第二章5 ~三人の裸の美女(人外)さんたち~
三人の裸の女性は、いずれも目を見張るほど美しい人でした。
同性の私から見ても三人の顔や身体のバランスは完璧です。
整った綺麗な顔立ちも、張り出した胸の大きさも、すらりとした腰のくびれも、細長い手足も、おおよそ美しいと形容するすべての要素を兼ね揃えています。
そのあまりの人から外れた美しさと、もう一つの理由から私は半ば確信しました。
(人間じゃない……のかもしれませんね)
この世界特有の人種の可能性もありますが、三人の身体はわずかに発光していたのです。
比喩じゃなく、文字通り身体から光を放っていたのです。
というか、よく見たら背中から向こう側が透けるほど薄い羽のようなものが生えているではありませんか。
トンボの羽根が近いかもしれません。
透明な翼なんていうものは、明らかに人にはない要素です。
(精霊……妖精、という方が近いでしょうか?)
彼女たちはどうやら人間ではなく、精霊とか妖精とかいう類の存在のようでした。
よくあるファンタジーの世界では、自然の力の結晶だったり化身だったりしますね。神秘的な存在か、陽気な存在かは世界によって違いますが。
ただ、目の前にいる三人の美女の表情は暗く、恐怖に染まっています。
その恐怖を向けている対象はもちろん私の背後にいるドラゴンさんです。
ドラゴンさんはそんな三人を睨み付け、そして三人もドラゴンさんに話しかけているようです。
(……? あれ? 何も聞こえないのですが……)
私から見ると、三人は口を動かし、何かを話している風なのですが、そこに音が伴っていませんでした。
そしてドラゴンさんの方は睨み付けているだけのように見えます。
さっきはともかく、いまは唸り声すら立てていません。
でも明らかに三人はドラゴンさんの方を向いていたのに、不意にこっちを見て驚いたような顔をしたり、その後もちらちらこちらを見ていたりするところを見ると、会話が成立しているような空気があります。
もしかして、ドラゴンさんは喋れないのではなく、私にドラゴンさんの声が聞こえてないだけ、だったりするのでしょうか。
(だとすると非常にマズくないですか……ずっと話しかけてきていたのかも……!)
そんなつもりはありませんでしたが、向こうが何か話しかけて来ていたとすれば、私はずっとそれを無視していたということになります。
印象は最悪なのではないでしょうか。
いや、ヒポグリフを食べさせてくれようとしていたのは、言葉が通じないのはわかった上でのことでしょうから、そんなに心配することはないのかもしれません。
(魔王の声は聞こえたのに……なんでドラゴンさんや妖精さんたちの声は聞こえないのでしょう?)
私がひたすら頭を抱えている内に、なにやら話がついていたようです。
三人の美女が、私の目の前に立っていました。
同性とはいえ、全裸の美女三人に目の前に立たれ、思わず顔が赤くなります。
まあ、私もバスタオル一枚の格好をしているのですけども。
美女さんたちは明らかに恐怖に震えながら、その手に持ったものを差し出してきました。
「これは……木の実?」
それは林檎のような木の実でした。
ただし、金色に輝いています。なんというか、食欲の失せる色でした。
思わず美女さんたちから受け取ってしまいましたが、まさか食べろということでしょうか。
恐る恐る美女さん達に視線を向けると、なにやら必死な様子で、林檎を囓るような仕草をして見せてくれています。
(ジェスチャーの概念はあるんですね……)
私は現実逃避気味にそう考えてしまいましたが、美女さんたちはとにかく必死でした。何度も何度も、果実をかじるようなジェスチャーを繰り返しています。
やはり、喰えと。
金色をした怪しげな何かを口にするなんて避けたいところでしたが、お腹は空いています。
それに触れてみた感じ、硬い感触はしませんでしたし、ヒポグリフのような生肉よりはまだ食べられる余地があります。
(ええい……ままよ……!)
思いきって黄金の林檎を口に運びます。
歯を立ててみると、しゃりっと普通のリンゴを齧った時と同じ感触がして、欠片を一口含みました。
味は、林檎です。
派手派手しい見た目と対照的に、その味は普通の林檎でした。
普通というと少し語弊が生じますね。すごく美味しい林檎でした。
冷たくはありませんでしたが、その濃厚な甘みが口の中一杯に広がり、とても美味しいです。林檎ジュースにしても美味しいでしょうし、アップルパイにしても美味しいでしょう。
林檎らしい林檎という感じで、とても素晴らしい味でした。
「ん……っ、むぐむぐ……あむ……ん?」
思わず夢中になって食べていたら。
ふと、美女さんたちが私を見ながら口を動かしているのに気づきました。
なにやら必死な様子で、三人ともが口を動かしています。
けれど、相変わらず私の耳には何も聞こえません。
思わず首を傾げると、三人の美女さんたちはものすごく絶望したような顔になります。
(え、ちょっと、なんでそんな顔を……?)
そう思う間も、刹那。
突然背筋がぞわりと泡立ち、びくりと身体が震えました。
美女さんたちもそれを感じたのか、ものすごい勢いでその場に伏せ、いえ、伏せたというかこれっていわゆる土下座ですね。
両手と額を地面に擦りつけ、傍目にも明らかに肩を震わせています。
私は林檎を食べていただけなのになぜ。
そう思いつつも、実際のところ理由は明らかだったのです。
(いや……ちょっと待ってくださいよ……)
なぜなら、私ですら、真後ろからものすごい威圧感を覚えていたからです。
私がゆっくり背後を振り返ると、そこにドラゴンさんがいました。
その目を赤く輝かせ、翼を大きく広げた姿。
ぎらぎらした牙を覗かせ、口内の奥からわずかに黒い邪気のようなものが漏れています。
(な、なんで激怒してるんですかこのドラゴンさん――!?)
意味がわかりません。
いまにもブレスを放ちそうな様子で、その視線は私の頭上を超え、美女さんたちを射貫いています。
私はその視線を向けられていないからこそ、少し余裕がありました。
そうでなければ動くことなんて出来なかったでしょう。それくらいドラゴンさんから怒りが迸っているのがわかったのです。
事情はわかりません。美女さん達が何かドラゴンさんを怒らせるような事をしたのかも。
けれど、美女さん達は私に林檎を食べさせてくれただけです。
少なくともあの魔王をも殺すブレスを吐きつけられるようなことはしていないはずです。
私は咄嗟に、両手を広げてドラゴンさんの前に立ち塞がっていました。