007 滅びの煙
――ギギギ
平屋建ての粗末な一軒家の入口からドアが開く音がする。
中へと入ってきたのは赤毛の少女マナ。叔父が借りているこの家の関係者である。
マナの腕には麻袋が抱えられている。
その中には食べ物が入っているのだ。
少し前の事。
可愛い寝顔をさらす客人シーニャの事を見ていると急に空腹が襲って来た。
すやすやと眠るシーニャの姿をみて緊張の糸が切れたからだろう。
空腹を放っておくわけにもいかず、きっとシーニャもお腹が減っているだろうと思い、タンスをあさって昨日叔父に奪われた小銭を拝借すると、シーニャに何を食べさせてあげるべきか、と考えながら出発したのだ。
マナが出かけてからそれなりの時間が経ったものの、帰ってきてもまだシーニャは寝ているようだ。
(相変わらず幸せそうに寝てるな)
すぅすぅと寝息を立てる金髪の少女。編みこまれた太く長い三つ編みは綺麗だが、寝るのには邪魔そうだ。だが、そんなことは意にも介さずよく眠っていた。
買ってきた食料をテーブルに置くと、よく眠り続ける客人の姿をもう一度見て見る。
(それにしても、よっぽど疲れていたんだな。今日会ったばかりの人間の家で寝るなんて)
図々しいという意味ではない。危機管理という意味だ。
マナとシーニャは数時間前に出会った初対面の知らない人。お互いの事を少しだけ話したとはいえ、ほとんど何も知らないのと変わらない。
騙す騙されるの最初の状態と大差ない関係なのだが、騙される危険をはらんだままシーニャが寝てしまったということは、それ以上に疲労がピークだったという事も意味している。
もっとも、それだけではないことにマナは気づいていないのだが。
(アタシは騙すつもりも無いからいいけど、心配な子だな……)
そんな事を考えながらも、シーニャが起きる前に調理をすませようと思い、袋から食料を取り出そうとした、その瞬間のことだった。
――ガンガンガンガンガンガン
家の外から金属同士を激しくぶつけて叩いたような音が聞こえてきたのだ。
(これは、緊急の合図!)
その音に聞き覚えがあったマナは、バタンと力強く窓を開く。
外界とつながったことにより、金属音が増して不快感が増加する。
この家は立地の悪い高台にある。それが功を奏して町全体を見渡せる位置にあるため、音の発生源はすぐに分かった。
二人がやってきた町の入口。地上へと続く洞窟の近くに組まれた木製の高いやぐらに取り付けられた大きなドラは、緊急時にかち鳴らすもの。それが鳴らされているのだ。
(いったい何が?)
何が起こったのかは分からない。それはここ以外でも同じ。
ただ事ではない様子に、町中がざわついた雰囲気に包まれる。
やぐらの鐘が一層強くなる。
状況を掴もうとして目を凝らして見ていると、ひとりの男が大声で叫びながら向かってくるのが見えた。
「ガスだーっ! みんな逃げろ! ガスが来るぞーっ!」
「ガスっ!?」
遠くて聞き取りにくいが確かにそう聞こえたものだから、驚きのあまりマナは反射的に口を開いてしまった。
より遠くを見ようと窓から身を乗り出すマナ。
凝らした目には男性の後ろにある町の入口のほうから、もくもくとした白いものが吹き出して町中に広がって行く様子が見えた。
あの白いガスを吸い込むと人間は死んでしまう。
人類の天敵であるガーヴァルが人間を一度に大量に一人残らず抹殺する時に使用するのがあのガスなのだ。
「なんでっ!? 今までこんなこと無かったのに!」
入口に近い場所ではすでに何人もの人がガスに巻き込まれていた。
もくもくと吹き出すガスの勢いを計算すると、すぐにでも町全体を包んでしまうだろう。
何故だかどうかなんて考えている暇はない。
疑問をすぐに追い払い、思考を切り替えるマナ。
「シーニャ、起きて!」
この撃音の中でも目を覚まさず、未だ横ですやすやと眠っているシーニャを揺さぶり起こす。
「んー、まだ眠いよぉ」
そうは言いながらも、すぐに目を覚ましてくれたのは幸運だ。
「急いで、ガスが来る! 逃げるよ!」
「えっ! えっ!?」
寝起きで頭が回らないとはいえ、マナが慌てているのは分かったシーニャはすぐに靴を履く。
「行くよ!」
折角買った食材や金品などの荷物をまとめる間もなく、足を痛めたシーニャに肩を貸して家を出る。
すでにすり鉢状の町の下層は煙で真っ白に覆われていた。
緊急のドラの金属音ももう聞こえず、ガスだと騒いでいた男性の姿も見えない。
真っ白な中でどれだけの犠牲がでているのかも見通せない。
「っ!」
だがそれを気にしていては自分たちも二の舞となる。
今できることは、必死に高台へとガスの来ない場所へと逃げる事だけ。
命がけで上り坂を駆け登る二人。
近所に住んでいる人はほとんどいない。このあたりは貧乏人が住む場所で、町の中での位置づけは低い。不幸中の幸いは町の端であること。外に繋がる洞窟が近いことだけは良かった。
町の外に出るには入口かその洞窟二つに一つ。
地上へと続く入口がふさがれたのだから逃げる場所はもうそこしかない。
だが、町の外に出れると言っても普段は誰も近づかず、どこに繋がっているかわからない闇深い洞窟。
そこに二人はたどり着いた。
足を痛めたシーニャがいるので、全力疾走できたわけではないが、持ってる力を振り絞ったのは間違いない。
おかげで煙はまだ二人を包み込んではいない。
とはいえ残された時間も無い。
「マナ、町が……」
洞窟に入る前に振り返ったシーニャが滅びゆく町の姿を目に捕らえてしまう。
「わかってる。わかってるよ。でもどうすることも出来ない。ガーヴァルにとっては人間なんてゴミも同然なんだから」
つい先ほどまで二人がいた家ももう煙の中。
辛い記憶しかないとはいえ、マナにとっては数年を過ごした町。それが滅びゆくさまを見て何も思わないわけもない。
だが立ち止まっていては次は自分たちの番だ。ガスから逃げ切らなければ同じ目に会う。
進むしかない。
進むしかないのだ。
「行くよ!」
複雑な思いを抱えながら、二人は行く先の見えない洞窟の中へと飛び込んだ。
お読みいただきありがとうございます。
つかの間の休息すら許されない二人。
この世界に安息は訪れないのか。
次回をお楽しみに!




