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第29話 『鮮血』の訓練


 俺の鼻先をピュッと音を立てながら木の枝が通過する。

 

 大丈夫だ。予想通りこれは届いていない。

 

 俺は次の動きを予想する。

 

 次は横なぎからの一歩踏み込んで突き。


 ここだ! ここしかない!

 

 俺は枝の先が真っ直ぐにこっちへ放たれるのを見る前に体制を低くして、枝が突き出てくるであろう懐に潜り込む。

 同時にその中心目がけて掌底の要領で右前脚を突き出した。


 昨日の夜、寝る前に考えた作戦だ。

 

 今日こそはいける!!

 

 


 だが、俺の掌底は空気を裂いただけに終わった。

 

 その直後、弱い風が俺の顔を薙いだ。


 「それが策?」


 俺の眉間数ミリの所に木の枝を寸止めしたアイナは今の訓練の評価を下した。


 「参りました」


 俺はその場に伏せて降参を示す。


 「読みは悪くなかったと思うけどね~。読みだけで動くからこうなるのよ」

 「言い返す言葉もございません」


 アイナは枝をピュンピュンと振り回しながら、過去の動きを思い出すように一歩踏み出して音速にも達するような早い突きを披露した。


 見慣れていなければ、瞬間移動したように見えるだろう。

 だが、ここ数ヵ月でこの世界の動きの速さにも慣れてきた。今はうっすらと彼女の動く軌道が目で追える。


 「相変わらずの腕前で」

 「ありがとう。でも、まだまだ私も取り戻せてないわ」


 アイナはフェンシングの突きの様な体勢から右足を左足よりも少しだけ前に出す彼女の基本の構えに戻った。


 アイナは『鮮血』という通り名で有名だった元S+冒険者だ。

 エリスが産まれてからは剣を置き、代わりに包丁を握っていたのだが、半年程前に俺が指導をお願いしてからは彼女の武器は枝に変わった。


 彼女のスタイルはフェンシングのような細い剣で相手の急所を突き、一撃で相手を無力化する。

 その時に噴水のように血を噴き出す相手の様を見て、通り名が『鮮血』となったそうだ。

 フェンシングの様な動きをしているが、実際には少し違う。というか左手が全く違う。

 彼女は左手にはナイフを持ち、細剣の取り回しが効かない近い間合いはナイフで処理するのだそうだ。

 細剣とナイフの二刀流という珍しさも有名になった遠因ともいえるかもしれない。


 ちなみに彼女のジョブはソードマスターという近接アタッカーの最上級職でLVは75だ。

 訓練をするようになってからわかったことだが、人間のLVの上限はどうやら75らしい。

 リードもエーチもゴードンも75であるらしくそこが人間の成長限界だと言う話だ。

 いわゆるカンストというやつだな。

 S+冒険者はLV75に到達した冒険者に送られる称号みたいなもので、レイドル帝国の管理下には十八人いるらしい。

 いや。十七人になったんだったか……。


 俺達がシューリアとの同盟を締結させて帰国した時には光翼騎士団第二席のキュシア・キルスティアはもうこの国を抜け出していた。騎士団本部のキュシアの机の上に「世話になった」とだけ書かれた手紙がのこっていたそうだ。

 俺としては命を狙われなくなって安心なのだが、アイナとリードは微妙な表情を浮かべていた。

 責任の所在は俺なのか……リードなのかアイナなのか……まあ、そこは考えても仕方がない。今は置いておこう。


 

 「少し休憩しましょう」

 「そうだな」


 俺達の目の前にはエルディアの城門と平原が広がっていて、すぐ近くには一本の大きな木が植えられている。

 俺とアイナはその木の根元に近づいていく。

 

 「ちーろー、おかあさん、おかえりー」

 その木の根元まで行くと木に背中を預けたエリスが出迎えてくれた。

 エリスの横には木を削って作られた短剣が置かれている。


 「エリスもちゃんと訓練してたか?」

 「うん!!」


 エリスは全力の笑顔で返事をした。


 俺とアイナが訓練を始めた頃は早朝にここに来る事が多かったのだが、エリスが俺とアイナが二人だけで訓練している事に感づいたらしく私も行くーといって駄々をこねだしたのだ。

 結局根負けしたアイナが訓練の時間を早朝から午前中に変更してエリスを連れてくることになったのだ。


 俺達の訓練を見たエリスは目を輝かせて「おかあさんかっこいい!!」と言い出し。私も私もとせがんだ結果エリスの横に置かれている木短刀が用意されることになった。

 アイナはどうしようかと考えていたのだが、リードがやらせてみればいいと言ったことでこの状況が生まれたのだ。


 エリスは正直天才だ。いや、親バカとかそういうの無しでだ。アイナとリードの子供なのだから才能に恵まれる可能性は高かったのだろう。同年代の子供と比較すると抜きんでていると思う。


 まだ五歳で初めて木の刀を手にした子供が落ちてくる葉っぱを空中で串刺しにしたのだ。

 初めて見た時は頭の上にハテナマークが浮かんだ程だ。

 木刀で葉っぱを空中で突き刺すなんてことできるのか?

 理解の範疇を越えた芸当に俺もアイナも絶句した。


 そんな俺達を気にかける様子もなくエリスはその後も葉っぱを串刺しにし続けた。

 それを見守り続けるアイナの表情がどんどん硬くなっていくのが印象的だった。


 その後アイナはエリスに空中葉っぱ刺しを止めさせて、お母さんが許すまでそれはやってはいけないと言い含めていた。


 その後もエリスの訓練は続いた。

 だが、その内容は俺には少しもったいないように思えた。

 というのも縦に木刀を振り下ろすのと横に薙ぐ。それだけをこの数ヵ月間ただ反復するだけだ。

 回数も別に決まっていない。疲れたら止める。元気になったらまたやるの繰り返しだ。

 才能があるのだからもっと伸ばした方がいいのでは? と思ったこともあったが流石に出過ぎだなと思って口には出していない。

 当のエリスもキャッキャ言いながら楽しそうにやっているのでそれでいいかと最近は思うようにしている。

 

 「さて、今日はこのくらいにして帰りましょうか」

 「そうだな」

 「はーい」


 アイナが帰宅する意思を俺に伝えてきたので俺はその場で身を屈める。

 

 「チーローいくよー」

 「あいよ」 


 そう言ってエリスが俺の背中によじ登った。

 俺はエリスがよじ登って重心が安定したのを感じ取ってゆっくりと立ち上がる。

 エリスはぎゅっと俺の背中の毛を握りしめてバランスをとっている。

 大丈夫そうだな。


 「アイナ。いくぞ」

 「よろしくね」


 俺はアイナを見て返事が返ってきたのを見計らって後ろ脚に力を入れた。


 ここは街の外だ。今から家まで帰るのだが、徒歩でゆっくり帰れば一時間はかかる。

 だが、アイナと俺が全速力で移動すれば時間は10分程までに短縮できる。

 問題はエリスが振り落とされないのに注意する事くらいだな。


 静止状態からゆっくりと加速していき最大速度まで持っていく。俺単体だけなら数秒で最大速度までもっていけるのだが、それだとエリスが振り落とされてしまうからな。不自然な動作にも少しづつ慣れてきた俺がいた。

 そんな俺達の後ろを見守るようにアイナが走っている。

 一応振り落とさないように注意して走ってはいるのだが、不測の事態に備えるためにアイナはいつも俺達の後ろにくっついている。

 ゆっくりとランニングしているくらいの表情だが、速度はピッタリと俺と同じ速度に保っている。

 これもLV75のなせる業か……。

 

 俺は何度も通った家までの道は考え事をしていても走れるようになっていた。

 だから、いつもこの時間は訓練の復習と反省に使っている。


 今日こそはいけると思ったんだがな。

 残念ながらS+冒険者の壁は厚かった。

 

 俺とアイナの訓練は実戦形式しかない。

 そもそもアイナが狼に戦い方を教える事はできないし、俺もそこまでは期待していない。

 ただアイナから一本取れるくらいになれば、次の機会に活躍は出来なくても、足手まといにはならないようにできると考えての事だ。

 

 この前の同盟締結の時のように利用されるのはごめんだ。

 あの時の俺の苛立ちは自分の弱さに対しての苛立ちだったと俺は思っている。

 だから強くなりたかった。だが、LVを上げる為にここを離れるわけにはいかない。

 俺はリードの契約獣でレイドル帝国の守護獣なのだ。ここにも守る者がいて、やらなければいけないことがある。

 だが強くなりたかった。

 

 これをアイナに伝えたら、アイナはそれなら訓練をしましょうと言い出してこの状況に至っている。

 

 アイナは強くなるにはまず、スピードに慣れることが重要だと言う。

 LVを上げると筋力が上がって、ある程度強くなれるがそれでは足りない。

 魔物の俺は人間のようにLVの上限は今のところ見つかっていないらしく、どこまでも成長できるそうだが、それでもやっぱり訓練は必要なのだそうだ。

 結局は経験が必要でそれは戦って覚えるしかないのだそうだ。


 人間と戦うには動きに慣れることがまず重要で、いかに自分の攻撃が素早くなっても先に相手の攻撃を受けて死んだらそこで終わりだ。相手の剣を捌き、相手を殺す。相手が動く前に止めを刺す。このどちらかを行わないと勝てない。

 今は前者の戦い方をアイナに教えてもらっている。

 後者の戦い方は限定的な条件が揃っていたり、格下相手の戦い方だとアイナは言っていた。

 常に強敵を想定して前者の戦い方を極めることで実際にLVが上がった時に本当の意味で手強い魔物になるとアイナは言った。

 俺もそれには同意見で今の目標は木の枝装備のアイナから一本取る事だ。

 

 アイナの超スピードには慣れてきた。

 うっすらと見えるようになってはいる。だが見えた時には既に俺の眉間に枝が突きつけられている。

 どうしたものか……。


 今日のはタイミングが悪かったな。

 明日はフェイントを入れてみよう。今日と全く同じ動きを誘い出して寸前でフェイントをかける。

 突きを躱せれば一瞬隙が出来るはずだ。その間に一発入れる。


 明日こそは……。


 


 こうして俺は強者への階段を上り始めたのだった。

 

 


 

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