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038 子犬のように警戒して

「おいっ! すげえぞ!」


 家の外から騒がしい声が聞こえる。


 ファッツは二人を送り出してからずっとソワソワしていた。

 自分の足ではお供できないからと、自分が作り出した道具を持たせて家で待つことにしたのだ。


 だが待つのも待つで辛いもので、二人は無事なのだろうか、なぜ送り出してしまったのだろうか、このまま帰ってこなかったらどうしよう、と後悔もしていた。


 そんなところに騒がしい声だ。

 二人が帰ってきたに違いないと、金属の杖を手に取って、急いで家の外へと飛び出した。


「あっちだ、あっち!」


 人々がしきりにわめいている。

 温泉の町とは言え、日々の生活は変わり映えのしないもの。

 温泉目当ての観光客が来るような世の中ではなく、時折やってくる行商人だけが変化をもたらしてくれる。

 しかしながら、その時だってこれほど町中が上擦った雰囲気にはならない。


 ファッツが動きにくい足を引きずってその方向へと向かうと……ハイゼクレーラの人たち大勢に囲まれた二人の少女の姿があった。


「シーニャちゃん! マナちゃん!」


 力の限りで声をかけた。


 声に気づいたのか、シーニャが手を振り返してくれる。


 村人の包囲から逃れられないのか、二人はその場に留まったまま。

 そのためファッツはその包囲網をかき分けて、中へと入った。


「ファッツさん、ただいま戻りました」


「ああ、お帰り。本当におかえり」


 無事に帰ってきてくれただけでファッツの心は救われた感じがした。

 胸の底から絞り出したような声がそれを表している。


 そして何も言われてはいないが、虹の雫を手に入れたに違いないという確信を持った。


「すげえ光だ」

「ああ、虹色だぜ」

「あれが虹の雫……。5年前に全部失われちまったが、また見ることが出来るなんて……」


 人々の声がそれを物語っている。


 ファッツも見ただけで分かった。

 この二人、七色に光る液体が体中にまとわりついているのだ。

 真っ白だったシーニャの服はもちろんのこと、編みこまれた金色の長い三つ編みにもまんべんなく絡みついている。もはや七色の三つ編みだ。そして顔だって虹色に光っている。

 こんな状態になっているということは、行く時に持たせた袋にだって沢山入っているのだろう。


「どれだけの虹の雫があったんだよ、まったく」


「沢山ありました!」


 ファッツの言葉に可愛い返事が返ってくる。


 だいたいこういう時はシーニャの隣にいる赤毛の少女、マナが返答していた。

 だが、当のマナはなぜかニコニコ顔でシーニャの腕に抱き着いていて、周囲の様子などお構いなしの様子だった。

 ファッツの事も見えていないくらいの甘えっぷり。

 子犬のように警戒して唸っていた出発前の姿からは想像できない変化だとファッツは思った。


「お、おい、あんたら、虹の雫を手に入れたんだろ、譲ってくれ」


 興奮したおじさんが我慢しきれずに会話に割って入ってきた。

 鼻息は荒く、目も本気だ。正直なところ普通の人なら一歩後ずさってしまう程だ。

 そんなおっさんに続けと、我も我もと男たちが群がってくる。


「はいはい、おっさんは下がって。シーニャちゃんが怯えちゃう。これはパラディースシフを動かすのに使うの」


「うーん、服とか髪の毛に着いたものだったらいいですよ」


「本当か! ありがたい!」

「むしろそっちのほうがいいから!」

「美少女の髪の毛や服についた、ぐえっ!」


 シーニャの言葉に男衆がざわめく。

 そんな男衆をパンチなり肘打ちなりでいさめる女衆。


「本当にいいの? シーニャちゃん。たくさん持って帰りたいけど持ち切れないから服とか髪にもつけて帰ってきたんでしょ?」


「あはは……まあ、そうですね」


 苦笑いを浮かべるシーニャ。


 貴重なものだが、本人が譲ると言うのだから自分はその効果を高めてあげよう。

 ファッツはそう思い――


「聞いたかハイゼクレーラの民よ! このお方はイングレッソの巫女! ガーヴァルの脅威のない幸せな世界を目指して旅をしているお方だ! 巫女様が皆に虹の雫を分けてくださると言う。感謝の念をもって巫女様をお迎えせよ!」


 言い放った言葉はまるで叙事詩のようで、そのまま語り継がれても良い程のものだ。


「おお、あれが巫女様」

「知っているのかライーデン」

「ああ、聞いたことがある。その起源は千年前にさかのぼるうんたらかんたら」


 そしてわいのわいのと人々が再び二人に群がるのであった。


 ◆◆◆


 都合によりカットするが、マナとシーニャは温泉に入った。

 二人は服を脱いで、服に着いた虹の雫を取って集め、髪の毛や体に着いたものも手で取って。自分では取れない場所に着いたものはお互いに取りあって。


 そうして着いた虹の雫をある程度を取り除いてから温泉に浸かった。

 元々温泉の効能も高かったが、僅かな虹の雫が溶け出したことによって、温泉が七色に輝くようになり、巫女の湯と名付けられたのだとか。


 そんないわくつきの温泉だが、巫女とおつきの少女は再び巫女の湯に入ることは無かったと伝わっている。

お読みいただきありがとうございます。

マナのセリフが一つもない!

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