Fクラスの小さな怪異
夏休みの終わりは、少しだけ特別だ。
大きな事件が起こるわけでもない。
命を懸けた戦いがあるわけでもない。
それでも――心に残る一日というものは、確かに存在する。
Fクラスのみんなと過ごす時間。
何気ない会話。
笑い合う瞬間。
少しずつ縮まっていく距離。
気づけば、この場所はただの教室ではなくなっていた。
それは、ひと夏の締めくくり。
そして、Fクラスが“仲間”から“居場所”へと変わっていく物語。
どうか、彼らの穏やかな時間を楽しんでください。
夏休みももうすぐ終わる。
色々なことがあった……心を動かされる瞬間もあれば、混乱させられる出来事もあった。そんなことを考えていたら、メッセージが届いた。
確認すると、りんからだった。
内容は――プールに行きたいって。
プールか……行ったことないな。でも、りんがもう誘ってくれたんだ。断る理由なんてない……いや、断るべきじゃない。
それにしても、りんと二人でプールに……水着を着る場所に……。
りんのもっと露出した姿を想像したら、なんだか……。
――ダメだ!変なこと考えるな!一体何を考えてるんだ……。
荷物を確認したら、まあ、行くには適当な服はある。
後で待ち合わせ場所に向かった。
入口に着くと、りんがいた。
でも……一人じゃなかった。
アヤ、エリザ、かんな、レン、エドワー、それにマリさんまで。
あーあ、そういうことか。すぐに理解した。りんのメッセージを勘違いしてたんだ。二人きりで行くと思ってたけど、実際はFクラスのみんなを誘ってたのか……。
まあ、どっちにしても、みんなで過ごすのは楽しいだろう。
「アレンくん!こっちー!」
りんに近づくと、彼女はすごく興奮してた。
「みんなー!揃ったから、出発ー!」
りんが先頭を切って歩き出す。
みんなの様子を見ていると、和やかだった。エリザとアヤがマリさんと話してて、レンとエドワーが何か議論してる。僕はみんなの後ろを歩きながら、この雰囲気を楽しんでいた。
でも、突然シャツを引っ張られた。
振り返ると――かんなだった。
「あ!びっくりした!」
気づかなかった……前にいると思ってたのに、隣にいたんだ。彼女は何も言わないけど、シャツを離さない。
……一緒に歩きたいってことかな。別に、構わないけど。
プールに着くと、人がたくさんいた。でも、幸い、まだスペースはあった。
りんがみんなの方を向いて言った。
「みんなー!着替えてくるね!男子も着替えて、あそこで集合ー!」
彼女はサンラウンジャーと屋台の間のスペースを指差した。
着替えた後、レンが近づいてきた。
「なあアレン、女子たち、水着姿どんな感じだと思う?」
……すごく、居心地が悪い。
こういう状況に慣れてないし、ましてや女性と……近くでそんな姿を見るのは……不謹慎な気がする。
「わ、わからないけど……」
「照れるなよ、アレン。別にいいだろ、見るだけだしな?」
突然、エドワーが来てレンの頭を叩いた。
「変なこと言うな。君はそういうタイプか?」
「『そういうタイプ』ってなんだよ!違うっつーの!」
遠くからりんの声が聞こえた。
「おーい!」
……振り返りたくない。
でも、りんを見なくても、周りには水着の女性がたくさんいる。あまり変わらないか……。
なんで来ることにしたんだろう。これを考慮しなかったな……。
深く考えずに振り返った。
りんの水着は――
……普通だった。本当に、心配することなんてなかった。
あーあ、想像力豊かすぎるぞ、僕。
でも、紫色がよく似合ってる。
次にかんなが来た。黒い水着だ。
それからアヤ、エリザ、マリさんも。順番に赤、黄色、緑。
安心した……って、何に安心してるんだ?
みんなが周りを見回して、グループで何かできないか探し始めた。
みんなが集まって、何をするか考えてる姿を見て思った。
初めてだな……普通の夏って感じがするのは。
その時、レンが声を上げた。
「おおー!!見ろよ、みんな!あっちのエリア、ウォーターポロできるスペースあるぜ!」
最初からそんなことするのか……!?
「八人いるから、四対四のチームが作れるな」
りんが興奮して言った。
「じゃあ決まりね!チームはこうしよう――あたし、エリザ、かんな、マリ!そっちは、アレンくん、レン、エドワー、アヤ!」
すぐにアヤが抗議した。
「ちょっと!なんでわたしが男子と組まなきゃいけないのよ?」
りんが照れ笑いで答えた。
「だって、あたしたちの中でアヤが一番、女子っぽくないっていうか……男子っぽいから……」
アヤは怒って、腕を組んで視線を逸らした。皮肉たっぷりの呟きで怒りを抑えてる。
「……女子っぽくなくて悪かったわね、ふーん……」
アヤには悪いけど……りんの言うことも、まあ……わからなくもない。彼女は、その……「アヤ」だから。
プールに近づくと、上から監視してる先生がいた――壁先生だ。
水に入ると、気持ちよかった。そんなに深くないし、遊ぶには完璧な感じだ。
でも、周りを見渡すと……みんなの雰囲気が変わってた。
空気が、競争モードになってる……?
レンがボールを持って言った。
「始める前に、賭けようぜ。負けたチームが飯代払うってのはどうだ?」
みんな、やる気満々だ。
信じられない……みんな、完全に「勝負モード」に入ってる。
まあ、いいか。みんなと遊べれば、それで楽しいだろう。
* * *
(アヤ)
周りを見渡す。確かに男子チームにいるけど……それで負けるつもりなんてない。
『裏切り』
ライバルチームの女子たちを見た瞬間、頭に浮かんだ最初の言葉。それから……自分自身を見る。わたしは男子側にいる。これが一番ムカつくのよ!
かんなとエリザがアレンの方ばかり見てるのに気づく。
……イラつく。
魂が燃え上がるような感覚。勝利が欲しい――心の底から。
* * *
(レン)
目の前の光景は、まさに夏の奇跡だった。水着、輝く肌、ゆっくりと滴る水……神よ、スポーツに感謝を。心の中で厳粛に祈った。
だが、アヤの殺気立った視線に気づいた瞬間、慌てて顔を逸らした。
集中しろ、レン!
つい、視線が向かっちゃいけないところに向かう。
……これは運動科学ってやつだぜ。ははっ……
しかし、ちょっと意外っつーか、残念っつーか……アヤが一番でけぇとはな……あー、なんつーか、よりによってアヤかよ……がっかりだぜ……。
まるでオレの心を読んだかのように、アヤがぐるりと振り返り、怒りに満ちた目でこっちを睨みつけてきた。
「ああっ!!何も言ってねぇって!」
手の中のボールを見つめる。
* * *
(エドワー)
水への入射角が重要だ。ボクの流体抵抗は非効率的。興味深いデータだな。
リンの投球速度が時速18キロを超え、反射角が45度未満なら、理想的な軌道は……。
レンが腕を上げた。ボールを手に持っている。
……もうすぐ始まる。
こういうゲームはやったことがない。自信はない。だが計算を味方につければ、勝てるかもしれない。ボクは全員の中で一番頭がいいんだから。
このプールには、計算しかない。
* * *
(りん)
これ、すっごく楽しい!みんな笑ってるよ……こんな時間、ずっと続けばいいのにな。
アレンくん、覚悟してよね!あたし、本気で行くんだから!
レンが玉を掲げてる……まるでオリンピックの聖火みたいに。
うーん……そういう投げ方じゃないと思うんだけどなぁ……。
* * *
(エリザ)
チームの連携が重要……戦略を組み立てるべきだわ。
これは単純なはずだった:観察し、分析し、実行する。
でも、そうじゃなかった。
アレンさんがわたしを見るたび、頭の中が雑音で満たされてしまう。
集中しなくては!
それなのに、思考が崩れていく。
もしボールを投げたら……攻撃的だと思われるかしら?でも投げなければ、競争したくないと思われる……?
身体が固まってしまった。
* * *
(かんな)
水が……冷たい。でも、気持ちいい。
アレンがあんな風に笑ってる姿を見ると……胸の奥が、じんわり温かくなってくる。
勝とうなんて思ってない。ルールだって、ちゃんと分かってないし。ただ、腕を伝って流れ落ちる水滴の感触が心地よくて。
ボールを打とうと身体を動かそうとしたけど……全然動けない!水の中って、こんなに重いの……?それに、この身長じゃ……!
りんだけが、すいすい動いてる。
それが――なんだか……嫉妬……しちゃってる、わたし。
* * *
(マリ)
みんな、なんていうか……激しすぎる。
恥をかかないようにしないと……
反対側を見ると、男子たちがあちこち動き回っている。
わたし、完全に変人集団に囲まれてるじゃない……!
本当は別の場所にいたい。男性恐怖症はコントロールできてるはずなのに、今はいつも以上に怖くて……。
その瞬間、予告もなく、わたしの心が現実を歪めた。
「怪物……!」
レンくんが……なんだか海辺の鬼みたいな姿に見える。エドワーくんは狂った教授のオーラを放っている。そしてアレンくんは……うん、アレンくんは水の入ったバケツを持った優しいドラゴン。
もし負けたら、あの化け物たちに醤油をかけられて食べられちゃう……!
わたしは震えながら深呼吸して、拳を握りしめた。
世界平和のために……あいつらを倒さないと!
* * *
(アレン)
チームメイトを見渡した。アヤは眉をひそめ、レンは怪しい笑みを浮かべ、エドワーは何やら数式をぶつぶつ呟いている。
「ああ……これは絶対負けるな」
でも、向こう側にりんの姿が見えた瞬間、なぜか胸の奥が少しだけ軽くなった。
「まあ、負けても……楽しそうだし」
水が跳ねた。そしてボールが――こっちに飛んできた!
ボールが水面を叩いた瞬間、水しぶきが一斉に全員を襲った。叫び声、笑い声、混乱、そして無数の泡の中で――一瞬だけ、勝ち負けなんてどうでもよくなった。
結局、僕たちのチームは負けた。りんが一人で頑張ってくれたけど、それでも楽しかった。
全員分の食べ物を買うために列に並んでいると、隣にレンとエドワーが加わってきた。
「手伝うぜ、アレン!」
「ありがとう」
八人分も買うんだ。手伝ってくれるのは助かる。
列で待っている間、少し離れたところで会話している生徒たちの声が聞こえてきた。
「あの噂、聞いた?」
「ああ、聞いた聞いた!アカデミーの北側にある変な小祠の話だろ」
「そうそう。昔、事故があって生徒が一人死んだから放置されてるらしいぜ」
「やめろよ、これから飯食うんだぞ」
グループはそのまま去っていったけど、僕はその言葉に引っかかっていた。
……放置された小祠?
そんなものがなぜアカデミーに?論理的に考えても筋が通らない。
すると、エドワーが口を開いた。どうやら彼もその会話を聞いていたらしい。
「ボクもその噂は聞いたことがあるよ」
「マジで?」
レンが驚いた声を上げた。彼も聞いていたようだ。
「で、その噂って何なんだ?」
エドワーは眼鏡を直した。光の反射でレンズが一瞬光る。
「昔、ある生徒が『オカルト部』っていう部活を作ったんだ。その活動の一環で、アカデミーの北側に小祠を建てて、自分が『神』と呼ぶものを祀った。アカデミーも許可したから、それ以来ずっとそこにあるんだけど、その生徒が卒業してからは誰も使わなくなった。それから長い時間が経って、ある時期にその小祠に興味を持った生徒が現れて、もう一度使えるようにしようとしたんだが――」
エドワーが劇的に間を取って、前方を指差した。
「あ、列が進んでる。行こう」
超自然的な雰囲気が一瞬で途切れた。
僕たちは前へ進み、エドワーは話を続けた。
「その小祠を復活させようとした生徒は、放課後のある日、『何か』に襲われた……発見されたのは三日後。祠の前に倒れていて、傷も血痕もなかった。警察の調べでは、死後三日経っていたらしい。そして最も奇妙なのは、その生徒の手に紙が握られていて、そこには『われはやしょくのかみよぐそとはなんじのかげをくらいしもの』と書かれていたそうだ」
僕の頭の中で何かが「バン!」と音を立てた。
「はあ? 今の何だ、何て言った?」
エドワーは眼鏡を直す。
「早口言葉みたいなものだよ。ボクにも意味は分からない。暗号みたいに複雑なメッセージなんだ」
レンが頭を掻きながら困惑した顔をしている。
「マジで変だな。変すぎてもう何て言うのか忘れちまったぜ。でもお前、なんでスラスラ言えんだよ?」
エドワーは再び眼鏡を直したが、今度は自信満々な笑みを浮かべていた。
「ボクを甘く見ないでくれよ。クラスで一番頭がいいのは伊達じゃない」
エドワーの頭の良さは疑わないけど、クラスで一番かどうかは微妙だと思う。
でも、今はそれが問題じゃない。
こんな奇妙な出来事……昔、生徒が一人亡くなって、噂では謎の存在がそれを引き起こしたという。
正直、僕は幽霊とかそういうものは信じていない。そういう経験もないし、いつも論理を優先してきた。
突然、レンが言った。
「なあ、いい考えがあるんだけどよ、夏休み最後の締めくくりとして、アレやんねえか?」
「アレ?」
「肝試しだぜ!」
肝試し……聞いたことはあるけど、やったことはない。
それより、危なくないだろうか?
「レン、君の提案は面白いと思うけど、そこに行くのは危険じゃないか?」
レンが僕を無表情で見つめてくる……その無表情が、何か別のものに変わった。
「お〜 ビビってんのか? アレン〜」
レンのその声のトーンに挑発されている気がした。
「怖くない。ただ論理的に考えているだけだ。死亡記録がある場所に行くなら、慎重になるのが当然だろう」
「おいおい落ち着けって。別に何かするわけじゃねえよ。ただ見に行って帰ってくる。それだけだぜ」
「変わらないだろう!」
「まあまあ。こう考えたらどうだ? その場所に行く途中、りんと二人きりになれるかもしんねえぜ」
顔が熱くなった。
エドワーがレンを「それは言うべきじゃなかった」という顔で見ている。そして実際に口に出した。
「すまない、アレン。ちょっと彼と話させてくれ」
エドワーがレンを少し離れた場所へ連れて行った。
列はもうだいぶ短くなっていた。みんなの分の食べ物を買わないと。
* * *
(エドワー)
レンを見る。苛立ちを隠せない。
「どうしたんだよ?」
レンが困惑した顔でこっちを見てくる。
「なんでアレンにりんのことを言うんだ?」
「なんでって……そりゃ当たり前だろ? りんとアレンはめっちゃ仲いいじゃん。ボクの席のすぐ後ろにいるから確実だって。親友の恋を応援したいだけだぜ」
「……君、見かけより世話焼きだな」
「おい!」
「でも……本当にそうか?」
「どういうことだよ?」
「オレから見ると、アレンはアヤの方が距離近いぞ」
「アヤ? いや、いや、ありえない」
「かんなだって授業中、よくアレンのこと見てるし」
「さっきオレのこと世話焼きって言ったのに、お前も十分ゴシップ好きじゃないか」
「ボクは知るため、理解するためにやってる。君とは違うんだよ」
「ああ、ああ、そうかい。でもさ、おかしくないか?」
「何が? Fクラスの最初からいる女子全員がアレンに興味持ってるっぽいってこと? それなら気づいてた」
「んー……恋愛関係って複雑だよな。まあ、オレはもう彼女いるから関係ないけど」
「えー!?」
「あ? なんだよ、その驚いた顔は」
「いつから彼女いるんだよ!?」
「前のクラスの子だな。言ってみれば、唯一の味方だったんだ」
「前から知り合いだったっぽいな」
「まあ……そうとも言えるかな」
「君、意外な奴だな」
「えへへっ」
「褒めてないぞ」
「ちっ……」
遠くからアレンを見る。買い物をしている……確かに、アレンは他人からしか定義できない『特別な存在』かもしれない。見ていると、少し羨ましくなった。あの運の良さが……まあ、恋人がいてもいなくても、どうでもいいか。
「なあエドワー、マリともっと仲良くなったらどうだ? いいコンビになれるんじゃね?」
「は!?」
頭にマリの姿が浮かぶ――クラスで一番背が低い。いつも男から隠れてる。どうやら男が怖いらしい。魅力も……ほとんどない。あんな子の何が面白いんだ? 分析しても問題しか見えない。
「黙れ。どうでもいい」
「じゃあさ、肝試しやるか?」
「……やろう。今夜だ」
これはチャンスかもな。アレンとFクラスの最初からいる女子たちの間にある四角関係……いや、もっと複雑な関係を観察できる。
* * *
(アレン)
夜だった。
どういうわけか、レンに引きずられる形で、この『肝試し』とやらに参加することになった。まあ、りんたちが挑戦したがっていたから……それが僕が承諾した理由だ。
小さな丘へ続く妙な道――いや、人があまり通らない細い道と言うべきか。正確な呼び方がわからない――に、Fクラスの全員が集まっていた。
レンが、いつものように『混沌の主催者』として、グループ分けを始めた。
アヤとかんな。エリザとレン。エドワーとマリさん。そして最後に――りんと僕。
目的は単純だった。この道を登って、隠された小さな祠まで辿り着き、札に印を残して戻ってくる。
簡単……なはずだった。
順番に入っていくことになり、僕たちの番が来た。
最初の一歩から、りんは僕の腕を離さなかった。
枝が一本折れる音すら、彼女にとっては世界の終わりを告げるサインらしい。
「大丈夫ですよ。動物か、風です」
論理的に説明しようとした。でも、正直に言えば……木の葉が一斉に揺れた時は、自分の説明にも説得力がないと感じた。
道は登るにつれて暗くなっていく。懐中電灯の明かりは、たった二歩先しか照らさない。
りんは呪文のように祈りを唱えたり、迷信を口にしたり、時々「今、何かいた!」と叫んでは虚空を指差す。
「石ですよ、りん」
「石があんな風に動くわけないでしょ!」
それに対する反論材料はなかった。でも、証拠もない。
ある地点で、白い影が僕たちの前に現れた。
りんは悲鳴を上げて僕の後ろに隠れ、僕は――懐中電灯を武器のように構えた。
何かがいるかもしれない……でも。
……何もなかった。
さらに登ると、木々の間に小祠が姿を現した。
小さく、苔むしていて、切れた縄と古いお札が残っている。
札を置いた。りんはすぐ後ろに――正確には、近すぎるくらい近くにいた。
振り返ろうとした瞬間、冷たい突風が辺りを駆け抜けた。
普通の風じゃない。何か……違う。
虫の音も、葉擦れの音も、呼吸の音すらも――一瞬、消えた。
りんは固まっていた。
そして、初めて……僕も背筋に何かを感じた。
恐怖、というわけじゃない。ただ……何かに見られている、という感覚。
懐中電灯を動かした。
そして一瞬――まるで宇宙が僕にそれを見せることを決めたかのように――見えた。
――人の、はっきりとした輪郭。
黒い服を着ていた……と思う。頭に何か被っていた。仮面のようなものだった。
声には出さなかった。
ただ、りんの腕を掴んで、戻り始めた。
走ったわけじゃない。でも……歩いたわけでもない。
尊厳とパニックの、ちょうど中間くらいの速度だった。
集合地点に着くと、全員が興奮していた。
アヤは影が一人で動いていたと主張していた。かんなは笑い声を聞いたと言っていた。エリザは「レンが一瞬消えた」と誓っていた。マリさんは泣いていて、「祠の霊が名前を囁いた」と震えていた。
エドワーは「科学的論理」を適用しようとしていた。
りんは、まだ僕の腕にしがみついたまま震えていたが……少し笑っていた。
「やったね……アレンくん」
誰も気づいていなかったが、僕は確信していた。
あれは、本当に何かがいた。
でも、言わなかった。
時には、謎はそのまま眠らせておく方がいい。
みんなが笑い、叫び、見たと思ったものを語り合う中、僕は思った。
今夜が何かの終わりを告げている、と。
休暇の終わり。穏やかな日々の終わり。彼らと過ごした夏の終わり。
この先、何が来るのかはわからない。
でも、もしこの馬鹿げた肝試しから学んだことがあるとすれば……
幽霊が実在するとしても、宿題を終わらせずに授業に戻ることほど恐ろしいものはない、ということだ。
次回――
過去は、終わったはずだった。
再び交わった視線。
触れた手の温もり。
言えなかった言葉たち。
過去は消えない。
でも――向き合うことはできる。
その過去には名前があり、それはひめかです。
ひめかの孤独。
アレンの葛藤。
そして、ついに交わされる“本当の対話”。
止まっていた関係に、決着を。
友情は終わるのか、それとも――。
夜、寮で交わされる本音。
物語は、静かに核心へと踏み込む。




