第40話 港町へ②
本日もよろしくお願いします。
(あア! またアイツなノヨ! 怖いのヨ!)
港町アノサへ向かう道中、俺たちは再び、それに遭遇した。
“モンスター”
その存在にいち早く気付いた二号さんが、鳴き声を上げた。
もし俺がいなかったら前回と同じ結果になっていたかもしれないが、今回は違う。
鳴き声が翻訳され、彼女の見つめる先にいるモンスター、その存在に気付いた俺が、御者をしていた商人さんにいち早く伝達することが出来た。
「あれ! モンスターが向かって来てます!」
「なんだって!? またなのかね!?」
(いやあああーなのヨ! 何でこう毎回、アレと遭遇しなきゃならないノヨ!)
俺たちが見つめる先、馬車の右手側に向かって来るもの。俺とシュリが乗合馬車で遭遇したものと同じ、オオトカゲのような生物。
遠目で見るに、大型犬ほどの大きさはありそうだ。商人さんと二号さんが前回遭遇したものよりも大きいのだろう。
かく言う俺たちが見たものよりも、ひと回りかふた回りデカそうだ。
あの時に、護衛の槍使いさんが何度も打ち合って倒していたのを考えると、今のこのメンバーでは太刀打ち出来ないと思う。
「多分、俺たちでは戦いにすらなりませんよね? 振り切ることは出来ませんか?」
俺が商人さんにそう尋ねると、彼は首を横に振った。
「アレの進行方向と私たちの進行方向、アレとの距離を考えるに、Uターンして全力で逃げたとしても振り切れないだろうね。むしろ、このままスピードを上げて順行した方が、ロスが無い分可能性はあるかもしれないよ」
商人さんの言う可能性というのは、町からの救援のことだ。
最早、俺たちはヴィアジルドよりも港町アノサの方にずっと近付いていた。
もしUターンをすれば、確かにモンスターとの距離は開くのだろう。けれど、どこまでも追いかけられた場合、二号さんのスタミナが尽きたらそこでお終いなのだ。ヴィアジルドまで逃げ込める可能性は限りなく低い。
それよりならば、アノサに向けて全力疾走してもらい、振り切れなくても町にいる人たち、運が良ければ戦闘職の人から助けてもらえる可能性がある方がマシ、というわけだ。
今いる街道で取れる選択肢は、この二つしかない。あちらがこの馬車目掛けて走っているところを見ると、すでに隠れてどうにかなるタイミングは過ぎてしまっているだろう。
モンスターと遭遇するより以前に、シミュレーションと言うほどのものでもないが、「もし遭遇したら」という話題は出ていた。
早期に発見した場合、休憩中に遭遇した場合、発見が遅れた場合など、何パターンかは想定出来た。
今のように、アノサの直前で前方に現れた場合というのも運良く話し合っていたのだ。さらに運の良いことに、前方とは言っても沿道の、それもかなり距離のある地点で発見出来たのは大きかった。
《翻訳スキル》が無ければ、ここまで上手くはいってなかっただろう。この幸運を活かせるかどうかはここからに掛かっている。
「それしか無さそうですね。このまま真っ直ぐ、全力疾走で、町まで辿り着くことが出来れば、助かる! 君の動きに掛かってるよ? 頼んだよ!」
俺が二号さんと会話出来るとは知らないので、ワザと説明口調で彼女へと指示し、お願いをした。
それが伝わったのか、二号さんが徐々にスピードを上げ始めた。
(む、無理なのヨ! 前回よりも大きいし、きっと途中で追い付かれるノヨ!)
任せろと言っていた出発前とは打って変わって、二号さんは弱気で及び腰になっていた。
ただ単に、恐怖で駆け出しているだけのようにも見える。
「大丈夫だよ! 今回は前回と違って、俺たちもいるから! 大船に乗ったつもりでいていいんでしょ? そっちこそ、大船に乗ったつもりで走りに集中してよ!」
「君はまるで、この子と会話しているみたいだね」
商人さんから奇異の目で見られているが、そんなことを気にしていられる場合ではない。
あとで何とでも誤魔化すことにして、今は自分の出来る精一杯のことをしよう。
もし追い付かれたりしたら、シュリも商人さんも危険だ。
それに……出来れば、モンスターのあの子にも死んでは欲しくはない。
なんとか上手く振り切れないか模索しなければ。
スキルのことをひた隠しにしていたせいで、後悔する結果にはしたくない。
(な……)
うん? 二号さんが何か言おうとしている。
こんな状況だし、俺が聞き逃さないように注意しなければ、命取りになるかもしれない。
慎重に、耳を澄ませる。
(なんで、人間がワタクシと会話出来るノヨーーーー!?)
「今更!? てゆーか、この状況で、今そこ気にする!?」
「君は何をわけの分からないことを言っているのかね!?」
「サクって、時々変だよね!?」
再びの混沌だった。
混乱する二号さん。
今更のことに驚く俺。
その俺の言っている意味が分からず、さらに混乱する商人さんとシュリ。
もう一度言おう。混沌である。
「と、とにかく、今はそんなところ気にしてる場合じゃないから! 助かるためには走りに集中して!」
(わ、わかったノヨ! 後で説明を求めるとして、今は全力で走るのヨ!)
漸く集中した二号さんが、より一層スピードを上げた。
遂にモンスターが街道へと侵入を果たしたが、馬車との距離はかなり開いている。
だが、向こうの方が速いのか、徐々に距離が詰まってきているようだった。
元の世界で見たテレビ番組では、オオトカゲなどの爬虫類の多くは瞬発力はあるものの、その素早い動きを長時間続けることは出来ないと言っていたのを覚えている。
だから、向こうが途中でバテてくれるのを期待していたのだが、そう上手くはいかないらしい。
バテるどころか、どんどんスピードを上げてすらいるようにも見える。
モンスターと動物は、姿かたちが似ていても別物と思っていた方が良さそうだ。
「よし! 港町アノサが見えてきたよ!」
そう言われて見てみると、遥か彼方に小さく町のようなものが見えていた。
その瞬間、直感してしまった。
「駄目だ、間に合わない」
モンスターとの距離、二号さんのスタミナ、それらを考えると、アノサに近付いて助けを期待出来る範囲に入るより、遥かに手前で追いつかれてしまう。
そうなれば、人を襲う大型犬サイズのモンスターを相手に、このメンバーで生き残るのはほぼ不可能だろう。
「そんな……」
(もう、疲れてきたノヨ……)
一種の絶望感が、馬車の中に漂う。
モンスターはスピードを下げることはなく、逆に二号さんは僅かながらスピードを落とし始めていた。
馬車を引いてここまで走れていることを考えれば、元の世界の馬よりも体力も持続力もあるのだろうが、それでも足りなかったようだ。
アルル様は要らないと言っていたけど、せめてショートソードでも買っておけば良かったか?
そんな俺の悔いに、背中のバックパックに入れていた全知全能の図鑑から、アルル様の声がした。
『無駄ですね。あったところで、あの生物の一撃すら防げないでしょう。剣ごと吹き飛ばされるよりなら、短剣を構えて数秒でも攻撃を躱し続けた方がまだマシです』
アルル様! 何か、この状況を打開出来るものはないですか?
ポイントカードで、スキルや魔法とか!
『無駄ですね。魔法はそんなすぐに修得出来るものではありませんし、スキルも最下位のものでは有効打にはなりません』
そんな……。
な、なら、アイテムは? 火炎瓶みたいなのとか、滑らせることの出来るものとか、投げナイフとか?
『無駄です。ポイントカードのメニューを弄っている間に、追い付かれて終わりです』
その言葉に現実に戻ると、モンスターは僅か十数メートルまで迫っていた。
振り返るが、やっぱり町はまだまだ遠い。
駄目だ。今から何かを得ようとしても遅かった。
「サク……。どうしよう……?」
シュリが、不安そうに俺を見上げている。
だが、何も声を掛けて上げられない。いくらなんでも、この状況で「大丈夫だよ」と言えるほど馬鹿ではない。
俺は、緊張感とは違う不思議な感覚に襲われていた。これが、死の恐怖ってやつなのか?
「最後まで諦めちゃだめだよ! 諦めたら、そこでお終いさね!」
商人さんは、まだ希望を捨てていない。
俺も、最後まで出来ることを考えなければ。
だが、何が出来る?
今あるものだけで、ここで、何が――――
今あるもの……?
今ある……スキル?
――――とある閃きが舞い降り、俺の心に、僅かにだが希望の光が差し込んだ。
「商人さん!」
俺は、残された僅かな時間を無駄にしないためにも、すぐに行動を開始した。
皆には申し訳無いけど、説明している暇すら残されてはいない。
「なんだね? 何か思いつ……」
「シュリを頼みます!」
俺はシュリを抱き上げると、今出せる力を振り絞って、御者台の商人さんへと預けた。
「サク、何するの!?」
「大丈夫! すぐに合流するから、また後で会おう! 商人さんは、何があってもシュリを離さないで、走り続けてください! そっちの君も、振り返らずにそのまま走って行って!」
(も、もうヘトヘトなのヨ……)
三人の姿を見納め、最後の賭けに出るため、再びモンスターの方へ向き直る。
あと何メートルかに迫ったそのモンスターに向け、俺は自身が持つスキルを発動させ、放った。
「おい! 聞こえるか?」
俺の持つスキルの中で、唯一現状を打破出来る可能性のあるもの。
《翻訳スキル》をモンスターに使った。
次話の投稿は、明日の午前10~12時頃を予定しています。
よろしくお願いします。




