第二章6 ~林檎一個でも恩は恩です~
(や、ややややってしまいました……!)
一秒でも遅れていたらドラゴンさんがブレスを放ちそうだったから、というのはあるのですがそれでもあまりに無謀でした。
このドラゴンさんは私に対して何らかの好意を持ってくれていることは、ほぼ確実です。
ですが、それでもどういう意図があるのかわからないのに、相手の行動を遮るようなことをすれば不興を買いかねません。
果たして私の行動に対する反応は、とドキドキしながら相手の動きを待ちます。
「ぐるる……?」
幸い、ドラゴンさんは牙を収めてくれました。
美女さんたちの前に立ちふさがっている私に、不思議そうな目を向けています。
そのことにほっとしつつも、まだ目が赤いままですし、ドラゴンさんの怒りがくすぶっているのがわかりました。
何かきっかけがあれば、また怒りが再燃しそうな感じがします。
私は緊張で生唾を飲み込みつつ、なけなしの勇気を振り絞って、声を張ります。
「だっ、ダメです……ッ!」
強く首を横に振って、再度ドラゴンさんの眼を見つめます。
三人の美女さんたちが林檎を齧るジェスチャーをしてくれたこと、いまは揃って土下座のような姿勢を取っていることや、彼女たちの浮かべている表情がちゃんと読み取れたことなどから、この世界でも基本的な身振りは共通しているのだと確信していました。
そうでなければ、私の首を傾げる仕草にも反応しなかったでしょう。
だからいま私がしている「美女さんたちを殺さないで」というジェスチャーも通じるはずです。
ドラゴンさんの不興を買う可能性があっても、黙って彼女たちを見捨てるという選択は出来なかったのです。
彼女たちは私に林檎を食べさせてくれたのですから。
せめて出来ることはするべきだと思ったのです。
果たして、ドラゴンさんは。
「ぐるる……」
渋々、という様子ではありましたが、ドラゴンさんの目の色が赤から緑に戻っていきます
どうやらわかってくれたみたいです。
真正面から見ると、ドラゴンの表情というか、そういう何か感情というか、表情めいたものが浮かんでいるのがわかりました。
それから察するに、とても不満そうな感じはありましたが、その怒りを収めてくれるようです。
私は安堵から、頬が緩んでしまいました。
「ありがとうございますっ」
伝わらないことはわかっていたのですが、声に出していました。
死なずに済んだという安堵が大きかったのです。
すると、ドラゴンは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後。
ドラゴンもまた、笑みらしきものを浮かべたのです。
笑みというには少々恐ろしいものではありましたが。
そして、その大きな前足が、私の方に伸びてきて。
「ひゃあっ!?」
いきなり吹っ飛ばされました。
いえ、転ばされたというべきでしょうか。
前足に押しのけられるように、私は地面に転がされていて、そのまま地面に擦りつけられるように翻弄されます。
長い爪が私の巻いているバスタオルをめくりあげ、足にひっかけたかと思うとくるりと回転させられ、いま自分が上を向いているのか下を向いているのか、なにがなにやらわからなくなります。
体勢を立て直そうとするのに、そのたびにドラゴンさんがちょっかいを出してくるので全然上手くいきませんでした。
「ちょ、まっ、なっ、ひゃっ、わっ、ひぃッ!」
ようやくドラゴンさんがそれを止めてくれたときには、私は眼を回してグロッキーになっていました。
そこに、ドラゴンさんの哄笑が響き渡ります。
聞きようによってはとても恐ろしい鳴き声にも聞こえたのですが、表情などを見る限り、どうも楽しんでいるようなのです。
ドラゴン的には軽くじゃれついた、くらいの感覚なのでしょう。
途方もない体格差を考えて欲しいです。
例えるなら、自分よりも体格のいい大型に押し倒されて顔や首を舐め倒されたみたいな、そんな感じです。犬は楽しくても、押し倒された方はたまったものではありません。
「グルルルル……!」
私を散々弄んでくれたドラゴンさんは、一際低い声で鳴くと、翼を広げて飛んでいきました。
……って、置いてけぼりですか私。
私は地面に寝転がったまま、空高く飛んでいくドラゴンさんを見送っていました。
散々もみくちゃにされて、ものすごい格好になっている自覚はあったのですが、動く気力が湧いて来ません。
そんな私の元に、美女さんたちが集まってきて、涙を浮かべた瞳で私に抱きついてきました。
どうやらドラゴンさんを止めたことを感謝してくれているようです。
(って、この人たち結構力強い……っ、ち、窒息するからやめて-!)
とても豊満な身体をしている美女さんたちに抱きつかれると、その立派なものに顔が埋もれて息が出来ません。
せっかく命の危機から逃れられたというのに、こんなことで死んだらばかばかしいにもほどがあります。
私は渾身の力を持って暴れましたが、頼りないほど細い腕に反して、美女さんたちの力はめちゃくちゃ強かったのです。
(ちょ……ほんとに……息が……できな……っ)
あまりに柔らかく大きなものに顔が押しつけられ、鼻も口も塞がってしまっています。
呼吸しようとしてもどうしようもできず、私は意識が遠ざかるのを感じました。
せっかく今回は気絶無しで乗り越えられたと思ったのに。
もはやこういう運命なのかもしれません。
必死の抵抗虚しく、私の意識は薄らいで消えてしまったのでした。




