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第19話 情報屋エーチ

 エイントバルは西側の隣国シューリアとの国境に一番近いレイドル側の街である。


 俺達は朝から夕方にかけて走り続けてこの街に到着した。


 そして、ついさっきこの街の宿屋一つを貸し切りにしたところだ。

 流石は姫だ。金の使い方に躊躇がないな。


 とは言ってもそんなに大きな宿屋ではない。

 客室も八部屋程のそこそこの宿屋だ。

 だが、この宿屋の地下には小さなバーがあるそうで、それを気に入ったエーチが「ここがいいっす!!」と言ったのでここに決まった。

 アルテイシアもどこでもいいわといった感じだったのでそのままエーチの要望を叶える形になったのだった。


 アルテイシアは到着と共に疲れましたと言って部屋に直行してしまった。

 ゲイルが甲斐甲斐しくアルテイシアの世話を始めたのでみんなゲイルに任せるようだ。

 もともとゲイルがお世話担当と決まっていたのかもしれんな。


 ゴードンは宿屋の入口のソファーにどっしりと巨体を沈めて目を瞑ったまま動かなくなってしまった。

 一瞬ロボットか何かかと思ったが、リード曰くこれがゴードンの就寝スタイルだそうだ。

 あのまま朝まで半分眠ったまま、入口を警護する気のようだ。


 エーチはさっきまで俺の事を思いっきりもふもふしていたのだが、ふらりと階段の下のバーに入っていった。元よりエーチが気に入った宿屋なんだから堪能するつもりなんだろう。


 そして一階のラウンジには俺とリードが取り残されていた。


 「お前はどうするんだ?」

 「どうしましょうか。アルテイシアはゲイルに任せましたし、部屋でゆっくりしましょうか」

 「そうだな。俺もゆっくりするか」

 「寂しかったら一緒の部屋にきますか?」

 

 リードは冗談めかして俺に言ってきた。


 「あん?」


 気持ち悪りい。誰が野郎と一緒の部屋で寝るかよ。

 思いっきり何言ってんだお前感を出してやった。


 「最近チロは冷たいですね」

 「気のせいだ」

 「そうですか。じゃあ私は先に横になりますね。チロは私の正面の部屋を使ってください。後で行きます」


 リードは少し寂しそうな後姿を晒して一階の一番手前の右側の扉に入っていった。


 なんか心に罪悪感が芽生えた気がする。

 いや、勘違いだ。


 アイツは主だが、そこまで甘やかしてやる必要はない!

 男にもふもふされるなんて気持ち悪い。


 俺はそんな事を考えながら、リードと反対側の部屋に入った。


 後で来るってことは、ゆっくり話をするという事かな。

 夜には時間を作るって言ってたしな。

 俺もそれまで眠ろう。


 そう思って一年以上ぶりのベッドに飛び込んだ。


 ギシギシと木が軋む音を立てながらベッドは俺をどうにか受け止めた。

 思ってたのと違うな。

 もっとスプリングが効いたベッドを勝手に期待していたのだが、この世界にそれを求めるのは流石に無駄か。


 まあでも久しぶりのベッドだゆっくり堪能させてもらおう。

 

 明日掃除頑張れよ店主。


 俺は久しぶりの布団の温かみに包まれて眠った。

 



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 

 

 久しぶりに夢を見た気がする。

 

 おぼろげに思い出せるのはペコとロニと母さんの姿だ。


 何をするわけでもなく、ゆっくり俺達は話をしたり、じゃれ合ったりして笑い合っていた。


 そんな幸せな夢を見た気がする。




 ゆっくり目を開けると、布団の温かみと幸せな夢のせいか凄くポカポカと暖かい。


 だが、目のあたりが湿っている。


 俺は泣いているのか?


 あの幸せな日々を思い出して感傷的な気分になってしまったのだろうか。


 でもこの前ほどの、人間への憎悪はもう感じない。


 色々な人間に触れ合ったからだろうか。


 自分の感情がよくわからないな。


 


 ロニやペコは元気にやっているだろうか……。


 キンドル砦に居るという情報は聞いていたがあそこは本当に安全なんだろうか?

 リードはキンドル砦に居る限りは大丈夫と言っていたが何故そんな自信があるのだろうか?

 謎が多すぎる。

 リードと話をしないとな。



 そこで急にトントンとドアがノックされた。

 リードだろう。

 グッドタイミングだ。



 「リードか?」

 「はい。そうです。お話しする約束でしたのでね」


 俺はドアを前脚を上手く使って開けてやった。


 「どこで話す? この部屋か? お前の部屋か?」

 「いえ、下の酒場に生きましょう。エーチもいるでしょうしね」

 「なんだ? エーチも巻き込むのか?」

 「彼女はチロの知りたい事を一番知っていますからね」

 「どういうことだ?」

 「後でのお楽しみです」


 なんだと? あの頭の緩そうなエーチが俺の知りたい事を一番知っている? 

 本当なんだろうか?

 まあ、行ってみりゃわかるか。

 



 俺達は酒場に移動した。


 

 酒場に着くとエーチがカウンターで一人で酒を飲んでいた。

 他の客はいないみたいだな。

 そりゃそうか、今日は貸し切りだったな。

 エーチが飲んでるのはなんだろうか。

 見た感じビールだ。

 俺はビール自体飲んだことないから飲んでもわからんがな。


 エーチは俺達に気づくと手を挙げてこっちこっちと手招きをした。


 「うほおおおお!! チロっちカワイー!!」

 エーチに近づくとエーチは俺に飛びついて直ぐにもふもふを開始した。

 こいつのもふもふは抱き着いたまま、腕を動かして俺の全身を味わう流儀らしい。

 まあ、エーチも女だ悪い気はしないな。

 ふむ。味わうがいい。我がもふもふを!!


 でも酒くせえ。

 こいつ完全に酔っぱらってやがる。

 こんなんで話なんかできるのか?


 俺はリードに無言で視線を送った。


 「大丈夫ですよ。エーチは大体それが平常運転ですから」

 

 まじか……。ってかこいつ未成年じゃねーの? 明らかに大人の体格じゃねーぞ?

 この世界ではお酒は二十歳になってからじゃないのかよ。

 そんなんだから、こんな頭の緩そうな女が出来上がるんだよ!!

 良く考えろよ!!


 と思っていたらエーチがおもむろに俺から離れた。


 「チロっちと来たって事は、アレの話ってことっすかね?」

 エーチはリードに真剣そうな眼差しを向けた。


 うおっ。なんだこいつ。こんな真面目な顔も出来んじゃねーか。

 

 「そうですね。色々お話を聞いてあげてください」

 「わかったああああああ。チロっちおいでええええ。抱っこしてあげるぅううっす」

 

 そう言ってエーチは俺に抱き着いてまた、もふもふを再開した。


 さっきの表情はなんなんだろうか。こいつにも何か裏がありそうだな。

 ってかこいつは一体何者なんだ?


 俺には阿呆な女にしか見えんぞ。どうなってんだリード。


 「チロっち。あっちっす。あっちで話するっすよ。おやじいいぃぃぃぃ。ガンもう二つとあとミルクよろしく~っす」

 「あいよ」


 エーチはこの酒場に唯一ある、テーブル席を指さしながら酒場の親父に注文した。

 一応俺にはミルクを頼んでくれたところを見ると、一応酒に意識は持ってかれてないみたいだな。


 エーチは笑顔でテーブル席に着いた。

 それを見てリードもエーチの反対側の席に着く。

 俺は椅子に座れないので、お誕生日席でお座りだ。


   

 俺達は飲み物が到着するまでゆっくり待った。

 といっても、エーチは手で俺の頭をなでなでしながら涎をたらして全然ゆっくりしていなかったがな。

 こいつ本当に大丈夫なのか?


 酒場の親父が飲み物を持ってきた。

 エーチとリードにはさっきのビールみたいなやつを、俺には平皿にミルクを入れたやつをテーブルに置いた。


 このビールみたいなやつはガンっていうのか……。


 まあ、ビール自体飲む習慣がないから要らない情報だったな。


 と、飲み物がそろったところでエーチが俺に聞いてきた。


 「で、チロっちは何が知りたいっすか? 今日はいっぱいチロっちを堪能させてもらったっすからお金はとらないっすよ」

 

 普段なら金取るんだ……。


 「まず、お前は何者なんだ?」

 

 とりあえず俺の疑問はそれだった。お前一体何者だよ。


 「ん~あっしはエーチ・グリムノフで騎士団第五席っすよ。あ~冗談っす冗談っすそんな怖い顔しないで欲しいっす。もー。チロっちは怖いっすよ。もっとスマイルっすよスマイル。わかったっす話すっす。あっしはエレメンタラーで情報屋っす!!」


 エーチが情報を小出しにして誤魔化そうとしたので怖い顔で凄んでみたらペラペラ喋ってくれた。


 情報屋か。

 そうであれば、なるほど納得がいく。

 俺の知りたい事はこいつが知っているとリードが言っていたがそういう事だったのか。


 「へー。エーチが情報屋ってなんか似合わないな」

 「そうでもないっすよ~。騎士団よりこっちが本職っすから」


 騎士団メインじゃないのかよ!! なら第五席返せよ!!

 もっと真面目に働いてるゲイルに五席の座を明け渡せよ。


 「そうですね。エーチがこういう任務に顔を出すなんて珍しいですね」

 「チロっちが来るって聞いたっすからね~」


 ガンという飲み物を煽りながらリードが口を挟んだ。


 ってかエーチ俺目当てなのかよ。


 「そんなに俺が珍しいのか?」

 「王でもないのに人語を話す狼ってのはあっしも初めてっすからね~」


 なるほどね。リードはエーチには俺が元人間だと話していないみたいだな。

 エーチの口からでてこない事に少し安心した。


 こいつが知ったらどこかに高値で売り付けそうだからな。用心用心。


 「そう。それだ。王ってのはなんだ?」

 

 俺の頭に残ってた疑問その一。王ってなんだ?


 「王ってのは字の通りっすよ。魔物の王ってことっす」

 「よくわからん。詳しく頼む」

 「ん~。まだわかんない事が多いっすけど、魔物の中には凄い力の強い物がいるっす。それが王っす」

 「そういうのがたまに産まれると?」

 

 なんだろう。ネトゲで言えばネームドモンスやレイドボスみたいなやつか?

 あれは他の奴より強いとか言う次元じゃなかったと思うがな。


 「ん~。産まれるっていうよりは、成長するって感じっすかね」

 

 あ~進化するってことか。王になるってことは王化ってとこか。


 「それはお前達はどうやって判断するんだ?」

 「それは簡単っす」

 

 簡単なのか?


 「名前に王が付くようになるっすよ」

 「もっとわかりやすく」

 「チロっちの、ブラックファングが狼王みたいな感じの名前になるっす」


 あ~なるほどな。

 自分では見えないから忘れがちだったが、俺の上にも表示出てたんだっけか。


 その表示に王が付けば王化ということか。

 わかりやすい世界だな。


 「で、その王ってのになったら人語を喋れるようになるのか?」

 「ん~。多分違うっす。あっしの知ってる王は自分で学んだっていってたっす」


 俺みたいに進化の過程で習得するのは稀なのか。

 

 「その王ってのはLVは高いのか?」

 「そうっすね~。50以下は見た事ないっすね。あとはみんな長く生きてるって言ってたっす」


 なるほど。長く生きて、時間経過の経験値アップでLVを上げて王となるタイプが多いのかな。


 「他に条件とかは?」

 「全然わかんないっす」

 使えねー。


 「でも、あっしよりリードの方が色んな王と合ってるっすよね? なんか知らないっすか?」

 

 そうかリードも熟練冒険者なんだったな。

 

 「そうですね。どの王も共通して言えるのは高い知能と強い意思を持っている事でしょうかね」

 「LVと意思と知能が必要だと?」

 「そうですね。だから私はチロは王になれるんじゃないかなと思っているのですよ」


 俺には人間の時の知能と家族を守りたい意思を持っているという事か。

 あとLVさえ上がれば王になれる可能性はあると。


 ふむ。悪くない。


 「エーチもリードもありがとう。大分理解できたと思う」

 「お力に慣れたのならそれでいいですよ」

 「じゃあもっとあっしと一緒にぬくぬくするっすよ」


 「それは待て」

 「えー。もっとチロっちを堪能したいっす」

 「その前に他にも聞きたい事がある」

 「なんすか?」


 「これはリードに聞いた方がいいかな? キンドル砦って本当に安全なのか?」

 「安全ですよ。あそこに手出しできる人間はそういないはずです」

 「そうっすよ。あそこに行く人なんていないっすよ」


 ん? どういうことだ? あそこのグレッドチース族の奴は前見た時はLV12くらいだったよな……。


 「そんなに強そうには見えなかったが?」

 「あ~。下っ端は雑魚っすよ。でもあそこには獣王アクライハムがいるっす。あれがいる限りは誰も手を出さないっす。それに行く意味もないっすからね」


 キンドル砦には王がいるのか。それでリードも安心してくださいと言っていたのか。


 「行く意味が無いってどういうことだ?」

 「それはあくまでレイドル帝国内ではという意味になってしまうんですがね。

  我がレイドル帝国と獣王アクライハムの間である協定が結んであるんですよ」


 リードが説明を始めた。


 「協定?」

 「キンドル砦はレイドル帝国の領内にあるのですが、そこに住むグレッドチース族を討伐しなければならない任務はレイドル帝国では発行していません」

 「レイドル帝国側から冒険者を送り込むことはしないという事か」

 「そうですね。わざわざ一銭にもならないのに危険を犯してまで王の領地に入り込む人間なんてほとんどいないでしょうね」

 「なるほど。そういう理由なら納得がいく。代わりに帝国側は何を要求したんだ?」

 「こちら側の要求はこちらに攻め込まない事と有事の際に力を貸してもらうことですね」

 「安息と軍事力の交換か。じゃあペコとロニは安全なんだな?」

 「まず、レイドル帝国側の人間が行くことはないでしょうね」


 「他の国の奴が行く可能性はあると?」

 「そうですね。冒険者には国境なんて関係ないですから。

  西のシューリアと北のアルペガと隣接したところにキンドル砦はありますからね。でもその任務が発行される可能性は少ないでしょう。少ないですがそれが発行された場合はキンドル砦が他国から狙われる事になります」


 「危ないじゃねーか!!」

 「そのために私達はシューリアに向かっているのですよ」

 「あ~そういうことな」

 

 和平交渉の内容にキンドル砦についても入っているのか。


 「仮にアルペガがキンドル砦を襲ったとしても、私達が出向いて追い返せば問題ないですよ」

 「んお? それは協定には入っているのか?」

 「いえ、入っていませんよ。でも他国が我が領地に勝手に任務を発行すれば、それはもう宣戦布告ですらね。私達も黙ってはいませんよ」

 「それは心強い」


 なるほど。領地としてキンドル砦はレイドルの物だからそれに関するクエストは他国が発行出来ないわけか。


 こう聞くと、キンドル砦ってかなり安全なんだな。


 リードと話していると俺の左側からなにやら寝息が聞こえてきた。


 「おい、こいつ本当に大丈夫なんだよな?」

 「ええ。大丈夫です。まだ若いですが情報屋としての腕も確かですよ。それにペコちゃんとロニ君の情報を集めてくれてるのもエーチですからね。その辺は感謝してあげてください」

 「そうだったのか。明日思う存分もふもふさせてやろう」

 「そうしてあげてください」


 結局エーチが寝落ちしてその場はお開きになってしまった。

 リードがエーチを部屋に運んで、俺はさっきの部屋でベッドに入った。


 人間側のジョブ関係も聞いておきたかったんだがな。

 まあ、時間はまだあるし聞けるタイミングくらいいくらでもあるだろう。


 それに今日はペコとロニの安全を確認できただけで十分収穫はあった。

 それで満足しよう。


 俺はそう思いながら眠りに落ちた。 



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