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青い世界と、きみが  作者: ひろい
なぜ青く、なぜキミなのか?
33/61

#32

 いくらなんでも、それはない。

 優しい。決して怒らない。何でも出来る。完璧な存在に近い圭子さんだからって、それはない。

 自分のために使う時間が、ないなんて。

 それは――

「圭子さんは……」

 そこからの言葉を、ぼくは死ぬ気で飲み込んだ。あまりに最近、色々なことが起こりすぎた。だからぼく自身も、その波に呑まれてしまうところだった。

 多くは望まない。

 ぼくはこの世界を、気に入ってる。

「なんですか?」

 優しくて、慈悲深い、完璧な聖母の笑みを浮かべた圭子さんに、ぼくはいつもの――愛想笑いを、浮かべた。

「なんでもないです。今日も美味しい食事、ありがとうございます」

 施設に着く。

 感覚が、鋭敏になっているのが自分でもわかった。まるで自動的にすら動いていて、その間の事象がまるで印象に残っていない道のりなのに、今日はその建物がなにか生き物のようにすら、感じられてしまった。

 あのピクニックから、一日。

 鶫が変貌してから、一日。

 ぼくはある意味で、心の奥底では


 玄関から中に入る時、まるで別の世界に侵入はいり込んだような心地だった。昇降口で、スリッパに履き替える。体が重たくなる。ぼくは少し、苦笑いした。ぼくは毎日こんな行為を、無意識のうちに行っていたのかと。

 廊下を歩き、階段を上る。改めてその姿を見て、ぼくは一瞬、ぞっとした。

 なにもかもが青い、その姿に。

 麻痺していた。だから、考えなかった。その理由に。その在り方に。当たり前だと思っていた。ずっと前からそうで、そしてずっと続いていくものなのだと。そんな風に、思っていた。

 まるで海の中にいるようだった。

 まるで空の中にいるようだった。

 三つの踊り場を越えて、廊下を十七歩進み、ぼくはいつもの8時15分に、いつもの819号室の前で、立ち尽くした。そして取っ手に手をかけ、ゆっくり深呼吸してから、開いた。

 要がいた。潔子ちゃんはいない。彼女はいつも10時ちょうどに参加している。ここまではいつも通り。

 刀耶は――いた。いつものように最前列の、真ん中右の席で、ぼんやりと視線を宙に漂わせている。ぼくは一つ息を吐く。そして、視線をその奥へ。

 いない。

「――――」

 心が、沈みかける。動揺が走る。初めてだった。このメンバーが集まり始めて、誰かが欠けるなんてことは。だからどうしたらいいか、正直わからなかった。

「……沙紀は」

 最初要が喋ってるのかと思った。視線を教卓の前に立つ以前に座っている窓際に移したが、その口元は動いていない。少し楽しんでいるような笑みを浮かべているだけだ。

 あとこの場にいるのは、一人だった。

「……刀耶?」

「沙紀は、今日は頭が痛いから休むとのことだ」

 それだけ言って、刀耶はまた黙りこくってしまった。それにしても、頭が痛いから。どのようにでも取れる理由だった。

「――なら、今日は沙紀は抜きだな。残念だが」

 要がまとめる。欠席の理由まで出ているのなら、仕方のない事態だった。ぼくは息を吐く。先ほどとは、別の理由で。

「心配だな。今日の部活は、早めに切り上げて沙紀の見舞いにしようか?」

「…………え?」

 だからその提案に、驚きを隠せなかった。

「もちろん、潔子ちゃんと三人で話し合ってからだがな」

 潔子ちゃんが断るわけもなかった。

「行きましょうっ、ぜひ!」

 複雑な心境と、複雑な状況が絡み合っていた。一つに、正直ぼくは今鶫に会いに行くことに、恐怖を感じている部分があるということ。そしてもう一つ。鶫に会いに行けば、必然昼休み時間に施設にいられないということ。

 未由に、会えないということ。

「どうした透? 早く行くぞ?」

 教室の前の入り口から、要が顔だけを出してぼくを促した。既に刀耶と潔子ちゃんは廊下に出ている。選択肢。

 鶫に会いに行くべきか?

 残って未由と甘美な時間を過ごすか?

「…………………………………………」

 考える。悶々と。どうすべきか。しかももう時間もない。二人を待たせてしまっている。それに二人とも大事な人間だ。しかも一方はこれからの関係を左右するほどの事態の可能性がある。

「…………………………………………………………………………ああ」

 ぼそっ、と呟き返した。

 ごめん、未由……と。どうせ待ってもいないだろう相手に謝り、ぼくは要たちと合流した。二人は笑顔で、ぼくを迎えてくれた。

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