15 捕縛
血臭は濃い。
黒い質量が、僕がこの半月に渡って働いていた騎士団の長であることがわかって、おそらくその首辺りから地面に流れるものが、たぶん血そのものなんだろう。
嫌だなぁと思いつつ触れた皮膚は……うげ、まだ生温かいんですけど。
「し、死んでるの……?」
「うん。少し前だと思うけど」
僕の後方で恐る恐るこちらを窺っていたレナ姉さんが、ひっ、と息を飲む音が聞こえた。お、もしかして初死体なんだろうか。貴重な体験というものだ。まったく嬉しくないのには僕も同意しよう。
……さてと、だ。
非常に考えたくないことではあるのだけど、使い魔を送ってきた人物が、まさかここを終着点にしたわけでもないだろう。僕らに死体を見つけさせて、アラどうしましょう、では事足りない。僕やレナ姉さんのような“子供”に、事態の綺麗な対処が出来るわけでなし。発見させることだけが目的なのだったら、わざわざ僕らを指定する必要もないのだ。
――ただそのときを待つ。そう言っても過言ではない状況で、やはりと言っていいものか、僕とレナ姉さんと死体の周辺を、瞬間、青白い閃光が音もなく包んだ。遠く「なんだ!」「こっちだぞ!」とバタバタ駆けてくる足音が十数人分。ほらね……おでましだよ。
「ちょ、ちょっと! どうするのよっ!」
「……レナ姉さん、落ち着こう」
あまりの異様な状況に恐怖を覚えたのか、レナ姉さんは死体の側だということを無視して、僕の右腕にひっしとしがみ付いていた。
「落ち着けるわけないじゃない!」
「でもどうにもならないからなぁ」
一度落ちてしまった落とし穴。その底で出来ることと言ったら、下手人が顔を出すのを待つことと、助けが来ることを祈ること。あ、生き埋めになるのを待つっていうのも……楽しくない想像だけどそんなところだ。
目を焼くような光が納まって少し、見覚えのある制服を纏った騎士団の数人と、おそらく警備担当を分割していた軍人が駆けて来た。その手には魔術師が開発した<魔導石>が嵌めこまれた火のない灯りを持っていて、僕は死体の詳しい状況を目の当たりにすることになる。
やはり致命傷は首だ。鋭利な刃物……というよりは、獣が引き裂いたような乱雑な傷口。着衣に乱れはほとんどなく、武人である騎士団長が抵抗の隙もなく殺されたのだとすると、相手がよほど手練れなのか、不意打ちなのか、犯人が顔見知りで油断したのか。見開かれた目は驚愕の表情にも取れる。
大柄で髭面の、幾度か遠目にしたことのあるグザー騎士団長の変わり果てた姿に……まぁ、あまり感慨は抱きようがないが、望まぬ死に方は気の毒であるとは思った。
「貴様ら、あの光は……――だ、団長!」
呆然と突っ立っている僕とレナ姉さんに詰問しようとした騎士の一人が、事切れた自分たちの情感の姿を目に留めて絶叫する。周囲は騒然となり、殺気にも似た鋭い空気が場を支配した。
「な……これは、」
「グザー騎士団長は帰宅されたはずでは!」
「何があったというんだ!」
騎士たちは団長の死体に駆け寄ってその姿に唇を噛みしめ、普段は彼らと折り合いの悪い軍人たちでさえ、信じがたい状況にあまり意味のない言葉を紡いでいる。
「貴様……貴様はたしか、小間使いの――」
名前そのものは出て来ないのだろう。ふと僕の顔を見とがめた騎士の一人が、見開いた目をさらに開くようにして僕に詰め寄り、ぐっと胸倉を掴んできた。遠慮のない全力の膂力は僕の息を詰めるのには十分で、行き場のない呼気が喉奥に詰まって、ぐぇ、と情けない呻きが零れる。
「違う! 私たちは違うの!」
悲鳴にも似た甲高い声を出したレナ姉さんの方は、軍人の一人に後ろ手を捻られたようだった。必死の訴えに罵詈雑言が返される。
おい、まさか本当に僕らがやったとでも思っているのか。
「ち、ちがいま、す……」
絞り出すような僕の声に、憎しみの籠った目をした騎士が、なおもぎりぎりと力を込める。爪先はとっくに地面に触れていないし、もはや胸倉を掴むというよりは首を絞めているのに近い。
「何が違うって言うんだ? おい!」
「ぼくたちじゃ、な……」
見つけたときには既に死んでたよ!と睨みつけてやると、ようやく騎士は僕を放り出すように地面に落とした。なんて乱暴な。体格差を考えろと言うのに。
「何はともあれこいつらを拘束しろ。上に指示を仰がねば」
軍人の一人の冷静な声に、わらわらと他が動き出す。レナ姉さんは性別が女だということで多少の手加減はされたようだったけど、僕は長靴の爪先で鳩尾を一蹴りされた挙句に、両手と髪を掴まされて連行される羽目になった。
……上司を失ってつらいんだろうが、八つ当たりは本当に勘弁願いたい。
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ああ、うん。そうだ、こんな感じだった。思い返せばそうするほど、何と旨味のない日々であったことか……。
暇つぶしにはなったものの、獄中での何とも言えない落ち込んだ気分を晴らすには役立たない回想。状況打破の手掛かりになりそうなものも感じないし、本当にお手上げ状態だ。それと合わせてもう一つ、良くないことを思いついてしまう。
「あー……そうか、もしかしてだからなのかぁ?」
「は、ちょっ、あんた大丈夫?」
僕が頭を抱えたそれに、レナ姉さんがびくりと体を揺らす気配が伝わってくる。おっと驚かせたか、申し訳ない。
いやいや、それにしても。あの使い魔の持ち主が僕たちを嵌めたことは明白として、その理由がわからないと思っていたけれど――。
「レナ姉さん、今日以外で宮廷の中で魔術って使った?」
「ううん」
「だよねー」
ってことはだ。僕もレナ姉さんも、今日この日まで魔術というものに関わりがあるなどと言う素振りは一切していない。多少怪しい動きをしていると睨まれたとして、それが魔術師の弟子であるということには直結しないはずだ。宮廷という場所には各貴族やら国外からの密偵が山ほどいると言うし。それなのに、僕らに直接的に罠を張ったその人物は、背後に師匠たちがいることを恐らく掴んでいる。
騎士団と魔術師は折り合いが悪くて……それでもって、グザー騎士団長の父親は枢密院で顧問をしてて、国王更迭審議の二十一票のうちの一つを持っている。ここで僕らが魔術師の弟子と周囲に広く知られれば、例え無実が証明されたとしても、騎士団の要人が死んだことにちらりとでも魔術師の影が浮かんだことから、その関係性は最悪の一途をたどるんじゃなかろうか。魔術師なら証拠隠滅も出来るだろうとか、うんぬんかんぬん言われそう。……まあ何が嫌って、おそらく出来るってことなんだけど。
「相手はこちらの目的を知ってるけど……でも、肝心な部分までは知らない」
「肝心な部分?」
「うん、そう」
僕はあえて、ここでレナ姉さんにその内容は言わないでおいた。意地悪しているわけじゃないよ、もちろん。だけどまだその時じゃない。
「ま、とにかく待とう」
「何をよ」
「助け。誰でもいいけど、このままにはならないだろうし」
「ほんっとに能天気ね!」
そうかなぁ。普通じゃないかな。
グザー団長を殺した真犯人は、師匠とラスディの企みを知っている。そしてそれを邪魔したいと思っている。まあ理由なんてものに興味はない。保守派と呼ばれる人だからかもしれないし、単に師匠たちに恨みでもある人かもしれないし。
確実なのは、第一に相手が今回の国王更迭に向けての票操作に乗っかっている人物だということ。第二に、僕とレナ姉さんの正確な身元を知っているということ。第三に本人もしくは雇った人物の中に、魔術師がいるということ。第四に、相手が掴んでいる情報の中身には、さっき言ったように肝心な部分が抜けているということ。
さて、真犯人はいったい誰なんでしょうか……ね?




