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沙羅双樹  作者: 九JACK
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はぐれ者たち

 三枝は紅鷹から商品を受け取ると、咲希を指差した。

「咲希くん借りてってもいい? ここに作務衣姿でいるってことは従業員でしょ?」

「ああ。それにこいつは雨野の当主だ。長曽根組のことも教えてやれ」

「承りました」

 ささ、咲希くん行くよ、と当人を置いてきぼりに交渉が済んでしまい、咲希はきょとんとしたまま、三枝に手を引かれていった。

 少し薄暗い、煙草の匂いのする路地に入ったところで、三枝は話し始めた。

「表で組の話をするわけにはいかないからね。ここは治安の悪い路地だけど、僕はそこそこ名が知れているから、無知な三下くらいしか寄ってこないよ」

「ええと、三枝さん」

「咲実でいいよ。なんだい?」

 咲希は首を傾げた。その目は真っ直ぐ、三枝の黒い目を見据えている。

「咲実さんはどうしてカラーコンタクトなんて着けているんですか?」

「えぇ? そこ突くんだ。っていうかよく気づいたね」

 三枝の黒い目はカラーコンタクトである。更に眼鏡で目元を誤魔化すことで「目」を認識されないようにしているようだ。

 咲希はそれが不思議だった。この世界には様々な目の色をした者がいる。咲希の妹の松子や長曽根組のお嬢の小明のように緑色の目の者、手鞠兄妹のような菫色、梅衣のような金目も珍しがられないほどだ。

 そんな世の中で、わざわざ目の色を隠す必要性が咲希には感じられなかった。咲希の黒い目も赤みがかっているが、忌まれることはない。能力者や異常者に変わった目の色の者は含まれない。様々な色の目が存在するのは普通なのだ。努夢のように目の色が能力の有無の目安にされることはあるが、目の色で差別されることはまずない。

 まあ、三枝は長曽根組、ヤクザ者である。素顔を知られてはいけない理由があるのかもしれないが、ヤクザとは所謂極道である。漢としての道を極めるのなら、容姿を隠すのは笑止千万と言われてもおかしくはないのではないだろうか。

 三枝は苦笑いしながら黒髪を取った。その下から現れたのはかつら用にまとめられたシルバーベージュの髪だった。

「実は黒髪黒目を装ってるんだ。色々事情があってね。お嬢の言う通り、君はカタギの世界にいるわけだから、長曽根組に関わる必要はないし、関わってほしくない。けれど、君が白雀の店員だっていうなら、ちょいと風向きが変わってくる。うちの組は白雀と長い付き合いだからねえ」

 紅鷹も長曽根組は常連客だと言っていた。

「ヤクザ、暴力団、極道、輩、はぐれ者……呼び方は色々あるけど、長曽根組ははぐれ者の集まりって感じかな。あ、煙草吸っていい?」

 咲希が頷くと、三枝は懐から出した煙草の箱をとんとん、と叩いて一本取り出し、口に咥える。手慣れた所作だった。

 周りに煙草を吸う人がいないので、咲希は物珍しそうに眺める。そんな咲希の視線を受けて、ライターを取り出した三枝は苦笑した。

「煙草は二十歳になってから」

「は、はい、わかってます」

「ならよろしい」

 カチッカチッ、と二回ほど空振り、ぼっと火が着く。三枝は手で壁を作りながら、口に咥えた煙草の先端を火に寄せた。

 細い灰色の煙が立ち上る。煙たい臭いが広くない路地に充満した。咲希はちょっと噎せる。

「ごめんねえ。まあこれでも僕、吸わない方なんだけど。明坂とかもっとひどいからねえ」

「明坂……確か、小明さんが呼んでいたもう一人の人ですよね」

 煙草を咥えていたのをよく覚えている。

「っていうか、小明さんの護衛? みたいなのは大丈夫なんですか?」

「お嬢には能力があるし、明坂も能力者だ。詳しいことは言えないけどな。ただ、明坂は組ん中でも特にお嬢にぞっこんでな。死んでも守るぜ、ありゃきっと」

 将来はこれかもな、と愉快そうに小指を立てる三枝。

「明坂さんも能力者……もしかして、長曽根組って」

「そ。能力者や異常者の集まりだ。大抵、ヤクザってのは社会からのはみ出しもんって感じなんだが、長曽根組はちょいと毛色が違ってねえ」

 三枝はふう、と紫煙を吐き出す。煙草の先が灰になって、ぽろりと地面に落ちた。

 路地から見える空を仰いで、三枝は続ける。

「長曽根組が拾うのは、単なる反社じゃないのよ。世間からはぐれ者にされた者たち……雨野さん、君らが守ろうとしとる能力者や異常者を囲ってんのさ」

 残酷なことを言うようだが、と三枝は告げる。雨野逸夜の願いは完全に叶ったわけではなかった。雨野の血筋だけに能力者や異常者を、というのは難しい話で、あるいは本当に雨野の血筋だったかもしれないが、定かではない。それくらい、世間から爪弾きにされる能力者や異常者は多く、その大半が裏社会に流れることとなる。望む望まないに関わらず。

 法律の都合上、一度裏に踏み入れたり、組に所属したりすると、表社会に戻るのは難しい。親にさえ見放されたような者が、頼れる宛もないため、結局はそういうことを続けなければいけない。

「でもそれは悪い循環なんかではない。長曽根組と雨野家はやり方が違うだけで、根っこの思いはおんなじだ。平凡じゃないやつらを肯定して、居場所を与えて、自分なりの幸せってやつを掴み取ってほしい。親父らのそういう思いが組に代々受け継がれてる。まあ、ヤクザであることには変わりないから、暴力に頼ることはあるけどな」

「そう、なんですか」

「そうそう」

 三枝はぽんぽん、と咲希の頭を撫でる。

「自分の力が及ばない、なんて、そんな若いうちから絶望するこたぁない。若いうちなんて力がないもんさ。世界全部を背負って立てる人間なんて存在しない。せいぜい国一つが人間の限界さあ、ね。それに、組にいることで能力を生かせるやつもいるんだ。能力を生かせることは、能力者や異常者にとって自分を肯定することになって、前向きになれる。暴力的な行為が伴うとしても、自分っていう芯が持てるのは人間としていいことやよ」

「自分っていう芯……」

 それは松子や竹仁にはないものだ。もしかしたら、多重人格の梅衣にもないかもしれない。

 自分の力を生かすことで、自信が持てるなら、それはいいことなのだろう。詳しいことは話されていないが、例えば明坂が小明を守るのに能力を使ったとして、小明を守れたという実績が生まれれば、明坂は自分の好きな人を守れたことを誇りに思うだろう。

 何も誇れることなく生きるのは、生き苦しい。それを苦しくなくするために雨野家は存在する。

「見習えなんて口が裂けても言わんよ。ただ、ヤクザだからって長曽根組を嫌わないでほしいのと、たまーに悪いことするから目ぇ瞑ってねってお願いだ」

「え、悪いことするんですか?」

「ヤクザって反社会的勢力ですからねえ」

 けらけらと三枝は笑う。

「といっても、ヤクザとかはぐれ者がみんな長曽根組みたいな感じではない。悪いことするやつを暴力で取り締まる感じだな。暴力で収めるから正義の味方は名乗れないけども、治安を守るためにやってる。極道っていうだけあってな、美学や正義があるんだ。それでも暴力は悪いことだから、悪者にゃ変わりないんだけどね」

 ヤクザが生きづらい世の中よ、と嘆いて三枝は肩を竦めた。

 咲希は正義感の強い方だ。自分に向けられる悪意にはめっぽう疎いが、他者に向けられる悪意には人一倍敏感である。それは異常者や能力者を守ることを使命としているからだろう。不当に扱われている人をただ見過ごすことはできない。

 例えば、暴力を振るわれている、とか。けれど、三枝の言う長曽根組の在り方を咲希は今後、飲み込まなければならない。一個人の思想で、長年築いてきたであろう務め先と常連の和を乱すことはあってはならないのだ。

 小明が先に言った通り、長曽根組は裏の者。表の者である雨野家がわざわざ関わるべき相手ではない。しかし、咲希の務め先と仲がいいという、なんだかとてもややこしい関係になってしまった。

 結局、どうすればいいんだろう、と唸ると、三枝は気軽に肩を叩いた。

「そう難しく考えなさんな。組のもんが店に来ても取り立てとかするわけじゃないから、普通に接してくれって話だ。結論はお嬢と同じ。今まで通りに接してくれ。ただ、それに付け加えて、うちの組のもんが誰かに因縁つけてるのを目撃しても、見ないふりをしてほしいってだけ。触らぬ神に祟りなし。できそう?」

「うーん、難しそうです……それに、長曽根組の人の顔とか覚えなきゃならないですよね」

「お嬢周り以外なら普通に長曽根組って名乗ってくれるから、長曽根組ですか? って確認すればいいだけよ。それに、定期的に白雀の和菓子を買いに遣いが来る。それは旦那が紹介してくれるだろうから、少しずつ覚えていけばいい」

「……やってみます。小明さん周りって」

「お嬢はお嬢なこと隠してるからな。ま、お嬢の護衛は大体明坂、たまーに僕だから、それ以外は名乗るよ。お嬢がお嬢なことは秘密な」

「はい、それはもちろん」

「よしよし、じゃ、お戻り。僕はここで一服したら帰るから」

「お話、ありがとうございました」

 咲希は丁寧にお辞儀をし、立ち去ろうとした。

 それからあ、と振り返る。

 にこっと笑って、三枝に一言。

「ポイ捨ては駄目ですからね」

 そう残して、店に戻っていった。

「本当、面白い子だなぁ」

 かつらの髪を整えて、三枝は一つ煙草を吸った。ふう、とすれば、紫煙がくゆる。そんな路地裏の話だ。

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