第95話 鬼神
「あ、ありがとうございます!」
「礼はいりません。彼らの手当てを急ぎましょう」
天にも昇るような面持ちで、命が助かった奇跡を噛み締める御者さんと、乗客たち。
そんな彼らの感謝を一心に受けながらも、その人は冷静に護衛の男たちを介抱するために動いていた。
「て、手伝います」
「助かる。では、護衛の彼らを担いで馬車に運んでくれますか?」
乗客と協力し、俺も状況の撤収を図る。
モンスターの亡骸は、後で改めて取りに来るからと、そのままにして行くことになった。
他の動物やモンスターに食われない保証はないが、それはそれで仕方なく、それより今は自分たちの身の安全が最優先だ。
なにせ、この馬車は護衛無しの状態で、ケガ人を抱えたまま次の町まで向かわねばならないのだから。
「町までの間、護衛の代わりは私が勤めよう」
そんな言葉に、出発した車内では安堵した空気が流れ、物々しく張り詰めた空気から解放された乗客たちからは、早速その人への質問攻めが始まっていた。
「ありがとうございます。命の恩人です。神懸かってお強いんですね」
「カッコよかったです! 素敵!」
「あんた、男か? 女か? 女なら、惚れちまいそうだぜ!」
「どうして、そんなにお強いんですか?」
ああ、デジャブだ。二人とも元気にしてるかなあ?
そして、やはりこの人は双子のお師匠さんなのだと思う。チヤホヤされるのが苦手なのか、若干引き攣った表情をしているところがそっくりだ。
その先も予想通り、唯一チヤホヤしない俺に助けを求める視線を向けてきた。
師匠と弟子だからって、そんなところまで似なくていいのに。それに、あんなに強いんだから、自力でなんとか出来そうなものだけどなあ。
本を拾ってもらった恩もあるし、またもアルル様に相談して、「あまりその人を構い過ぎると、またモンスターが襲ってきてもすぐに対処出来ないのでは?」と言ってみた。
すると乗客たちはピタリと止み、その隙にお師匠さんに目で合図を送ると、「そ、その通り! 気配が感じ取りにくいから、町に着くまで静かにしていてもらえると助かります……」とその流れに便乗し、窮地を脱することが出来ていた。
お師匠さんはホッと胸を撫で下ろし、「因みに私は男です」とだけ告げると、自らの発言を正当なものにするかのように、外を警戒し始めたのだった。
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「すまない。本当に助かった」
「いえいえ、こちらこそ命の恩人ですから、あのくらいはお安い御用です」
結局、その後も一度だけモンスターの襲来があったものの、先ほどとは異なり一匹の小型の個体だけだったため、一瞬でお師匠さんによって沈められていた。
そうして町に着くと、彼は乗客から逃げるように、瞬く間に姿を消して行った。
だが、律儀にもお礼を言うためにと、時間を空けて俺が一人になってから再び会いに来てくれたのだった。
「それにしても、よく助けを求めていたことに気付いてくれたね? 君がいなければ、私はあのまま死んでしまっていたかもしれないよ。ああいうのが苦手だから、静観して護衛たちに任せていたというのに……」
「そんな大袈裟な。いえ、あなたとそっくりな人たちと、以前同じようなことがあったもので。その、フレイとフレイヤって言うんですけど……」
弟子の名前を出せば気付いてくれるかと思い、そう告げてみたが、彼の反応は芳しくないものだった。
「フレイ? フレイヤ? そっくりと言われても、心当たりは無……」
だが、彼は何かに思い当たったようで、ハッとした顔をして、改めて話を続けた。
「ああ、もしかして双子の赤熊猫の子たちかな?」
「そう、その二人です。前に同じようにモンスターから助けてもらって、その二人を馬車の中で同じように助けて……」
「ふむ、私の言いつけを守っているようで、何よりだ」
その言葉の意味はよく分からず、彼に向かい首を傾げるが、「気にしないでくれ」と流されてしまった。
それから、双子と友人になったことなどを話して聞かせると、お師匠さんも嬉しそうに応えてくれた。
「それは、彼らも嘸かし喜んだことだろう。あの二人は自分の種族に強いコンプレックスがあるようだったからね」
そのことには同意出来るとウンウンと頷くと、彼は笑いながら、大したことでは無いかのように言い放った。
「レッサーだのなんだのと、そんなことに囚われているようでは、駄目なんだよ。私なんて、プレーリードッグの獣人だよ? 犬鼠だよ? だがそんなことは、強さには関係無いというのに……」
「へー、プレーリードッ…………え!?」
それは、信じられない告白だった。プレーリードックと言えば、草原に仲間と身を寄せ合って暮らす、あの小さい動物だよね?
確かに小柄で可愛らしい中性具合は似ているけど、強いイメージなんて全く無いぞ?
そんな考えを見透かされたのか、彼はまた大きな笑い声を上げた。
「はっはっはっ、そんな種族差など、些細なものだよ。我々獣人族も亜人族も、どの種族でも強い者は強く、弱い者は弱いさ。赤熊猫人だって大熊猫人に劣る種族と言われているが、彼らがそんじょそこらの大熊猫人に負けはしないだろう?」
「ははっ、まあ、確かに。あの二人の強さは、この身で嫌というほど味わいましたから」
そう言った俺の言葉に、お師匠さんはピタリと笑うのを止め、俺の顔を真剣な眼差しで見つめてきた。
「それは、どういうことだい? 彼ら、君に何かしたのか?」
あれ? これは、双子が俺をイジメたとでも勘違いされてしまったのだろうか?
イジメられたのはあながち間違いでは無いのだが、ここは正直に彼らの弟子になったことを説明しておく。
「ああ、だから最初に会った時、君から彼らと同じ雰囲気を感じたのか。体の動かし方が、彼らに似ていたからね」
流石、お師匠さんと言うべきか、あのひと時だけで、そこまで見抜けていただなんて。
「そうかそうか……因みに彼らには、どのくらい教えてもらったんだい? 半日程度?」
「いえ、一週間……おっと、六日ほどです」
その瞬間、空気が凍り付いたような気がした。
お師匠さんも、なんだか張り付いた笑顔のまま、固まっているように見える。
「き、君は、それほど強そうには見えないんだが……」
「あ、はい。どうも才能が皆無らしくて、いくら鍛えてもらってもスキルが一つも修得出来なかったんですよー」
「ア゛?」
一瞬、彼の背後に般若の顔が見えた気がした。
だが、目を擦って改めて見直すと、そこには笑顔のお師匠さんが立っているだけだった。
「……因みに、なんだが、君はこの後、どうするつもりなのかな……?」
「あ、俺は旅をしていて、この後も島々を渡って歩く予定です」
「そうかそうか。因みに、なんだが、この国にはあとどれくらい居られるのかな?」
「え? ええと……」
急な質問に、急いで頭の中で計算をする。とは言ってもあまり長居は出来ないから、もう十日から十五日ってところかな?
そう伝えようと口を開きかけた俺に、突如アルル様が声を掛ける。
『三か月までは大丈夫と伝えてください』
はあ? そんなにいたら、一年以内に世界一周なんて出来ないのでは?
そう思ったが、大まかな計画はアルル様に任せているからなあ。
『大丈夫です。私を信じてください』
そう言われ、今までも助けてもらって来たのだからと思い、信じて伝えることにした。
「三か月くらいなら大丈夫です」
それを聞いた時の彼の顔は、一生忘れないと思う。
彼は、耳までも張り裂けた口でニタリと……そんな錯覚を覚えるような笑みを浮かべた。
「そうかそうか、じゃあ、この後一緒に食事でもどうかね? 弟子たちがお世話になったお礼に、私が奢ろう」
「……えっ? そんな、悪いです……よ……?」
さっきの笑みが嘘のように普通の表情に戻った彼は、少し強引なくらいに俺を連れ、料理屋へと入って行くのだった。
なんだか嫌~な予感はしていたのだが、アルル様を信じようと決め、彼と行動を共にした。
ここには、二匹の鬼がいるとも知らずに。
犬鼠=プレーリードッグは、作者の造語です。
もっとピッタリの漢字があれば、教えてもらえると嬉しいです。
この後も投稿しますので、よろしくお願いします。




