016 初めての人
道なき山中を歩き、川に削られた谷を行く。あるときは山間に空いた洞窟を通り抜け、ある時は光に反射する湖面に身を隠しながら先へと進む。
その道中に見通しの良い平野は無く、見通しが悪くいつでも身を隠せるようなルートを進んできた。
それらは全てシーニャの持つ【巫女の鏡】に浮かび上がっている道。
つまりはこれまでの巫女たちが歩いてきた道。
何本もの道が重なっているルートは比較的安全だと考えられる。
何人もの巫女がそこを歩いてきたのだから。
逆に一本しか示されていない道や、途中で途切れている道は要注意だ。特に途中で途切れている道は避けるべき。
なぜならそこで巫女が使命を終えたからだ。
そんなこんなで、【巫女の鏡】が指し示す道の途中。多くの巫女がそこでぐるぐると歩き回っている場所の近くまで来ていた。
つまりはそこには町があって、ここまでの道中の疲れを癒していたと考えられるからだ。
「もうすぐだね」
先を行くマナにシーニャがそう声をかける。
「え、あ、うん」
そんなシーニャの言葉に生返事を返すマナ。
「持ってきた虹の雫を売ったらお金持ちだよ。安心して暮らせるね」
「そうだね……」
そして変わらず覇気のない返事を返した。
いつもと違うマナの様子。それはガーヴァルを警戒しているため意識をそちらに向けているから、ではない。
次の町に着く。ということがマナをそうさせているのだ。
ホラの町を出て初めてとなる町。
そしてマナの旅路としてはそこで終わりとなる。
ホラの町から出た後、マナはシーニャにそう言ったからだ。
(次の町までなら一緒に行く。アタシはそう言った。確かに言った)
【巫女の鏡】が指し示す次の町はもうすぐだ。
滅びたホラの町にはもう住むことはできない。マナは代わりに住むことが出来る場所を
見つける必要があった。
それまでの間は二人の目的が一致していたのだ。
「虹の雫は全部マナが持って行っていいって言ってるのに……」
「それは駄目だよ。シーニャだっていつお腹がすくようになるかわからないんだから」
革袋に入れてきた虹の雫。シーニャはマナに全部あげるといって聞かなかった。
結構頑固なのだ。
だけど、マナだって折れるわけには行かない。なんせシーニャはこれからも旅を続けるのだ。町の中でそれなりに安全に過ごすのとはわけが違う。マナだって全部をシーニャに渡したかった。
お互いが主張をぶつけ合って平行線をたどり、ちょっとしたケンカになったこともあった。
だけど結果として半分半分にすることに決まった。
頑固だったシーニャがどうして譲歩したかというと、マナが「それだったら寝てる間にシーニャに全部飲ませるからね」と言ったからだ。
マナならやりかねない、と思ってシーニャはしぶしぶ折れたのだった。
そんなこんなで今に至る。
つまりは、二人での旅が終わりに近づいていることで、マナはおセンチな気分になっているというわけだ。
草をかき分けながら藪の中を進む。
先頭のマナは、後ろのシーニャが歩きやすいように飛び出た枝などを払って進む。
草地は走る必要がない。すぐに身を隠すことが出来るからだ。ここしばらくは草地だったので、余裕をもって歩をすすめていた。
「あ。あそこじゃないかな」
「あの大きな山? いや、あれは岩かな?」
「そうそう」
シーニャが指し示したのは山のように大きな岩だった。連なる山々の中にぽつんと巨大な岩が鎮座していたのだ。
そこを目指して進んで行く。
すると、進むにつれてその巨大さが浮き彫りになっていく。
町を指し示しているはずだが、人が住んでいるような形跡は見えない。
本当にただ大きなだけの岩。人の10倍大きいガーヴァルよりもさらに20倍は大きいような、東京タワーがすっぽりと入る高さのある巨大な岩。
結局岩のふもとまで来てみたものの、洞窟だとか地下への入口だとかは見あたらなかった。
もしかしてこの裏側に入口があるのかもしれないと思い、ぐるりと回ってみようと歩き始めた矢先のことだった。
「おめら! なんで村さ外におるとね! 危ないから戻ると!」
「きゃあ!」
急に人の声がしたのでびっくりしたシーニャがマナに抱き着いた。
マナは声の主を探す。
すると、巨大な岩の影から中年のおじさんが慌てた形相で手招きしているのを見つけたのだ。
ホラの町を出てから初めての人との遭遇である。
「いよう! 急ぎな! ガーヴァルさ出たら、いちころだべ!」
ほれ、こっちこっち、としきりに手招きするので、怪しみながらも小走りでおじさんの元へと駆けていく二人。
「ほれ、こっちだ。だめだろ、村さ外にでちゃあ」
おじさんが背を向けて歩き始めた先。
「うわぁ」
その光景にシーニャから言葉が漏れた。
岩と岩の隙間。
何らかの力で真っ二つに分かれた大岩の隙間にいくつもの橋が架かっていて、そこを人々が行き来している。
岩の断面を削って穴を掘って住居を作り、それが上下に何段も、岩の上の方まで続いている。
岩と岩の僅かな隙間にある地面は一直線に畑になっている。ちょうど太陽が隙間を照らすのだろうか、見事な構造だ。
「おめら、ジャガストのもんじゃねえのか? そう言えば見たことねえな」
「この町、ジャガストっていうの?」
「ああ。ジャガストさぁ。おめらどこのもんだ?」
「ホラの町」
「私はイングレッソ」
「ほぉーん、ちいせえのに、行商やってるなんて立派だなや」
おじさんはそう言う。
この時代、よその町からやってくるのは行商しかいない。それもめったに来ることは無い。
それだけ地上の行き来は大変で、そこまでして行商をしようという人も少ないのだ。
「いや、行商じゃなくて、ホラの町がガスで滅びたから……」
「そりゃあ、なんとまあ。よう生きてたのう」
「あ、でも、マナは行商といっても間違いじゃないよ。なんたって虹の雫を持ってるからね」
「ちょっとシーニャ」
「ほう! それはめでてえな! 大商人だ!」
うかつなことを言うシーニャをたしなめたマナ。
こんな小娘が虹の雫を持ってると知られたら危険な目に会うのが世の常だ。それをパッと言ってしまったシーニャのお嬢様感に頭を痛めるものの、幸いにもおじさんはそんな感じは全くせず、虹の雫を持ってきてくれたことを喜んでいるようだ。
おじさんだけなのか、町全体がそうなのかはわからなかったが、少なくともこのおじさんには悪意は無いという事をマナは感じた。
お読みいただきありがとうございます。
とうとう町にたどり着いてしまいました。
次回、「岩の谷の町ジャガスト」をお楽しみに!




