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沙羅双樹  作者: 九JACK
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動かざること

「お兄さま」

 まつはベッドに横たわったまま、竹仁に声をかける。竹仁がカーテンを取り払おうが、払うまいが、まつには関係ない。

「わたしは平気です。お兄さまは教室に戻ってください」

「どうして?」

「授業があるでしょう?」

「まつが倒れてるのに、授業なんてやってられない」

「何故ですか。勇貴お兄さまが倒れても、百合音お姉さまが倒れても、保健室に来たりしないでしょう」

「まつは特別だからだ」

 言い切る竹仁に、まつは返す。

「お兄さまは家族以上でも以下でもありません。特別なことなんて何もありません」

 淡々とした声。声量はないはずなのに、やけに竹仁の頭に響いた。

 竹仁がいくらまつを特別扱いしようと、まつにとって竹仁の価値は他者と等価なのだ。双子であることはそこには関係ない。

 虚無を抱える二人の決定的な差。竹仁がいくらまつに執着を向けようと、まつにとってその執着はなんでもないことなのだ。まず、特別という概念すら、まつの中には存在しない。それでもざっくり、家族とその他、くらいの認識はあるようだが、それだけだ。勇貴や百合音は家族だから例に挙げただけで、家族であること、兄弟であることにさしたる拘りはない。

 双子であることすら、まつにとっては大した意味を持たない。ほとんど同じ時期に同じ母から生まれた。それの何が特別なのか、まつにはとんと見当がつかない。

 そんな認識の差をまざまざと突きつけられて、竹仁は何も言えなくなった。

 竹仁とまつさえ、また違う生き物なのだ。

 竹仁は教室に戻り、無表情で授業の準備をした。どこか上の空な竹仁を心配する声もあったが、まつが倒れたことを聞いている一部は「やっぱりシスコン」などと囁いている。

 実際、竹仁のこれは端から見ればシスコンで間違いない。竹仁自身は認めないだろうが。竹仁の中心にあるのが、まつへの愛だとか恋なのだ。

 常人には理解できない感情。非常に非常識的で、倫理に悖る感情だ。けれど、どんなに道徳を学んでも、竹仁にとって倫理に悖ることは障害にならない。

 倫理というのは人間のルールだ。自分のことを人間でないと思っている竹仁は人間のルールを守らなくていいと思っている。自分たちは人間ではないから。

 そう考えているうちに、時間が過ぎた。いつの間にか夕方で、食べたはずの給食の味も覚えていない。食べたところで食べた、としか思わないのだけれど、どんなメニューだったかを思い出せない。それくらい重症だった。

 けれど、それでいい、と竹仁は感じていた。まつのことしか考えられない。それが自分だ。それ以外のことに価値なんてないし、意味もない。心底どうでもいい。

「竹仁、サッカーしようぜ」

 クラスメイトに声をかけられ、竹仁はきょとんとしてから笑う。

「ごめん、今日は遠慮させてもらうよ」

「はいはーい」

 男子は軽い調子で去っていく。

 人間関係は、つかず離れずをしていれば、そんなに面倒なことにはならない。クラスメイトとほどよく遊んでいれば、好印象を保てる。それに、今日、まつの体調を聞いて教室を飛び出したのはみんな知っている。だから理解があるのだ。

 竹仁はまつの教室へ向かった。まつがこちらへ歩いてくるのがわかった。洋服の有象無象の中で和装のまつは目立つし、まつは想像を絶するほどの美人だ。

 瞳孔が虹彩に溶けそうな色をしているまつは儚げで麗しい。毎日見ている竹仁ですら、息を飲むほどに。

 やはり、人間なんて括りでは語れない生き物だ。まつは。そのまつと双子である自分もまた、人間という枠組みから外れた存在なのだろう。傲慢にも、竹仁はそう認識する。

「お兄さま、帰りましょう」

「うん。体は大丈夫かい?」

「なんともありません」

 淡々と決められた台詞を読んでいるような抑揚のないまつの声に、竹仁は安堵を覚える。

 竹仁は人付き合いをするが、帰るときはいつもまつと一緒だ。この圧倒的な美しさを誇るまつが、帰り道に不当な輩に襲われでもしたら耐えられない。竹仁は自分の命はまつのためにあると思っていた。

 勇貴や百合音も同じ学校ではあるのだが、彼らと一緒に帰ったことはないし、帰ろうと思ったこともない。竹仁の差別はもしかしたらまつよりひどいのかもしれなかった。まつのこと以外どうでもいいから、勇貴のことも、百合音のことも心配になんてならない。

 勇貴や百合音は父のいない家庭を支えるために、家事手伝いをすべく早く帰っているから、何の違和感もなく過ごしているのだが、竹仁のこの割り切り方を聞いたなら、二人共悲しむであろうことは竹仁にも想像がついた。何故悲しむのかは竹仁にはわからないが。

 百合音は竹仁のそんなところを苦手としているし、梅衣もそれを感じ取って、竹仁を臭いなどというのだろう。梅衣の場合は人格によるが。

 竹仁のことを何も言わずにただ受け入れてくれる存在は、やはり、まつしかいないのだ。

「竹仁」

 そうして、家に着くと、竹仁は思わぬ声に呼び止められる。それは少し大人びた印象を持つが、妹の梅衣のものだった。

「おかえり。話があるの」

 竹仁は素っ気なく目を逸らす。

「梅衣のままごとには付き合わないよ」

 ころころと人格の変わる妹が竹仁は少し苦手だった。いつもと違うのが気持ち悪い。いつもはたけじ臭い、と避けるのに、話しかけてくるのが気味が悪い。

 お構い無しに梅衣は続ける。

「いいの? 松子のことなのに」

 ばっと竹仁は振り向いた。

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