その11
伊勢での定例面会が終わった翼は、誠や麻那と一緒に近所の茶屋でおやつを食べていた。
「誠さん、僕なら一人で帰れるよ。駅までタクシー使うし、新幹線乗ればいいだけだし」
「冷たいなあ、翼くん。一緒に帰ろうよ」誠が笑う。
「でも、お父さんとお話あるんじゃないの? 久しぶりに日本に来たんでしょ。それに麻那先生だって神命医のことは?」
「私のほうは、上の人たちが公開試験の方針と日程を決めるまでは、東京に戻って待機よ」
「僕も明日また戻るから大丈夫だよ」誠が翼の頭を撫でた。「父さんと九条のにらめっこに付き合うのも疲れるから、ちょっと息抜きだ」
「誠さんのお父さんて、ちょっと怖いな」
「そう?」
「うん。話している時、全部検査されてるみたいな感じだった」
「翼くんに会うのは、4年ぶりぐらいだから、父さんも緊張してたんじゃないかな」
「僕相手に緊張するの?」笑う翼。
「そりゃあ、そうだよ。君は四辻の“命”になる人だし」
「誠さん。そんな言い方したら、翼くんのほうが緊張します」
「ああ、ごめん。そういうつもりじゃないんだ。ただ…」
「わかってる。僕は四辻奏人の後継者だもんね。その手の人たちからはいずれ、龍くんと同じくらい注目されるんだろうなあ。今だって、僕のこと見張ってる人、何人もいるし」
「そうなの、翼くん?」麻那が目だけ動かしながら辺りを探る。
「大丈夫だよ、麻那先生。味方もいるから」
「味方?」
「僕んちにも“命宮”がいるんだよね。その人かなあって思ってる」
「どうしてそう思うんだい?」
「時々、言葉になってない言葉で話しかけてくる人がいるんだ。
言葉の間っていうのかな、何かおじいちゃまに似てるんだ。師匠と弟子って似るものでしょう?
西園寺の“命”と“命宮”も力の使い方が似てるし…翔太くんと進子おねえさんも、気の使い方がよく似てるよ。そうそう、翔太くんと充くんはナンパのタイミングがそっくり」笑う翼。
「なるほど」誠が一瞬考え込む。「でも、僕も四辻先生のご葬儀以来、お会いしてないんだよね。連絡がつかなかったし」
「奏子のところにも時々遊びに来てるみたい」
「遊びにかい?」
「うん。奏子がそういう言い方をする。“えいっ”て、投げっこして遊ぶらしいよ」
「へえ…」
誠は、奏子がその相手に心を許しているらしいことに、少々違和感を覚えた。いくら“命宮”でも、奏人の逝去当時、まだ力の出ていなかった幼い奏子に近づいていたはずはない。それなのに、いきなり出てきて、そんな距離感を保てるものだろうか。
「あ」
「どうしたの、翼くん」
「あそこ。今、タクシーから降りてきた人、おばあちゃまだ」
「絢子さん?」
「うん。あ…デパートに入っていっちゃった」翼は入り口をじっと見つめながら首をかしげた。
「こちらでお仕事なのかしら?」
「今、ニューヨークに行ってるはずだけどなあ…」翼が首を傾げた。「早く戻れたのかな」
「あら。運転手もデパートに入って行ったわね」
麻那が車のほうを指差すと、誠は立ち上がり、レシートを握った。
「麻那ちゃん。悪いんだけど、翼くんを送ってもらえるかな。ちょっと急用を思い出したんだ」
「え? 誠さん…?」
「わかった。今日はどうもありがとう、誠さん」
「じゃあ、また東京で」
誠はそれだけ言うと、すたすたとレジに向かった。
「どうしたのかしら…?」
「西園寺保探偵事務所のメンバーとしては、見過ごせないってことなのかなあ」
「ん?」
「本当は僕が行きたいけど、僕、帰ってから仕事があるんだ」
翼は、通りの向こうのデパートを見ながら、目の前のくずきりの最後の一口を口に運んだ。
* * *
清子が暮らしている3階建ての建物は、九条家の別宅から徒歩10分くらいの場所にあった。
変装して別宅の近くに住んでいたほうが、逆に見つかりにくいのでは、近所にいるとは思わないだろうという大谷の提案に従い、清子はそこに住むことを決めたのだった。
建物は清子の亡き母の実家の所有物で、表向きは関連会社がテナントとして入っていることになっていた。母の実家と九条家があまりうまく行っていなかったのを逆手に取り、大谷は清子の実母の実家へ協力を求め、彼女をそこに住まわせたのだ。
「美鈴さん、きっと今頃、私のことを聞かれて大変ね。特に常盤井の奥様、うるさそうだわ」
「確かに」大谷が小さく笑う。「ですが、Minnieちゃんの付き添いの件は、シッター会社からの派遣員ということになってますから、後日、うちの父が常盤井の奥様からお叱りを受けることになるだけでしょう。“そんな手配など、あなたさまがきちんとなさいませ”と」
「ああ、考えただけでも身震いするわ。私なら泣いてしまうかも」
「おそらく父もでしょう」大谷が苦笑する。
「でも意外だったのは、あの方たちが屋台なんて下賎なものを子どもたちにやらせることに反対しなかったことね。…まあ、父がやれと言ったら、やらないわけには行かないんでしょうけど、父はなぜ許可したのかしらね…?」
「それは私も疑問に思いました。ですが、うちの父が強く勧めれば、“命”様は了承するかもしれません」
「何のためにそんな勧めを?」
「…わかりませんが、“命”さまに忌憚なく意見が言えるのは、清子さまと父ぐらいでしょう」
「あとは一条の先代かしら」微笑む清子。
「父が伊勢に入って2週間。連絡が通常取れない期間なのに、わざわざ錦織を使って、健康診断と屋台の件を指示してきた。そもそも、屋台のほうは最近決まったばかりよ。誰が教えたって言うの?
以前の父なら“内”から“外”の出来事を読めたでしょうけど、今の父には出来るとは思えないわ。“内”に通信できる人間なんて限られているのに」
「一条の“命”さまではないでしょうか。先代と共に昨日入られたはずです。同行した西川麻那医師の姉、未那医師はイマジカの産業医。子どもたちの健康診断にも関わるはずですし」
「…何で一条の“命”が、わざわざそんなことを知らせるの?」
「イベントには、一条の“命”もゲストで参加されます。紗由ちゃんたちにマジックを教えているようですし」
「先代と父の間でなごやかに話を進めさせるための導入部としては、悪くない雑談だわね。でも…何かが引っかかるわ」
「清子さま。それもそうなのですが、やはり神命医の件の行方が気になります。“命”さまがあの状態では、今後の九条と大きく関わる問題ですから」
「そうね。少なくとも花園はどけてもらわないと」
「大徳寺一派でも困りますね」
「できれば村上先生をいただきたいところだけど、それでは西園寺家に申し訳ないし…」
「あ、清子さま、そろそろ久我家のほうからお迎えがお見えになりますから、お召し変えください」
「もう、こんな時間…」
大谷に言われ、壁の時計を見上げながら、清子はふと頭の奥に聞こえてきた声に耳を傾けた。
* * *
誠は店内で絢子の気配を追いながら、その姿を探すと、約10分後にデパートを出た。
“確かに感じたのに…?”
デパート前の駐車スペースに停めてあった、さっき絢子が降りてきたタクシーが、ちょうどその時、車を出すところだった。
“運転手がさっきと違う?”
誠は車のナンバーをとっさに覚えると、いったん父の元に戻ることにした。
“そろそろ、外宮に出てきているはずだ”
胸ポケットからスマホを取り出すと、ベルが鳴った。
「ああ、父さん?…実はね、」
「いくらお前でも無理だな。翼くんと麻那さんに半分シールドをかけながらでは、別の相手の精査にも限界がある。それに四辻の奥方はおそらく、弾き返すための石を携帯している」
「相変わらずだね」父親の仕事の早さに苦笑する誠。
「とりあえず、九条の“命宮”を見つけたら戻れ」
「九条の?」思わず声のトーンが高くなってしまった誠は、周囲の目を気にして足早に歩き出した。
「ここにある四辻の石が奥方の後を追い続けている。そっちは、この子に任せろ」
「それと九条とどういう関係が?」
「この先、どうやら二人の軌跡が交わるようだ。意識を命宮の大谷に集中しろ」
「…わかりました、先の宮」
一条の“命”を退いたとはいえ、父の場合、力が衰えているわけではない。母を連れてわざわざ帰国したのも、神命医の件だけとは思えないし、ましてや子どもができた澪を見舞うためでもないはずだ。
“あの人は無駄な動きはしない…”
誠はしばし目を瞑り、意識を紙縒りのようにより合わせると、頭の中にひらめいた地図の一点へと歩を進めた。
* * *
清子、美鈴、史緒の3人は久我家へ夕食に招かれていた。美鈴と史緒は京都5家の会合を九条家の別宅で執り行った後、直行する段取りになっていて、京都の面々からは姿を隠している清子への配慮もあり、久我家からの迎えは別々に出されていた。
「大地くん…私のお迎えに来てくれたの?」車に乗っていた大地を見て清子は驚いた。
「うん。お話したかったから」
「何かしら、お話って」
「史緒ちゃんのこと。ていうか、九条家のこと」
「九条家の?」
「あのね、僕と仲良くしたがるのは、体か心が困っている人なんだよ」
「…どういうことかしら?」
「史緒ちゃん、さみしくて困ってたんじゃなーい? あとね、家族がケンカするのもよくないよ。子どもは大人が思うより悲しいんだ」
「大地くん…」
「あ、でも安心して。体は大丈夫だよ。真里菜より元気なくらいだから」
ニコニコしながら淡々と説明する大地に、清子は内心驚きながらも平静を保とうとした。
「ありがとう。んー、じゃあ、私も名医大地くんに診てもらおうかしら」
「おねえさんは自分で診れるでしょう? すごい力があるし、大人なんだから」
「何のこと?」
「あ。そーゆーの、ダメだじょ。今はね、皆で協力しないといけないの。悪い奴をはね返せるようにね。“命”になる人なんでしょう? 華織おばさまんちの風馬さんと同じ」
「そんなことまで知ってるの?」驚きながらも、運転手のほうを気にする清子。
「私のことでしたら、ご安心くださいませ。西園寺華織に仕えております高岡と申します。今日は主人の申しつけで、おうかがいしております」
「そーゆーことなの」ニコニコ笑う大地。「あのね、うちの運転手さん、今、新しい人だから、そういうの教えてないの」
「そうなの…」
「あのね、青蘭の子と親たちは、皆、風馬さんのこととか知ってるよ。親は力がない人ばかりだから、“命”さまが教えてあげてるの。
あとね、うちのおじいちゃまはね、僕と真里菜が危ない目に遭うかもしれないと思って、いろいろ調べてる。きっと、おねえさまの知らないことも知ってるよ」
「私の知らないこと?」
「今度、おじいちゃまと二人でお話するといいよ。おじいちゃまの知らないことは、おねえさまが教えてあげて」
「でも…今の私は力が落ちているから、いろいろ聞かれてもお答えできないわ、きっと」
「落ちてないよ」
「え?」
「さっき、龍くんが話しかけたの、聞こえたでしょう?」
「あれは…龍くん?」驚く清子。
「一緒にいたんだ、龍くんと翔太くん。どのくらいならわかるか確認してたの」
「…聴覚検査されてたのね」苦笑する清子。
「皆にね、一斉にやったんだよ。華織おばさまは、やっぱりすごいや。龍くんがやろうとしたら、電話かかってきた。“遊びたいなら、他の人とにしてちょうだい”って」
「まあ…さすがだわ、西園寺の“命”さま」
“それぐらい力があるのなら、自分の力がそのままだということも、華織は気づいていたのだろうか。それならなぜ、そう言わなかったのだろうか…。
いえ、彼女は言った。“でも私がこれまで伊勢でお会いした“命”たちより、清子さんのほうが、まだお力がおありに見えるわ”と。
あの時、自分はもう力が足りないという強い思いにかられていたから、華織の意図に気づけなかったのだ。これは“弐の位”としての力云々の問題ではない”
「誠さんと翼くんは、今、伊勢だから、外側に出てきてから連絡があった。何かしてたのだけは、中にいてもわかったみたい。おねえさまのお父さまは、外側にちょっと出てる時があったみたいだね。気づいたようだけどシャットダウンされたって、龍くんが怒ってた」
「お父さまが気づいたの?」
「うん」
大地の答えに、しばし困惑する清子。
“以前のお父さまならわかるけど…”
「えーと…翼くんは…もう継いでいるのかしら?」
「おねえさまと同じ、“弐の位”になる予定だよ。華織おばさまの次は、風馬さんと、躍太郎おじさまと、進子おねえさんが気づいたよ。おねえさまはタッチの差でその次」
「あら、けっこう上位なのね」
自分の力がそのままなのにもかかわらず、西園寺の“命宮”は自分より力が強いというのか。気持ちを押し隠そうと清子が声を出して笑うと、大地は彼女の手をゆっくりと握った。
「無理しちゃだめ。そういうの、史緒ちゃんには伝わるじょ」
「は、はい。わかりました」思わず敬語で答える清子。
清子はハッと気づいたように質問した。
「ちなみに…うちの“命宮”は?」
父親と自分の力を、花園らと一緒に調整しようとしているかもしれない大谷命宮の名前が出てこないのはおかしい。
「うーん。おねえさまのとこの“命宮”さん、こっちから状態がわかりづらくなってたみたい。ただ、翔太くんが写真で胸のぴかぴかを見たときに、すごく頭がいいって言ってたよん。歴史ドラマで言うと、策士ってやつ?」
「そうなの?」
「あ、それからね、“命宮”さん、九条さんと一緒にいなかったよ。龍くんがたどっても気配がなかったし、翼くんに後から聞いても、会わなかったって言ってた」
「大谷がいない…?」
「誠さんのお父さんと会う大事なときにいないって、おかしいよにゃあ。それよりもっと大事なお仕事があるってことでしょう? 僕たち、それが何なのか知りたいんだ」
「大地くん…」
「6時ぐらいには翼くん、東京に戻るみたいだから、うちに来てもらうことにしたの。龍くん、紗由ちゃん、奏子ちゃん、充くん、恭介くん、悠斗くん、翔太くんも来るから、ご飯が済んだら一緒に遊んでね」
「悠斗くんも一緒なの?」
「うん。悠斗くんは、きっと、おねえさまんちに足りない部分を助けてくれるよ」
「うちに足りない部分?」
「さっきから聞いてばかりだね」大地が笑う。「自分の力で調べられないと思ってるの?」
大地はそう言うと、清子の頭の後ろに左手を当て、清子はその手に導かれるようにまぶたを閉じると、その揺らぐような感覚に身をゆだねた。
「…すごいわ、大地くん。目の前がクリアになったわ…この感じ、久しぶり」
清子が興奮気味に大地を見つめた。
「やっぱり師匠はすごいんだね」
「どういうこと?」
「今のは僕がやったんじゃないの。僕の師匠がこの手を使ったんだよん」
「師匠って…ヒーリング系ってことは、もしかして西園寺の“弐の位”?」
「うん。東京に来た時にレッスン受けてるんだ。今日は静岡だから、おねえさまにも直接は無理なの」
「こちらのほうでは、教育のシステムがちゃんとしてるのね。でも、大地くんは“命”の家系ではなくて…」
「僕と真里菜は、ちょっと面倒なの。おばあちゃまのママは“禊”っていうのの人。でも、今はそことは関係ないよ。パパのおじいちゃまのおにいちゃまは“命”の人。でも、こっちも、もうやめちゃったんだよ」
「ハーフなわけね」
「うん。それでもね、僕と真里菜がいろいろできるようになったら、ぶっそうになっちゃったの」
「大変ねえ」
「でも、“命”の人たちが、いろいろ教えてくれるの。子どもでも、自分のことは自分で守れるようにならないとねえ。悪い奴らって、相手が子どもでも関係ないでしょ?」
「…なるほどね。うちの父にも聞かせたいわ」
「聞いてもらってるから大丈夫だよん」
「え?」
「龍くんがいろいろと話しかけてるんだよーん。答えてくれないから、独り言になっちゃって、なーんか、龍くん、変な人みたいだけど」ケラケラと大地が笑う。
「私がぼんやりしている間に、いろんなことが進んでいるのね」
「僕も、くねくねばかりしてられないじょお」そう言いながら、体をくねらせる大地。
横で踊る大地の向こうには1台の車が停まっており、そこから一人の男性が降りてきた。
“あの人…?”
「ん、どーしたの?」
「えーと…見たことある人だったの」
「あの水色のシャツのおじさん?」
「ええ。あの、プードルみたいな髪型の人」眉間にしわを寄せながら見つめ続ける清子。
「あのおじさん、イライラしてるにゃあ。何度も時計見てる」
「史緒にね、英才教育をさせようって、しつこく勧誘に来てた人だわ。父は断ったんだけど…」
「いつの話?」
「3年ぐらい前かしら。史緒が3つになる前で、七五三の相談をしていた頃で…」
言いながら、清子はふと、あることに気づいた。
“あれからしばらくしてからのことだわ。力が落ちたように感じたのは…”
「気になることがあったら、龍くんに話すといいよ。今、家に集まっている人たちの中ではトップだから」
「そ、そうね」
笑顔で答えながらも、清子の心は穏やかではなかった。
風馬の遠隔で確かに以前の感覚が実感できた。だがそれでも、大地の認識では、自分よりも、四辻家の“弐の位”よりも、龍のほうが力が上なのだ。
清子は、華織自身だけでなく、彼女の近辺にいる能力者たちの力に底知れないものを感じた。そして、自分がとんでもないところに足を踏み入れてしまったのだと、“戻ってきた感覚”の中で静かに実感していた。
* * *
会議が終わった後、イベント関連の資料を整理していた玲香は、定時を知らせるチャイムの音で、初めて時間に気づいた。
今日は午後から弥生が家を訪れ、双子たちを見ていてくれるという話になっていたので、玲香も安心して仕事に集中できたのだろう。
「じゃあ、賢児さま。すみませんが、私、高橋部長とお茶してから帰宅します」
「うん。先に帰ってるよ」
待ち合わせたロビーに行くと、進はもうそこにいた。
「4丁目の交差点にね、新しいカフェが出来たでしょ。そこにしましょう」
「焼肉屋さんの隣?」
「そうそう。公園の入り口の正面」
「公園…」
ふいに不安そうな表情になる玲香に、進が顔を覗き込んだ。
「どうかした?」
「公園で思い出したことがあって…うん。この前、弾さんには、たまたまちょっと話したんだけど、実はね…」
カフェに向かって歩き出しながら、玲香は以前、公園前の横断歩道で見かけた、総研人事課長の話を進にした。
「嫌なことでもあって飲みすぎちゃったのかしら。それとも、この前あった事件みたいに、薬盛られちゃったとか…」
「会社辞めてたようだから、それで自棄酒というのも考えられるけど…」
「スーツ姿だったんでしょう? 東京で転職面接受けて落ちちゃったのかしら。それとも合格祝いで飲み過ぎとか?」
「うーん。わからないけど、ここ、この入り口へ入っていったのよね」
「行ってみましょうか」
「え? 見かけたの、一週間以上前だし…」
「いいから、いいから」スタスタと公園に入る進。
「えーと…」辺りを見回すと、進は清掃員の中年女性のところへ歩き出した。「すみませーん。お姉さん、ちょっとお聞きしたいんだけど」
愛想よく仕事をねぎらいながら、進はこの辺でこういう男性を見かけたことはないかと問いかけ、いくつか質問を続ける。
「ですよねえ。スーツ姿の男性なんて、山ほどいるわけだし」
「でも、その人が落としちゃった社員章を探してるなら、そこの公園事務所で聞いたほうがいいですよ。9時までだから、まだやってます」
「ありがとうございます。お仕事中、お邪魔しました」
進は、女性にニコニコとお辞儀をすると、さらに公園内を見回し、ゴミ箱のところで空き缶をあさっているらしい男性に走り寄り、また同様の質問を始めた。
「社員バッジねえ。落ちてるのは見かけた覚えがないなあ」
「住人のおじさんが知らないなら、わかりそうにないわねえ」
「いや、ここは住んでないよ。あそこがうるさいから」男性は公園事務所の建物を鬱陶しそうに見つめた。
「じゃあ、一休みくらいね」
「酔っ払いがいると、すぐにパトカー呼ばれるし、おちおち休めもしないんだ」
「まあ、ずいぶん神経質なのねえ。じゃあ、この辺でふらふら歩いてたら、すぐに不審者扱いなのね」
「そうなんだよ。だから俺だって、ジャケット着てくるんだ」
「ネクタイもしてみたら?」
「そうだなあ」笑う男性。「そうだ、そうだ。ネクタイで思い出したよ。ネクタイはずしながら、目の前で倒れちゃった男がいたよ、このゴミ箱を抱きかかえるようにしてさ。それってちょうど、あんたが言ってる頃だったかなあ。バッジ落としたの、あの人かね」
「かもしれないわ、おじさん」
「えーと、あの、左目の下にけっこう目立つホクロがあるんです」玲香も話に割り込む。
「ああ、ああ。それだ。そいつだ」
「まあ、そうだったの。彼ね、あの後、頭痛がひどいらしくて…。倒れたときに変なとこ、ぶつけちゃったのかしら」
「目がいっちゃってたからなあ。でも、そこの事務所の姉ちゃんが病院に連れて行くっていうから、俺は帰ったけどね」
「そう。おじさん、どうもありがとうね」
「ありがとうございました」玲香が頭を下げた。
公園事務所へ向かおうとした時、進のスマホが鳴った。
「ごめん、玲ちゃん。お得意様からだわ。事務所で聞いてきてくれる?」
「うん、わかったわ」玲香が小走りに歩き出した。
「お待たせしました。高橋です」進が女声のまま電話に出た。
「弾です。何度も進さんが事務所を訪れるのはまずいかと思いまして」弾が答えた。「これまでの会話はうかがいました。渉が今向かってますので、ゴミ箱の指紋採取させます」
「助かりますわ。恐れ入ります」
「交差点近くの不審な車、さっき立ち去りました。追尾させてます」
「はい。承知いたしました。それでは失礼いたします」
「進子ちゃん!」玲香が事務所から出てきた。「事務所で病院に連れて行った人、最近いないっていうのよ」
「あら…」
「通りすがりの人だったのかしら」
「そうねえ…。でも、これ以上は私たちにはわからないわね。とりあえず、カフェに行きましょうか」
「うん」
二人は公園から出て行った。
* * *
男は、進と玲香の後姿を人知れず見つめていた。
「私だ。これから戻る。彼のほうはどうだ?」
「相変わらずです。記憶が戻りません」
「やはり私が調べるしかないか」目の前の空き缶を蹴る男。
「ですが、それは…」
「わかってる。暦とにらめっこしながら、大丈夫なタイミングを図るよ」
「お気をつけください。その近辺、さっきまで車が張ってました」
「ああ。向こうの角にまだいるな。狙いが帰るまで動かないだろう」
「そちらは放っておかれるのですか?」
「それも暦との兼ね合いだ」
男は電話を切ると、ゴミ箱の近くにいる渉を一瞥し、進たちとは反対方向の出口へと向かった。
* * *
「…というわけなんです。妙ですよね」
賢児を窓際に呼び寄せた玲香は、公園での出来事を話した。
リビングのソファーでは、真琴を抱いた弥生が、聖人を抱いた涼一、そして周子と談笑している。
「課長さん、どうなっちゃったんだろうな。本当に薬盛られたりしてなきゃいいけど。あのファイルや今日の郵便物の件もあるし、気になるよな」
「はい。でも、私はあまり不用意に動かないほうがいいですよね」
「ああ。後は華織おばさまに任せよう」
「わかりました」
「それにしても、高橋部長ってスパイみたいだよなあ」賢児が笑う。「聞き出すの、うますぎだろ」
「“FBIに転職しちゃおうかしらぁ”って言ってました」玲香も笑った。
「二人でナイショのお話?」弥生が窓際にやってきた。
「あ、すみません、お義母さん。ほったらかしにしてしまって」
「また大変なことになりそうなのかしら?」
「お母さん、何か感じるの?」
弥生もかつては“命”の候補だった能力者の一人だ。
「玲ちゃんたら、“その筋”の人たちが、始終触覚を伸ばしているとでも思ってるの?」
「違うんですか?」
「まあ、賢児さんまで」笑う弥生。「一般人が思うほど“力”を使うのは楽なものではないのよ。肉体的にも精神的にもね。小さい子は面白がって、いろいろ試してしまいがちだけど、そこを制御させるのが一番大事なことだわ。“力”を伸ばそうとするよりね」
「紗由は大丈夫かなあ。龍は自制しそうだけど」
「紗由ちゃんは、その辺とってもお上手。他人の“仕事結果”をうまく使う術も心得ているし。心配だとしたら、有川先生のお孫さんかしら。あとは御公家さまたち」
「御公家さまって…京都の人たちのこと?」
「そう。個人の意思で動くのに慣れてないから、敵が攻めてきた時にもたつくと思うわ」
「九条さんがしっかりしていれば、いいんじゃないの?」
「そうねえ…でも、奥様方の間にかなり不安が広がってるようだし、今は足並みがうまくそろわないみたいね」
「不安?」
「あそこの方たち、私の上顧客でもあるのね。フィッティングのためのサロンを東京か静岡で定期的に開いているんだけど、どの方も、お子さんたちに対して、最近やたらと不安を口にするの」
「本当に何か害を被ったお宅はあるの?」
「子どもたち自身にはまだないと思うわ。でもね、ちょっと調べたら周囲にはいくつか出てきたの。
賀陽さんちのお子さんの塾の先生が行方不明とか、常盤井さんちのお子さん…と言っても今回のイベント参加者の大和くんではなくて、中学生のお兄さんのほうだけど、一緒に下校していた同級生が、彼と別れた直後にひき逃げされたり。
あと、薬師寺さんちに出入りしている御用聞きが暴漢にあって入院中」
「偶然じゃないのかしら…」
「そこまではわからないけど、偶然でもそんなふうに重なったら不安になるわね、保護者としては。しかも九条さんは心配無用の一点張りみたいだから」
「あの、その方たちは、お義母さんが“命”の関係者だと知ってるんですか?」
「ええ。あそこは国内でも特別な集団。選民意識から、機関の作った決まりなんて無視して、“命”同士で交流するし、機関の関係者にもアプローチしてくるわ。もちろん、神命医にも」
「へえ。治外法権なんですね」
「ええ。でも、そのかわり、向こうの情報も漏れやすいから」
「そうだったの…でも、会合の時はどなたも何も私におっしゃってなかったわ」
「東の“命”のトップに立つ華織さんの親戚筋ということで、むやみやたらと近づけないという認識ね、きっと」
「そんな人たちが上客だなんて、お母さんは、そういう治外法権な人たちから、かなり丁寧な扱いを受けているのね」
「私、広幡の出だから、あの中だと九条に次いで2番目の扱いなのよ。あくまで過去に排出した“命”の力順ということなのだけどね。
本来なら、あそこのグループで九条の次は三条になるけど、三条の“命”は中学生だし、今回のイベントには関わっていらっしゃらないから、奥様も今回、東京にはいらっしゃらなかったわ。
で、広幡出身の私が2番目になって、後は賀陽、常盤井、薬師寺と続くわけなの。ただ、常盤井の奥様は一条の出だから、番頭的というか仕切り役は彼女かしら」
「へえ…中学生の“命”もいるのね…」玲香が驚く。
「龍くんだって、よその家だったら、とっくに“命”レベルよ」
「あの、お義母さん、紙に書いてもらってもいいですか。他の名前も思いつくようでしたら、それも」
「ええ、いいですよ。それぐらいなら、お力になれるわ」
「ねえ…」玲香が弥生を見つめる。「もしかして、そういうの、お手伝いしに来てくれたの?」
玲香の質問に弥生が笑い出した。
「あら、玲ちゃん、意外と勘がいいのね」
「玲香は冴えてるんですよ、いつも」ニコニコ顔の賢児。
「翔ちゃんのところへの電話が増えていたから、ずっと気になってたの」
「電話?」
「ええ。龍くんはもちろん、大地くんや翼くん、匠くんからもよ」
「…うーん、華織おばさんに、ちょっと聞いてみたほうがいいかな」
「それはおやめになったほうがいいわ、賢児さん」
「え?」
「さっきも言ったように…楽なお仕事ではないから、むしろ、あなた方から情報を集めて提供して、作業の効率化を図って差し上げてね」
「は、はい」
「偉そうなことを言ってごめんなさいね」頭を下げる弥生。
「いえ、そんな…。わからないことを教えてくださって感謝してます。…ですが、一つだけ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう」
「僕には正直わからないんです。今、僕たちの石は伯母のところにあって、開いてもらった力も結局使えません。
だから、力のある人たちがやっていることが、どんなふうに世界に作用して、僕たちにどう影響しているのか知りようがないというか…。
伯母のことを皆、崇め奉るような勢いで、その力を褒め称えます。でも、僕には正直、何が何だか…実感できません」
真剣な賢児の訴えに、弥生は笑い出した。
「賢児さん…それは当然だと思いますよ。能力者に限ったことではないというか…例えば偉い政治家がやっていることを、下々がいちいち知れるわけでも理解できるわけでもないでしょう。
たとえ賢児さんでも、お父さまがお仕事でなさっていること、全部を理解できているとは限らないのでは?」
「は、はい、それは確かに…」
「同じなんですよ、“命”の世界も。そんなに容易く知られるようなら、世間は皆、華織さんの存在と力を知っているはずでしょう?」
「確かに…そうです」
「いつ、どこで、何を、どうやってしているのか。そのすべてが衆目にさらされるようなことがあるなら、そこで“命”はお終いです。
“人知れず力を持ち、日本を守るのがその務め。体系が乱れれば、隙に乗じて様々な災いが乗り込んできます」
「じゃあ、私たちは今、何をすればいいの?」玲香がいつになく気色ばむ。「そんな抽象的なことを言われても困るわ。賢児さまや私が華織おばさまのためにできる情報収集って言っても、どんなことなのかしら。おばさまには、おじさまもついてるし、大抵のことは二番煎じに…」
「玲ちゃんらしくないわね。何もしないうちに愚痴?」
「お母さん…」
「あら、まーくんとまこちゃんが呼んでるわ」
弥生は嬉しそうに、ソファーへと戻っていった。
* * *
久我邸に到着した清子は、たかが子どもたちと遊ぶだけのはずなのに、父から隠れて過ごしていた1年間以上に緊張を抱えていた。
「大丈夫だよ」
そう声を掛けてくる大地すら、ある意味プレッシャーだ。大地もそれを感じてか、充に耳打ちをすると、少し離れた場所へ行ってしまった。
「そこの、おうつくしいおねえさま」充がつかつかと清子に歩み寄る。
「私?」
「そう。あなたです。よろしければ、すみっこのテーブルで、おちゃでもいかがですか?」
「はあ…」
さすがの清子も幼稚園児からお茶に誘われるのは初めてだ。
「ちょっと充くん! なに、ナンパしてるのよ」二人の正面に陣取り、仁王立ちする真里菜。
「うへー」素早く清子の後ろに隠れる充。
「清子おねえさまにナンパなんて、100ねん、はやいのよ!」
「じゃあ、和歌菜どのに…」
「100まんねん、はやい!!」
「ひぃー!」
真里菜から逃げ惑う充の姿に思わず噴出す清子。
「清子おねえさま。ききたいことが、あるんですけど」
いつのまにか傍らに来ていた紗由が清子の腕を引っ張る。
「何かしら、紗由ちゃん?」くつろいだ笑顔で清子が応じる。
「おばあさまが、みんなにきいたことです。史緒ちゃんは、ならいごとは、なにをしてますか?」
「習い事。えーと…お習字も習い事になるのかしら。父から教わっています。
あとは、リトミックと合気道かしら。お茶とかお花は習うというほどでもないけど、母が日常生活の中で教えてるわ」
「リトミックってなんですか?」
「音楽と動き…ダンスみたいに体を動かしながら、音楽を楽しむの」
「うわあ。紗由もやってみたいです。紗由ね、ピアノのときにおどっちゃうと、せんせいにおこられるけど、それだったらおこられないかも」満面の笑みになる紗由。
「そうね。紗由ちゃんにはピッタリかもしれないわね」清子が紗由の頭を撫でる。
「史緒ちゃんがならってるのは、それでぜんぶですか?」
「そうね、今のところ…」言いかけた時、清子の頭にひとつの映像が走った。「…英才教育をしないかと…塾に誘われたことがあったわ。断ったから通ってはいない…けど、さっきその人を見かけて…」
映像をさらに受け取り始めた清子の顔が、徐々に青ざめていくと、史緒がいきなり清子を振り返り、駆けてきた。
「おねえさま! だいじょうぶですか?」
「史緒…大丈夫よ、大丈夫だから。…ほら、大地くんに遊んでもらいなさい」
「史緒が、やっつけるからだいじょうぶです。おねえさま!」
史緒が言うと、清子は史緒にも力が現れてきたことを確信しながら、強く抱きしめた。
「うーん。史緒ちゃんは、やっつけたらだめですよ」紗由が言う。
「だって、おねえさまが…」
「短時間に無理しちゃいましたね。とりあえず今、大地が手当てしますから」龍がやってきた。
「にいさま、紗由だってできるよ」ぷーっとふくれる紗由。
「紗由。こういう時は、信頼関係が出来ている相手がやるほうがいいんだ。おねえさまは、大地と仲良くなってる。それはわかるだろう?」
「…はい」
「でも紗由は、ちゃんとおねえさまのことを見てるんだよ。見たものは、皆に伝えなくちゃいけないからね」
「わかりました」
「翔太! ちょっと来て!」
「なんやねん」
「ぴかぴかしんだん、おねがいします!」紗由が言う。
「それはなんですの?」史緒が尋ねた。
「僕がおねえさまと仲良くできたかどうか、見てもらうんだよ」史緒に笑いかける大地。
「もう、なかよしですわ!」
「せやな。史緒ちゃんの言う通りや」
ニコニコしながら言う翔太だが、同時に龍と紗由と翼に頭の中で話しかける。
“龍、おまえ、おねえさまに怖がられてんで”
“支障ないよ。ヒーリングするのは大地だし”
二人の会話を聞きながら、紗由が肩をすくめ、龍に言う。
「では、にいさま。おねえさまのご気ぶんをよくするために、おどってみてください」
「え?」
「まあ。龍くんは、おどりをやっていらっしゃるんですか? 史緒も見たいです!」
史緒が少し大きめの声で言ったせいか、真里菜、奏子、充、恭介も、わらわらと寄って来て、龍をじっと見つめた。
「紗由といっしょにおどりましょう!」
踊りだす紗由の傍らで、奏子が一生懸命に拍手をすると、龍もしぶしぶ紗由の真似をしだしたが、しばらくするとシーンとしてしまう一同。
「まりりん…」史緒が真里菜の耳元で囁く。「紗由ちゃんのおどりはバレエですわよね。龍くんのおどり、あれははじめて見ますわ。なんていうおどりですの?」
「えーと…金星のおどりだったかな…」目を逸らし、言葉を濁す真里菜。
「まあ、すごい!」驚く史緒。「でも…史緒は、くねくねおどりが好きです」
「うんうん」真里菜の目が途端にキラリと輝く。
初めて龍の踊りを見る恭介が、眉間にシワを寄せ、口をあけたまま龍を見つめるその横で、清子はうつむき、肩を震わせていた。
「龍くんの踊り、気に入りました?」翼が清子に笑顔で話しかける。
「え、ええまあ…」まだ口元が緩む清子。
「うちのパパがね、これを見たとき、“見てはいけないものを見たような気がする”って言ってました。ひどいですよねえ」
「まあ…お気持ち、わからないでもないけど…。そうそう、翼くんのお父さまって…」
「カウンセラーです。TVに出るようになってから、女子大生に人気あるんですよ」
「ええ、私も講義でお世話になってるの。大人気よ」
東京の大学に進んだものの、父親から姿を隠すために別の大学に編入し、その住居や学費を母方の実家に都合してもらっていた清子だったが、実は編入先の学校では疾人が講師を務めていたのだ。
「へえ、そうだったんですか。清子お姉さまみたいな綺麗な人だったら、パパも覚えてるかなあ」
「そんな…300人入る教室ですもの。前のほうはファンの人たちが陣取っていて、私はいつも後ろの席よ」
「最近困るんですよね。そういう人たちに紛れて、家の前をうろうろする人が出て来たりして」
「…よろしくない一派の一員が、ということかしら?」
「はい。奏子が暴走しないように抑えるのが大変なんです」困ったように笑う翼。
「何か積極的に対処なさっているの? 警察に届けるとか」
「そんなことしたら相手が退きます。その先の手が見られません。リーダーから、それはしないように禁じられていますので、僕たちが奏子を、よしよしってするくらいです」
「リーダーというのは龍くん?」
「はい」
「彼、力がお強いのね」微笑む清子。
「はい。でも、龍くんにとって大事なのは、そこではないんです」
「どういうことかしら?」
「西園寺家の能力者たちにとって大事なのは、全国の“命”全体のレベルが上がって、この国が安泰になることです」
「…その点、京都はダメね。排他的で」
「清子お姉さまは、華織おばさまのところへ来たじゃありませんか」
「私は来てよかったのかしら…?」
「もちろんですよ。ほら、史緒ちゃんのうれしそうな顔」
翼の視線の先には、大地の傍らで満面の笑みを浮かべる史緒の姿があった。
「史緒ちゃん、お姉さまを呼んでおいで。いっしょに、あたまクルクルしてあげるじょ」
「はい! おねえさま!」
笑顔で駆け寄ってくる史緒を前に、清子はさっきまでの不安が晴れていくのを感じた。
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