015 いわゆる温泉回
虹の雫を飲んでから二人にはまったく空腹が来なくなった。
食料を探す必要がなくなったので寄り道も必要なくなり、それからの数日は進みに進むことが出来た。
さすがにずっと走り続けることが出来るとか、夜も寝ないで済むようなことは無かったので、休憩をはさみながら、休み休み、ガーヴァルにも気を付けながら進んでいた。
「あ、マナ、泉があるよ!」
シーニャが声を上げる。
もちろんマナもそれが見えていた。
森の合間の開けた場所。日本でいうと学校のグラウンドにある200mトラック周囲ほどの大きさの泉がそこにあったのだ。
どうやら地下から水が湧き出ているようで、水は綺麗に澄んでいる。
これはちょうどいいとマナは思った。
ホラの町を出てから数日が経っている。その間、山道を歩きに歩いた二人はとても汚れていたのだ。
「シーニャ、ちょうどいいから水浴びしよう」
「うん。汚れてるからね。綺麗にしよう」
「じゃあ、先にシーニャが水浴びね」
「えっ、一緒に入らないの?」
「い、一緒に!? だめだよ、あたしは見張りをしておくから」
「ちょっとぐらい大丈夫だよ」
「ダメだって、ガーヴァルに見つかったら二人とも裸で逃げないといけなくなるよ」
「さっと入ってさっと洗えば大丈夫だよ」
「ダメダメ!」
「むーっ! 分かった。先にはいる」
むくれて背を向けたシーニャ。
「ご、ごめん! でも二人一緒は危ないから」
「うん。分かってるよ。冗談だから」
シーニャのご機嫌を損ねてしまったと慌てるマナに、シーニャは笑顔で振り向く。
「もう! シーニャったら!」
シーニャが怒っていない事に胸をなでおろしたマナ。
なんとか一緒に水浴びは回避した。
これまで何度も命の危険を二人して乗り越えてきたとはいえ、さすがに一緒に水浴びをするのは恥ずかしかったのだ。
問題を解決した勢いで手近な木の上にスルスルと上り、見晴らしの良い場所に位置取ってガーヴァルがいないかを確認する。
基本的にガーヴァルは空に浮かんでいる。人間のように森の中に隠れるようなことはしないため、高いところで警戒すれば発見はできる。
とはいえ、見つけたら一目散に逃げなければならない。一瞬たりとも気を抜く暇はないのだ。
「マナぁー」
何かあったのか、下からシーニャの声が聞こえる。
急いで視線をそっちに向けると、笑顔で手を振るシーニャの姿があったのだ。
「シーニャ、大きな声を出しちゃだめだって!」
予想に反して何もなく、平和そうなシーニャの姿についつい声を荒らげてしまう。
もちろんシーニャの水浴び姿を見てしまい、ひとりで恥ずかしくなってしまった照れ隠しなのだが。
「ごめんなさーい」
「まったく……」
見てしまった白い肌と金色の髪を忘れようとして、空に目をやる。
さすがに目を離した少しの間に景色が変わっていることはなかった。
ぐるりと一周させても同じ。ガーヴァルの姿は無く、ほっと胸をなでおろす。
でもそこで油断することなく、ぐるぐるとマナは周囲の警戒を続ける。
(一瞬だったけど、シーニャの裸を見ちゃった。白い肌と金色の髪の毛が泉の光に反射してキラキラしてた……)
そして無意識のうちに泉の方に視線を向けてしまう。
そこにはぱちゃぱちゃと泉から首だけ出して泳いでいるシーニャの姿があった。
(!?)
そこでマナは我に返った。
(見張りしないと! なんでシーニャの方を見ちゃったのよ!)
ブンブンと頭を振って、愚かさを追い出そうとする。
(きっと、シーニャが無事か確認したかっただけ! 別に見たかったとかそう言うんじゃないから! それだけだから!)
マナは混乱している。
「マナぁー、終わったよぉー」
どれだけ脳内で言い訳をしていたのか、声をかけられたときにはそれなりに時間が経っていた。
「マナ~?」
ずっと混乱していたこともあり、とっさに反応できなかったマナ。
ようやく声に反応してシーニャのほうに目を向けるが――
「ちょっとシーニャ! 早く服を着て!」
先ほど目の当たりにして心を乱したあの姿が、そのままそこにあったのだ。
「それがね……」
シーニャの暗い声にマナはハッとした。
何かが起こったのではないかと思って急いで木の上から地上へ向かう。
トントンと要所に足をかけて木を降りきると、シーニャは裸のまま服を持っていた。
「どうしたのシーニャ! 服に何かあったの!?」
「汚れてたから洗濯しちゃった」
(うん……。手に持った服を見たら分かった……)
シーニャが胸の前で持っている服は水に濡れてずぶぬれなのだ。
せめて絞ろうよ。とマナは思った。
「どうしてもう!」
予想していた深刻な問題じゃなかったので胸をなでおろすものの、一張羅なんだから洗ったらだめじゃないか、という思いが沸き上がってきて、語気が強くなってしまった。
もちろんシーニャの肌を見てしまったという照れ隠しも入っている。
「ごめんなさい……」
「うーん、干しておくしかないか」
首をくるりと回して日当たりの良い場所を探す。
「へくちん」
シーニャが可愛いくしゃみをした。
「こまったな。外じゃ火を起こせないし……、きゃあっ!」
「マナ、あったかい」
真面目に考えていたマナにシーニャが抱き着いたのだ。
「し、しーにゃ! だめ、汚れちゃう! それにアタシ、匂うから!」
せっかく水浴びをして綺麗になったのに、汚れた服を着たままのマナに抱き着いたら泥と砂でまた汚れてしまう。
それ以上に問題なのはマナ本人も感じる匂い。近寄られて嫌われたくはないのだ。
「大丈夫だよ。マナの匂い、好きだから」
僅かに身長の高いシーニャが体をかがめて抱き着いていて、それでいて首辺りの匂いを嗅いだのだ。
「――っ!!!!!!」
そんな状態にマナは限界を超えた。
顔を真っ赤にして声にならない声を上げたのだった。
結局そのあとシーニャはもう一度水浴びをして。
二人して服を洗濯し、洞窟で火を起こしてあったまりながら服も乾かしたのだった。
ここが楽園か!
お読みいただきありがとうございます。
ディストピア風温泉回、いかがでしたでしょうか。
健全で尊い温泉回でしたね。(作者談
次回もお楽しみに!




