鬼狩りたち
椿姫が口にした名に、咲希たちは目を見開く。
「逸夜って……雨野逸夜を知ってるんですか!?」
「うん?」
椿姫が一瞬不思議そうな顔をする。それから、ぽん、と一つ手をついて、得心した。
「そうか、雨野逸夜はこの家の先祖か。……先祖と呼べるくらい、昔のことなのじゃな」
この発言から考えるに、どうやら椿姫は雨野逸夜と同じ時代に生き、直接交流があったらしい。
梅衣の中にある魂の中で、こんなにも鮮明で鮮烈な魂は初めてだ。コミュニケーションがしっかり取れる人格。「妾」という一人称が一般人から浮くかもしれないが、普段着が着物であることを考えれば、マッチしているので不自然というほどではないだろう。梅衣の容姿と椿姫で合っていないのは妖艶な雰囲気だけだ。
「逸夜は妾を始めとした鬼狩りや、鬼に憑かれた子ら、もしくは鬼そのものさえも、救おうと考えておったのじゃろう。余計なお世話じゃ、と思ったが、逸夜の子孫にならば、安心して水の鬼の世話を任せられそうじゃ」
「逸夜さんと知り合いなんですね」
「そうじゃ。逸夜と知り合いというよりは、夢夜に世話になっとっての。鬼を狩るための衣服は夢夜に特注してもらったんじゃ。夢夜の子孫も元気にしておるようじゃの」
夢夜とは逸夜の弟で、服屋の細石の鮎川勉夢の先祖だ。不思議な服を作る能力は夢夜由来のものらしい。
鬼狩りは概念的存在と対峙しなければならない性質上、服も特殊な素材で作るらしい。水の鬼のように穏やかな鬼ばかりではなく、攻撃をしてくる鬼の方が多い。
概念から攻撃をされるのは普通の動物や人間に傷つけられるのとは違い、「自分が人間である」という概念ごと傷つけられる、死よりも恐ろしい外傷がつく。そのため、特殊な防護用の衣服が必要なのだ。
「まあ、この体では鬼と戦うのも難しいじゃろう。幼く、脆いし、それにこのか」
ふつり、と椿姫の言葉が途切れた。と思ったら、自らの手で首を絞めている。手はそれが自分の体であるのを無視するかのように、指が食い込み、血が滲み出るほどに首を絞め、梅衣はかはっと唾の混じった咳をする。
「梅衣!」
百合音と咲希が慌てて梅衣に近寄り、首を絞める手を剥がす。少し抵抗はあったが、それでもなんとか剥がすことができた。指の食い込んだ場所には赤い痣ができている。
梅衣がこうなるのは、何も珍しいことではなかった。梅衣の中には様々な魂が住んでおり、どれが本物の「梅衣」かわからないほどに神出鬼没で入れ替わる。その中には自傷癖のある人格や自殺願望のある人格も混ざっている。中には、人格同士で殺し合いをする者までいる始末だ。
「よけいな、ことを、いうな、つばき……」
呼吸を覚束なくしながら、そんな言葉が掠れて梅衣の口から聞こえる。
「梅衣……?」
怪訝に顔を覗くと、妖艶さは立ち消え、年齢不相応に落ち着きのある雰囲気になっていた。
どうやら、椿姫と知り合いの人物が、同じ体の中に人格として入っているようだ。百合音が咲希に耳打ちする。
「あなたも鬼狩りさんですか?」
「……わたしは殺萠。鬼憑きの鬼狩り」
「あやめ……」
「鬼狩りの方法はいくつかある。わたしは誰にも賛同されない方法で鬼を狩っている。この体に宿るのは、その罰かもしれない」
「罰って、一体何をしたんですか?」
殺萠を名乗る人格は、息を整えると一口にこう告げた。
「わたしは鬼に憑かれやすい。この体質を利用して、わたしに憑いた鬼をわたしの魂ごと殺す。それがわたしのやり方」
百合音がうっ、と込み上げてくるものをこらえる。
魂ごと殺す。魂とは心。心が死んだら廃人状態になる。普通の人間ならば。
だが、殺萠の魂は普通より頑丈にできており、魂に取り憑いた鬼だけを殺すことができる。だが、殺萠自身に被害が全くないわけではない。殺萠の心は、鬼を狩るたびにひび割れていっている。百合音にはそれがわかった。殺萠の心の声の響き方が普通とは違うからだ。
心の声が魂という一つの宝石から放たれる声だとすれば、石の状態により、声色は変化するものだ。殺萠の言葉と言葉の間に亀裂が広がっていく音が混じって聞こえる。百合音はそれが怖かった。
鬼を狩るために、何の比喩でもなく、己の魂を削っているのだ。正気の沙汰ではない。
「己を省みないわたしのやり方につばきは猛烈に反対した。あれは鬼狩りを生業とする娘だから、わからんだろうよ。只人が鬼に食われる残酷さが」
同じ鬼狩りなのに、考え方がまるで違う。花と同じ名前なのに、殺萠には柔らかさがない。
「でも、命がなければ、後も先もないわ」
「黙れ、小娘。少し人の中身が見えるから、と調子に乗るな」
「っ」
それは百合音にとって、手痛い言葉だった。
少し人の心の声を聞けるから。その能力は便利で、人を理解するのに役立つ。が、心の声を聞いただけで、全てを知ってしまったような気になることは、正直、皆無ではない。目を背けていた自分の浅ましさを指弾されるのは、正論がゆえに傷ついた。
「あやめさん」
そこに咲希が割って入る。咲希は躊躇うことなく、殺萠を真っ直ぐ見つめた。
「梅衣……その体の中に、鬼はいますか?」
咲希の言葉に、殺萠は気に食わなさそうな顔をした。
「いる。だが安心しろ、わたしが殺めることはない。つばきに止められているし、鬼が表出しても、人に害を成さないように力を抑えている。お前の家族、特にあの双子に害が及ぶ心配はないから安心しろ」
「双子……竹仁とまつですか?」
「ああ」
殺萠は続けた。
「心が虚無なるものに恐怖は生まれない。それなら、鬼が取り憑く意味はないからな」




