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第一章 追放の朝と王妃の誕生

白い石造りの裁きの間。冷たい視線がレイラに突き刺さっていた。

 

「レイラ・フォン・ヴェスティア公爵令嬢。貴様には、この王国に対する数々の罪がある。本日をもって、全ての爵位と財産を没収。辺境の貧しい村へ追放とする!」

 

元婚約者である第一王子エドワードの声は、感情を排した冷たい響きを持っていた。

彼の隣には、平民出身の婚約者となったリリアナが、青い瞳に涙を湛えて立っている。

その涙は、レイラの罪を責めるものではなかった。むしろ、彼女の瞳には通報されたことへの悲しみと、届かない想いへの諦めが滲んでいた。

レイラに嫌われていると思い込んだまま、彼女は何も言えずに立ち尽くしていた。ただその沈黙が、皮肉にも“罪の証人”として機能してしまっていた。

 

「……承知いたしましたわ」

 

レイラは淡々と応じた。彼女の心は既にとうに死んでいた。悪役の役割を強いられ、実家の秘密を守るために耐えてきた日々。その全てが、この一瞬で「悪意」として断罪されたのだ。


(ああ……わたくしだって、幸せになりたかった。ただ、平穏に生きたかっただけですのに……)


豪華なドレスは既に粗末な旅装に替えられ、レイラは護衛兵に連行された。辺境の寒村で、彼女を待つのは緩慢な死か、あるいは隷属か。レイラは、これが自分の「悪役」としての定められた最期だと受け入れていた。


(何がいけなかったというの……?わたくしは、ただ家族を守りたかっただけだというのに……。どこで……、間違ってしまったのだろう……)


レイラはそう、馬車に乗りながら外を眺めて思う。

辺境へ向かう馬車が、国境の手前で突如として停止した。護衛兵たちが慌てて馬車から降りた直後、扉の向こうから硬質な声が響いた。

 

「この女を引き渡せ。これは我が国と、貴国との国交に関する取引だ」

 

レイラが顔を上げると、馬車の窓越しに、黒い軍服を纏った見慣れぬ男たちの姿が見えた。彼らは隣国、鉄の規律と冷酷な軍事力で知られる大の兵だった。

護衛隊長は狼狽していた。

 

「なっ!どいうことだ!これは我が国の追放者であり……!」

 

「なるほど、追放者か。利用価値のなくなった生贄というわけだ」


(何の騒ぎですの?)


その時、一人の男が馬車に近づいた。彼は黒い革手袋を外し、レイラの目の高さまで身をかがめた。その顔は端正だが、瞳の奥に感情の動きは見えない。

 

「レイラ・フォン・ヴェスティア。私は隣国の第二王子カイン・ヴォルフ・ハドリアン」

 

男はそう名乗った。『氷の王子』と呼ばれ、その残忍な采配で有名な人物。

 

「我が国は、貴国との長年の諍いを収める政略結婚の相手を求めている。そなたを王妃として迎え入れると、正式に通達した。貴国は既に受け入れている」

 

レイラは息を飲んだ。辺境への追放から一転、敵対国の王子との政略結婚という、さらなる破滅の道。彼の瞳はレイラの怯えも絶望も見ていない。ただ、品定めをするかのように、無機質に彼女の顔を見つめていた。

 

「感情は不要。そなたは“王妃”という機能を果たせば、それでいい。そして、祖国での評判通り、傲慢で冷酷な王妃として振る舞うことだ」

 

カイン王子は言った。

 

「私の王妃に、心など必要ない」

 

その一言は、レイラの胸に深く突き刺さった。――心。家族を守るために使い、最後は裏切られた、哀れな残骸。

レイラは顔を上げ、カインの冷たい目を見返した。もう、失うものはない。利用されるのならば、徹底的に利用されてやろう。少なくとも、辺境の寒村で飢え死にするよりはマシだ。

 

「承知いたしました。カイン王子」

 

レイラはかつて社交界の悪役として培った、完璧な礼と無表情を整えた。

 

「王妃としての役割、確かに拝命いたしますわ」


護衛隊長は狼狽していたが、隣国の正式な文書と、カイン王子の圧倒的な威圧感には逆らえず、歯噛みしながらもレイラを引き渡した。

レイラは粗末な馬車から、隣国の黒塗りの重厚な馬車へと乗り換えさせられた。窓から見える祖国の風景が遠ざかっていく。

カイン王子は彼女と向かい合う席に座ったが、レイラに視線を送ることなく、分厚い書類に目を通している。

静寂の中、レイラは口を開いた。

 

「殿下は、私の悪評を全てご存知のはず。なぜ、私を?」

 

レイラは、これが政略結婚の相手として最低限知っておくべきことだと考えた。

カインは書類から目を離さず、短く答えた。

 

「悪評こそ、利用価値がある。祖国に憎まれ、追放された女。隣国がそのような者を選ぶことに、誰も疑念を抱かない」

 

彼はそこで一度言葉を止めた。レイラは、胸の奥が冷たくなるのを感じながら、息を詰めた。

 

「そして、私は知っている。社交界の陰口や、王子との騒動の裏で、貴様がどれほど冷静に、どれほど効率的に状況をコントロールしようとしていたかを」

 

カインはようやくレイラに視線を向けた。その目には、冷たさとは裏腹の、鋭い探求心が宿っていた。

 

「私の求める王妃は、愛を語る人形ではない。盤面を冷静に見つめ、感情を殺して手を打つ有能な駒だ。その点において、貴様は適任だ。心など、必要ない」

 

「……」

 

レイラは俯いた。心を求められず、その能力だけを必要とされることが、これほどまでに安堵できるとは。家族を守るための“心“は自分を破滅させたが、この国では“心がない”ことこそが強みになる。

彼女の"幸せルート"は、"悪役"のスキルと"心がない"という最大の弱点を武器に変える場所で、皮肉にも幕を開けたのだ。

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