第41話 翻訳スキルのもっと上手な扱い方
本日もよろしくお願いします。
今話は、ほんの僅かですが、残酷描写が含まれます。
「おい! 俺の言ってることが分かるか!?」
馬車の上から、追って来るモンスターに向かって言葉を投げかける。
そんな俺の行動に、背後からは暖かい声援が届けられた。
「彼、気が狂ったのかね!?」
「サク! 落ち着いて! それは人間じゃないよ!?」
(アハハ、もう終わりダワ)
後ろの三人は、俺の突飛な行動に混乱を極めているようだが、悪いけど無視だ。
その三人を助けるためにも、今は目の前に集中しなければ。
(グ……?)
その時、何かの違和感と共に声が聞こえた気がした。
その違和感は、初めて二号さんの声を聞いた時にも感じたもの。
つまり、《翻訳スキル》が人間以外の声を訳した時に感じたもの。
それをもっと聞くためにも、もう一度言葉を放つ。
「おい! 聞こえているなら、何か応えてくれ!」
その瞬間、モンスターは眼球を動かし、視線を明らかに俺に向けて移動させた。
(グルアアアー!!)
雄叫びが響き渡った。
翻訳されなかったってことは……駄目か?
だが、諦めるのはまだ早かった。
モンスターの動きが変わり、徐々にスピードを落とし始めたのだ。
その目で俺を捉えたまま、彼は首を傾げた。
再び、馬車との間に距離が開き始める。
イケる!
「な、何で!?」
「サク、何したの?」
(え? え? 何がどうなったのヨ?)
後ろの三人が別の意味で混乱し始める中、俺は最後の行動に移った。
心臓が痛いくらいに暴れる中、意を決して馬車から飛び降りる。
「サク!? 何でっ!?」
シュリの悲鳴にも似た声が遠ざかっていくのを感じる。
俺はバランスを崩しながらも、なんとか着地を成功させ、スピードが落ちてだいぶ距離が開いていたモンスターの前へと立ち塞がった。
二号さんのスピードもそれなりに落ちていたため、辛うじて飛び降りることが可能だった。
俺が立ち塞がったのを見て、モンスターは本格的にスピードを落とし、俺の数メートル先で停止した。
チラリと後ろを確認するが、俺の頼んだ通り、止まらずに行ってくれたみたいだ。
馬車は、見る見るうちに遠ざかって、町へと向かって行った。
「さあ、正念場だ!」
自分に言い聞かせるように、そう言い放った。
いくら言葉が通じても、向こうはこちらを襲うつもりで来ているのだから、交渉に失敗すれば終了だ。
交渉が、という意味だけではなく、下手をすれば俺の二度目の人生も、という意味もある。
着地後にいきなり襲われていてもおかしくはなかったのだが、俺の声掛けに興味を示してスピードを落としていたのだから、予想外の動きには慎重になって一旦止まってくれるのでは、という希望的観測があった。
ここまでは上手くいってくれたが、まだ一瞬たりとも気は抜けまい。綱渡りは始まったばかりだ。
「お、俺の言葉は分かりますか?」
緊張の中で、必死に言葉を考え、声を絞り出す。
これで実は会話出来ませんとなったらどうしようか。
せめて、シュリや商人さんたちが助かっただけ良しとするか。
(な……)
そんな雑念の混じる中、俺の耳に何かの言葉が届いた。
希望は潰えてはいなかったようだ。
(なゼ、我ラの言語ガ扱えルのダ?)
遂に、モンスターとの意思疎通に成功した。
賭けの第一段階には勝てたようだ。
ホッとしたのも束の間、気を引き締めて、交渉を再開する。
「俺が持つスキルの力です。あなたと話がしたいのですが、応じてくれますか?」
彼は俺を値踏みするように暫く見つめ、その身体に纏っていた緊張を少し解いた。
(珍しい機会ダ。少シ、付き合オうカ)
「良かった。ありがとう」
第二段階もクリアってとこかな?
対話出来るのであれば、このまま見逃してもらえる可能性もあるかもしれない。
この手の交渉の最後は、「……と言うとでも思ったか、馬鹿めー!」というパターンも多いのだが、今は考えずにおこう。余計に緊張するだけだ。
「ええと、それじゃあ先ず、質問です。あなたは、何故、馬車を襲ったの?」
それはお前を食べるためだよーと、赤ずきんちゃんのような展開にならないことを願って、答えを待つ。
目の前のモンスターは、俺の想像には反して、首を傾げている。
(……質問の意味ガ分かラんナ?)
その答えの意味も、よく分からなかった。
本能のままに襲っているから、考えても分からないって意味か?
なら、質問ではなく、別の切り口で攻めてみよう。
「あの、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど、このまま人間を襲っていると、多分、強い人間がやって来て、あなたの方が殺されるかもしれないんです」
(……ホう? 我ノ方が殺さレルと?)
よしよし、話が分かる相手だったみたいだ。
これなら、彼自身も助けることが出来るかもしれないぞ。
「そうそう。なので、出来るなら人間は……」
(モし、ソノ強い人間ヲ倒したラどうなル?)
「えっ? それは…………きっと、さらに強い人間が何人か集まって、やって来ると思います」
(そノ人間たチも倒したラ?)
「もっと強い人間が、強い武器を持って、人数を増やして来ると思います。きっと、あなたを殺すまで、続くと思います」
その説明に絶望したのだろうか、モンスターは無言で、顔を下げてしまった。
数秒ほどそうして、再び顔を上げ、彼は俺に言葉を返してきた。
(そウカ。俺ガ死ぬまデか)
「そうなんです。だから、生きるためなら他の食料で我慢してもらって、人間相手には逃げ隠れてもらうのが一番かなーって、俺は思うんです。確かに食い応えはあるかもしれませんけど、それで頻繁に襲われるようになって、結局長生き出来ないんじゃ意味が……」
(ソうカそウか)
ゾクリ。
目の前のモンスターの雰囲気に、おぞましさを感じた気がして、少し後退ってしまった。
爬虫類に似たその顔からは、上手く感情は読み取れない。
だが、何故だろう、彼が少し笑っているようにも感じられた。
「ええと、そういうわけなんですけど……?」
少し待ってみても、彼からは返事が無かった。
何かを考え込んでいるのか、逆に何も考えていないのか。
それすらも分からないが、嫌な予感がして、一歩、一歩と後退る。
(ソれじゃア……)
俺に向かって顔を上げたモンスター。
その顔は、ニタリと笑っていた。
爬虫類ではあり得ない、まるで人間のように。
(オ前ヲ殺しテ、次のヤツモ殺セば、我が死ヌまで、モッと殺せテ、さラニ殺せルンだナ? 良イコとを聞イた! お礼ニ、じっクり殺シてアげるネ?)
『逃げなさい!』
アルル様の声が先か、その前に体が動いていたか、定かではないが、とにかく夢中で走り出した。
振り返っても振り返らなくても、次の瞬間には死が待っている気がした。
怖い!
怖い!
怖い!
怖い!
あまりの恐怖に、何も考えることが出来ない。自分の手足がちゃんと動いているのかもはっきりしない。
後ろから気配が近付いて来るのだけが分かった。前方の景色も歪んで見える気がした。
死にたくない!
『右に避けなさい!』
咄嗟にアルル様の声に従って右に方向転換すると、俺が今までいたであろう場所に、何かが降り立つ音がした。
(おオ! 避ケタね? 凄いジャなイか! ゴ褒美に……死ヌとイイよ!)
最早、意思疎通が出来る相手だとは思えなかった。
アルル様の言葉にただ盲目に従って、攻撃なのかすら分からない何かを避け続けた。
背後からは「ドうしテまダ死なナいノ?」といった、狂気を孕んだモンスターの言葉だけが聞こえてきた。
一瞬でも判断を間違えば、あの狂った生物に殺される。
怖い!
怖い!
怖い!
怖い!
『右! 左! 急いで!』
アルル様の懸命の助け船も、俺の一瞬のミスで台無しになってしまう。
上空から覆い被さって来た影に気を取られ、反射的に、フッと振り返ってしまった。
そんな俺を待っていたのは、血走った目で俺の頭上から舞い降りたモンスターの狂気の表情だった。
モンスターの腕が、足が、体が、俺に伸し掛かり、そのまま一緒になって地面へと押し倒される。
地面に磔にされた俺の上で、モンスターが口を開いた。
さっきの言動からも察しが付く。
きっと、俺を食べるためなんかじゃない。
何本も並んだそのヤスリのような歯で、俺の皮を、肉を削ぎ落し、内臓を引き摺り出して殺すためだろう。
……ナンノタメニ、コロスノ?
今なら分かる。何故、二号さんが暴走してまで逃げようとしたのか。
ビビり過ぎなんて言ってゴメン、二号さん。
俺の肌にめり込んでいくモンスターの歯の感触を感じながら、徐々にスローになっていく思考の中で、そんなことを考えながら、死を待っていた。
次話は明日の17~20時頃に投稿します。
よろしくお願いします。




