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第21話 理由

本日もよろしくお願いします。


「ごごごごご、ごめんなさい!」


 宿へ入り、食後の保険として魔法薬を飲ませようとした時のことだった。

 これまでにも二本の魔法薬を飲んだと知ったシュリの表情が、一気に曇ってしまったのだ。

 前回飲んだ時は、何を飲んでいるのか分かっていなかったか?

 それにしても何を謝られたのか不明だし、どもり過ぎて地響きみたいになってる。


 因みに、今日の宿は町の北東だ。昨日の宿は怒られたしね。

 今回は仕方ない。


「まあ、とりあえず今日も一本……」


「めめめめめ、滅相もない! わたしごときにそんな高価なもの、勿体無さ過ぎです!」


 シュリって時々、子供らしからぬ言葉遣いをするよね。

 一体どんな環境で育ってきたんだか。


「こ、これまで使った分は頑張ってお返ししますから、内臓を売るのだけはお許しくだ……」


「はーい、ストップ!」


 人聞きの悪い。なんでそこまで怯えているのさ。

 さっきまで普通に仲良くしてたよね?

 それと、医療の発達してないこの時代でも内臓の売買とかあるの?


「だ、だって、魔法の薬って信じられないほど高い物なんでしょ? 噂で聞いたことあるよ。ケガした子にお薬くれて親切にしてくれた大人が、急に「代金払えないならおじさんと一緒に来てもらおうか?」って言って連れて行かれて、帰って来なくなった話」


 そんな裏社会的な話、こっちにもあるのか。

 というか、寧ろこっちの方が横行していそうではあるか。


「噂ではね、連れて行かれた子はバラバラにされて、内臓とか目玉とか売られちゃったんだって。内臓とか目玉が無くなってご飯も食べれなくなって、お腹空かせて死んじゃったんだって」


 あ、これ都市伝説的な話か。

 ()()特有の矛盾している部分がそっくりだ。

 連れて行かれて()()()()()()()のに、何故かその先の展開が伝わっているという不思議。何処にでもあるもんなんだな。


「だから二本も飲んだわたしは、もっと酷いことされるんでしょ? お魚のエサにされた後で、火炙りにされて生きたままムシャムシャ食べられるんでしょ?」


 あれえ!? これってもしかして、俺が裏社会的な人だと思われてる?

 それとさっきから「バラバラにされて……お腹空かせて死んだ」とか「魚のエサにされて火炙りに……生きたまま食べられた」とか、順番がおかしい。

 完全に子供の妄想から生まれた話っぽいな。

 それとも単に、シュリが怯えすぎてテンパって話しているからなのか。


「落ち着いて。俺はそんなことしないから。もし連れて行くつもりなら、最初に掴まえた時にもう連れて行かれてるでしょ?」


「ひぃ! まさかわたし、既に内臓が無いぞう!?」


「あー、もう! 落ち着いて!」


 駄洒落言えてるのは意外と余裕だからなのか、それともパニックなだけか?

 そういえばアルル様が、魔法薬はお金の代わりに使われることもあるって言ってたっけ。

 値段なんて知らなかったけど、思ってたより高いものだったようだ。

 そこまで知らなかったとはいえ、タダより高いものは無いとも言うし、完全に疑わせてしまったようだ。


「シュリ、さっき美味しい美味しいって言いながらご飯たらふく食べてたでしょ? 内臓が無かったら食べれないし、そもそもこんなに何日も生きてないから」


「……ああ、それもそっか。でも、じゃあ何でわたしなんかに高いお薬くれたの? ご飯とか服もだし、体が欲しいんじゃないなら、何が目的?」


 ちょっと言い方に気を付けようか?

 「内臓や目玉が目的」と「体が目的」じゃ、意味違ってきちゃうから。

 シュリは意味分からず言ってるんだろうけど。


 ……そうだよね?


「目的と言われても、シュリがお腹空かせてたからご飯を食べさせただけだし。着ている服がボロボロだったから新しいのを買ってあげただけだよ。魔法薬も、俺が常識知らずでそんな高いものだって知らなかったから使っちゃっただけ。見返りに何か貰おうとか考えてたわけじゃないよ」


「……わたしみたいなのにタダで奉仕するなんて、サクはお馬鹿な子なの?」


「なんて失礼な!」


 いやまあ、当たらずとも遠からずなんだが。

 もし十分な資金を持ってなかったら、今頃二人して路頭に迷っていただろうからね。


「だってだって、今まで生きてきても、誰もそんなことしてなかったし、してくれなかったよ? みんな、何かしたら代わりに何か欲しがるのが当たり前だった。サクも、そのうちオンナとしてのわたしを求めてくるはずだと思って、覚悟はしてた」


 ぎゃあ! やっぱり思い違いじゃなかった!

 この子、そんなこと思ってたのね。おマセさんめ!


「お、俺は遠くから来たんだよ。だから、こっちの人の当たり前はよく分かってなかったんだ。それに俺のいた所では見返りを求めずに何かしてあげるのは普通のことだったんだよ。あと、君みたいな子供をそういう風に見るってことも無かったかな」


「まあ! わたしこう見えても、けっこう大人のオンナなんだよ? 子供扱いしないで!」


 子供扱いされて怒る人が、はたして大人の女と呼べるものなのだろうか?

 あと君は間違いなく子供の女だから。


「シュリって何歳?」


「分からないけど、多分サクよりは、けーけんほーふなんだから」


 ……アルル様?


『その子は今年で九歳です。人生経験はもとより、性的な意味での大人にもまだ早いですね。初潮って知ってます?』


 一応知ってます。つまり察するに()()なんですね。

 立派に子供でホッとした。羊人族の件があったから、少し不安は残っていたし。


「シュリ、多分九歳くらいだよ。小学三年生ってとこかな」


「しょうがく?」


 あ、やべ。こっちに小学校なんて無いか。

 それにあったとしても孤児だったシュリには縁が無さそうだし。


「なんで九歳って分かるの?」


「それは……えーと、そういうのが分かる魔法を使えるんだよ。あ、これ内緒ね?」


 「じゃあわたしのすりーさいずとかも分かってしまうのね?」とか言っていたがスルーしておいた。

 それが分かったところで何だというんだ、お子様よ。一応レディだから言いはしないけど。


 それにしても逆の立場なら疑うのも無理は無いか。

 つい今しがたも二組ほど追加の服を買ってあげたのだが、その時も「わたしには贅沢過ぎ。なんなら裸で歩かせてもいいくらい」と言っていた。

 裸の少女を隣に歩かせるこっちの身にもなってくれ、と思う。大人の女は絶対、裸では歩かないし。


 俺と一緒に旅するのだから、俺が困ると言ったらシュンとして納得してくれてはいた。

 だが、そんな流れもあって魔法薬の件まで知ったことで、自分に貢ぎ過ぎな俺に対してシュリの許容範囲(キャパシティ)が限界を迎えてしまったのだろう。

 孤児だったシュリにとっては、先日までとは生活が一変し過ぎていて慣れないはずだ。


 シュリの立場で考えてみれば、いつ見返りを求められるかと待っていても一向に来ない上に、次から次へと新たに食事や服をくれるし、しかも噂で聞いた「薬をくれる大人」と結びついてしまったわけだからな。

 良かれと思ってのことだったが、悪いことをした。これはどうフォローしたものか。

 ヘルプミー、アルル様。


『大丈夫ですよ。正直に言えば納得してくれると思います』


 正直に?


『一人旅が淋しくて、話し相手になってくれそうな自分好みの少女を探していた。偶然君と出会って、しめしめ、これはチャンスだと思い、恩を着せて同行させた。最初は優しくして油断したところを、人気のない荒野辺りで押し倒そうとしていた。誰でも良かった。後悔はしていない、って』


「言えるくぁ――!!」


 アルル様の声が聞こえていないから、シュリは俺の突然の叫び声にビクリとしてしまっていた。

 うーん、これはマズイ。完全に警戒されている。



 ……仕方ない。()()()話そう。


「……実はね」


「え?」


「実は……こっちに来て知り合いもいないし、心細かったんだ。そんなときに偶然お腹を空かせたシュリと出会って、世話を焼いているうちに心細くなくなって、いつの間にかシュリに何かしてあげるのが俺の日々の楽しみになってたんだよ。だからシュリが一方的に施されて困惑してるのに気付けなくてゴメン。本当に見返りなんて考えてなかったんだよ」


「……まぁ。そうだったの? そういうことなら分からなくはないよ? 独りぼっちは大変だもんね」


 まあ、ほとんど本当のことだ。

 アルル様がいてくれたから、それほど心細くはなかったんだけどね。

 アルル様の言ってたことは事実無根だけど、「正直に言う」という部分はヒントになったから助かったな。


「じゃあ、独りぼっち同士でちょうどいいね。わたしがいてあげるから、安心して。でも、サクが必要なら私をオンナとし……」


「それは要らない」


 この子はホント、どこでそういうの覚えたんだか。

 生きるので精一杯じゃなかったのかよ。


「大体、オンナとしてとか体をとか、本当に意味分かってるの?」


 聞いた後でハッとし、ヤバい、聞いちゃ駄目な質問だったかと後悔した。

 だが――


「も、もちろん知ってるよ! 体……体って言うくらいなんだから、あれだよ? 荷物をいっぱい運んだり、遠くまでお遣いしたり、そういうの……よ?」


 ――知らなかったようだ。ふう、ひと安心だな。

 今度から見返りが必要だとなったら、お遣いでも頼めばいいや。

 焦って損した。


「あ! あと、時々チューしたり、オッパイ揉ませたりするんだよ。街のお姉さんたちが言ってるの聞いたから知ってるもん!」


 ブーッ! ゲホ、ゲホッ!


 なんで中途半端に本当のこと知ってるんだよ!? 街のお姉さんとやら、余計なことを!

 揉めるオッパイは無いだろと思ったが、またややこしくなりそうだったから言わずにおく。


「あと、夜にお布団で一緒に寝……」


「分かった、分かったから! シュリが分かってるのはもう十分、分かったから!」


 それこそ意味は分かってないんだろうけど、それ以上は言わせないよ?

 この話をこれ以上続けるのは危険すぎる気がする。無理矢理にでも本題に戻そう。

 

「ま、まあとにかく、そういうわけだから。 じゃあ気を取り直して薬飲もうか?」


「そんな軽いノリで!? だから、高いものなんだってばー!」


「だけど、シュリはまだ元気になったばかりなんだから。 念のため飲んでおかないと、またお腹痛くなっちゃうかもしれないよ?」


 高かろうが使ってナンボだ。

 まだ余分にあるのだし、飲ませないよりはシュリの負担は軽くなるはずだ。


「わたしごときのお腹なら放置で十分。痛いのは我慢してれば治るから」


 やっぱこの子、頑固なところがあるなあ……。


 ええい、こうなったら仕方がない。

 使いたくなかったが、最後の手段だ。


「シュリが苦しむ姿は見たくないなー、()(・・)として。一緒に旅するなら、楽しく元気に巡りたいよなー。明日もまた二人で美味しいもの食べたいのに、お腹抱えて無理されたら嬉しくないなー」


「むぅ!?」


 ザ・情に訴えるの術!

 これならシュリでも承諾せざるを得まい。

 許せ、シュリ! お金より君の体だ。


「で、でも、そのために、そんな高いの……」


「悲しいなー、せっかく出来た友達が苦しむ姿はー。これ飲めば明日も幸せ、飲まなきゃ君も俺も不幸(アンハッピー)!」


「ぐぅ!?」


 よし、あとひと押し!

 これでトドメだ!


「大人の女はこういう時、駄々こねずに「お言葉に甘えて」って言って、スッと飲むんだろうけどなー。そしたら差し出した方も値段云々抜きに嬉しいものなんだけどなー……」


「わーかーりーまーしーたー! 飲ーみーまーすー! サク、ズールーいー」


 よっし!

 正直大人の女は関係無い気がするし、そもそも俺は大人の女って何なのかよく分かってないけどね。結果オーライだ。


「……その代わり、これで最後だからね? もう貰わないからね?」


「分かった、分かった。余程のことが無ければ、俺も言わないから。それじゃあ、ハイ」


 漸く決心してくれたシュリは、俺から魔法薬を受け取ると「一滴も零せない……」と緊張した面持ちで慎重に器を口元へと運んだ。

 零しても引っくり返しても、まだ代わりはあるんだけどな。


 飲み終わったシュリは何故か目を閉じて動かず、話しかけてみると「今、しっかり味わってるから、しばらく話しかけないで」と怒られた。大袈裟だなあ。



 ……



 数分後、器の飲み口まで舐め回して満足いった様子のシュリが、俺を拝むように器を返してきた。

 うん、大人の女になりたければ、先ず舐め回したものを渡すのは止めようぜ?


「御馳走様でした。このご恩は一生忘れません」


「大袈裟だって。友達なんだし、そんな改まった言い方はしなくていいよ」


 そう言うとシュリは俺を見て不思議そうに首を傾げた。


「こんな高いもの出しても大丈夫なんて、サクって何者? 貴族様?」


 まあ、平民にしては金持ち過ぎるのは確かだよね。

 こちらの基準がまだ分からないが、あまりホイホイと出していると目立つのは間違いないようだし、改めて気を付けないと。


「貴族とかじゃないんだけど、とっても親切な人からお金とか魔法薬を譲ってもらったんだ。まだあるから心配しなくていいよ」


「……実は、わたしと同業者?」


 おーっと? それは俺が金持ちを襲って所持品を強奪したって意味か?

 そんな勘違いは即訂正だ。


「悪いことはしてないよ。むしろ善いことをしたご褒美に貰ったって感じかな?」


 シュリは理解出来ずに首を傾げているが、まさか真実を話すわけにもいかない。

 その辺りは適当に誤魔化すとして、病み上がりのシュリは早めに休ませないとな。

 魔法薬も無事飲んでくれたことだし、そろそろ話を切り上げて明日に備えた方がいいだろう。


 シュリを促して寝る準備をしてもらい、彼女に合わせて俺も早めに休むことにした。今朝まではシュリの看病で十分休めたとは言い難かったので、その方が助かるしね。

 今日も満腹になることが出来たシュリはすぐに眠くなるだろうし、手早く体を拭いてあげて、いつうたた寝を始めてもいいようにした。


 今日は俺もゆっくり休みたかったし、二人ともベッドで横になれるようにツインの部屋を取ったのだが、いざ寝る頃になったらシュリがモジモジし始め、何か言いたそうだった。

 「言いたいことがあれば遠慮無く」と言って聞き出してみたら少し照れた様子で打ち明けてくれたのだが、どうやら一緒に寝たかったようなので、「いいよ」と言って並んで寝ることにした。

 ツインの意味は無くなってしまったが、まあいいさ。


 手を繋いであげていたら、シュリはあっという間に寝入ってしまった。今日のことで俺に不信感は残らなかったようで、ひとまず安心だ。

 シュリの寝顔を見ていたら俺もすぐに眠くなってきたので、睡魔に逆らわず眠りに就いた。


 こうして、早くも異世界生活八日目が終わりを迎えたのだった。



次話から、少しずつ物語が動き始めます。

好き放題にダラダラ書いててすみませんでした。


次話は明日の午後以降に投稿予定です。明日中ではありますが、時間帯は未定となりますのでご了承ください。


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