第10話 vsへクス・キルスティア
人間が五人一組のパーティーを組んで、二組が森の茂みの中に入り込んできた。
近い方のチームが1km程東にいる。
敵の動きが早いな……。
だが、茂みの中に入ったのなら索敵は容易だ。
人数と場所が手に取るようにわかる。
その箇所に集中することで、ある程度の臭いの判別もできる。
状況は芳しくないが作戦を実行できない程ではない。
あの二人の臭いは覚えている。
あの白鎧からは、ラベンダーの香水のようなツンと鼻にくる臭いがする。
巨人からは機械油のような臭いだ。
その臭いを避けて戦う。
作戦は簡単だ。
危険人物二人から逃げ回り、茂みの中の部隊を奇襲して潰す。
あの二人がどれだけ優れた冒険者であっても、この森の中での機動力は圧倒的にこちらが上だ。
それに土地勘もある。やってやれないことはない。
南西部の巣穴付近に陣を張った俺達は敵の動きを観察している。
そして一発目の奇襲はこの付近で行う。
それに気づいて集まって来る他のパーティーを避けながら場所を変える。
それを繰り返して数を減らす。
これが作戦の第一段階。
これを実行するために俺は狼を二つのチームに分けた。
攻撃チームと逃亡チームだ。
攻撃チームは俺、ペコ、ロニに母さんとLV14の突っかかってこなかった方の雄狼、それにLV12と13の人間を狩った経験のある狼、合計七匹だ。
LV14の狼にはワン。LV13にはツー。LV12はスリーと名前を与えた。
雑な名前だが今は覚え易さ優先だ。
残りは逃亡チームだ。ペコに気絶させられた狼はこっちのチームのリーダーを任せてある。
狼の世界というのはなかなか厳しい。一度序列が決まってしまえば覆す行動はしない。
気絶から覚めて状況を把握した後はすっかり大人しく従順になった。
逃亡チームはただ逃げ回るだけだ。俺達からどの方向に逃げろと指示を受けてその通りに逃げる。
基本的には俺達の後方で待機して、突破口が開けたらそこから逃げる。
指示は遠吠えで行う。遠吠えは俺達が話しているモンスター語ではなく狼固有のものだ。
もし、人間側にモンスター語を理解することが出来る者がいたとしても、これは理解できないはずだ。
ちなみに森の西側の街道の偵察には逃亡チームからその辺に土地勘があるものに任せている。
仕掛けるのはその結果を待ってからでもいいかなと考えたが、その間に包囲されてしまえばゲームセットだ。
すぐにでも行動を開始する必要があった。
敵の位置をもう一度確認する。
本隊はまださっきの森中央部の分岐の所にいる。そこがまだ臭いが濃い。
そして、そこからこちら側へ来たのはおよそ十人。
その部隊が二手に分かれて南西部の茂みの探索を開始している。
となれば、反対側の分岐にも同じ数が出ていてもおかしくは無い。
残った本隊は三十人くらいだろう。
今俺達がいるのは南西部だ。
まずはこっちに向かってきている十人の相手をする必要がある。
俺達の場所を基準にして東側に五人、北西に五人いる。
まずは、東側からだ。
俺は遠吠えで逃亡チームに俺達が今いる方角から反対側に移動するように指示を出した。
これでよっぽどの事がない限り、逃亡チームが人間に接触することはないだろう。
準備はOKだ。
「やるぞ。あっちからだ」
俺はコンパスで方角を確認した後、東側を鼻先で指して方角を伝える。
それに攻撃チームは全員無言で頷いた。
東側の人間まで真っ直ぐに進む。
最短距離で真っ直ぐだ。
俺達は出来るだけ音を立てないように、小さく集まって移動しながら最終確認を行う。
「一撃で殺せ。お前たちが考えるのはそれだけでいい。
目の前の人間を一撃で仕留めろ」
俺のその言葉に全員がそれぞれ了解を示した。
「まず、始めに俺が一人を襲う。その隙に各々自分の獲物を殺せ。
ペコ、ロニはそれぞれ一人ずつ。そして俺も一人だ。
母さんとスリーで一人、ワンとツーで一人だ」
これで五人だ。
かなり遠くに人影が見えた。
「見えた。先に行くからワンテンポずらして入ってこい」
俺はそれだけ言い残すと全力で人間の方に走った。
走りながら敵を観察する。
五人。
弓、剣、剣、ナイフ、杖。
俺は弓を選択した。
既に人間パーティーは木を一つ挟んだ向こう側だ。
俺はその木をギリギリで避けて、その木の陰から弓を持った人間の右腕に咬みついた。
そして、そのまま体重をかけて地面に引き倒す。
他の四人がこちらに視線を向けているのが分かる。
俺はそれを無視して、引き倒した人間から腰のナイフを外した。
一番近くの剣を持った人間がこちらに剣を構えて近づいて来る。
阿呆が。
その瞬間、剣を持った人間の首が宙を舞った。
それと同時に杖にはロニが、ナイフにはワン、もう一人の剣には母さんが首に咬みついている。
四人とも即死だ。
よし、成功だ。
俺は地面に転がって腕を抑えている俺の獲物を観察する。
武器は全部剝ぎ取れたかな。
念のために反対側の腕にも思いっきり咬みつく。これで両腕は潰した。武器はもう使えないだろう。
人間が絶叫している。耳障りなので頬に爪を抉りこんだ。
そうすると、頬の穴から空気と血がヒューヒューと漏れ出て変な音を立てていたがさっきより静かになった。
そんな俺の行動をみてペコが止めを刺そうとする。
「待てペコ」
「なんで?」
ペコは抑揚のない声で、止めを刺さない俺を責めていた。
「俺に従え」
狂狼モードに入ったペコには理屈が通じない。
だから、単純な命令だけを与える。
ペコはそれを聞くと大人しく引き下がった。
そして俺は人間の服を掴み木の近くまで引きずっていった。
人間は木の根元で顔面に恐怖を張り付けている。
俺は全力でなんの意味も含まない遠吠えをした。
ただの、『わおーん』というやつだ。
いきなりの大音量にみんながビクっと驚いていたが今は構ってられない。
「よし、行くぞ」
俺は短く指示を出してさらに東側へ駆け出した。
意味が分からないという顔をしながら他の攻撃チームメンバーもついて来る。
少し走ったところで、南に大回りしながら巣穴のある西側へ方向転換する。
その途中ロニが話しかけてきた。
「兄ちゃん。なんであの人間を殺さなかったの?」
「囮だ。あの人間が本隊に戻れば俺達の移動した方向を伝えるだろうからな。
これで少しは時間が稼げるだろう。」
「よく分かんないけどそういう作戦?」
「そうだ。そういうのは兄ちゃん得意だろ?」
「うん!! 兄ちゃんすっごく頭いいもんね!!」
全然理解していないだろうけど分かってくれたようだ。
一応他の攻撃チームのメンバーにも聞こえるように大きめの声で言ったのだが、理解してくれただろうか……。
まあ、別に理解なんてしてくれなくていい。俺の命令に従ってくれるならそれで構わない。
じゃあもう一つ人間チームを潰すとしますか。
これを潰したら俺達は一気に北上して、森の北西に陣取る。
その途中で西側の街道に偵察にいった狼を回収してそのまま逃げれるかどうかを確認しよう。
「次はこの先にいる奴らを殺す。
次は本当に全員殺す。安心してくれ」
後ろを振り返ると、全員頷いてくれた。
さっき巣穴の北西にいた部隊は南下しているらしく、今の俺達から真西にいるようだ。
数は五人?
おかしい。六人いる……気がする。
なんだ? この違和感。
臭いは間違いなく五種類だ。だが、足音の一つがエコーがかかったようにブレて聞こえる。
それは距離を詰めるとともに、大きくなっていく。
こんなのは初めてだ。
相手は間違いなく茂みの中だ。
そんな状況で数を間違える訳がない。
歩調を合わせればこんな感じに聞こえるのかも知れないが、こんなにピッタリ合わせることができるのか?
いや、できる奴がいる可能性は捨てられない。
あの二人には及ばないだろうがかなりの手練れのハンターがいる。
そう考えた方がいい。
俺は、人間まで後500メートル程に近づいたところで脚を止めた。
「数は何人だ?」
俺の質問に全員が簡潔に答えた。
「五人」「五人」「五人」「五人」「五人」「五人」
「違う。六人だ」
こんなに近づいても俺以外はこの違和感に気づいていないようだ。
自分の索敵能力に感謝しつつ、一番最悪な状況を考えて六人で話を続ける。
「音と臭いで分からなくても、見ればわかる。
俺、ロニ、ペコ、母さん、ワンは一人ずつ、ツーとスリーでもう一人をやれ
作戦はさっきと一緒だ、俺の後に続けて来い」
全員から返事が返ってきたのを確認して俺は残りの距離を詰めた。
人間が見えた。
すぐに数を確認する。
やっぱりだ。
やっぱり六人いた。
剣、剣、杖、杖、槍、少年
少年の背が低いのと他のパーティーメンバーから少し離れた後方にいるせいで武器が確認できない。
まあいい子供ならどうにか対処できるだろう。
それより問題は、どれが手練れのハンターかということだ。
剣か、杖か。槍か……。くそっ!! わからん。
少年は無い。こっちに向かってくる最中、こいつらの移動速度は一定だった。
つまりあの距離関係のまま探索を続けていたはずだ。
あの少年があんなに離れている他人と歩調を完全に同調させるなんてことは出来るはずがない。
くそっ!! もう時間がない。
俺はシルバーの一番上等そうな鎧を身に着けている槍に照準を絞った。
そして、飛び込む。
寸前でこちらに気付いたみたいだが遅い。
俺の四本の牙は槍を持った人間の首に深々と突き刺さった。
そのまま体重をかけて捩じ切る。
一人。
こいつじゃない。
周囲を見渡す。
ペコ、ロニ、母さんがそれぞれ仕留めた。
これで四人。
ワンが外した。
こいつか。
俺はすぐに残りの剣を持っている人間の背後からフォローを入れる。
いける。
そのまま後ろから爪で首を引き裂いた。
剣はうつ伏せに倒れた。
終わりか?
こんなもんなのか?
俺は後ろを振り返った。
嘘だろ……。
そこには二本の血まみれのナイフを逆手に持った少年とぐったりと倒れているツーとスリーがいた。
それを見て、ペコが凄まじいスピードで突っ込んでいく。
まずい。
俺は咄嗟にペコについて行く。
ペコはそのままスピードを緩める事無く少年に爪で襲い掛かる。
少年はそれをヒラリと身を翻して躱した。
そのまま少年は俺の方に走り寄って来る。
速い。
これが子供か?
いやそんなことはどうでもいい。こいつは絶対にここで殺さないといけない。
これを逃せば確実に追い込まれる。
俺は右前足の爪で少年が通るであろう場所を予測して思いっきり切りつけた。
まずい、外した。
さっきのペコの時と同じように、体を回転させて避けられた。
背中に冷や汗が噴き出るのがわかる。
――――ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ
俺は瞬時にその場で伏せた。
それと同時に俺の上の空間をナイフが切り裂いた。
あぶねえ。
少年のその動きを見た母さんが少年に向かって走りよっている音が聞こえた。
俺は地面を掘って少年に土を浴びせ母さんの攻撃を助ける。
そして、一歩前進して180度ターンを決め少年に向けて突進する。
貫通していた。
少年が左手に持っていたナイフが母さんの首を貫通してこちら側にナイフの先が見えていた。
脳が沸騰する。
母さんの少年目がけて振り下ろしたであろう右手が力なくブラブラと揺れている。
殺す。
頭がおかしくなってしまったみたいだ。
世界が赤い。
そんな目の前の赤い世界は、全てがスローモーションのように見える。
頭が痛い。
痛い。
ナイフが引き抜かれて母さんが何かをまき散らせながら落下していく。
そんな光景を視界に入れながら俺は少年に向かって走っている。
自分の足の動きすら遅い。もっと速く。速く。速く。
少年がゆっくりと俺を見る。目が合った。
俺は思いっきり後脚に力をいれて跳躍する。
前方に。
少年は俺が直接襲い掛かって来ると思ったのか、バク宙の要領で空を舞っていた。
前方に飛んだ俺は少年の下を潜りぬける。
潜り抜けた後、地面に左前足をぶっ刺して強引にターンする。
バキリという音が脳に響く。左前足が変な方向に曲がっていた。
そんなことどうでもいい。
ターンした瞬間。目の前に少年の足が降ってきた。
そのまま目の前の踵の少し上のアキレス腱を牙で抉り取った。
少年は着地と同時に崩れ落ちる。
俺は後ろから少年の左腕に咬みつき引き千切った。
それと同時にロニが絶叫しながら右腕に咬みつく。そして正面からペコが少年の首を吹き飛ばした。
熱い。
体が熱かった。
燃えている様だ。
体中の血管の中に熱湯を流し込まれたように痛い。
俺は感情のままに、絶叫した。
そんな事しか出来なかった。
今の俺には、そんな事しか出来なかった。
遠くから声が聞こえた。
「おい、向こうから狼の声がしたぞ」
「向こうだ。お前はリード様に知らせろ」
「俺達も向こうへ向かうぞ」
「今、向こうから狼の声がしなかったか?」
「あっちに狼が出たらしいぞ」
殺意だけが俺を支配する。
お前ら全員皆殺しにしてやる。




