10_優勝者は一組に限ります
翌朝、燦冠宮はまだ金色だった。
ただ、外周の接岸桁には白い覆いがかかっていた。二つの艦隊はゆっくり別の航路へ出ていく。ミナが見ているあいだに、外板を擦った青い艦が窓を横切った。傷は遠くからでも分かった。
共同航路の開通は延期された。外周回廊は非常放流のまま、内側の宮殿を支える分だけが残されている。商船を通す前に、施設全体をゆっくり休止させなければならなかった。モルナは両国の調査員へ検査記録を渡し、再開の日を聞かれても答えなかった。
青と赤の艦長には、それぞれ本国から帰還後の出頭命令が来ていた。昨夜、作業を続けるよう命じた二人の声は、公演の記録にも残っている。命令に従ったと説明し直すことはできなかった。
楽屋の廊下には、星石の破片を詰めた箱が並んでいた。ルクは病室へ届ける靴を箱の横へ置いた。救出した係員のものだった。片方がまだ見つからず、撤収する者たちへ声をかけている。ポロは、自分の工具を拭く場所を少しずらした。
係員はしばらく働けない。艦内から運ばれた整備員も、宮殿の病室に残っていた。出演料の精算とは別に、事故の補償の窓口が開かれている。
審査室からターラとヴァロが戻ってきた。
「共同優勝。一組分の賞金よ」
ターラは椅子を引いた。座ってから、紙を膝へ置く。
「失格は?」
ミナが聞いた。
「混在を一つの演目として受け付け直した。異議は通った」
ヴァロは制作責任者へ紙を渡した。冬の三十公演は、もう別の劇団へ回っていた。空白になった予定を、イリヤが見ている。給与の面談を明後日と告げると、団員の一人が遅いと言った。ヴァロは予定表を開き、今日へ移した。
「人数割りは断った。うちは三割。それでも借金を返したら主機までは買えない。でも、出演料は五人に払う。そこは先に引いた」
ターラは数字の欄をミナへ向けた。
ルクが紙を受け取る。
「俺の太鼓、楽器の修理で出していいんだよな」
「何だと思ってたの」
「救助器具だと別の窓口に行かされる」
ターラは笑いかけて、破れた皮の入った袋を見た。
「楽器で出す。私が書く」
ポロは自分の分を確かめてから紙を戻した。
「部品は頼んだ。届くまで止める」
「うん。港にも言った」
ターラは椅子の背へ寄りかかった。しばらく誰も次の仕事の話をしなかった。
ミナが楽器箱を閉じると、イリヤが譜面を返しに来た。第一幕の装飾に鉛筆の丸がついている。
「これは使っていい?」
「名前を書いて」
「分かった」
すぐに書いたので、ミナはかえって何を言えばいいのか困った。
「低い独奏、全部聞きたい」
イリヤは端末を出し、冬の予定を開きかけて閉じた。
「次が決まったら知らせる。柱のない席を取る」
ミナは頷いた。こちらからも次の公演を送ろうとしたが、船をいつ動かせるか分からなかった。
「私も、決まったら」
イリヤは端末をしまわずに待った。ミナが連絡先を送ると、イリヤは受信画面を見た。
「ほかに聞ける録音はある?」
ミナは六分の独奏を選んだ。送信してから、主題まで少し長い、と言いかけてやめた。イリヤは題名を読み、楽器箱を持った。
廊下の奥で、セラとアルマが録音を聞いていた。広報用の短い映像ではない。冠が髪に引っかかって、歌が一度途切れたところまで入っている。
「ここ、長いですね」
セラが言った。
「あなたが待ったから」
アルマは止まった画面を見たまま、包帯の端を押さえた。
「次も、そのくらい待ってほしい。私が動くまで」
セラは録音の位置に印をつけた。声を加工する欄には触れなかった。
「紹介に使うなら、歌詞の途中で切らないでください」
「全部では長いわ。どこならいいか、あなたが選んで」
アルマは端末を返した。セラはすぐには選ばず、まず自分の名前を記録の頭へ入れた。皇后の肖像につないだ広告は配信停止になっていたが、複製は残っている。今朝も訂正先の一覧へ、新しい宛先が一つ増えた。
ミナが二人を呼ぼうとしたとき、《ルミエラ》の合唱団員が、仮面を外した女の人と話しているのに気づいた。二階の右奥にいた母親だった。
「声は分かった」
「姿は?」
「途中から、誰が誰だか」
男は笑った。少し残念そうだった。
「勝って終わりたかったんだけどね」
母親は、そう、と答えただけだった。
ミナは昨夜の合唱から、その声を一人分だけ取り出そうとした。どこを歌っていた人なのか、まだ分からなかった。
アルマが立ち止まった。
「今なら、近くで聞いていただけます」
指した先に鏡橋があった。男は母親を見た。母親は息子の手にある楽譜を見て、いいの、と聞いた。
ヴァロは時計を出した。
「撤収を十分延ばす」
「足りる?」
ターラが聞く。
「一場なら」
「じゃあ一場。前奏は短くするわよ」
ミナは楽器箱を開けた。ポロは橋の支点へ向かったが、昨夜の四人がいるのを見て足を止めた。一人が頷く。彼は手を上げて返し、母親のために椅子を運んだ。
ルクが借りた太鼓を膝へ置いた。返却札が揺れたので、片手で挟んだ。男が譜面を開く。ミナはその表紙で、初めて彼の名を読んだ。テル、と鉛筆で書いてあった。
セラがアルマへ冠を見せる。今朝の冠は回らない。電源を入れようとすると、アルマが首を振った。
「そのままで見える」
イリヤはミナに四本の指を見せた。ミナは頷き、唇の傷に当たらない位置へマウスピースをずらす。向こうの息を待つあいだ、椅子を引く音と、母親が上着を畳む音が聞こえた。
二つの劇団は、同じ橋を反対側から歩き始めた。




