第27話 笑顔 side.Peko
お昼までの間私は砦の北側の見回りをする。ちなみにお昼の後の見回りはロニが行く。
ロニが帰ってきたら二人でアクライハムの所に行って色々な事を教えてもらうのが私達の一日の過ごし方だ。
アクライハムは本当に色んな事を知っている。知識の量はきっとチロ兄よりも凄いのかもしれない。それに人語も話せるそうなので、毎晩ロニと私はアクライハムに教えてもらい人語の練習も始めた。
アクライハムからは日常で色々使う単語や知識などを沢山教えてもらうことが出来た。森に居た時と比べると私達の知能は数倍には跳ね上がっているのではないかと思う。
それでもまだ、チロ兄にはかなわないなと思わせるところは流石チロ兄といったところだろうか。
朝食を終えた私は砦の北側の見回りに出かけた。
お供はクライドとフェルナというグレッドチース族の若き戦士だ。
クライドはいつか家族で湖に行ったときに出会ったグレッドチース族だ。
クライドはまだ若く戦闘も心もとないが、彼はグレッドチース族の中でも唯一チロ兄の存在を知っていて、その死を一緒に悲しんでくれた。
少しのんびりとした性格だが、私は結構気に入っているので見回りの時はよく一緒に連れていく。
フェルナはグレッドチース族だと珍しい女の戦士だ。女は砦の中でご飯を作ったり子供の面倒を見たりすることが多いが彼女は例外だ。彼女の槍捌きは男の戦士顔負けの猛者である。砦の中にいるより外で経験を積むことをアクライハムから認められた誇り高き戦士なのだ。
彼女は妙に私の事が気に入っているようで私が見回りに出るときはほぼ毎回ついて来る。
私も彼女の事は嫌いではないので一緒に見回りに出ることが恒例となっている。
「ペコ姉さんは本当に綺麗だな~。いい加減、俺にももふもふさせてくれよ~」
「クライド。もしペコ姉にその汚い手で触れたらあんたの首吹っ飛ばすから」
クライドはお調子者の性格でいつも私を見るたびにもふもふをせがんで来るが、何故か大体フェルナが近くに居て今みたいに阻止される。私としては別に構わないのだけどね。
「ちぇっ。いいじゃねーかよ。減るもんじゃねーんだしよ」
「減らないけど穢れるわ」
結局毎回こんな感じでフェルナにあしらわれるのがよくあるやり取りだった。
「二人とも。気を抜きすぎないようにね」
私は二人の緩みきった態度を見て注意する。
私に出来る事なんてこの程度なのだ。
私と一緒に来てもロニのように戦い方を教えてあげれるわけではないのに、この二人は私と一緒に行動することを好む。理解に苦しむが慕われて悪い気はしない。
だから、チロ兄から教えてもらった戦いの前の心の持ち方くらいは教えてあげたいなと思っている。
「はい。ペコ姉さん」
「すみません。ペコ姉」
二人は大人しく私の注意を受け入れて、肩に担いだ槍を強く握った。
実際この砦の北側は危ない場所なのである。
南グループの見回り担当の南と西側は見回りに出ても殆ど戦いすら起こらない。
だが、北側はたまに手練れの人間が近づいてきて、グレッドチース族に襲い掛かるのだ。
アクライハムが言うには北側の国はグレッドチース族の毛皮を欲しがっている人間が多いのだそうだ。
私とロニはその話を聞いた時に北側でグレッドチース族を守る事を志願したのだった。
私達が北側を見回るようになって、グレッドチース族の戦士が北側で死ぬことは無くなった。
私達が人間より先に存在を見つけることが出来るようになったのが大きいとアクライハムが教えてくれた。それにロニはチロ兄から教えてもらった人間との戦い方をグレッドチース族の戦士に教えてあげているのも大きいと私は思う。
ちなみに私は戦い方を教える事なんて出来ない。
私は人間を見ると、心の底から黒い何かがこみ上げてきて教えるなんて余裕はなくなってしまうのだ。
気が付いたら人間の血だまりの中なんて事もよくある。
ロニからはもう少し冷静にとは言われるのだが、そんな事は無理なのだ。
人間は殺す。これは私の誓いだ。
冷静でも殺せるよとロニは言うが冷静になっても殺し方は変わらないし、チロ兄もそれでいいと言ってくれていた。だから私はチロ兄が認めてくれたこの方法以外を取るつもりはない。
だが、ついて来てくれるこの二人にはもっと何か違うものを教えてあげれないかなと思っているのだ。
「あんたたちも物好きよね? 私についてこないでロニと一緒に行けば戦い方を教えてもらえるのに……」
「い~や。そんな事はないっすよペコ姉さん」
「そうですよペコ姉」
私のふと口を出た言葉にフェルナとクライドは何言ってるの? と言いたげな表情で言葉を返してきた。
「だって私と来たって作戦も何も教えてあげられないし、いつもあんたたち置いてきぼりにしちゃうじゃない?」
「そりゃあ、ロニ兄と行けば人間との細かい動きとか教えてもらえるっすけど、俺はペコ姉さんを見てた方が色々教えてもらえるってもんです」
クライドは私から何かを教えてもらっているらしいが私には何の見当もつかない。
「私……何か教えてる?」
「ペコ姉は私達に言葉じゃなくて実際にやってみて教えてくれてるんですよ。ロニ兄は口で教えてくれるのだけど、私難しい事分からないから……。ペコ姉の方がわかりやすい」
「そう……なの?」
「そうっすよ。この前の一瞬左にブレるフェイントしてからのすれ違う瞬間の一撃で人間の首を抉るあの動きとか凄い参考になるっす。ああいう動きをすれば人間がどう動くかとか実際に見るのはペコ姉と一緒に来ないと見れないっすからね」
「そうですよ。私もペコ姉から攻撃してくる相手に距離を詰める防御法を見て教えてもらいました」
どうやら私が意識していないところで勝手にこの二人は私から何かを教わっているらしい。
そういえば、私がやっているフェイントもチロ兄がやっているのを見て覚えたのだったな。
ロニのように言葉で教えるだけじゃなくて、見本を見せるやり方もあるのだな。
何か少し進めた気がした。
そうこうしているうちに、前方に砦が見えてきた。
「今日は何もなかったわね」
「俺はペコ姉さんの戦い方見たかったけどな~残念だ~」
「何言ってるのよクライド。何も無いのが一番でしょ?」
「そりゃそうだわな」
こんなやり取りの後私達は三人で笑い合った。
この砦に来てから私は笑う事が多くなった気がする。
ミーニャやララ、クライドやフェルナ。私の周りには沢山笑う人が多い。
つられて私も笑ってしまうのだ。
最初は笑ってはいけないと自分に言い聞かせていたのだが、私が笑わないと彼等が悲しそうな顔をした。そして私が我慢できなくて初めて笑った時、彼らは心の底からの笑顔を私に見せてくれたのだ。
心配をかけてしまっていた事が私にもわかって心の中でごめんなさいをした。
それからは我慢しないで笑ってしまうことにしている。チロ兄が死んだのにのうのうと笑ってはいけないという想いよりも彼等を笑顔にしてあげたいという想いが少しだけ勝ったのかもしれない。
許してねチロ兄。
きっとチロ兄だったら私が笑っている方が喜んでくれるに違いない。
もういないのだから答えは分からないがチロ兄なら許してくれるはずだ。
チロ兄。
私頑張るよ。
チロ兄の生きた証をここに残して見せる。
時間がかかっても、必ず。
「……ペコ姉?」
「あっ! なに?」
「一緒にご飯食べましょう? という話をしてたのですが」
「そうそう三人で」
「クライドは別に来なくていいわよ」
「ひでーや。俺もペコ姉さん隊の一員だろ?」
「ふん!」
「わかったわ。三人で……っていってもどうせミーニャとララも来るでしょうけどね」
「ははっ違いねーや。みんなでワイワイ食べた方がうめーや」
「もうっ」
私達は三人で笑いながら砦の入口へと向かったのだった。




