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沙羅双樹  作者: 九JACK
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長曽根小明の噂

「兄ちゃんの学校にはさ」

 夕飯時、雨野家で肉じゃがをぱくぱく食べながら、勇貴が問う。咲希はん? と勇貴を見た。

「学校の七不思議ってあるの?」

「ナナフシー」

「それは虫だよ梅衣」

 梅衣に水を射されていたが、咲希ははてどうだっただろうか、と考える。

 七不思議といえば怪談だろう。中学にそんなものあっただろうか。コミュニケーション能力はお化けなのだが、最近は白雀で働き詰めなので、休み時間は眠っていたりする。そもそも咲希はあまり好かれていないので、話しかけられることも少ない。

 女子に友達でもいたら、そういう噂話の類は耳に入ってもおかしくないのだが、残念ながら、女子の友達はいない。というか、咲希はこう見えて友達がいないのだ。

「学校の怪談は聞いたことがないな……でもどうしたんだ、突然。勇貴はそういう話に興味あるのか?」

「あ、いや……」

「勇貴兄はあれだよ、自分が中学入ったときに怖い話あったら嫌だな~って内心怖がってるんだよ」

「たーけーひーとー!?」

 からから笑う竹仁。こちらも通常運転で、人をからかって楽しんでいる。挙げ句の果てには梅衣まで乗っかって、勇貴に「やーい、怖がりー、意気地なしー」という始末。勇貴は真っ赤になって黙り込んでしまった。

 咲希はうーん、と少し考えてから告げる。

「怖い話なんだから、怖いと思うのは当たり前だと思うけど……」

「正論ですわね」

 松子が淑やかな仕草で海苔の佃煮を食べながら同意する。松子の前には双子である竹仁は反論ができず、黙り込む。

「でも、勇貴は怖い話が好きってわけでもなかったわよね?」

 百合音が味噌汁をかき混ぜながら問う。すると、照れたように勇貴は頬を掻いた。

「実は、同級生の女の子にそういうの好きな子がいて……話の種にでも、と」

 食卓が一瞬しん、となる。

 それから、竹仁がにやにやと勇貴を小突く。

「何何ぃ、勇貴兄モテモテ? ませた小学生~」

「うるせ」

 勇貴が小突き返す。竹仁も顔はいいし、足が速いし、勉強もできるので女の子にはモテるのだが。

 咲希はなんでもできるが主張はしないし、能力値は平均的だったりするので、惚れた腫れたの話はなかった。

「そうか、女の子って怖い話が好きなのか」

「兄ちゃん!? それは一部の話であって全員ではないから!!」

「……私はそういう話は好きです」

「話をややこしくしないで、まつ」

 咲希は話をかなり大袈裟に捉えることが多いので、まとも枠の勇貴や百合音が苦労することが多い。松子は無作為に、竹仁は面白がって話をややこしくするため、雨野兄弟の会話はいつも大変だ。

 学校の七不思議か、と咲希は考え、明日誰かに聞いてみようか、と考えながら、じゃがいもを頬張った。


 翌日。

 白雀にて、朝の掃除をしてからの登校。咲希の朝は早いため、教室にはまだ誰もいない。

 生真面目に一限目の準備と予習をしながら待っていると、ぼちぼち人が来はじめた。

 先日の羽織がぼろぼろにされた一件以来、咲希に対するいじめは止んだ。ただの暇潰しだったのだろう、と竹仁は言っていた。暇潰しで人をいじめるのか、と咲希は思ったが、人間なんてそんなもんだよ、という竹仁の言葉がやけに説得力があったため、まあそういうことなのだろう、と思った。

 咲希はあまり主張はしないのだが、最近朝早いことを不思議に思ったらしい同級生からの問いに、白雀という店でバイトを始めたことを話したら、皆目を剥いていた。白雀の頑固親父の名は子どもたちにまで轟いているらしい。

「真面目だねえ、咲希くん」

「朝早いんでしょ? 眠くならないの?」

 あちこちから疑問が飛んでくる。咲希は一つ一つ丁寧に答えた。

 早起きは慣れているから苦ではないとか、勉強は中学を卒業したらできるかわからないからとか、身の上を話した。

 やはり、異界の存在のような気がするのだろうか、咲希には腫れ物に触るような接し方になっていった。

 腫れ物といえば、と咲希が顔を上げると、ちょうど腫れ物二号が登校してきた。長曽根小明である。

 小明にはよくない噂がある。ちょうどこの辺を縄張りにしている輩に「長曽根組」というのがあるのだ。小明は同い年にしては浮世離れした風貌と雰囲気を纏っているため、そこの「お嬢」なのではないかという噂がある。

 その噂について、本人は何も言わない。肯定もしないが、否定もしないのだ。

 それに、妙な力がある、と噂されている。超能力だとか、未来予知だとか。故に、咲希は少し気になっているのだが……

 角度によって赤みを増したり、青みを出したり、紫陽花のような紫色の髪。瞳はまるで生気のない幽霊のようにハイライトが灯っていないが、それが一層小明を美しく見せているような気がする。

 皆、腫れ物扱いするが、結局のところ、小明を最後まで追及できないのは、この美しさに見とれてしまうからだろう。

「小明さん、今日も綺麗ね」

「制服も校則通りだわ」

「とても長曽根組と関係があるとは思えない……」

 小明は隙のない女子だ。長曽根組のお嬢かもしれないという噂が噂のままなのも、彼女が眉目秀麗、才色兼備で、校則を破るようなことを何一つせず、更には振る舞いも礼儀正しくて、品を感じさせるからだ。

 不思議よねー、と女子生徒から声が上がる。

「どうしてあんな噂が立つのかしら?」

 それは確かに、咲希も疑問に思うところだ。何故あんな普通の女の子が、ヤクザの一味などという噂が立つのだろう。

 妙な力というのも気になるし……後で話しかけてみようか。

 話題はちょうど、勇貴から「学校の七不思議について知りたい」と要望が来ていたところだ。小明はそういうのとは無縁そうだが、健全な学生が抱く疑問としてはちょうどいいだろう。

 彼女と同じクラスなのは僥倖だった。休み時間にでも話してみよう。

 そんな咲希の有り様は、後に「コミュ力お化け」と語られることとなる。

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