1 アザニア国の終焉
短めの連載です。
全8話で終わります。
その日、アザニア王国の王の私室には、国王夫妻と夫妻の子供たちである王子二人と王女一人、そして最低限の侍従と宰相のみが集まっていた。国王の家族はその部屋の中央に据えられたテーブルに着席しており侍従たちは部屋の壁際に佇んでいる。
テーブルには人数分のグラスが用意され、中央にはワインのように見える赤い液体を入れたボトルが置かれていた。
部屋にいる者たちは皆うなだれ、すすり泣きの声だけが聞こえていた。
しかし、一番年下であるアリシア王女は顔を上げ、気丈な面持ちでテーブルに置かれたボトルを見つめていた。
「皆も承知の事と思うが、この王都は数万のツワナ帝国の兵に囲まれている。今まで何とか籠城して持ちこたえてきたが、既に食料も尽き負傷兵も溢れている。次に攻撃されたら終わりであろう。」
王の言葉に第一王子のオラーティオが拳をテーブルに叩きつけ、悔しそうに歯ぎしりした。
「幸い、ツワナ帝国の使者から降伏勧告が届いておる。24刻以内に降伏すれば、王族以外の者の命は保証するとの事だ。ワシはこの勧告を受け入れるつもりだ。これ以上犠牲を増やしたくはないのでな。ワシは降伏したのち打ち首にされるくらいならば名誉の自決を選択したいと思う。王妃やアリシアは女性なので処刑を免れる可能性もあるがどうする?」
「私たち女性は降伏後どのような辱めを受けるか分かりません。そのような危険を冒すくらいなら、家族と共に神の庭に旅立ちたいと思います。」
「私もです。ツワナ帝国の者の手に落ちるくらいなら死んだ方がましですもの。」
王妃とアリシアの言葉に国王は深く頷いた。
「皆覚悟はできておるようだな。宰相、ワシらが命を絶った後、この書状を帝国の使者に渡してくれ。」
国王は降伏勧告を受け入れる旨書かれた書状を宰相に渡した。
「確かに受け取りました。」
宰相のモリエロは書状を大事そうに胸に抱え、壁際へと戻った。
「王妃よ、そのワインを皆に注いでくれ。」
毒の入ったワインを侍従たちに注がせるのは不憫に思ったのか、国王はその役割を王妃に命じた。
王妃はだまって席を立つと、ワインのボトルを取り、各自のグラスへと注いでいった。ワインには苦しまずに死ぬことができる王族秘伝の毒薬が入っていた。
アリシアは自分のグラスに注がれるワインを見つめていた。
(たった15年の人生だったけれど、それなりに幸せだったわね。帝国に囚われて不名誉な扱いを受けるくらいならいっそ潔く死んでしまった方がいいわ。私一人で逝くのではないからさみしくないし。)
恐ろしく無いと言えばうそになるが、アリシアは死の間際まで王族としての矜持を保っていたいと思い、泣きそうになるのを必死で耐えて無表情を貫いていた。
兄達も悔しそうな顔をしてはいるものの恐怖心は見せていない。さすがは勇猛果敢で知られたアザニア王国の王族であると自慢に思った。
国王はグラスを掲げて立つと、部屋の壁際で俯きすすり泣いている侍従たちに言った。
「今までよく仕えてくれた。今後は我が国民に仕えてくれ。殉死は許さぬ。ワシら王族は神の庭でおぬしらの活躍を見守るとしよう。」
国王がまさにグラスを口へと運ぼうとしたその瞬間、空間がゆがんだような感覚に見舞われ、立っていられなくなった。
(こんな時に立ち眩みか?情けない。)
国王が床に膝を着いた状態で周りを見回すと、壁際に立っていた侍従たちも皆床に倒れていた。席に着いていた者たちは、必死でテーブルに縋りついている。
皆何が起こったのか分からずキョロキョロしていると、暖炉の前の空間に光の線が上下に走った。そして、その光は放射状に広がっていった。
皆あまりの眩しさにその光を直視できず顔を背けると、その光は唐突に消え、その場には黒い甲冑を着た、黒髪で金の目の13、4歳に見える少年が立っていた。
少年の着ている黒い光沢のある甲冑は何の素材でできているのか、どこの国のものなのか全く不明であった。ゆるくウェーブのかかった漆黒の髪は革ひもで無造作に一つに結ばれている。
皆驚きのあまり固まったままでいると、その少年はアリシア王女を指さし、「ついに我が魂の半身を見つけたぞ!」と言い、動けないでいるアリシア王女の側まで来て、「俺の魂を返してくれ!」と言った。
「た、魂を返すとはどういうことですか?どうすれば良いのでしょうか?」
アリシアが尋ねると、その少年は目を細めてアリシアの鳩尾あたりを注視した。
「何ていう事だ!俺の魂とこの娘の魂が完全に融合してしまっているではないか!どうすればいいのだ?せっかく見つけたというのに…。」
少年は親指を顎に当ててブツブツいいながら広間の中を行ったり来たりしだした。
(この少年は私の魂を迎えに来た天からの御使いなのかしら?)
「あの…御使い様? 今丁度毒を煽って自害するところでしたので、もう少しお待ち頂ければ私の魂をお渡しできると思います。」
アリシアが思い切ってその少年に話しかけると、
「なに!自害だと!ちょっと待ってくれ。それって大丈夫なのか?」
その少年は立ち止まるとこめかみに人差し指をあて、何やらブツブツ言いだした。
「長老か?俺だ、ドラクだ。アザニア国の王宮で俺の魂の半身を見つけたのだが、その持ち主の魂と完全に融合してしまっているのだ。その場合、持ち主が死んだらどうなるのだ? なに? 分からない? それでは困る。至急調べてくれ。」
少年はクルリとアリシアの方に振り返ると、
「自害するのは少し待ってくれ。俺の魂も死んでしまうと困るからな…。」
と言った。
「…そう長くは待てません。24刻以内に自決しないと帝国軍が攻め入ってきますので。」
「そういえばこの王都の周りを兵が取り囲んでいたな…。その者たちがいなくなれば時間を稼げるのか?」
「何をたわけた事を。神の庭に旅立つ神聖なこの時間をじゃましおって! 関係無い者はこの部屋から出て行ってもらおうか!」
国王が怒りを露わにして言うと、侍従たちが恐々とその少年に近づき、部屋から連れ出そうとした。
少年は「少し待っていろ!」と言うなり、また唐突に消えてしまった。
国王一家や侍従たちが、何が起きたのかわからず呆然としていると、外から怒号や悲鳴がかすかに聞こえてきた。
王たちが慌てて城外を見渡せるバルコニーに出ると、帝国の兵たちが集結しているあたりから炎や煙が見えた。
「いったい何が起こっておるのだ?」
するとその場に近衛隊長が駆け込んで来た。
「陛下!竜です!城壁の外で竜が暴れています。」
「な、なんだと…?」
一刻ほどその場で皆が佇んでいると、城壁の外は徐々に静かになっていった。
「近衛隊長、外の様子を見てきてくれ。」
「はっ。畏まりました。」
近衛隊長と入れ替わるように、先ほどの少年がまた現れた。気のせいか着ている鎧が幾分煤けているように見えた。
「どうだ、国王よ。外の輩は蹴散らしてやったぞ。これでしばらくは攻めて来ないのではないか?」
「おぬしは…竜…なのか?」
国王は驚きのあまり二の句を継げなかった。
前回の作品から時間が開いてしまいました。
最近忙しくてなかなか執筆時間が取れませんが、頑張ります。
こちらは既に完成済なので、毎日アップする予定です。