プロローグ:境界線上の「めぐじゃーにー」
世界は、たった一枚のプラスチックの板で隔てられている。
昼間の私は、教室の隅に同化した影だ。
度の強いメガネをかけ、指先でページの端をなぞり、誰とも視線を合わせない。三浦健人の笑い声が聞こえれば心臓が跳ね、菅原このかの優しい声が響けば、罪悪感で胃の奥が疼く。
私は、彼らが守り、慈しむ「弱くて地味な幼馴染」を完璧に演じ続けている。
けれど。
放課後のトイレの個室。鍵をかけた瞬間に、世界が反転する。
メガネを外し、カラーコンタクトを瞳に沈める。潤んだ瞳が鏡の中で発光し、地味な黒髪に艶やかな命が宿る。制服のリボンを投げ捨て、緑の蝶ネクタイを首筋に締め上げると、私の喉からは「隅島めぐみ」ではない、低く湿った吐息が漏れた。
「……めぐじゃーにー」
スマホの画面という、透明で残酷な境界線。
その向こう側には、私の「恥じらい」を、私の「汚れ」を、数億円の価値がある宝石のように崇める数十万人の群衆が待っている。
カメラを向けた瞬間、私の頬は熱を帯び、自分でも制御できないほどに赤く染まる。
それは恐怖だ。
同時に、最愛の二人を裏切り、全世界に自分の肢体を晒しているという、極限の「背信」がもたらす絶頂だった。
『Meguちゃん、今日も最高に汚れてるね』
『その瞳、誰を想って濡らしてるの?』
コメント欄に躍る無数の欲望を指先でなぞりながら、私は画面越しにキスを贈る。
(健人くん、見てる……? 君がくれたガーターベルト、今、十万人の前で外してあげる)
配信(はいしん)という名の快感に溺れるほど、私は、私という人間を裏切り(はいしん)続けていく。
数字が増えるたびに、私の純粋さは削れ、代わりに「女」としての毒々しい艶が研ぎ澄まされていく。
これは、神様になろうとした少女の、墜落の記録。
愛されたいと願うあまり、愛してはいけない者たちを地獄へ道連れにした、三人の季節の終わり。
「……ねぇ、みんな。私のこと、最後まで見届けてくれる?」
スマホの赤い録画ランプが、まるで誰かの返り血のように、暗闇の中で激しく点滅していた。
――「はいしん?!(配信×背信)」
その幕が、今、上がる。
プロローグをお読みいただきありがとうございます。
第1話は、めぐみの学校生活と、彼女が抱える狂おしいほどの秘密の原点です。
↓はいしん?!(配信✕背信)のサウンドコレクションです
https://suno.com/playlist/d299d19a-bbce-42f2-a7d3-ed537f33a027




