魂を削る鬼狩り
百合音ははっと息を飲む。
雨野家の双子、竹仁と松子は心の中が空っぽだ。それは百合音がよく知っている。松子は何も思わないし、何も感じないから、無口無表情で意見というものを持たない。話しかけて、会話は成立するが、それは無機質で事務的なものに終わる。対する竹仁は他者とのコミュニケーション能力が高いが、内心には何もなく、そのコミュニケーション能力は、「普通の人」を真似ているだけだ。
二人はロボットのようなものだ。ただ、竹仁の方は人間に見える最低限のAIが組み込まれているような存在ではあるが、AIであるために、そこに感情論は存在しない。
感情が存在しないということは、恐怖も感じないということだ。それが鬼に対して、あの双子のアドバンテージとなる。
だが、同時に百合音は気づく。その二人のアドバンテージを帳消しにしてあまりあるほどに、自分は恐怖に弱いということ。
「安心しろ。この体が今はわたしの魄である以上、わたしの意思はこの体を生かすことにある。わたしは己を省みない戦い方をするが、それは鬼に家族を殺められたゆえ。鬼への復讐に身を焦がすゆえである。家族を喪うことなど、二度とあってなるものか」
殺萠の言葉には強い意志と説得力があった。その心に渦巻く憎悪と怨嗟は、触れればこちらまで傷を負いそうなほどの熱を纏っていることを百合音は体感する。
咲希は百合音の殺萠に圧倒されている表情から、殺萠を信用してもいい、と判断した。
椿姫も殺萠も、水樹を殺すことはないだろう。椿姫は自分でそう言っていたし、殺萠も今の発言から、親兄弟を犠牲にする選択はないと見て間違いない。
「そもそも鬼狩りの役割は鬼を狩ることであり、人間を狩ることではない。それが鬼憑きであったとしても、人間を守るために鬼を狩っている。雨野逸夜はそんな鬼狩りも憐れみの対象にした。鬼を狩るためには鬼と鬼憑きの人間を切り離すための手段、概念を破壊する特異性がどうしても必要だからだ。それは雨野逸夜の定義する能力者や異端の者に該当する。だからわたしやつばきは雨野家の血筋の者の体に惹かれたのだろう」
淡々とそこまでは語っていた殺萠だが、表情に殺意のような激情を滲ませる。
「つばきは雨野逸夜の考えに肯定的だが、わたしは違う。わたしは憐れまれるような存在ではない。わたしの価値を勝手に決めつけた雨野逸夜の考え方には反吐が出る。人間を殺す趣味はないが、勝手な思想にわたしを巻き込んだ雨野逸夜が生きていたなら、くびり殺してやりたいほどに憤っている」
「お、穏やかじゃないね……」
「雨野咲希」
殺萠が咲希に鋭い眼光を向けた。咲希は思わず背筋を正す。
「お前はこの体の兄だ。家族を殺すなど、あってはならぬ。だが……わたしを憐れむのなら、許さない」
「……それでも、あなたを悲しい人だと思います」
「お兄ちゃん!?」
咲希の返答に百合音が驚く。そんなことを言えば、殺萠が憤ることなんて、火を見るより明らかだ。それなのに、咲希の言葉に躊躇はなかった。
迷いもない。真っ直ぐな真実の言葉であることは百合音にはよくわかった。嘘じゃないことは美徳であるかもしれない。けれど、嘘は時として必要な優しさである。身を守る盾にもなる。
百合音は殺萠が咲希に攻撃するとして、その間に割って入って咲希を庇うことはできなかった。どうしても、足がすくむ。怖いのだ。
殺萠は静かな殺意を漲らせていた。
それでも咲希は真っ直ぐに妹を見据える。
「家族を喪って、鬼を憎んで、あなたは自分さえも憎んでいる。だから自分の魂を削って、鬼を狩っているんでしょう? あなたが能力者だから悲しいのではありません。あなたの生き方が悲しいんです」
「そんな詭弁」
「あなたの魂がなくなったら、あなたは家族に二度と会えない!!」
その言葉に殺萠がきょとんとする。
意味がわからない。家族に会えなくなることに、意味なんてない。家族に再会することに、大した意味なんてない。
「魂が削られて、魂がなくなってしまったら、輪廻に戻って転生することができない。喪ってしまった家族はおろか、新しい家族にすら、あなたは出会えなくなるんです」
「それがどうした?」
「あまりにも報われないじゃないですか。あなたは家族を大切にしたいだけなのに、もう二度と、大切な家族に出会えなくなるなんて」
「別に、わたしは家族を大切にしたいんじゃ、ない」
殺萠の言葉が揺らいだ。梅衣の眦にじわじわと滲んでくるものがある。
家族が大切だった。かけがえのないものだった。だから自分からそれを奪ったやつらを許すことができなかった。──殺萠が鬼狩りとなった動機はこうだ。
転生して、転生して、自分という存在を削りながらでも、鬼を狩り続けたのは、一生分だけでは足りないほどの怒りを消火するためだった。
消えない炎を消されたくなかった。それが、憐れまれることに苛立つ理由。
「あなたは俺を、家族だから殺さないと言いました。それは、家族というものを大切にしたいからじゃないんですか?」
「……馬鹿!」
その声はもう、殺萠のものではなかった。
「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! あにいの馬鹿! あやめを泣かすな!!」
「……梅衣」
うあうあ、と梅衣は咲希にすがって泣いた。どうやら、何人かの人格は交替しても記憶が繋がるらしい。誰とも名乗らないが、咲希のことを兄と呼ぶその人格を、咲希は梅衣と呼んだ。
名前があろうとなかろうと、彼女が咲希の妹であることに変わりはないのだ。




