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5.あなたとわたし

「リラ?」

 当惑する翔とは目を合わせず、リラは両腕を力任せに突き出した。鍛えられた胸板に当たる。翔は少女特有の細い手首を掴んだ。

「……私は!」

 リラは喚きながら、抑えつける指を振り解こうと抵抗する。

「放して! 私は違う。菜々じゃない。菜々はこんなこと思わない……!」

「リラ」

「違うの。菜々は本当に純粋に翔ちゃんを助けたかった。だからいいの。でも……私は違う。菜々じゃない、菜々は……」

「リラ」

「なんでなの? 私は酷い。翔ちゃんがずっと菜々のことを考えてくれてたのが嬉しい。良かったって思うの。菜々は翔ちゃんを縛りたいなんて絶対に望まないのに。私は……私だけが酷い、とても酷くて、醜い」

「リラ。菜々ちゃん……リラ」

 感情的になったリラを落ち着かせるため、翔は柔らく髪を撫でる。

「醜くない。君はどこも酷くない」

「嘘よ、だって……私はこんな女なのに。でも、いや。いやなの、翔ちゃん。私を嫌わないで」

「嫌う訳がない」

 きっぱりと断言すると、翔は再びリラを(かいな)いだく。背中の怪我に障らないよう注意を払って華奢な身体を柔らかく包んだ。

 寝台の上で二人は急速に接近する。

 翔の指は少しずつリラの頬から首筋に滑った。

「俺も同じだ」

 ぐしゃぐしゃになったリラの瞼を、薄く唇が掠めて涙を拭う。

「リラが気にかけてくれて嬉しかった。菜々ちゃんがずっと、俺を忘れないでいてくれたことが」

 翔の唇はそのまま髪に触れた。

「あの頃の俺はまだガキだったから、せいぜい弟みたいなものだっただろう」

 庇われるしかなかった脆弱な少年時代を自嘲する翔は、前世の菜々が一度も知ることができなかった表情を見せた。憧憬よりも強くひたむきな眼差しに、リラは一瞬で捉われる。

「さっき他人ひとを助けられるようになって救われたと言った、あれは嘘だ」

「え?」

「いや、嘘というのは語弊があるか。俺も今やっと気づいたんだ」

 ふわりと翔は微笑んだ。穏やかさとは裏腹に瞳だけは熱っぽくリラを映す。

「俺が助けたかったのは……ずっと守りたかったのは君だ。君だけだったんだ」

「私……を」

 リラは呆けたまま呟いた。

 翔が大きく頷く。


 今度は俺に君を守らせて。


「もう弟じゃない」

 

「俺は……君を」



 + + +



 最近の王都では流行っている食べ物がある。

 噂によれば、発端は王城に勤める下級貴族の子女から成る侍女たちだと言う。

 国を守護する勇者が大々的に華燭の式を挙げたのは知れ渡っているが、恋物語の小道具となったのが甘い菓子パンだった。

 もちろん、ロマンスの下味がなければ、ただのカスタードクリームが挟まれたパンに過ぎない。

 気難しい勇者の心を解きほぐし恋に目覚めさせたのは、10歳年下の侍女である。

 出会ってすぐ婚約した二人は、少女の成人を待って、つい先日ようやく正式に籍を入れたのだ。


 勇者がいたくお気に召したというクリームパンが、街の商店のあちこちで売られている。

 クリームだけでなく、ジャムやチーズの入ったパンも人気だそうだ。


 お行儀悪くパンを頬張り、道行く人は祝福を唱えながら伝え合う。


 これは、とある国の幸せなお話。

 運命で結ばれた二人の、甘い甘い出会いの物語。



<完>

ありがとうございました

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