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第9話 決断

 俺がそれに気づいたのは冒険三日目、森東部へ村を遠巻きに見ようかと移動している途中だった。

 

 ド・ド・ド・ド・ドドドドドドドドドドドドド


 始めは数人の人間が歩いているような音だったが、直ぐに数人なんて規模じゃない事に気が付いた。

 それと共に森の空気が人間共の臭いで浸食されていく。


 脳内を搔きまわす情報の多さに眩暈がする。


 なんだこれは……。


 いったいどうしたというのだ……。


 さっきまではこの森は静まり返っていたじゃないか。


 俺の足は止まっていた。


 それに気づいた家族も足を止める。

 どうやらまだ気が付いていないようだ。


 そして数秒後、そこにいた全員が理解した。

 この異常事態に。


 「母さん、ペコとロニを連れて一緒に巣穴まで戻っていてくれ」

 「あ、あんたはどうするのよ」

 「確認してくる」

 「ダメ。危ないわ。あなたも一緒に来なさい」

 「いや、ダメだ。この臭いは人間だ。何をしに来たのか確認しないといけない。

  それと巣穴に戻ったら他の狼達にも連絡してくれ。

  出来れば一ヵ所に集まってくれるとありがたい」

 

 俺は真剣な眼差しで母さんにお願いする。序列だとかは今は言ってられない。

 

 「わかったわ。くれぐれも危険な事はしないように」

 「わかってるよ母さん」

 「すぐ戻ってくるのよ」


 母さんはそう言うと踵を返して巣穴の方へ走っていく。

 先ほど巣穴付近を通ったばっかりなので道に迷うということはないだろう。


 「兄ちゃん……」

 「チロ兄……」

 「お前たちも早く行け」

 

 ロニもペコもかなり怯えた表情をしている。

 流石にこの数の足音を聞いたのは初めてだろう。俺も初めてだがな。

 

 ロニもペコも俺を心配しているのか、なかなか足を動かそうとしない。


 「俺は早く行けと命令しているのだが?」

 「ごめんなさい」

 「わかった」


 俺がかなり強めに言うと、諦めたのか二匹とも母さんを追いかけて巣の方へ走っていった。


 さて、どうしたものか……。


 流石にこの大人数でピクニックということもないだろう。

 狼狩り祭りとか奇抜な催しが開催されてないといいがな……。

 

 俺はその足音の先頭が見える位置に向けて全力疾走した。




 

 この森はほぼ平坦だが、森の中央部と南西部にある俺達の巣穴付近は少し高く、小さな丘のようになっている。

 俺は中央部の丘に陣取り、人間が来るのを待った。


 そして、数分間冷や汗をたらしながら待っていたら奴らが現れた。


 俺はその光景を見て息を呑んだ。


 そこには五十に届きそうな程の人間が列を作って歩いていた。

 

 まずい。

 

 本能的に危険を察知する。

 ここにいるのが村人やその子供達であればどれだけ心が休まっただろう。

 だが無常にも目の前にいるのは、武装した冒険者達だった。

 

 装備はピンからキリまで様々だ。

 その中で一番目を引くのは列の中央を歩く白い鎧を装備した騎士だ。

 見ただけで高価と分かる豪華な装備を身に着けている。

 背中には大盾でも背負っているのだろうか、チラチラと鎧と同じような白い金属が見えていた。

 明らかにアイツだけ別次元の装備をしている。


 俺のネトゲデータベースだとまず鎧のランクは素材できまる。

 最下層と下層を分けるのは布皮か金属かというところだ。ライトアーマーだって最終的には金属になる。

 その次に下層と中層を分けるのは金属の色だ。鉄などのシルバーっぽい金属を全面に押し出した装備はまだ下層だ。中層からは白や赤、黒など明確に色を持つようになるのだ。

 そして、中層と上層をわけるもの。それは装飾だ。色付きの鎧に別色でラインが入っていたり、紋様が描かれていたりと様々だが見ただけでわかる。

 

 そして、真ん中の騎士は白色の鎧に青色でラインが入っており、さらに金色の装飾までされている。間違いなくアイツは別格だ。


 その他は……。

 

 後列の方に明らかに一人だけ体格の違う人間がいた。

 巨人だった。

 他の奴に比べて頭二つ分デカい。

 

 化け物かよ……。


 装備は下層といったところか……いやあれも中層か上層だ。

 

 色はシルバーで下層かと思ったが肩の所にトゲの装飾がある。

 それに、他の鉄製の鎧に比べて明らかに輝きが違う。特殊な金属だ。

 

 さらに目を引くのは武器だ。

 右手に持ち肩に立て掛けるように金属製の棍棒の様な物を持っている。

 その長さが異常だ。


 肩から先が長すぎる。縦に置いたらあのデカい巨人の身の丈よりも長そうだ。

 

 やばいな。


 あんな長い棒を森に来るのに装備してくるということは、木が攻撃の邪魔にならないということだろう。

 考えるだけでも戦いたくない相手だ。


 

 人間の戦力を観察していると先頭の部隊が止まった。


 俺が陣取っている、森の中央部の丘には道がない。人間からしたらただの森だ。

 そこを避けるように、道が枝分かれしているのだ。

 その分岐をどちらに進むか考えているのだろう。

 俺としては回れ右して帰って欲しいのだが、どうやらそうはいかないようだ。

 人間の大部隊は中央部の白鎧の騎士の命令に従って休憩に入った。

 

 やはり、あいつがリーダーか。


 部隊が休憩に入ったタイミングで俺のセンサーに反応があった。


 森の中だ。


 目を凝らしてみると、どうやら鹿とそれを追いかける狼のようだ。

 体格からしてみると狼はまだLV10未満のウルフだ。

 鹿を追いかけることに夢中になり過ぎて人間に気づいていないのか?


 やばいな。あのままだと人間に見つかる……。


 あっ。


 見つかった。


 休憩中の部隊の中で弓を持ったものが矢を放とうとしている。

 

 しかも一人じゃない三人だ。


 俺は当たるな当たるなと心の中で祈った。


 そんな祈りも虚しく、矢は放たれてどちらかに命中した。

 鹿であってくれと考えたが頭の中で答えは出ていた。


 足音が鹿だけになったからだ。


 たまたまだろう。

 

 そう、たまたま三人が狙った先が狼だった。八分の一で一致する偶然が起こったのだと思う。

 いや、鹿を狙った方の矢は外れた可能性を考慮すれば確率はもっと上がる。偶然だ偶然。


 俺のそんな現実逃避は人間が仕留めた狼の死体を道へ引きずり出した時に崩れ去った。


 矢が三本ともウルフの体に命中していたのだ。

 

 しかも、人間達は皮を剝ぐ事もせず、狼の死体を確認した後首を振って、その死体を森に投げ捨てた。


 

 もう疑う余地もなかった。アイツらは狼を討伐しに来ている。

 

 この森にはLV表示付きのモンスターは狼種しかいない。

 熊も鹿もその他の動物もみんな野生動物扱いだ。

 その辺のことは人間側も理解しているだろう。

 

 俺はこの事についてある仮説を立てていた。

 

 恐らく人間には俺たちのLV表示が見えているに違いない。

 たまに相対した人間が俺達の胴体の上を見ることがある。

 あれが、俺たちの表示を見ているとするならば納得いく。

 そして俺もこの世界に来た時は魂が人間だったとしたら……。

 何かの手違いで狼の赤ん坊に俺の魂が乗り移ったとしたらと考えると俺にも見えることに筋が通る。


 この仮説が正解だとすると、人間達にとって獲物は狼だけに絞られる。

 鹿や熊などの野生動物はゲームの背景と一緒だ。


 

 ―――――まずい。まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい


 なぜだ?どうしてこうなった?


 そんなものは明確だ。俺達が人間を殺し過ぎたからだ。

 普通に考えてみろ。山に人が入って熊に殺され続けたら普通どうなる?

 勿論処分するだろう。猟銃を持った部隊を山に送り熊を射殺するだろう。

 俺が人間側なら間違いなくそうする。


 それで今回は熊側になったというだけだ。


 やってしまった。


 もう少し俺の考えが及んでいたら防げた事態だ。


 くそったれが!


 俺はそんな後悔を吐き散らしながら巣穴へと踵を返した。




 

 巣穴付近に戻ると沢山の狼が俺を出迎えた。

 

 母さん、ペコ、ロニと他の群れの狼だろう。

 俺はぐるりと見渡してLVを確認する。

 一番高いのは俺達三兄弟のLV16。

 次点でLV14の母さんと他の群れの雄が二匹。

 その下のウルフリーダーが九匹。

 LV10以下のウルフが七匹。


 二十二匹か……。


 まともに戦って勝ち目はまず無い。どうするよ。

 

 「チロ兄」

 「兄ちゃん」


 ペコとロニが俺の顔を見て声をかけてきた。

 笑顔で大丈夫と言ってやりたいが余裕がない。 


 「チロどうだった?」

 

 母さんが心配そうな表情で俺に聞いてきた。

 どう説明したらいいか……。


 「人間の数は五十くらいはいる。

  そして、奴らは狼を狙ってる」


 俺はなんとか喉から声を絞り出して説明を始めた。


 なぜ? という声が上がることが怖かった。

 俺にはそれが説明出来てしまう。そしてそれを説明した時に責めを負うのは俺達兄弟だ。

 

 いや、全ては俺の責任だ。人間への復讐とLVUPをしたいからというエゴでこの目の前の狼達全員を危険に晒している。ロニとペコは巻き込まれただけだ。

 

 それにこの森の狼は目の前にいるのが全てではない。

 ここに来ていない狼だっているだろう。

 

 あの弓で射られた狼の死体が脳裏にちらつく。

 

 胸が痛い。


 痛い。


 だが……。


 だが、もう今更だ。


 反省は後でいくらでもしてやる。今はこの状態を切り抜けることが先決だ。


 


 幸いにも俺の説明になぜ? と声を上げるものはいなかった。

 今置かれた状況への不安で頭がパニックになっているのだろう。

 

 「チロ兄、私達はどうすればいい?」


 ペコが俺に質問を投げかけた。


 「すまない。少し時間をくれ。最善を考えたい」


 俺にはこいつらを守る責任がある。

 この状況へ追い込んだ張本人だからな。

 少なくともこいつらの命は守ってやらないといけない。

 森全部の狼を守ることは出来なくても、せめてこの目の前の命だけは守りたい。

 俺はそう思った。



 「おいおい、待てよ。あんちゃん」

 そんな俺の考えをぶち破って声を出した狼がいた。

 他の群れのリーダーだろうか、LV14の雄の狼だった。


 「なんでしょうか?」

 「なんで俺がお前の指示に従わなくちゃならねーんだよ」


 ごもっともだ。

 こいつは母さんの事を知っているに違いない。

 それで俺が母さんの子供であることを理解している。

 こいつからしたら最近産まれて急に大人になった若造程度が偉そうに、と考えているだろうな。

 それにLV表示も見えていないだろうから外面だけ見れば俺は格下と思われても仕方がない。

 


 そんな風に理性的に考えてみても内心はかなりイライラしていた。


 今はこんな事に時間を使っている余裕なんてない。

 もうすぐ人間の大群がやってくる。

 俺の代わりに全員救ってくれる案を考えてくれるなら別だが、この期に及んで自分の存在を誇示するような阿呆には到底思いつかないだろう。


 くそが!


 俺はこいつを説得するための言葉を頭で考えた。

 時間の無駄だが仕方がない。


 俺のそんな態度を見て雄狼はさらに前に出てきた。

 俺が言葉に詰まっていると思ったのだろう。

 チャンスとばかりに俺の方へ近づいて来る。


 「ああ!? 聞いてんのかお前。誰が年長者で誰がリーダーに向いてるかなんてみりゃあ分かんだろうが!!」


 必死に誰が年長者であるかを俺に問うている。

 それがどうした。


 「聞いてんのかって言ってんだよっ!!」

 

 あ~もう面倒くさい。


 「おい。言い返して見ろよっ!! 何も思いつかっ……」


 何かが雄狼の横っ面にめり込んだ。


 そして雄狼の体は強烈な力で地面に叩きつけられて少しバウンドして動かなくなった。

 

 ペコだった。


 ペコは雄狼に見向きもしないで他の狼の方を向く。


 「チロ兄をリーダーと認めない奴は前に出ろ」


 場は静まり返っていた。

 

 それが答えだった。


 「母さんもすまないがいいかな?」

 「かまわないよ。この状況で私に出来ることは何もないからね」





 面倒事は片付いた。


 考えよう。


 俺達が生き残る道を。



 

 まず、選択肢としては三つか。

 1.この森から逃げる

 2.隠れてやり過ごす

 3.戦う


 2は愚策だ。相手の中に索敵に長けた者が居ればその時点で終了だ。

 熟練ハンターは狼に気づかれないように近づいて弓で射殺すのだ。そのレベルの奴があの中にいれば追い詰められる。


 3もダメだ。あの巨人と白鎧の騎士。あれに勝てるとは思えない。

 その他の奴を殺せたとしてもあの二人は今の戦力では無理だ。


 1はどうだ? でもそもそもどこに逃げるんだ?

 地図を見た感じ、他の森はなかった。

 

 北の山へ逃げ込む事も考えたがあの崖は登れない。

 北へ逃げ込むには一度森を出て、かなり遠回りしてあの崖の上まで行く必要がある。


 いや、案外それがいいかも知れないな。

 一度森を出て、北の山へ逃げ込む。それだ、それでいこうか……。


 もし森の外の街道沿いに別部隊がいたらどうする?


 この森の西側は見渡す限り平地の草原だ。

 草原では狼なんてただの的でしかない。

 狼の強みの隠密性も機動力も索敵能力もあそこでは何の役にも立たない。

 しっかり迎撃態勢を取っている人間に対応できるのか?


 無理だ。


 兄弟と母さんだけなら何とか逃げ切ることは出来るかもしれないが、この全員を守ることは不可能だ。

 夜にこっそり移動したとして光を当てる魔法なんかがあればむしろ状況が悪くなる。

 


 森の中に外の別動隊を突入させないといけない状態を作るか?


 それなら何とかなるか?


 中の数が減ったことが外に伝われば包囲を縮めて俺達を追い詰めに森に入って来る可能性は高い。


 森に入ってきたところで一点突破すれば他の部隊と入れ違いに安全に平原を移動できるのではないか?


 そこから全力疾走すれば、北の山まで逃げ切ることはできるんじゃないか?


 これだ。これでいこう。


 危ないのはあの二人だけだ。見た感じ他の奴らは獣道から茂みの中にさえ入ってくれば殺ることができる。


 あの二人から離れた人間を各個撃破して間引く、そして外の奴が入ってきたら一点突破して森を抜け北へ逃げる。


 あの二人の匂いはもう覚えた。索敵能力の上がった俺が指揮すれば、あの二人を避けながら戦闘することは可能だ。


 それともう一つ。外に別働隊がいない可能性もある。

 

 誰かに見に行ってもらって西側にいなかったら、そのまま北の山まで逃げ込めばいい。


 作戦を立ててみるとなんとかなりそうな気がしてきた。


 よし。これでいこう。


 まずは、戦闘準備だ。


 この狼達の中で戦えそうな奴を見繕うところから始めよう。


 




 こうして狼軍vs人間軍の戦いの幕が上がった。

 

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