表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
沙羅双樹  作者: 九JACK
PR
30/41

凶星

 その言葉は竹仁の気を引くのに一番の言葉だった。

 みんな「まつ」と呼ぶけれど、彼女の名前は「松子」と書いて「しょうこ」と読む。その正しい呼び方をする人格が梅衣の表に出ていることにも驚いた。兄弟でさえ、忘れかけているのに。

「まつのことってどういうこと?」

「話すから部屋に行こう。ここじゃ百合音や咲希に聞かれる」

「聞かれるとまずいことなの?」

「ああ」

 梅衣はあっさり頷いた。どうやら、さっぱりした性格の御仁らしい。梅衣の中にどんなのが何人いるかなんて興味はないのだけれど、この人格は初めて見るような気がした。

 梅衣の部屋に案内される。来るのは初めてではない。竹仁にとっては梅衣もすぐ下の妹だ。兄として不安定な梅衣を世話する機会は多かった。相変わらず、というか、雑多さが以前より増している気がする。

 梅衣は他人に暴力を振るう人格もいるため、半ば軟禁状態で過ごすこともある。それが壁を引っ掻いたりした痕が部屋のとっちらかった印象を強めている。

「よくこんな部屋で過ごせるよね」

「竹仁だって、過ごせと言われたら過ごせるだろ。何も思わないんだから」

「まあ、そうだけど」

「普通の人の真似なんて、私の前でしなくていい」

「……」

 梅衣の言葉に竹仁の表情が無になる。それを見て、梅衣が笑った。

「そうだそうだ。別に無理せず、いつもその表情でいる方が百合音も怖がらないだろうに」

「どうして僕が百合姉のことなんて考えなくちゃいけないの?」

「空っぽの分際で楯突くな。私からしても、お前の薄ら笑いは気持ち悪いわ」

「そう。それで、まつの話って?」

 竹仁は淡々とした調子で訊ねる。梅衣はその大きな金の目をぱちくりとする。

「学校で倒れたそうだな」

「まつが体弱いのは前からだけど、理由があるの?」

 梅衣は竹仁の問いに、竹仁に指を突きつける。その奥の心臓を刺すように、とん、と。

「お前のせいだ」

「……は?」

 知能に欠けた声しか出なかった。梅衣の言っている意味が抽象的というのもあるが、意味がわからない。

 動揺、動揺、動揺、当惑、困惑、混沌、混濁。意識が竹仁に備わっている数少ない感情が梅衣の言葉を拒絶する。じっとりと嫌な汗が肌の表面に浮かぶのが感じられた。鼓動が早鐘を打つ。血の巡りは良いはずなのに、青ざめていくような感覚。

 そんな竹仁を見て、梅衣は意地悪く笑ってみせた。

「ははは、そんなにわかりやすい反応をしてくれるとは面白い」

「お前……」

 からからと笑う梅衣に竹仁は殺意が湧く。

「からかったの?」

「からかってなどいない。お前のせいなのは紛れもない事実だ。どうしようもないほどにな」

 梅衣がす、と冷たい目で竹仁を覗いて言うもので、竹仁はぞくりとした。

「咲希がお告げを受けた通り、咲希が当主となった私たちの世代は多難を孕む。無論、私もそのうちの一つだ。だが、大難ではなく、多難である。雨野家に降りかかるのは多くの難題だ。そのうちの一つが松子の病弱とお前の因果関係にある」

「因果って何」

「お前たちは双子だろう? 心が虚無なだけで済むと思っていたか?」

 竹仁はぐ、と拳を握りしめる。……なるほど、これは咲希や百合音に聞かれるわけにはいかない。

 それは竹仁が「虚無」だけを抱えているわけではないからだ。竹仁はそれを隠している。後ろめたさや兄姉に心配をかけたくないなどという健気な動機ではなく、単純に竹仁が知られたくないからだ。まつへの思慕は自分だけの秘密にしておきたい。禁じられた恋心を秘めたまま、愛する人の間近にあることの背徳と享楽に耽りたい。そんな自己本位な理由。

 どうやらこの梅衣はお見通しのようだが。

「お前の松子への想いは報われてはいけない。それでも松子に宿らず、お前にだけ宿ったのは何故か、考えたことはあるか?」

「あるわけないでしょ。本質は虚無の僕が考える、という行いに至るわけがないじゃない」

「それもそうだな」

 梅衣がからからと笑う。その甲高い声が妙に耳に障った。竹仁はぴくり、と眉を跳ねさせる。

 竹仁の感情はまつのためにのみ動く。だから、梅衣の言葉を無視できなかった。

「お前は本来、生まれないはずの子どもだった。本当はまつ一人だけが生まれてくるはずだった。それが双子になった。双子が凶兆というのは昔からよく言われていることだ。お前はな、竹仁」

 梅衣は竹仁の顔に自らの顔を至近まで寄せて、禍々しく感じられる金色の瞳で竹仁と目を合わせる。胸を突いていた指をぐりぐりと深く埋めるように動かしながら。

「松子にとっての凶星なんだ。松子が得るはずだった分の健全な体質が、お前に奪われた。だから松子は病弱なのだ。松子が生まれたときから病弱なのは、紛れもなく、お前のせいなんだよ、竹仁」

 竹仁は目をこれ以上なく見開いた。それでも目の大きさで梅衣に叶うことはなかったが、その色は恐怖に満ちていた。

 とどめを刺すように、梅衣は続けた。

「竹仁、松子。お前たちの名前はお告げにより決まったものだ。私はついでだな。松竹梅整えれば、不自然にならないと初芽と早苗は考えたのだろう。松は不老長寿を示す。竹は百二十年に一度、枯れる。花を咲かせると、竹林が全部消えるから、昔の人は竹の花を忌み物としたんだ。

 竹仁、お前は松子にとっての忌み物なんだよ。お前が死ねば、松子は永く健やかに生きられる。それを理解して、死にたくない、と足掻くお前の醜い本能が、松子への恋慕の正体だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ