすぎてる部屋の話、どうやって聞いたのよ」梨緒菜がにらむ。
「え? 離れてても集中すれば聞こえるよ」俊が笑う。
「ちょっと待ってよ、俊ちゃん。それって、ICレコーダーで録音できないくらい離れている場所にいても、集中すれば聞くことは可能だって言ってるの? わけ、わかんない」夕紀菜が鼻で笑う。
「うーん…でも、前からそうだし…」
「そんな話が聞こえるんだったら、とっくの昔に彼らの話から危険を察知できるでしょう?」畳み掛けるように問いかける夕紀菜。
「あのね、夕べはたまたま僕が予定より早く帰って、裏から部屋に戻ったんだ。彼らは僕が帰宅してたこと、知らなかったと思うよ。
保険金の話は、一ヶ月くらい前だったかなあ。やっぱり僕が出張から予定前日に帰宅して、彼らが気づいていなかった時の話だよ。僕がいる時は、そういう話はしなかったんだよ、きっと」
困ったようにうつむく俊の姿を前に、一同は俊の“力”を理解し始めていた。
「俊、あなた、まさか…」
うろたえる和歌菜を前に、真里菜が元気よく叫んだ。
「ママ! 俊おじちゃまは、おみみがいいんだよ。まりりんが、おはながいいのとおんなじ!」
「どうやら、そのようね」和歌菜が微笑む。「…うちのお母さまと同じね。“禊”の典型的な力だわ。頭の中を覘いて“薙ぐ”のよ。“命”側で言うところの“感”の力かしら」
「灯台下暗しだったな」溜息をつく直哉。
真里菜は席を離れ、ダイニングテーブルの脇のサイドテーブルに行くと、自分のスマホを取り出し、紗由に電話を掛けた。
「紗由ちゃん? まりりんだけど、いま、おでんわ、いーい?」
「うわあ…まりりん、もうスマホ持ってるんだ」驚く俊。
「青蘭でこの2年くらいかしら、幼稚部の不審者侵入が何度かあったのよ。それで持たせてるの。GPS付き携帯」夕紀菜がキュッと唇を噛む。
「へえ…ぶっそうになったねえ、青欄も」
「あのね、俊おじちゃまがもどってきたんだけど、たんていじむしょの、おバカスパイにしたいの。いいかなあ?」
「ねえ…何で僕、おバカスパイなの?」
「特徴を最大限に表してるんじゃなあい? 真里菜はセクシースパイだし、奏子ちゃんはお嬢様受付嬢だし、紗由ちゃんは美人所長だもの」淡々と答える夕紀菜。
「あのね、おみみが、すっごーく、いいみたい。はなれたおへやのこえもきこえるの」
「いいじゃない。とりあえず、能力はちゃんと説明してるんだし」
「えー。かっこいいコードネームとか欲しいなあ」つぶやく俊。
「ありがとう、紗由ちゃん! ふぅ、よかったあ。…うん、わかった。あした、みんなにしょうかいするね。じゃあね」
「真里菜、紗由ちゃん、OKしてくれたの?」梨緒菜が聞く。
「うん! おみみがいいのは、すっごくいいねって言ってくれたの。おバカさんは、みんなでたすけてあげようねって」
幼稚園児公認の“おバカ”かつ“おまめ”的存在になってしまった俊から、皆が少しずつ目を逸らす。大人たちの目から見ても、探偵事務所のメンバーは明らかに俊より頭がいい。
「俊おじちゃま、あしたから、まりりんのおくりむかえをおねがいね。メンバーにしょうかいするから」
「うん…」
どこか納得が行かないなりに、自分の力を認められたようで、少し嬉しさ交じりの俊は、小さく頷いた。
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