新米女神ティア・S・エルカード誕生
「君にこの世界、神の箱庭の新しい神になってもらいたいんだ」
天界に広がる青空の下。
創造神クリエは、旅の果てに神の領域へと至ったわたしに微笑みながらそう言い放った。
丸テーブルを挟んで正面に座る神様から発せられた、あまりに突飛過ぎる提案に、わたしは困惑と共に目を丸くする以外なかった。
わたしは人として生まれ、孤児院で育った平民だ。
貴族の振舞いも知らないし、王族が学ぶ帝王学だって知らない。
そんなわたしに、王様よりも偉い神様なんて役が務まるとは到底思えない。
これでも旅の中で様々な経験をしてきたわたしだ。
高い地位には相応の責任が伴う事も知ってる。
無理だ。そんな重責、わたしに負える訳がない。
普通なら即答でそう言って拒否するところだ。
……けれど、この提案にはもう1つの面があった。
クリエの提案を断れば、これからも魔界から魔族の軍勢が人界へ攻め込んでくる『天魔戦争』は続くことになる。
この白銀の髪の美青年が世界の神様を続ける限り、有史以前から何万年もの気が遠くなるほどの時を、連綿と人界の人々を苦しめ続けてきた天魔戦争は終わらない。
孤児院の兄や姉、弟や妹、大切な友人が、その子孫が、クリエが不定期に起こす戦争によって傷つけられ、命を奪われ続ける。
創造神クリエは数十万年という時を生きてきた神様だ。
この先あと何十万年生きるのか? そもそも神様に寿命があるのかも知れない。
それはつまり、この暗い歴史が未来永劫に渡り繰り返されるということだ。
そんなの絶対に、嫌だ!
でもわたしには神の箱庭の所有者――この世界の神様になる自信も持てない……。
クリエがこれまで通り世界の神様を続けた上で、天魔戦争だけは起こさないでくれという、わたしにとって都合の良い願いはきっと聞き入れてくれない。
だって彼はわたしにはっきりとこう言ったのだ。
「僕が世界の神を続ける場合、君は僕と敵対しないか?」と。
神の箱庭の所有者が、神の箱庭の全てを自由にできる。
外野は口出し出来ない。口を出したいなら全ての責任を負えと。
創造神クリエは半端な介入を許さない。そういうことなんだ。
だからわたしは……わたしの答えは……。
「大丈夫さ。君の力で不足ということはないよ」
俯くわたしに、創造神クリエはやさしい声音で言った。
顔をあげるとクリエの隣に座るもう一人の神様、レイスリーも不安などない温かい笑顔をわたしに向けてくれている。
2人の神様から、やさしくも力強く背中を押された気がした。
わかっている。創造神クリエと敵対せず、穏便に天魔戦争を終わらせるにはこれ以外に道はない。
わたしは天魔戦争を止めるために、ここまで諦めずに旅を続けて来た。
そうだ――誰もが不可能だと笑っていたこの旅だって、わたしはこうして手が届くところまで辿り着けたじゃない。
初めから出来ると判っていた訳じゃなかった。
2年前、親友のエンリから彼女の背負う重責と本心を聞かされたあの日――絶対にやり遂げると誓って、出来ると信じて踏み出したのが最初の一歩だったじゃないか。
出来るかどうかの判断じゃない。
いま必要なのは、背負う覚悟だ――!
「……わかった。じゃあやってみるよ」
胸を張って2人の神様を真っ直ぐに見据える。
わたしに出来る精一杯で、この世界の女神としての責務を果たせるよう、頑張ってみよう。
こうしてわたし――ティアズ・S・オピカトーラ改め、ティア・S・エルカードは、人界、天界、魔界の3界から成る、創造神クリエが創造したこの世界、神の箱庭の所有者――女神となったのだった。
◆◆◆
神様になったからには、わたしもクリエ達のように神界に住むべきなのかもしれない。
でもわたしは人界で人として生まれ育った。
本当の両親はもういないけれど……親友のエンリも、友人も、孤児院の兄弟も姉妹も、人界にはわたしの大切な人がいる。
突然みんなとお別れして、見知らぬ神々と共に神界に住むなんて考えられなかった。
いずれは神界に移り住むのだとしても、今は……わたしの生まれ育った街――ロンブルク王国のブリトールに帰りたい。
クリエにこの事を相談すると、「神と人の二足の草鞋は大変だよ?」と、ひと言忠告されたけれど、わたしが「それでも」というと「なら君がしたいようにしたらいいよ」と快く承諾してくれた。
そして世界の神の責務についても、いきなり一気に交代するのではなく、10年くらいかけてじっくりと少しずつ引継ぎを行っていこうとも言ってくれた。
その方がわたしの負担が少ないからと。
非常に助かる提案だ。
そんな創造神クリエの計らいもあって、わたしは女神という立場を隠し、今まで通りこの人界の住人のひとりとして、孤児院育ちのティアズ・S・オピカトーラとして……ううん、わたしの本当の両親の姓と、2人が愛するわたしに付けてくれた名前、ティア・エルカードとして、相棒である黒猫のタイガと共に元の生活を続けられる事になった。
人としてのわたし――というか、神様になる前のそもそものわたしは、冒険者ギルドに所属する冒険者だ。
最年少でAランク達成にして、史上最年少のSランク冒険者。
そして有史以前から連綿と続いてきた天魔戦争という名の、不可避の”天災”を止めた救世の英雄――それが人界に於けるわたしの肩書だ。
高ランク冒険者の依頼達成報酬は、その危険度に比例して破格だし、これまでに貯めた貯金も十分ある。
これからは裏で女神としての責務を果たしつつ、表の人としての生は程々の冒険者活動で稼いでのんびり暮らすのもいいかもしれない。
あ。これって物語で読んだことのある、スローライフってやつになるのかな?
うん。いいね! スローライフ!
そうだ、わたしを育ててくれた孤児院へ――パルラ先生へ少しでも恩返しがしたいな。
住むなら王都ラザーニも魅力だけど、そうなるとやっぱりブリトールの孤児院のそばに家を建てようかなぁ。
そしたら先生のところへお手伝いに行くのも便利だし、ブリトールの領主の娘であるエンリともいつでも会えるもんね。
元々冒険者は成りたくて成った訳じゃないし、別の職業……例えばわたしだけが持つ、この特異な力を活用して専門のお店を開くのもいいかもしれない。
えへへ。夢が広がるようだ。
18歳の若さで言う台詞でもないけれど、今ここから、新米女神ティア・S・エルカードとして、そして人族ティア・エルカードとして、わたしの第二の人生が始まるんだ!
わたしは思い描いたキラキラの未来予想図に大きく胸を躍らせていた。
そして16年の年月が流れた――。




