#33
三人で、もう動かない歩行者用エスカレーターを歩く。
半年前のことが思い出される。その時は、ぼくと要と鶫で、刀耶に会いに行っていた。今は、ぼくと要と刀耶と潔子ちゃんで、鶫に会いに行っている。
「久しいな、こういうのも」
要も同じことを考えていたのか、そんなことを言う。それに潔子ちゃんが、
「久しいって、どういうことですか?」
それにぼくは、
「半年前にね。要がぼくを連れ出して、鶫、刀耶の家を訪ねて回ったことがあるんだ」
「そうなんですか?」
そして視線を、刀耶へと回した。ぼくも向ける。刀耶は、いつもと変わらず無表情に俯いてぼくたちのあとからついてきていた。
潔子ちゃんは視線をこちらへと戻し、
「でも、なんで家庭訪問をしたんですか?」
「なんで……」
そういえば、その理由はぼくも聞いていなかった。
前を向き、先頭を切って歩く男に視線を向ける。
「そういえば要。あの歩き回ってた理由って、なんだったんだ?」
要は首を横に向け、
「いくつもある。一つはあの時も言ったと思うが、お前の怠け癖を体感してもらため」
「怠け癖なんて、あったんですか?」
要、潔子ちゃんに詰められ、
「……まぁ、それは確かによかったと思ってるよ。他には?」
「長い時間を一緒にいることで話をして、お前に考える癖をつけてもらうこと」
それも確かに聞いた。だけどそう聞くと、ぼくのことばっかりだ。それならわざわざ鶫や刀耶の所に行った理由がわからない。それに、ベヒモスの塔跡も。
「それも聞いたし、今では感謝もしてる。だけど、わざわざ他のみんなの様子を見に行ったり、ベヒモスの塔跡に行ったのって……」
「知るためだ。様々な事象を」
要は視線を前に戻し、
「だが、現段階でいたずらに話す時ではないな。それはお前も、望んでいるだろうし」
背中で、ぼくに語りかけられた気がした。
何かが変わる予兆は、もう十分だった。
「そう、だな……」
「じゃあ鉤束さんたちは、昔から四人でいたんですか?」
その質問に、塞がっていた蓋が開くような予兆がした。
「あ……い、いや……」
なぜか鶫がこの場でいなくてよかったと思った。鶫がいたのなら、何の遠慮も思案もなしにその扉を開いていただろう、と。
「? まだ他に、誰かいたんですか?」
「え? や、そ、それは……」
視線を彷徨わせる。それは自然後ろをゆく刀耶や前をゆく要の背中に行き当たったが、誰も声を発する者はいなかった。一周して、潔子ちゃんの視線とぶつかる。
「どうしたんですか?」
不思議そうな顔。確かに事情を知らない潔子ちゃんからすれば、この状況は不可思議そのものだろう。
どうすべきか?
「……いや、前にももう一人くらい話してた友達が、いてね」
「そうなんですか。でも、どうしたんですか、そのお友達は?」
当然の切り返し。だけどそれに、ぼくは――
「……ちょっと、事情があってね。遠いところに、いっちゃって」
あまりに稚拙なその言葉に、潔子ちゃんはしばらくぼくの顔を見た後、
「そうですか。それは残念でしたね」
顔を前に向け、進軍を再開した。
なぜかそれにぼくは、違和感のようなものを覚えていた。
前回は、丸一日使った。今回は、その半分で済みそうなペースだった。もし全部回るなら、という前提でだが。
そんな必要も、ないのだが。
「沙紀、いるか?」
鶫の家。
青く、四角く、玄関にはポーチもなく、扉も四角で、シンプルで、清潔で、簡素で、それは鶫という純粋な在り方を守る聖域のような家。
要は無造作に声をかけたあと、躊躇なくノックする。ぼくはその動作に、手のひらから冷や汗が流れていた。
返事は、ない。
それに要は、ドアノブに手をかける。そのままドアを押し開け、中に入る。
不躾すぎる。
強引過ぎる。
「おう、沙紀。いるなら返事しろよ」
要の気安い呼びかけに、ぼくは背筋が凍るような心地がした。元来の性質だろうと何だろうと、この場合はそれは押しとどめて欲しかった。
「あ、はじめちゃん」
鶫は部屋の奥、ベッドの前に座り込んでいた。ペタンと床に直接、女の子座りで。その手に、お粥が入った茶碗とレンゲを持って。
その顔に、無邪気そうな笑みを浮かべて。
「おう。いるなら返事くらいしろよ。元気――」
言葉が、止まる。
だけど鶫の言葉だけは、止まらない。
「おばあちゃん、最近とっても静かなの。それにずっと笑ってるの。だから、わたし、嬉しいんだぁ……」
ほんわりした満足げな笑顔。
だけど――その向こうに横たわる"もの"に挨拶をしておく気持ちは、微塵も起きなかった。
「鶫……お前、どうして」
喉が、渇く。




